025 第2の城主認定と、結界連鎖

「おーい。ショーマどの! リゼットさま、ハルカ!!」

「なぜかすごく楽に魔物を倒せたのですが、一体なにが起こっておるのですか!?」


 城壁の向こうから、ガルンガさんと鬼族の男性が顔を出した。

 僕は事情を説明した。

 リゼットが、この廃城の城主になったことと、結界が永続的に使えるようになったこと。魔物除けの範囲が超拡大したことなんかも。


 ガルンガさんは、しばらく首をかしげてたけど。

 俺が話し終わると、ぽん、と手を叩いて──


「今夜は酒盛さかもりじゃ────っ!!」


 って、空に向かって拳を突き上げ、村の方に向かって走り出した。







 村に帰るとは、お祭り騒ぎだった。

 広場に大きなたき火が作られて、その周りでみんなが騒いでる。


『ハザマ村』は、ずっと森の魔物におびやかされていた。

 廃城はいじょうに『黄巾こうきんの魔道士』がすみついてからは、それがさらにひどくなった。

 その脅威きょういが一気に解消されたんだから、みんなが喜ぶのも無理はないよな。


 鬼族の大人たちは穀物こくもつ発酵はっこうさせた酒を飲みながら笑ってるし、子どもには果汁たっぷりの木の実をすすりながら走り回ってる。祭りのメインディッシュは、ノリノリで狩りにでかけていった大人たちが仕留めた巨大イノシシだ。


「すげぇよショーマどの。魔物がいないと、狩りがすげぇ楽だよ!?」

廃城はいじょうのまわりに魔物はいない。つまり、狩りに集中できるってことだよな」

「結界内ならいつでも休める。野生動物にだけ注意すればいい。それがこんなに楽だなんて……」


 みんな、喜んでくれてる。

 この村の人たちはずっと、外に魔物がいる生活をしてたんだよな。

 子どもは外に出られない。狩りは、魔物に襲われることを想定して大人数で。村の外に作る畑は魔物に荒らされること前提で大きめに。

 でも、もう『廃城』──いや『竜樹城りゅうじゅじょう』のまわりに魔物は現れない。

 あっちを拠点きょてんにすれば、狩りも耕作も自由自在なんだから。


「新生『ハザマ村』を祝って!」


 村人たちが一斉に、おかゆの入った器を掲げる。

 みんなで分けられるように、イノシシ肉は刻んでお粥に入れたらしい。

 子どもたちも、器に顔を突っ込むみたいにして食べてる。


「……これで、少しは平和になったかな」


 俺は村のすみっこで、みんなが盛り上がってるのをぼーっと見てた。

 この村には飲めない酒をむりやり勧めるって風習がないようで、俺が「疲れたんでぼーっとしてます」と言ったら、「気が変わったらきてねー」って、放っておいてくれる。いい人たちだ。


 この辺境も、多少は平和になったはずだけど、『乱世が終わった』というにはまだまだだ。

 結界があるのはあくまでも『竜樹城』のまわりだけ。この村からあっちに移動する間は、魔物に警戒してなきゃいけない。となると、遠くまで行かなくても、豊かに暮らしていけるようにした方がいい。


 そうなるとやっぱり『命名属性追加』で道具を強化していくのがいいだろう。

 文明ってそういうものだからな。

 便利な道具が増えれば、村のまわりを発展させることもできるはずだ。


 例えば『超堅い長剣』『金剛のような棍棒』は石や金属の加工にも使える。

 もっと汎用性の高い道具が作れればいいんだが。



「『命名属性追加ネーミングブレス』を起動」


 俺が宣言すると、目の前にウィンドウが浮かび上がった。


 エンチャント済みのスロットは3つ。


『長剣』──『超堅ちょうけん

『棍棒』──『金棒こんぼう

『正拳』──『聖剣せいけん


 その下に、空きスロットが3つ増えてた。レベルが上がった、ってことらしい。

『鬼・竜・王・翔・魔』それぞれの魔力ゲージも長くなってる。


 レベルアップの条件は──


(1)『黄巾の魔道士』を倒した。

(2)『城主』を任命した。


 このどっちかだろうな。これもあとで調べておこう。


「はおうさま!」「お茶のおかわりをおもちしましたぁ!」


 子どもたちが俺のまわりにやってきた。

 手に、お茶の入ったカップを持ってる。急いで来たのか、だいぶこぼれてるけど。


「ありがと」

「今日はおまつりさわぎです」「はおうさまは、なにしてますか?」

「さぼってるんだ」


 さすがに疲れたからな。

 アラサーの俺が、覚醒しないで鬼族の体力に付き合うのは無理だ。


「リゼットとハルカはどうしてる?」

「おふたりとも、ガルンガさまと話をしてます。これからのことを、って」「それと、はおうさまにどんなお礼をすればいいかって」

「……お礼ねぇ」


 俺としては、この村に住まわせてくれるだけで充分なんだけどな。

 お礼といえば……。


「あとで、スキルの実験に付き合って欲しい、って言っといてくれ」

「すきるのじっけんー?」「なにするのー?」

「この村をひかぴか光らせてみたいんだ」


 俺は言った。


「むずかしいねー」「でもわかったー」「はおうさまのことばだもん!」


 子どもたちは、手をつないでみんなのいる方へと走っていった。

 さてと。俺は部屋でひとねむりしますか。






 次の日。

 俺は村長さんの家で、ハルカの叔父のガルンガさんと向かい合っていた。


「提案があるんです」


 ここは村長さんの家の、応接間。

 といっても、大きなテーブルがあるだけのだだっ広い部屋で、まわりの椅子に俺とリゼットとハルカ、ガルンガさんが座ってる。


 リゼットとハルカは緊張した顔だ。

 ふたりには、これから俺がどんな提案をするのか話してあるから。


「昨日の夜、2人に確認したんですけど、この村も、竜帝りゅうてい時代に造られた城壁じょうへきを利用してるんですよね?」

「ええ。元々ここは『廃城はいじょう』を守るための支城しじょうだったという伝説があるのです」


 ガルンガさんはごつい肩を上下させて、うなずいた。


「我らの祖先が大陸の中央から追われたときにこの場所を見つけた、と聞いております」

「鬼族のひとたちが『廃城はいじょう』じゃなくてこっちに住んでるのは、人の領域に近いからですか?」

「それもありますが、城壁が残っているのが大きいですな。

 我らの祖先がこの地に来たとき、『廃城はいじょう』に住むことも考えたようです。けれど、あちらは結界を張ったとしても、魔力結晶まりょくけっしょうが切れればまるはだかです。『黄巾の魔道士』のようなものが現れることを考えたら……とても住む気にはなれませんよ」


 まぁ、そうだよな。結界が切れて孤立したら、下手したら全滅だ。


「この村は城壁で守られてる……結界はないんですね」

「そうですじゃ」

「でも……この村が古い城跡を利用して作られるとしたら」


 俺は少し考えてから、言った。


「もしかしたら、『竜樹城りゅうじゅじょう』のように結界が張れるかもしれないんです」


 俺の『竜脈りゅうみゃく』スキルには『竜樹城』のパラメータが表示されてる。

 そこには『連鎖:なし』の文字がある。

 竜帝さんのスキルは言葉を扱うものだ。だとしたら、こういう表示にもなにか意味はあるんだと思う。


 でもって、この『ハザマ村』が『廃城』を守るための小さな城なら、『廃城』の結界が活性化したことで、なにか反応があったかもしれない。


「だけど、そのためには、俺がこの村の頂点に立たないといけないんです」


 俺は『廃城』の魔法陣を再生したときのことを、改めて説明した。


「『竜脈』スキルは『城主』を指名することで、大地に眠る魔力を呼び覚ますことができるんです。その魔力を利用すれば、より強力な魔物除け結界を張ることができます」

「『廃城』……いえ『竜樹城』のようにですな」

「そうです。ただ、魔法陣を強化するためには、俺がこの村を城に見立てて、城主を任命する必要があるんです。つまり、俺がこの村の名義上の王さまになって、その命令によって、城主が結界を張る、ってことになります」

「ショーマどのが、王さまに!?」

「もちろん名義上のもので、別に権利を主張するつもりはないです」


 俺は慌てて手を振った。


「この村を支配するつもりもないです。俺は楽をしたいだけなんです」


 俺はそのまま説明を続ける。

 今のところ『竜樹城』に張った結界は、森の半分くらいを覆ってる。


 結界の中は安全だけど、『ハザマ村』からそこに行くまでの間は、結界のない森を通らなければいけない。『ハザマ村』の魔物除け結界は、城壁のすぐ外くらいまでしかおおってないからな。


 かといってみんなそろって『廃城』に移住するわけにもいかない。

 あっちは建物がなんにもない。畑もない。家畜を連れて移動するのも大変だ。

 その上、『ハザマ村』をからっぽにしてしまったら、今度はこっちに魔物が住み着いてしまう。そしたら人間の領域との間のルートがふさがれてしまう。城の結界も、なかなか使い方が難しい。


「でも、もしも『ハザマ村』に、同じレベルの結界が張れたら──城と村の間に安全地帯ができるんです」


 ふたつの結界が繋がれば、城と村の間を自由に移動できるようになる。

 森を切り開くこともできるし、狩りや採取にも行ける。子どもたちが魔物に襲われることもなくなるはずだ。


「うまくいけば、ですけどね」


 一応、付け加えておく。

 期待させて「だめでした」ってのも、悪い気がするから。


「わかりました。お願いいたします!」

「ありがとうございます」


 俺は頭を下げた。


「よしてください。ショーマどの。我らはすでにあなたを主君のようなものと考えているんです。鬼族の忠誠は重いもの。その主君が村のことを考えてくださるのですから、断るなどありませんよ」

「さすが叔父さん、よくわかってるね!」


 ハルカが胸を張り、声をあげた。


「ボクも大賛成だよ。兄上さまがみんなに理不尽なこと言ったりするわけないもん。よくわかんないけど、きっといいことに決まってるよ!」

「城主候補がそう言っているようですし、リゼットは賛成ですよ。ガルンガさま」

「え? 城主候補? 誰が?」


 リゼットの言葉に、ハルカがきょとん、とした顔になる。


「ハルカに決まっているでしょう?」

「他に誰がいるというのだ?」

「……もしかして、わかってなかったの?」


 リゼットとガルンガさんと俺の注目を浴びて、ハルカの目が点になる。

 そして──


「無理無理無理無理無理!」


 ハルカは激しく首を横に振った。


「む、むりだよ! ボクが城主なんて、できるわけないよ! リズ姉でいいじゃない!」

「指揮系統がめんどくさくなるから駄目だ」


 俺は言った。

 ただでさえややこしいんだ。城主と王さまがいる『村』って。

 これで村長まで別人にしたら、指揮系統がこんがらがる。


「『竜樹城』を手に入れた記念に『ハザマ村』を城に昇格。でもって、ハルカが城主になるってことでいいんじゃないかな?」

「……兄上さまは、ボクにできると思う?」

「思うよ」

「じゃあやる!」


 ハルカは、びしっ、と手を挙げた。


「だったらボクを城主に任命してください、兄上さま!」

「わかった。『竜帝スキル』の持ち主として頼む。ハルカ。『ハザマ村』の城主になってくれ」

「違うよ。兄上さま」

「違いますね。ショーマ兄さま」


 ハルカもリゼットも、すごくいい笑顔で、首を横に振った。


「「城主任命するからには、できるだけ強そうに言っていただかないと」」


 ……ああ、そういうことか。


異形いぎょう覇王はおう鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうまの名において命ずる」


 俺はハルカの肩に手を乗せて、告げる。


「我が義妹ハルカ=カルミリアに『竜脈』の力を貸し与え、城主となす。我が命を違えることは許さぬ。その力、村と、この異形の覇王のために使うがよい!」

「うけたまわったよ! 我が主、鬼竜王翔魔さま!!」


 俺の腕に角をこすりつけながら、めいっぱいの笑顔で、ハルカは答えたのだった。

 こっちはむちゃくちゃ恥ずかしかったんだけど。




 魔法陣はすぐに見つかった。

 物置の裏に小部屋があって──そこでほのかに光ってた。

 向こうの結界の影響を受けてるようだった。


 俺は1時間くらいかけて、魔法陣を書き直して──


「ハルカ=カルミリア。汝を『鬼王城きおうじょう』の城主に任命する!」


 ハルカを魔法陣の中央に座らせて、宣言した。

 ちなみに『鬼王城きおうじょう』って名前はハルカのリクエストだ。

 俺の異名『鬼竜王』から竜を抜いたものにしてみたらしい。


「汝はこの地に眠る魔力を使うことができる。それをもって民を守るがいい。めざめよ──『竜脈』!!」


 そしてまた、魔法陣からあふれた光が、ハルカの身体のかがやかせる。

 二度目だし、今度はリゼットが同席してるから、視線を逸らすくらいの余裕はあった。いや、横目で……ちょっとだけは見たけどね。


「……はふぅ」


 儀式が終わったあと、ハルカは真っ赤な顔で座り込んだ。

 小さく「……なんだか、兄上さまと溶け合ったみたいだよ」ってつぶやいてる。

 とにかくこれで城主認定は完了。結界もできあがった。

 確認しようと、俺たちが外に出ると。


「……ショーマ兄さま!」「兄上さま!」


 村のまわりに、光が広がってた。

 空中には、白い雪のようなものが浮かんでる。結界の光の範囲は、森を半分おおうくらい。『竜樹城』の結界と重なり合ってる。成功だ。




『王の領土「鬼王城きおうじょう

 城主:ハルカ=カルミリア

 続柄:義妹いもうと(種族:鬼の血脈)

 結界効果:魔物除け(複数の結界が重なっている領域は、上位の魔物も行動不能となる)

 追加効果:腕力上昇15%

 連鎖:1』



 これで『ハザマ村』のまわりの森は、俺たちの領土になった。よっぽど強力な魔物じゃないと入り込めないし、結界の重なり合った部分は、上位の魔物でさえ行動不能になるらしい。

 そして『連鎖』って意味は──


「村から、光の道ができてるな……」


 まっすぐに。『竜樹城』に向かって。

 これが『連鎖』ってことか。


「なるほど。竜帝が魔物をどうやって追い払ったのかわかった」

「たぶん、城と城をたくさんつないで、大陸中に結界の網を張っていたんですね」


 俺の隣で、リゼットがうなずいてる。

 ハルカはよくわかってないらしくて、俺の手を握って飛び跳ねてるけど。


 しばらくすると光は消えて、森は元の姿になる。

 城壁の上から歓声が響いた。村のひとたち、みんなで見てたらしい。

 口々に叫んでる。「魔物がいなくなった」「これで畑が作れる!」「ボクは釣りに行く!」「温泉に行く!」「覇王はおうさま大陸を支配して!」──って。


「大陸を支配したいとは思わないけど……もうひとつ城が欲しいな」


 俺は言った。


 スキルを調べるとわかる。城と城を繋ぐ『光の道』にも、魔物は入れない。

 つまり『光の道』で三角形を作れば、そのエリアにいる魔物は身動きが取れなくなる。そうなれば駆逐するのは簡単だ。

 みっつの城に囲まれたエリアは、魔物のいない『平和な土地』になる。

 畑にすることもできるし、そこで家畜を育てることもできるはずだ。


「もうひとつ、空いてる城を探して、やってみるか」


 目指すはさらなる結界拡大。

 竜帝時代の遺産を探し出して、さっさと辺境を平和にしよう。



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