033 ショーマの方針と、翼を持つ種族の情報収集

 その日の夜。

 ユキノとリゼットとハルカを村長の屋敷に残して、俺は別の家に泊まることにした。

 やっと落ち着ける場所を見つけたのに、アラサーの男が一緒にいたらユキノがくつろげないだろうと思ったからだ。


 ユキノはこの世界に転生して、辺境まで長旅をしてきた。

 前世で病弱だったせいか、この世界の身体は小さくて、力もそんなに強くない。その身体で王都から旅してくるのは大変だったはずだ。


 まったく、女神も気が利かないよな。

 ユキノ自身が『氷の魔女』になるのを望んだとはいえ、強い身体と超絶体力くらいあげてもいいのに。もうちょっと考えてやれよ。ユキノ、まだ中学生なんだから。


「……中学生なんだよな。ユキノは」


 しかも、現役の中二病だ。

 そして彼女を中二病にしたのは俺だ。10年以上前に俺が消し去った『有機栽培の竜王オーガニックドラゴンキング』が、ユキノの中には今も生きてる。

 元の世界で俺とユキノが出会ったことがいいことだったのか、悪いことだったのか──今の俺にはわからない。ユキノ自身は救われたようなことを言ってたけど……。


「あのとき俺が名乗ってたら、なにか変わったのかな」


 俺の痛々しさっぷりに幻滅したかもしれない。

 あるいは逆に2人そろって中二病ライフを堪能してたかもしれない。

 どういう結果が待っていたのか……今はもう、想像することしかできないけど。


 ユキノのこの世界の名前は『ユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルド』

 三国志でいえば、趙雲ポジだ。

 だけど、もちろん俺にはユキノを戦わせるつもりなんかない。むしろ逆だ。

 俺はこの世界で、ユキノの保護者をやろうと思ってる。


 乱世も、三国志との関わりも、女神の意図も知ったことじゃない。

鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』の力は、身内を守るために使う。


 あっちの世界で助けたユキノを、こっちの世界で死なせるわけにはいかない。

 でないと……俺の黒歴史『有機栽培の竜王オーガニックドラゴンキング』のしたことが無駄になる。ひとつくらい、人を助けた記憶があってもいいだろ。あんな恥ずかしい格好してたんだから。この先も俺は、あれを黒歴史として抱えてくんだからさ。


