034 ユキノと悪夢と『女神の仇敵』

「こんな小さな子が王都から旅をしてきたのでしょう? そりゃ疲れも出ますよ。気が休まるひまもなかったでしょうし」


 ユキノをてくれたのは、村に住む年配の女性だった。

 医術の心得がある人で、薬草なんかにも詳しいそうだ。

 村では「健康に詳しい物知りおばさん」として有名らしい。


「この村に落ち着いて緊張が解けたせいで、熱が出てしまったのでしょうね」

「病気ってわけじゃ、ないんですよね?」

「心配しなくても大丈夫ですよ。王さま」

「いや、ユキノはぜんせ……いや、昔から身体が弱かったって効いてるので」

「……王さまにとって、大切な方なんですね」

「ユキノは……俺がここに連れて来たようなものだからな」


『ここ』──つまり、異世界に。

 俺と出会わなければ、ユキノは中二病はならなかった。

 それがユキノにとって幸運なのか不幸なのかは別として、ここに彼女がいるのには『有機栽培の竜王オーガニックドラゴンキング』が関わってる。

 ……なんだろうな。この感覚。

 子どもの面倒を見るのとも違う。ユキノは俺にとって……年齢がひとまわり違う幼なじみのようなものか? どうなんだろう。


「王さまの大切な人なら、『ハザマ村』をあげて面倒をみさせていただきます」

「……頼む」

「とにかく、ゆっくり休ませてあげてください。過労ですから、しばらく安静にしていればよくなりますよ……ただ」


 女性は困ったような顔で、ユキノを見た。


「……悪い夢を見て、うなされてるのは……かわいそうですね」


 そう言って、女性は帰っていった。


 とにかくユキノには休養きゅうようと、栄養のある食べ物が必要。

 若いんだから1日か2日で回復する、ということだった。


「……よかったぁ」


 ハルカはベッドの横に置いた椅子に、ぐったりと腰を下ろした。


「せっかく友だちになったのに……もしものことがあったらどうしようかと思ったよ」


 長いため息をついて、ハルカは、ユキノの顔をのぞき込んだ。

 ユキノはベッドの上で眠ってる。


 額には濡らした布を置いてある。さっき、少しだけ目を覚ましたから、俺が持ってきたミネラルウォーターを飲ませた。リゼットとハルカが汗を拭いて、それからまた、寝付いたようだった。


「……あぅ……あ」


 また、うめき声がした。


「……ユキノ?」

「……こわいよ……こわいのが……くる」


 ユキノは荒い息をつきながら、寝間着の胸を押さえた。


「ユキノちゃん。ずっとこんな感じなんだよ」

「こわい夢を見ているようですね」


 ハルカとリゼットは俺の方を見て、言った。


「他にはどんな寝言を言ってた?」

「『こわい女神が来る……って』」

「『あたしは、真の主に会いたいだけなのに……乱世を治めるためにスコアを上げろって。そうすれば元の世界に戻してやる』……って」

「女神と?」

「『そのまま死ぬか。転生して世界を救うか、選べ』……怖い女神にそう言われたって、うなされてるんだ」

「『真の主はここにいる。女神はそれだけ教えて消えた……』……って、ユキノさん、それだけを頼りにここまで来たんですね」

「女神の名前は、なにか言ってた?」

「『マルクト』だそうです」


 俺が出会った女神ルキアとは別人だ。

 女神は他にもいて、マルクトという女神が、ユキノにこのまま死ぬか、異世界に転生するか選ばせた、ってことか。


 こんな乱世に、ユキノを、ひとりぼっちで。


「…………たすけて。救援を……あたしの……あるじ」


 ユキノがベッドから手を伸ばした。

 リゼットがその手を握りしめる。けど、ユキノはすぐに手をふりほどいた。

 ユキノの手は小さく震えてる。本当に、なにかに怯えてるようだった。


 ユキノは眠ってる。今のところ意識はない。

 俺がなにを言っても、目覚めたときは覚えてない。

 だったら、


「恐れることはない。我が配下『ユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルド』よ」


 俺はユキノの手を取った。


「よくぞ我が元までやってきた。君の勇気に敬意を表する」

「……あたしの……あるじさま……?」


 ユキノの手のふるえが、止まった。

 細い指が、俺の手を握り返してくる。


「そうだ。案ずることはない。『有機栽培の竜王オーガニックドラゴンキング』はここにいる。時を経て、大いなる力に覚醒めざめ、君の隣にいるのがわからないか? 異世界でさらなる力を得た俺の前では、女神マルクトなど敵ではない……!」

