023 結界修復と、王の経験と画力。

 1時間くらい歩くと森が切れ、目の前に崩れた石壁が現れた。


「ここが『廃城はいじょう』です。ショーマ兄さま」


 銀色の髪を揺らして、リゼットは言った。


 まわりにあるのは、地面に散らばってる石の塊と、元は建物だったものの残骸ざんがい

 ここは昔、城壁に囲まれた城だったらしい。

 魔物がいなくて、アリシア国が平和だったころは、人間も亜人も一緒に住んでいたそうだ。


 今はもう、見る影もない。

 城壁は崩れ去って、残っているのは土台だけ。

 道には草が生えまくっていて、動物の骨があちこちに転がってる。

 壁だけ残った建物があり、そのまわりにはたき火の跡がある。たぶん、ここに魔物が住んでいた名残だ。びた剣や、使えなくなった防具が転がってるから、よくわかる。


「『竜帝廟りゅうていびょう』があった村よりも荒れてるな……」

「あそこは『竜帝』さまの遺産がありますから、魔物もあまり近づきたくないんでしょうね」


 隣を歩くリゼットが、俺の顔を見て言った。


「ここだって元々は、正式に任命された領主さんが治めてたんだよ?」


 寂しそうな顔で、ハルカが言った。


「その後の戦乱で、領主さんも追い出されて、あとは荒れ果てるままになってるんだ。このあたりは魔物もたくさん出るからね。命の危険をおかしてまで、維持したい場所でもないよ」