「あとでリゼットとハルカには、事情を話しておくか」


 俺はお茶をのみながら、つぶやいた。

 ちなみに、俺がいるのはリゼットの家だ。

 ここは、俺がこの世界で最初に落ち着いた場所で、今はほとんど使ってない。

 村長の屋敷にいた方が、『結界』の魔法陣を管理するのも楽だからだ。あっちの方が、部屋も多いからな。


「そういえば、一人で夜を過ごすのは、この世界に来て初めてだな」


 リビングでお茶を飲みながら、俺はつぶやいた。

 元の世界では一人暮らししてたから、慣れてるはずなんだけど。今はなぜか、落ち着かない。


「まぁ、今日も客が来ることにはなってるのだが」


 俺がそう言ったとき、外で人の気配がした。

 正確には、鳥がはばたくような音とともに。


「王さまー」「お待たせしましたー」


 足音がした。

 振り返ると、家の戸口に2人のハーピーが立っていた。


情報収集じょうほうしゅうしゅうから戻りました。ルルイです!」「ロロイなのです!」


 びしっ、と翼を伸ばして、2人のハーピーはお辞儀をした。


「お疲れさま。待ってたよ」

「いえいえ」「王さまのためならー」

「まずは座って。お茶をれるから」


 俺はルルイとロロイを椅子に座らせて、かまどの方に向かった。

 お湯はさっき沸かしたけど、冷めちゃってる。たきぎの火も消えてる。

 じゃあ、しょうがないか。


「『竜種覚醒りゅうしゅかくせい』! 『竜種咆哮ドラゴニック・ブレス』!!」


 俺は最小出力の炎で、たきぎに火を点けた。


「「おおおおー」」


 ルルイとロロイが歓声を上げた。


竜種咆哮ドラゴニック・ブレス』は火力調整できるから、こうしてかまどに火も点けられる。

『上天の女神』相手の籠城戦ろうじょうせん持久戦じきゅうせん、寒冷地戦闘まで想定に入れてたからな。この能力。


「……ほんっと、どんな強敵と戦おうとしてたんだろうな。あのときの俺は」


 俺はお湯が沸くのを待って、お茶を淹れた。

 それを口の長い器に注ぎ、あらかじめ準備しておいた湯冷ましとまぜる。

 ハーピーは不器用だから、舌をやけどしないように、ぬるめのお茶がいいらしい。


 あとは……村の人にもらった『ちまき』があったな。イノシシの肉が入ったやつ。それを皿に載せて、と。


「あ、あのあの」「王さまにそんなことしていただくの。心苦しいのですが」

「自分のご飯のついでだ。気にしなくていい」


 一人暮らしアラサーの経験値をなめてはいけない。

 生活力はある方なんだ。料理も、苦にならない。


「どうぞ」

「「……いただきますー」」


 ルルイとロロイは、翼の先で、お茶の入った器を傾けた。

 そして器に口をつけ、ぬるめのお茶を飲んでいく。


 ハーピーは腕が翼になってるから、器が持てない。普段は川に直接口をつけて水を飲んでるらしいけど、公式の食事の時には、ちゃんとしたマナーがあるらしい。

 勉強になるな。


「それじゃ偵察ていさつの結果を報告してくれ。竜帝時代の遺跡かもしれない砦が、山賊に占拠されてるんだよな? どんな様子だった?」

「はい。ご命令の通り、遠くから見てきたのです」


 長い髪のハーピー、ルルイが言った。


「高い岩山の上に、砦が3つありました!」

「地上からは、細い山道が続いているのあります!」


 髪を首の後ろで結んだハーピー、ロロイが言った。


「我らが長老ナナイラの言うとおり、そこは山賊たちに占拠されているのです!」

「しかも、近くの村の人たちをさらって、むりやり仲間にしているようでした!」

「……山賊が、村人を仲間に、か」

「はい。山賊たちは、怪しい術で、気持ち悪い虫を操っているのです!」

「おそらく『黄巾の魔道士リッカク』の仲間の、魔道士がいると思われるのです!」


 魔道士って、他にもいるのか。

 リッカクが魔物を操ってたように、山賊の中には虫を操る魔道士がいるってことか。


「その虫を使って、村人に言うことを聞かせているのか」

「王さまの言うとおりだと思うです!」「地上にある村人の天幕テントは、虫に囲まれていたのです! 長虫、羽の生えた虫、毒虫みたいなのもいたです!」

「「とっても気持ち悪かったです!!」」


 そう言ってルルイとロロイは、報告をしめくくった。


「「ごほうびに翼をなでてください!!」」

「はいはい」


 俺は『翔種覚醒しょうしゅかくせい』してから、ルルイとロロイの翼をなでた。

 2人は気持ちよさそうに、ほっぺたをすりつけてくる。


「情報は充分だ。ありがとう」


 ちなみに山賊の砦は『キトル太守領』近くの岩山にあるそうだ。

 場所は3カ所。地上にはむりやり仲間にされた村人たちがいる。山賊たちは教団は村を襲ってるって話だから、そのとき引っ張られてきたんだろう。村人が従っているのは、魔道士が操る虫におどされているから。逆らったら食われたり殺されたりするらしい。


 で、俺はその砦に『結界』を作るための古い魔法陣があると考えてる。

 別に砦を攻略する必要はないが──調査の間だけ無力化するとなると……。


「……みんなに手伝ってもらわなきゃいけないかな」

「いいですよー」「よろこんでー……って、あわわ」


 かたん。


 ハーピーのロロイが飲んでたお茶の器が、倒れかけた。


「おっと」


 俺は手を伸ばして器を支える。

 さすがに、両手が翼だと飲みにくいか。


「気をつけてな。ほら」


 俺は器を手にとって、ロロイの口元に運んだ。


「……王さま」


 ぷにぷにしたほっぺたを赤くして、ロロイが俺の方を見た。

 それから器に口をつけて、こくり、と飲み始める。


「わぁ。ルルイもこぼしそうです。王さま。王さまー」

「はいはい」


 なんだか、妹の面倒を見てるような気になってきた。

 妹がいたのなんて、かなり昔の話だけどな。


「あ、あのあの。王さま?」

「どうした。ルルイ」

「実は、ハーピーは鳥目なのです。暗いところ、よく見えないのです」

「……そうなのか?」


 確かに外は真っ暗だ。

 でも……2人とも、さっき来たばっかりだよな。

 真っ暗なところ、飛んでこなかったか?


