022 最強の『拳』と『剣』

「でええりゃあああっ!!」「なめんじゃねぇぞ魔物!」


 止める暇もなかった。

 鬼族の村人は、2人同時に棍棒こんぼうを振り下ろした。

 だけど──


『くだらぬな。下等な亜人あじんが』

『グォアアアア!』


『ゴブリンバーサーカー』は2本の棍棒を、剣と槍で受け止めた。

 鉄を打ち鳴らす音がした。


 俺が強化した『棍棒こんぼう』は簡単にはゆがまない。折れない。

 それを『ゴブリンバーサーカー』はまともに受け止めてる。

 冗談みたいな光景だ。鬼族の大人2人分の打撃を、一体で。


『たかが鬼族2匹で『黄巾こうきんの魔道士リッカク』を倒せると思ったか!?』

『……死ネイ』


『ゴブリンバーサーカー』は余った2本の腕を振った。




 がぎぃんっ!




 俺は棍棒で、その槍を受け止めた。


「うぉ?」「兄ちゃん!?」

「……さがっているがいい。鬼族の勇士よ」


 俺はそのまま『鬼の怪力オーガフォース』で奴の槍を押さえ込む。

 できるだけ楽にこいつを他のしたかったけど、仕方ない。


『来るか! 「上天じょうてんする第8天の女神の仇敵、異形いぎょう覇王はおう」!』


『黄巾の魔道士』の目が点滅した。


「記憶力だけはほめてやるよ、『黄巾の魔道士』リッカク」

『貴様は駆除せねばならぬ相手のようだ! 『異形の覇王』よ!!』

「魔力を注入──」

『殺せ! 「ゴブリンバーサーカー」よ!!』

「消費魔力3倍! 『鬼の怪力オーガフォース3倍ドライ』!!」


 俺は棍棒を振った。


『グオオオオオオオオン!!』


『ゴブリンバーサーカー』が剣と槍を振り下ろす。

 俺の『金棒こんぼう』の先端が『ゴブリンバーサーカー』の武器に当たる──食い込む──叩き割る!




『──グ。ガガガガガガガ──ギィアアアア!!』





『鬼の怪力』×3の威力でぶつけた『棍棒こんぼう』は止まらない。




『グ? オオッ!? オオオオオオオアアアアアアアアッ!!!?』




 べき、ぐしゃ。ぐぼぁ。




 俺の『棍棒』は、そのまま『ゴブリンバーサーカー』の腕を砕いた。肉を裂き、骨を折り、それでも『棍棒』は止まらない。そのまま腕を貫通して──『ゴブリンバーサーカー』の肩に食い込み、肋骨を砕き──


「あ」


 俺の手元で『棍棒』が、砕けた。

 さすがに限界だったか。

『鬼の怪力』x3で棍棒は壊れるのか、覚えておこう。


『ギイイイザアアアアアマアアア!! ナンダ、なんだこれはああああっ!!』

「貴様に語る必要があるか?」


『鬼種覚醒』の『鬼の怪力オーガフォース』は威力を上げた分だけ、変身時間が短くなる。

3倍ドライ』を使えば3分の1に。『4倍フィアー』なら4分の1になる。

 今の一撃で『鬼種』の魔力は激減げきげんした。

 それに、いくら魔力で身体を強化してるといっても、これ以上は筋肉痛がこわい。


「なのに……まだ生きてるのかよ。面倒だな」

『許さぬぞ! いぎょうのはおおおおおおおおっ!!』


 腕の折れた『ゴブリンバーサーカー』が俺の方に突っ込んでくる。

 その後ろで『黄巾の魔道士』はなにかつぶやいてる。魔法を使うつもりか?


 まずいな『ゴブリンバーサーカー』が邪魔で『魔道士』を狙えない。


「『鬼種覚醒きしゅかくせい』解除! 『異形の覇王の名において──』『竜種覚醒りゅうしゅかくせい』!!」

『……許さぬぞ「上天に座する第8天の女神の仇敵──」。喰らうがいい。我が必殺の黒魔法──』

「我が敵を焼き尽くせ竜の息吹よ! 竜種咆哮ドラゴニック・ブレス!!」

『────ちょ!?』


 俺の口元から、灼熱しゃくねつの炎が噴き出した。


『────ガ?』


『ゴブリンバーサーカー』の上半身が吹き飛んだ。

 火炎は『ゴブリンバーサーカー』を貫通して、『黄巾の魔道士』の右腕を灼き尽くす。使い魔と半身を失った『黄巾の魔道士』は、それでもこっちに向かってくる。


『……我が……最大の魔法。「黒魔の渦の──槍」すべてを……飲み込む──』


『黄巾の魔道士リッカク』の手の中に、黒い渦が生まれた。

 そこから黒い槍が飛び出す。真横に飛んで、森の樹に風穴を開ける。


『……調整。次は……貴様の頭蓋ずがいを──』


 外れたフードの下で、ガイコツがけらけらと笑う。


 まずいな。俺は飛んで逃げられるけど、鬼族の人たちは動けない。

竜種咆哮ドラゴニック・ブレス』で魔法を相殺するのは──外したら怖いな。

 だったら──


「発動。『命名属性追加ネーミングブレス』」


 なにを『強化エンチャント』するかは決めてある。

 こぶしを握って、胸の前に持ってきて──


「『我が拳に告げる。汝の名は正拳せいけん』──『重なり合う言霊を受け入れよ』──『汝に与える属性は』──」


 息を吸い込んでから、俺は告げる。


「『正拳せいけん』──転じて『聖剣せいけん』と為す。王の命名を受け入れよ!!」


 俺の拳が光を放った。

 さらに、金色の魔力が伸びて、長さ1メートル弱の剣の形になる。


『……ナンダ。それは……貴様の力は。そんな力は知らない! 貴様は──』

「さっき名乗っただろう。俺は『異形の覇王』だ」


 俺は聖剣を手に、走り出す。

『黄巾の魔道士』が『黒い槍』を放つ。

 竜の知覚で聖剣を振る。槍に当たる。斬る。消滅させる。

 頭の中には『王』の魔力ゲージが表示されてる。減りが早い。もう4割減ってる。威力と魔力消費は比例するのか。


『人の世はすでに終わっている。我は魔物と亜人を率い、新たなる国を──』

「『それを異形の覇王がいる地で行おうとしたのが貴様の敗因だ』『在りし日の混沌こんとんはすでに立ち去りて久しく』『されど上天の神は人も異形も救わない』『ならば世界のあやを乱す黒幕は影にあり』『我が4種の知覚は、その微細なる動きさえも漏らさず』『斬り』『破り』『引きちぎる』!!」

『ナンダ!? お前はなにを言っているノダ!?』

「そんなことは中二病時代の俺に聞け!!」


『黄巾の魔道士リッカク』が逃げていく。

 でも、『竜種覚醒りゅうしゅかくせい』してる俺の方が速い。


「『異形の覇王の名の下に、魔をもって魔を滅する』『あまたの神の障壁バリアを破りし魔剣まけんによって、かばねとなり伏するがいい』!!」

『貴様サッキ聖剣せいけんト言ったゾ────!?』

「知らぬ!!」




 さくん。




 俺の右腕の『聖剣』が『黄巾の魔道士リッカク』のローブに触れた。

 それは抵抗も感触もなく、奴の身体を切り裂き──

 骨と、魔力の塊のようなものを断ち切って──



『ギャアアアアアアアアア…………ァ』



 辺境に巣くっていた『黄巾の魔道士』を、文字通り、まっぷたつにした。


『────ォ……ォォ』


 魔道士のローブと骨が、空気に溶けていく。

 あとに残ったのは、黒い、人の頭くらいの大きさの結晶体だった。

 上位の魔物は、死ぬとこうなるのか。


「ショーマさま!」「兄上さまーっ!!」


 森の向こうからリゼットとハルカの声がする。

 戦闘音も、いつの間にか聞こえなくなってる。魔物は全滅したようだ。


「ショーマさまっ!」


 がばっ。


「ちょ? リゼット……どうした?」

「大丈夫ですよね? 怪我、されてませんよね!? 生きてますよね?」

「生きてるけど。どうして?」

「『黄巾の魔道士リッカク』は?」

「兄上さまが倒したみたいだよ。リズ姉」


 ハルカが、地面に落ちた『結晶体』を抱え上げていた。


「これだけのサイズの『邪結晶じゃけっしょう』を持つのはあいつ以外にいないもん。それを倒すなんて、やっぱりすごいね、兄上さま」

「どうやって『黄巾の魔道士』を倒したのですか?」

「『聖剣』で」

「「聖剣?」」


 リゼットとハルカは首をかしげた。

 この世界には、そういうものはないのか。そっかー。


「現在の皇帝陛下──『捧竜帝ほうりゅうてい』さまの宝物庫にはさまざまな宝剣や武具があると聞いたことがありますが……『聖なる剣』……『魔物』や『黒魔法』と相反する力ってことですか?」

「だいたいそんな感じだ」

「……ショーマ兄さま」


 リゼットは胸を押さえて、なんだか感動してるみたいだった。

 ハルカもほっぺたを赤くして、ため息をついてる。


「そんな力まで持ってるなんて……ボクも感服だよ」

「力だけじゃどうしようもないけどな」

「……ショーマ兄さま」

「本当はこの力は、楽に生きるために活用した方がいいんだろうな」


 世界の敵を探すのも。

 自分の異能で、世界を変革しようとするのも。とっくの昔に卒業してる。


「……世界と戦うのは、10年以上前にめたからな」


 俺の目的は、この乱世が治まるまでの間、居場所を見つけて生き残ることだからな。

 名前をつけて物体を強化できるなら、それは生活的なことに使った方がいいよな。


「村のみんなも無事みたいだよ。兄上さまのおかげだね」


 ハルカは森の方に手を振ってる。

 そっちには魔物と戦ってた鬼族のひとたちが集まってる。みんなボロボロだけど、大きな怪我をした人はいない。みんなそれぞれの武器を手に、笑ってる。


 俺はみんなに確認してから、武器の強化を解除した。

『王』の魔力が、そろそろ切れかけてる。


『超堅い長剣』『金棒っぽい棍棒』のエンチャントはそんなに魔力消費はないけど、『聖剣っぽい正拳』は威力が高い分だけ魔力を大量消費してる。魔力が底を尽きかけるくらいに。


 この分だと、国そのものを強化するのは無理っぽいな。

 竜帝さんと同じ方法で魔力を確保するしかないか。


「ありがとうございました! お客人!」


 がしっ。

 突然、鬼族の男性が俺の手を握った。


「我はハルカの叔父のガルンガと申します。危ないところを助けていただき、お礼の言いようもございません。『黄巾の魔道士』を倒したあの手並み、鬼族の我らにとっても伝説級のものでありました!」

「運が良かっただけですよ」


 俺は言った。

 毎回、これを期待されてもこまるから。


「それより、皆さんは本当に大丈夫なんですか? 腕から血が出てる人もいますけど……」

「我ら鬼族。回復速度には自信があります!」

「お言葉ですが、ガルンガさん」


 リゼットはたしなめるように、言った。


「夜明けからの戦闘でみなさん疲れていらっしゃるでしょう。それに、戦闘に支障のある方もいらっしゃいます。数名残して、村に帰した方がいいと……リゼットは思います」

「ボクもリズ姉の意見に賛成だよ」


 ハルカが、リゼットの言葉を継いだ。


「魔道士は倒した。残りはゴブリンだけ。それなら、ボクとリズ姉でなんとかなるからね。ガルンガおじさんともう一人、ついてきてくれるとうれしいな」

「まだなにかあるのか?」


 敵は倒した。ボスも仕留めた。

 あと残ってるのは──


「そういえば、この先に敵の本拠地があるって言ってたっけ」

「はい。この森の奥にある廃城が、魔物の巣になってたんです」


 リゼットは言った。


「残党がいるかどうか確認に行かないと」

「……そっか」


 俺の魔力の残量は──



 鬼:20%

 竜:25%

 王:8%

 翔:12%

 魔:100%


 そのうち回復するかな。後はたいした魔物もいないようだから。


「俺も、ついていっていいか? 魔物の本拠地がどんなものか、興味がある」

「ありがとうございます!」


 リゼットは勢いよくうなずいた。


「はおうさまー」「わたしたち、そろそろ帰りますー」


 頭上から、ハーピーたちの声がした。


「ありがとう。助かった」

「いえいえー」「お手伝いができて、光栄です」


 ちっちゃなハーピーたちは、羽根を広げて笑ってる。


「はおうさまのことは」「村の者に伝えます」

「「いずれ改めてご挨拶あいさつにいきますので!!」」


 そう言って、ハーピーたちは飛び去っていた。

 それから俺たちは、村に戻る人たちを見送った。リゼットとハルカたちは、村人たちに何度も手を振ってた。俺もその隣で手を振ったあとは、深呼吸して魔力の回復。

 しばらくして、準備が整ったので。俺たちは森の向こうを目指して出発することにした。

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