 ハルカは、崩れた建物のまわりを見て回ってる。

 走り回って、戻ってきて、指先で丸を作る。


「魔物はいないよ。『黄巾こうきんの魔道士』は配下全員を連れて、みんなを襲ったみたいだね」

「魔物はすべて倒したってことですね……よかった」


 リゼットは安心したようなため息をついた。


「今日はもう戦いたくないよ。さっきだって兄上さまの武器がなかったら、ボクもリズ姉も大変なことになってたんだから」

「『ゴブリンロード』が10体以上いましたからね。あれだけの戦力を持っていたのも、『黄巾の魔道士』が知恵の高い魔物だからでしょうね」

「なんだか、段々と魔物が強力になっているような気がするよね……」


 ハルカとリゼットはため息をついた。


『黄巾の魔道士リッカク』は滅んだ。

 奴はゴブリンたちを『黒魔法』で操っていた。俺が戦った『ゴブリンバーサーカー』もそうだ。『黄巾の魔道士リッカク』は、本気で大乱を起こすつもりだったんだろうか。


「奴が『黄巾賊こうきんぞく』なら、あれが天下大乱の始まりだったのかもな」


 三国志の時代は『黄巾の乱』が王朝崩壊の、大きな火種のひとつだった。

 その後、黄巾賊討伐で名を挙げたひとたちが、実験を握るようになっていったんだよな。


 あちらの世界と同じ流れなら、『黄巾の魔道士リッカク』はあのまま勢力を拡大していったのかもしれない。亜人を従え、魔物を引き連れ、そのうち、人間も巻き込んで。

 序盤でフラグをへし折ったんだったら、いいんだけどな。


「やはり『廃城ここ』のまわりに魔物はいないようだ」


 振り返ると、城壁の向こうで鬼族のガルンガさんたちが手を振っていた。


「我々はもう少し外の見回りを続ける。リゼットさまとハルカは『結界』を頼む」

「すいませんが王さま。2人をお願いいたします」


 そういってガルンガさんと鬼族の人たちは、森の方へ歩いて行った。


「そういえば『結界けっかい』って?」

「魔物除けの術式のことです」

「歩きながら話そう。兄上さまなら、すぐにわかるよ」


 俺とリゼット、ハルカは並んで歩き出した。


「100年以上昔……竜帝さまの時代に、魔物が大陸から追い払われたことは、お話しましたよね。

それをなしとげたのが、魔物除けの術式『結界』なんです」

「竜帝さまに任命された領主さんには、お城のまわりに『結界』を張る力が与えられていたんだって」

「当時は大陸全土に『結界』が、網の目のように張り巡らされていたそうです。どうすればそんなことができたのかは……今では、もうわかりませんけど」


 なるほど。そんなシステムがあったのか。

 大陸中を覆う『魔物除けネットワーク』なんか作ってたとしたら、本当に『竜帝』は神のような存在だったんだろうな。

 リゼットやみんなが尊敬するわけだ。


「でも……竜帝さまが亡くなってからは結界も弱くなり、今ではほとんどに機能していません」

「魔法陣は残ってるから、魔力を補給すれば結界は張れるんだけどね」

「でも、長持ちしないんです。強力な魔物が来ると、あっという間に魔力を消耗しちゃって……」


 俺の世界風に翻訳すると『虫が多すぎて虫除けスプレーが効かない』って感じか。

 しかもそのスプレー缶は小さすぎて、薬の補給が効かない、と。


「昔は、いつまでも続く強力な結界があったそうなんですけど」

「だよね、それがあれば……」


 リゼットとハルカは、疲れたように肩を落とした。


 いつまでも続く強力な結界か。欲しいな。

 それがあれば魔物に怯えることもなくなる。生活範囲も広がる。森を切り開いて作物を作ることもできる。人間の領域にだって、行き来しやすくなる。


 この辺境で国作りをするためには、その結界はどうしても必要だ。

 辺境から魔物を追い払って、村を豊かにすれば、俺もリゼットもハルカもどこにも行く必要がなくなる。


 ここは三国志と似た世界の可能性がある。

 現に黄巾賊っぽい魔物まで出てきている。この先だって、歴史と同じ敵が出てくるかもしれない。

 

 でも、俺は正式な召喚者じゃないんだ。英雄豪傑なんか知ったことか。

 俺はゴールをこの辺境に設定する。

『竜帝』のスキルを利用して、ここに豊かな国をつくる。


 とりあえず名目上はリゼットに辺境のリーダーになってもらって、俺は黒幕的な立場で行こう。そしてリゼットの治世にできるだけ協力する。いずれ方法を見つけて、竜帝のスキルもゆずる。


 もちろん、こっそりと。都にいる偉い人には知られないように。

 どうせ向こうも亜人を辺境に追いやって知らんぷりしてるんだ。こっちが好き勝手やってたって気づかないだろ。女神は正式な召喚者を送り込んでるんだから、そっちと仲良く乱世を鎮めてればいい。


「俺は……世界と戦うのは、10年以上昔にめたからな」


 そんなことを考えながら歩いているうちに、俺たちは『廃城』の中心部に来ていた。


「結界の魔法陣は、この中にあります」


 俺たちの前にあるのは、1階部分だけが残る塔だった。

 石造りで、入り口には傾いた扉がついている。


「中に魔物がいないから見てくるね」


 ハルカが棍棒を手に、前に出た。

 壊れかけの扉を開けて、一気に中へと飛び込んでいく。


「いいよ。2人とも入って来て」


 しばらくすると、ハルカの声が返ってくる。

 俺とリゼットは塔に入った。






 塔の一階にあったのは、荒れ果てた部屋だった。


 部屋の中央にはバラバラになった白い結晶体がある。

『魔力の尽きた魔力結晶です』ってリゼットが教えてくれる。いわゆる『残量ゼロの電池』だ。


 床の上には魔法陣のような跡がある。

 けれど、消えかけてる。


 というよりも、魔法陣が描かれた床の敷石を、誰かが剥がそうとした跡がある。爪痕が残ってるから、たぶん、魔物の仕業だろう。途中で諦めたのか、どこかから持ってきた石や土を、床の上にばらまいてる。