「王さまにご報告するためにがんばったのです。本当は夜は苦手なのです」

「そうなんですー」


 ルルイのセリフを、ロロイが引き継いだ。


「なので、今日は王さまの家にお泊まりできませんか?」「暗いのはこわいのでー」

「朝まででいいのですー」「それまででいいのですー」


 ぱたぱたと、小さな翼を動かすルルイとロロイ。

 見た目小学生のふたりは、こくこくとうなずいてる。

 ……まぁ、いいか。

 ふたりとも、子どもみたいなものだし。


「でも、村長の屋敷の方に行った方がいいんじゃないか? あっちの方が広いし、リゼットもハルカもいるし」

「それでは意味がないのです!」「こちらでないと駄目なのです!」

「……そうなのか?」


 よくわからないが、ハーピーにはハーピーなりの事情があるんだろう。

 こっちは働かせた側だ。一晩泊めるくらいは構わないか。


「いいよ、わかっ──」

「駄目に決まっているでしょうっ!?」


 叫び声が響いた。

 俺と、2人のハーピーが同時に、戸口の方を見た。


 そこには、肩を怒らせたリゼットが立っていた。


「リゼットたちが不在なのをいいことに、ショーマ兄さまになにをするつもりですか!?」

「ご奉仕しようと思ったのですー」「強い翼を持つ人の子どもは、貴重なのですー」

「……はい?」


 ルルイとロロイは椅子の上に立って、えっへん、と胸を反らしてる。

 ちょっと待て。いつからそんな話になった。


「ハーピーにとって強い翼を持つ人は、王さまで」「愛を捧げるに値するお方なのです」

「なので、報告ついでに」「愛情をいただこうと思ってきました」

「悪い。それは遠慮する」


 さすがになー。

 異世界に来たばっかりで、そういうことする気にはなれない。


「それに、俺の能力は後天的なものだから、子どもには受け継がれないと思うよ」

「王様がそうおっしゃるならー」「気が変わったらいつでも、でありますー」


 そう言ってルルイとロロイは、家の外へと飛び出した。

 そしてそのまま羽ばたいて、ハーピーの集落の方に向かっていった。


「……夜目が利かないんじゃなかったのか」

「普通に見えますよ。ハーピーは」


 リゼットは、はぁ、とため息をついた。


「あの子たち、いたずら者ですからね。ショーマ兄さまも、気をつけていただかないと」

「悪い。油断してた」


 俺は言った。


「あとで俺のつばさのことを詳しく説明しとくよ。そうすればあきらめるだろ」

「それは……関係ないと思います」

「そうなのか?」

「いたずら者ではありますけど、あの子たちの忠誠心は本物ですから」


 でなければ、素直に命令を聞いたりはしません。と、リゼットは付け加えた。

 なるほど。


 異世界で人を使うってのは、意外と難しいんだな。

 あとでハーピー専用の報酬を、別になにか考えておこう。


「ところでリゼット、どうしてここに?」

「そうです! ユキノさんが大変なんです!」

「ユキノが?」

「はい。熱があって、うなされているのです。医術に詳しい者に診てもらったら……疲れが出たのだろう、と。兄さまとユキノさまは、同じ世界から来られたのですよね? もしかしたら、対処法があるのではないかと思いまして」

「わかった。すぐ行く」


 俺はリゼットと一緒に、家を出た。


「悪いな、リゼット。ユキノは俺の食客しょっかくだ。本当は俺が一緒にいて、面倒を見るべきなんだろうけど」

「いいえ」


 リゼットは首を横に振った。


「ショーマ兄さまの食客なら、リゼットにとっても大事なお客です」

「ありがと」

「それに……不思議なのですけど……」


 隣を歩きながら、リゼットは銀色の髪を揺らして、俺を見た。


「ユキノさんは、兄さまと同じにおいがするのです。なんというか……悪に立ち向かう、勇気ある者のにおい、というか」


 それはたぶん、中二病のにおいだと思うよ。リゼット。


「……俺のは完治してるはずなんだけどな……」


 ……してるよな。

 ……してるはずだよな。

 ……してるといいな……。


 そんなことを考えながら、俺とリゼットは村長の屋敷に向かったのだった。

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