「ショーマ兄さま?」「兄上さま!?」

「し────っ!!」


 俺は口に指を当て、リゼットとハルカの方を見た。

 2人はうなずいて、口を押さえた。よし。


「…………あたしの『真の主』さま」

「そうだ。『オーガニックドラゴンキング』は大地の力を宿し、君と共に……この世界の魔に立ち向かうだろう」

「……ほんとう、に。あのときの……?」


 目を閉じたまま、ユキノがつぶやく。

 ……これくらいじゃ、悪夢を破るには足りないか。

 だったら……。


「覚えているだろう? 俺たちが出会ったとき、咲いていた桜を」


 これは、ユキノの話の中にあった情報だ。

 万一、ユキノが俺に気づいてもごまかせるはず。


「俺は闇色の上着をひるかえし、君を救い出した。そうして君は俺の見立て通り、病魔と戦った。身体はその戦いに倒れたとしても、魔は君を真の意味で滅ぼすことはできなかった。だから、ユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルドはここにいる。それは君がすでに試練を乗り越えたことを意味する」

「…………はい」


 ユキノの唇が、かすかに笑ったように見えた。


「でも、女神さまは言ったんです。あたしをこの世界に転生させる。乱世を治めるためにスコアを上げれば、元の世界に戻してやる。1年前に、記憶を残したまま。最もスコアを上げた者は特典を与えて、って。あたし……こわいです。ひとりぼっちで、こんな乱世に……!」

「恐れるな。乱世など、『有機栽培の竜王オーガニックドラゴンキング』の『魔の力』の前では敵ではない!」

「……真の主、さま!?」

「我が魔種ましゅの技──『魔技MAGI』の前では、女神さえも赤子同然。いずれ君は目にするだろう。『オーガニックドラゴンキング』の名のもとに、大地より現れる魔の竜を。我が魔技『双頭竜絶対封滅斬アブソリュート・サイト』を……」


 っと、ここで俺はリゼットとハルカにめくばせする。

 ふたりとも、なんとなく通じ合ってくれたみたいで──


「ああ、王さまの力により、女神が滅んでいきますー。さすがは『上天の女神の仇敵』ですー」

有機栽培ゆうきさいばいの竜王の前では、怖い女神なんかひとたまりもなかったんだねー」


 俺がすー、っと、手のひらを下げると同時に、2人も声をフェードアウトさせる。

 なかなかの演技力だった。


「いいかユキノ。ここが乱世でも、三国志の世界でも関係ない。辺境だけは乱世じゃないようにする。ここだけは落ち着いて、平和に暮らせる場所にする。ユキノの真の主『有機栽培の竜王』の名において。

 だから、安心して寝てろ。な」


 俺は言った。

 そうしてしばらく、耳を澄ませていると……。


「…………ありがとう……あたしの……あるじ……さま……」


 ユキノの寝息は、穏やかになっていた。

 よかった。

 悪夢は、消えたみたいだ。


 俺はユキノの手をベッドの上に戻して、ハルカとリゼットの方を見た。


「もうちょっとしたら家に戻る。それまで俺はリビングにいるから、なにかあったら呼んでくれ」

「わかったよ兄上さま。ユキノちゃんは、ボクが見てるから」


 ハルカは、なぜか興奮した顔でうなずいた。


「それにしても兄上さま。今の、すごかったね。ユキノちゃんの悪夢をあっという間に追い払っちゃった」

「怖いものがおそってくる悪夢って、よくあるからな」


 俺も中二病時代に熱を出したとき、よく魔王がやってきてたからな。


「でも、兄上さまも女神と出会ったんだよね? 怖くなかったの?」

「俺が出会った女神は、大人しい感じの人だったからな」

「……女神だったんだよね? 人間でもなく亜人でもなく、人を別世界まで移動させる相手なんだよね?」

「そうだけど」

「普通、すっごく恐がると思うよ。兄上さま」

「…………そうかな」

「すごいな、兄上さまって。もしかして本当に女神さまと戦ったことがあるんじゃ……」

「あるわけないだろ」


 俺は首を横に振った。

 そりゃイメージの中で戦ったことはいくらでもあるけどさ。

『第8天の女神』は12種の武器を持ち、72体の精霊を扱うことができたから (設定)。

 それに対抗するために、俺『鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』は80の眷属けんぞくを駆使しなければいけなかった。『双頭竜』もそのひとつだ。むちゃ強いぞ。


「やっぱり兄上さまはすごいよ……」

「俺のことはいいから、ユキノをみてやってて」

「もちろん」

「また悪夢を見てるようなら、呼んでくれていいから」

「ううん。もう兄上さまの手はわずらわせないよ」


 ハルカは、ぐっ、と拳を握りしめた。


「ボクも今の技を使ってみるからね。そしてこれを『ハザマ村』の『悪夢撃退法あくむげきたいほう』として、代々伝えていくことにするんだ」


 やめてください。

 こっちの精神が保ちません。


「だめですよ、ハルカ。そういうものは軽々しく表に出すものではありません」

「えー」

「この村の伝統芸能にしましょう!」


 リゼットは俺の精神を破壊するつもりらしい。


「それと俺の出身地についてだけど……聞かれたら、ユキノには話してあげてくれ」


 同じ世界の人間がいるってわかった方が、ユキノも安心するだろう。

 今はユキノの体調優先だ。


 そう言い残して、俺はリゼットと一緒にリビングに戻ったのだった。








「ショーマ兄さま、ひとつおうかがいしてもいいですか?」


 リビングでお茶を飲んでいると、リゼットが聞いてきた。


「ユキノさんが探してる『真のあるじ』って、兄さまなのですか?」

「……どうしてそう思った?」

「女のかんです」


 リゼットは指に、銀色の髪をくるくると絡めながら。


「……根拠こんきょがないわけじゃ、ないですけど」

「言ってみて」

「さっきのやりとりのとき、兄さまはユキノさんが『真の主』って呼んだとき、まったく違和感なく反応されてました。ユキノさんが別人を呼んでいたのなら、少しくらいは反応が遅れたり、声に違和感があったりするものでしょう?」

「俺が『真の主』を演じているようには見えなかった……ってことか?」

「そういうことです」

「意外とするどいな。リゼット」

「い、義妹いもうとは、義兄あにのことをよく見ているものなんです。兄さまが知らないだけですっ」


 なんで怒ってるんだよ。リゼット。

 ……いや、これは俺が悪かった。

 義兄妹なんだから、話しておくべきだったな。


「リゼットの勘の通りだよ。だけど、ユキノには言わないように」

「どうしてですか?」

「どうして……って、ユキノがあこがれてるのが、子ども時代の俺だからだよ。絶望するだろ。自分が『真の主』として崇める相手が、年くってアラサーになってたら」

「……はぁ」


 …………あれ?

 なんでリゼットは、横向いてため息をついてるんだ?


「あのですね。兄さま」

「うん」

「ユキノさんは、生まれ変わって、別の姿になってこの世界に来てるんですよね?」

「変わったのは、髪の色だけみたいだけどな」

「でも、病弱だった身体は治ってるそうですし、別の肉体、といっても間違いじゃないですよね?」

「まぁ、確かに」

「でも、兄さまはユキノさんを、元の世界で自分が救ったユキノさん、としてお世話してますよね?」

「そりゃそうだろ。彼女を中二病にしたのは俺だし。面倒くらい見ないと」

「つまり兄さまにとって重要なのは、ユキノさんの魂ですよね?」

「そういうことに……なるのかな?」

「なります! なるんです! なのに……どうしてご自分のことは……」

「なんで怒ってるんだよ。リゼット」

「……もー」


 だからなんでほっぺたふくらませてるんだよ。

 夜なのに、顔を真っ赤にして。


「知りませんっ。もー」


 それっきりリゼットは、そっぽを向いてしまった。


「ひとつだけ忠告して差し上げます、兄さま」

「忠告?」

「女の子の想いを甘く見たら、大変なことになりますよ?」


 それだけ言って、リゼットはハルカと交代するために、奥の部屋に行ってしまった。




 なんとなく釈然しゃくