021 鬼族と魔物の戦い。そして無双の救援(3)
──リゼット視点──
「6匹目!」
しゅる。
リゼットの長剣が
『グガアアアアアア!!』
胸を裂かれた『ゴブリンロード』が、毒々しい血を吐きながら倒れる。
「次、7匹目!」
『コザカシイイ!』
倒れた魔物の後ろから現れたのは、鎧をまとった『ゴブリンロード』。
鎧には血の跡が残っている。人間から奪ったものだろうか。ご丁寧に鎧にまで黄色い布をつけている。
まるで主である『
『
「リゼットは兄さま以外の人にかしづくつもりはありません!」
『ゴブリンリード』の剣を、リゼットの長剣が受け止めた。
そのままリゼットは手首を
ショーマが強化した『
リゼットはまるで踊るように、
2撃目で『ゴブリンロード』の腕を。次は脚を。
『ゴブリンロード』はバランスを崩して倒れる。リゼットはその胸を『
『……なんなのだ。その剣は…………?』
「リゼットの兄さまがくれた名剣です。あなたに使うのは、もったいないくらいの」
リゼットは剣を見つめて、うなずく。
商人に売りつけられたなまくらが、今は
すでに敵の半数が倒れている。残りは村の大人たちと戦闘中だ。
数は互角。それにリゼットとハルカが加われば、負けるはずがない。
それなのになぜか──リゼットの背中には鳥肌が立っていた。
「……
リゼットはふと、森の奥に視線を向けた。
この先には『
そこは魔物の
この勢いなら、そこまで攻め込むこともできるかもしれない。
「リズ姉! 大丈夫!?」
ハルカの声と共に、ひしゃげたゴブリンがリゼットの足下に飛んできた。
ハルカが
『亜人どもがあああああっ!!』
「そういうあなたは、『世界の歪み』が生み出した化け物だよね?」
列をなして襲ってくるゴブリンと『ゴブリンロード』に向かって、ハルカは
「そんな奴らに、むざむざと殺されてなんかやらないよーっだ!!」
ハルカは魔力を込めて、一気に棍棒を突き出す。
その先端で、魔力が渦を巻いた。
衝撃波が発生し、居並ぶ魔物たちに襲いかかる。
『グギャア!』『グボァ』『ギガアアアアアア!!』
魔物たちが、真後ろに吹っ飛んだ。
そのまま大木にぶち当たり、動かなくなる。
「
『無尽槌』はハルカの使う打撃技のひとつだ。
体内魔力を消費することで、爆発的な打撃を放つことができる。
が、その分、武器にも負担がかかる。普通の棍棒なら1回で壊れている。
なのにショーマが『強化』してくれた棍棒はきしみもしない。これなら、いつまでだって戦えそうだ。
「これなら本当に『
「……そうね」
「……? リズ姉……どうしたの?」
リゼットの顔を見たハルカが問いかける。
剣を握りしめたリゼットは、ハルカの方を向いて、
「ハルカ……『黄巾の魔道士リッカク』を見かけた?」
「ううん。あいつは『
「リゼットもそう思っていたの。でも、それにしては変よ。どうして魔物は逃げないの?」
魔物はもう、数の上では
「それでも逃げない。ということは、逆転できると思っているか。逃げられない理由がある、ということよ」
「『黄巾の魔道士』がどこかで指揮を執ってるってこと?」
「ええ、奴は魔物の中でも残酷な上位種よ。村の人たちを楽に殺せるような戦場に姿を現さないわけがないの。奴なら、必ずその場に居合わせる。そして一番嫌な攻撃をしかけてくるはず」
リゼットは額を押さえた。
自分が『黄巾の魔道士』だったらどうするかを考える。
リゼットたちが駆けつけたとき、村人は包囲されかかっていた。
空いていたのは村に向かうルートだけだ。リゼットたちが駆けつけるのが遅かったら、村に向かって走り出していたかもしれない。それを効率良く倒すには?
逃げる村人を側面から襲うか──
あるいは魔物で完全包囲するかだ。
「敵中を突破します。ハルカ、ついてきて!」
「リズ姉?」
「リゼットたちが敵の背後を突いたように、『黄巾の魔道士』は、村の大人たちの後ろに回り込んだのかもしれない。だとすると、今、そこにいるのは──」
「兄上さまのところに魔物の親玉が!?」
リゼットが駆け出し、ハルカは棍棒を振り回しながらついていく。
「……兄さま、無事でいて……兄さま……ショーマ兄さま!!」
絶対に、死なせるわけにはいかない。
あの方は『竜帝に選ばれし者』で──リゼットの家族なのだから。
──ショーマ視点──
「──ちっ!」
がいいいんっ!!
俺が突きだした棍棒と、黒色の刃が激突した。
敵の力が強い──押されてる。まずいな──
「発動! 『
俺は『
斬りかかってきた奴は刃を引き、そのまま後ろに飛び退いた。
「……でっかいゴブリンがいたもんだな」
俺の目の前に立っているのは、身長4メートルを超えるゴブリン。
全身に黒い
手には槍と剣と盾2枚。頭と腕に黄色い布を巻いてるのが人間っぽくて、逆に不気味だ。
このゴブリンは、村の方角からやってきた。
別働隊がいたんだ。
俺たちが魔物の背後を突いたように、村人の背後を突こうとしていた奴がいた。
……念のため、背後を守っていて正解だったよ。
『勝ったとでも思ったか?』
巨大ゴブリンの後ろで、男が言った。
真っ黄色の衣をまとった、ガイコツだった。男だってわかるのは、白いあごひげが残っているからだ。
手足にも、皮膚がへばりついている。うつろな
こいつが魔物のボス『黄巾の魔道士リッカク』か。
『どうやったかは知らぬが、こちらの背後に回ったのは見事』
『だが、それはこちらも同じよ。見よ、我が最強の部下「ゴブリンバーサーカー」を。これほどの魔物を使役する力を持つ我なら、腐りかけの『竜帝王朝』をほろぼすなどたやすいことだ」
「……ほぅ」
『人は愚かにも「黒魔法」を使い、世界の歪みを増やしている。そうした中から、我は生まれた。この地が浄化されることはない。ゆえに、すべての亜人どもは我に従い──』
「ちょっと待て」
俺は話を
「つまり、お前はこう言いたいんだな。『竜帝の王朝アリシアは滅ぼす。我ら黄巾をまといし魔物の軍団が大規模な反乱を起こし、新たなる王朝を打ち立てる』と」
少なくとも、元の世界の歴史での『黄巾の乱』はそうだった。
確か『
「俺の勘が正しければお前もそういうこと狙ってると思うんだけど、違うか?」
『──い、いや。お、おお?』
「となると、お前自身は人間か、あるいは過去の人間が『世界の歪み』によってよみがえったもの。だからお前はまず、亜人の集落を襲うことを考えた。無理矢理にでも従えて、『魔物を従えた亜人』の反乱にするために。魔物と骸骨だけじゃ、人間は従わないものな」
確か元の世界の歴史では『黄巾賊』の首領は、張角という道士だったか。
それが変化して、こっちでは『魔法で』魔物を操り、王朝への反乱を起こすという感じになってるらしい。
亜人に向かって「従え」と言ってるのは、頭数として利用しようとしてるのか。亜人だって中央政府から辺境に追いやられてる。その不満を利用しようとしたのかもしれないな。
「興味深いな。どこまで似た歴史になってるのか。まだ
『貴様はなにを知っている!?』
「この世界のことは、ほとんどなにも」
『なんだ……貴様は』
『黄巾の魔道士』が、俺を見た。
『人間がどうして辺境にいる? なぜ亜人と共に戦っている!? なぜ我が野望の邪魔をするのか!?』
「……教えてほしいか……?」
言いながら俺は距離を取る。
魔道士はともかく、巨体の『ゴブリンバーサーカー』は脅威だ。腕も長い。攻撃範囲も広そうだ。
ここで逃げるわけにはいかない。
村人たちは俺の後ろで、魔物たちと戦ってる。集中してる。
俺が突破されたら、村人たちは背後を突かれてパニックになる。
リゼットとハルカが合流するまで、魔道士と『ゴブリンバーサーカー』は足止めしておきたい。
この手は、できれば使いたくなかったけど──
「『下がれ
俺は
「『武器を捨て、
『異形の……覇王だと!?』
『黄巾の魔道士』の
『この世界の皇帝は、竜帝とその
「ふっ。貴様の知識はその程度か!?」
『なにぃ!?』
「『
俺はめいっぱい胸を張り、宣言した。
『黄巾の魔道士』の動きが、止まった。
奴は『ゴブリンバーサーカー』を従えたまま、、俺をじっと見ている。
「貴様の狭い視野では、世界の
だったら、このまま押し通す!
『馬鹿な!』
『黄巾の魔道士』が叫んだ。
『貴様になにがわかると言うのか! 竜帝とやらを崇めるだけの人も亜人も、すでに死に体である! 我ら「歪み」より生まれし者こそ、新たな世の上位種である!』
「知らぬわ!」
──来る!
『ゴブリンバーサーカー』が剣を振り上げた。
俺はタイミングを合わせて、棍棒を握りしめる。
当てればいい。あとは『
がいんっ!
『グォォォォォ!?』
『ゴブリンバーサーカー』がのけぞる。
『強化』した『棍棒』は、あっさりと奴の槍をはじき返していた。
『ばかな!? 木の棍棒などで、我が配下の剣を!?』
「その程度か」
俺はもう一度、鼻で笑ってみた。
『……ぐっ』
『黄巾の魔道士』はこっちを
俺は軽く視線を上げる。空の上ではハーピーが、両手で『丸』を作ってる。俺の後ろで戦ってるリゼットとハルカ、それに村人たちは、魔物をほとんど
となると俺の仕事は時間稼ぎだ。
ここで『黄巾の魔道士』を逃がすわけにはいかない。
足止めする。
リゼットとハルカが敵中突破してくるのを待って、こいつを包囲する。
大人の現実処理能力で、確実な方法で、間違いなく、ここで仕留める。
辺境に巣くった乱世の根っこは、ここで断ち切る!
「どうした? その程度か」
俺は棍棒で地面を突いて、告げる。
「言いたいことがあるなら言ったらどうだ? わざわざ背後に回り込み、大言壮語を吐くからには、言いたいことがあるのだろう!? それとも鬼族を脅し、屈服させ、利用しようとでも考えていたか!?」
『……貴様、は』
「聞いてやるぞ」
『我ら、上位種の魔物は人や
「……ほぅ」
『人の中にも「黒魔法」を好む者はいる。我らはそれをも利用する。亜人どもも、我が配下となれば新王朝でそれなりの地位にはつけよう。この「ゴブリンバーサーカー」と共に、我が兵士として使役してやろう』
「その魔物は、貴様が操っているのか?」
『恐怖という感情を消すことで、より戦闘向きの生物と化している。亜人にもまた、同じことを──』
「話にならぬな」
俺は吐き捨てた。
背後の『ゴブリンバーサーカー』が、ダッシュの姿勢に入ってるからだ。
話を変えて、もうちょっと時間を稼ぎたい。
そうだな。こっちの強みは、奴が俺を知らないことだ。
もうひとつはったりを付け加えてみるか……。
「来るか、『ゴブリンバーサーカー』よ。死にたければ、かかって来るがいい」
元の世界では、これはただの
だけど、魔物も魔法も存在することの世界なら、どうだ?
「この異形の覇王、鬼竜王翔魔、
『第8天の女神!? 上天の仇敵だと!?』
『グォォォォォオ!?』
黄色いフードの中で、ガイコツが震えた。
『ゴブリンバーサーカー』も目を見開いてる。
それを見ながら、俺はたたみかける。
「
……意外と覚えてるもんだな。昔作った設定。
「俺が亜人たる者たちを統べることになったのも、彼らが持つ混沌に哀れみを感じたからだ。貴様が正しい『歪み』であるならば、俺の
『き、貴様とて、我が配下の背後を
「ああ、貴様の言う通りだ。俺の手はすでに血で汚れている。すべては神に愛されなかった種族のために……」
『きさまは……なんだ。貴様は一体何者なのだ!?』
『黄巾の魔道士』の問いに、俺は不敵な笑いを返す。
もう少し、このまま
「──『黄巾の魔道士』!? なんだあのゴブリンは!?」
不意に俺の後ろで、声がした。
「武器を持ってきた兄ちゃんが
「待ってろ、今行く!!」
──あ、こらやめろ。来なくていい!!
俺がそう叫ぶ前に──鬼族の村人はふたり同時に『ゴブリンバーサーカー』に飛びかかった──
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