 結界の魔法陣が邪魔だから、消そうとしたのか。

 徹底てっていしてるな、魔物たち。


「ここまで破壊されたのは久しぶりですね。竜帝さまの時代に作られた施設だから……頑丈がんじょうなはずなのに」


 リゼットは溜息をついた。


「これが『魔物け』の結界用の魔法陣か」

「そうです。ただ『魔力結晶』が完全に魔力切れを起こしてますね。本当はもっとこまめに補給できればいいんですけど……」

「俺が往復しようか? 空路で」

「そこまで兄さまに負担はかけられません! 主君を使いっ走りにする配下がどこにいますか!」


 怒られた。

 俺は別に気にしないんだけどな。


「魔法陣の書き換えはボクがやるよ。リズ姉は『邪結晶じゃけっしょう』の浄化をお願い」


 そう言ってハルカは、革袋から黒い結晶体を取り出した。


「リズ姉の魔法なら、これを浄化して『魔力結晶』にできるよね。その間にボクは作業するから」

「わかりました」


 そう言ってリゼットは結晶体を受け取った。


「それって、どのくらい保つんだ?」

「90日くらいでしょうか」

「じゃあ、これを使ってくれ」


 俺は『黄巾の魔道士リッカクの邪結晶』を取り出した。

 これは人の頭くらいの大きさがある。見た感じ、こっちの方が保ちそうだ。


「『黄巾の魔道士』を倒したのはショーマ兄さまです。リゼットがいただくわけにはいきません」

「真面目かっ!?」


 さすがに頑固がんこすぎるだろ。


「俺が持っててもしょうがないだろう?」

「ショーマ兄さまは『邪結晶』の価値をごぞんじないんです。それ、町で売れば半年分の生活費になるんですから」

「義兄妹なんだから、サイフをわざわざ分ける必要もないだろう?」

「……う」

「それに、村のまわりが平和になれば、俺が生き残る確率も高くなる。俺にもメリットはあるんだ。だから使ってくれると助かる」

「……兄さまがそこまでおっしゃるのなら」


 リゼットは申し訳なさそうな顔で、黒い結晶体を受け取った。


「では、リゼットは外で、これを浄化してきます。ハルカは、床の魔法陣を書き直してください。ショーマ兄さまは、ハルカのお手伝いをお願いできますか?」

「わかった」


 魔法陣のリライトか。元の世界でもやってたな。そういうの。

 ……楽しくなったらどうしよう。


「それでは、あとをお願いしますね」


 リゼットは『邪結晶』を持って外に出た。


「……『竜の血』の名において、歪みを消し去る……。青き炎をもって浄化せよ! 『浄炎クレイル・フレア』!!」


 振り返ると、リゼットの手のひらから青白い炎が飛び出すのが見えた。

 それが真っ黒な結晶体に絡みつき、熱していく。

 煙の代わりに黒い蒸気が噴き出して、空へと上って行く。


「……あれも竜の力か」

「リズ姉、あんなにすごいことができるんだから、もっといばってもいいのにね」

「同感だ」


 ハルカの言葉に、俺はうなずいた。


「リゼットは前にも『自分は竜帝の血を引くのに、たいしたことできない』って言ってたな」

「竜帝さまと比べるのは無茶だよ」

「そうなのか?」

「この結界だって、竜帝さまは一度張ったらずーっと効果が出るものを使ってたんだから。あの方の能力は、神話級ものだもんね」


 言ってから、ハルカは俺の方を見て。


「でも、兄上さまなら使えるかもしれないね」

「無理だろ。それは」

「そう? ボクは、兄上さまはひそかな努力家と見てるんだけどなぁ」

「なにを根拠に?」

「異世界から来たのに落ち着いてる。冷静に、この世界のことを知ろうとしてる。兄上さまが本当にのんびりしたいなら、みんなと一緒に村に戻ってたよね? でも、そうじゃないでしょ? ボクから見てもすごいていねいに魔法陣をなぞってる」

「なにがあるかわからないからな。経験は積んでおいた方がいいだろう?」

「それだけかなあ。ボクは、まるで兄上さまがこういうことに慣れてるように見えるんだよ」


 するどいな……ハルカ。

 確かに、慣れてるのは間違いない。

 中二病時代はオリジナル魔法陣を描きまくってたし、世界の敵を探して走り回ってたし。もしも異能バトルに参加することになったら……って、脳内シミュレーションもしてた。


 加えて、普通になってからの受験と、就職活動。職業経験。

 それが俺を「現実処理能力の高い元中二病」にしてる。

 この世界に適応できてるように見えるのは、たぶん、そのせいだ。


「兄上さまが、この世界の知識を完全に手に入れたらどうなるのかな……」


 ハルカは魔法陣をトレースしながら、笑ってる。


 俺は超堅い剣で床を削っていく。

 顔を近づけると、魔法陣の跡がよく見える。

 リライトがうまく行くかどうかで村の安全性が決まるからな。細かいところまで描いていこう。



 ──10分後──



「……兄上さま」


 ふわ、と、俺のほおに息が触れた。

 気がつくと、ハルカが俺の手元をのぞき込んでた。


「なんだか、妙に細かくないかな? この魔法陣?」

「そう?」

「そうだよ。床にはこんな線やこんな図形は残ってないよ?」

「? 残ってるけど?」

「残ってるの?」

「浮き上がって見えるよ。ここに魔力が通ったあとというか……」


 魔力が通った跡?

 あれ……? どうしてそんなものが見えるんだ?


「ハルカには見えないのか?」

「ボクには、石に刻まれた線しか見えないよ?」


 ハルカは鼻がくっつきそうな距離で──って、近い近い。


「あのね、兄上さま。『竜帝』さまは、大地を流れる魔力を利用して、魔物除けの魔法陣を描いた、って伝説が残ってるんだ」

「大地を流れる魔力?」

「兄上さまには、そういうものが見えるの?」


 もしかして……それが『竜脈』の力か?


 それと、魔法陣を細かく書けるのは、たぶん、中二病時代の修業の成果だ。

 魔力を高めたり、異世界から魔神を召喚するために、魔法陣については調べまくったからな。図書館やネットや古本屋、あらゆる情報を駆使して。もちろん、オリジナルの魔法陣も作ってた。


 そもそも魔法陣は、魔力を高めたり、それを運用したり、固有の事象を引き起こすために使われる。

 ここにあるものが魔力で結界を生み出すためのものなら……基本は同じなのかもしれない。

 だから俺には、どんなふうに描けばいいのか、なんとなくわかる、ってことかな。


「……なんだかなぁ」


 中二病時代の俺──『鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』よ。

 元の世界ではまったく役に立たないスキルを覚醒させるために、努力しすぎだろ。もうちょっと別のことに力を注ごうよ。

 そうすれば元の世界になじんで、普通に生活できてたかもしれないのに……。


「兄上さま、難しい顔をしてるね」

「元の世界の自分の生き方について再考してた」

「いいと思うよ。兄上さまは今のままで」


 気がつくと、ハルカが笑ってた。


「ボクはそんな兄上さまがすっごく好きだよ」


 そう言ってハルカは、赤い髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。

 なんとなく照れくさかったから、どんな顔をしてるのかは、見なかったけどね。




 そして、その後1時間くらいかけて、魔法陣は書き上がった。





「「おぉ…………」」


 ハルカと、いつの間にか戻ってきたリゼットが、感心したような声をもらした。


「本当の魔法陣って、こういうものなんですね」

「ボクの村にも魔物除けの魔法陣はあるけど……これに比べたら落書きだよ……」


 そうなのか?


「竜帝さまの時代のものは失われて久しいですから」

「王宮に行けば詳しい資料はあるかもしれないけど、辺境にこれほどのものはないよね……」


 見えてる魔法陣をなぞっただけなんだけど。

 途切れてるところは、俺の知識でおぎなって。


「念のため、動作確認してみますね」


 リゼットがしゃがんで、魔法陣に指で揺れた。

 ゆらり、と、魔力が彼女の指から流れ出す。

 一瞬、光る粒子が空間に散って、すぐに消えた。


「はい。魔物避けの魔法陣として成立してます。しかも、すごく効率がいいものです」


 リゼットはおどろいたようにうなずいて。


「おおー」


 ぱちぱちぱち、ってハルカが手を叩く。

 まさか中二病時代の知識が、こんなことにも役立つとは。複雑な気分だ……。


「兄さま! どんなふうに魔法陣の勉強をしたのか、あとで詳しく教えてください!!」

「ボクも、兄上さまがどうしてこんなにきれいな魔法陣が書けるのか知りたいよ! なにか秘訣ひけつがあるの!? ぜひぜひ、ボクにも教えて。兄上さまのこと、できるだけ細かく、全部!」


 ──勘弁してください。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る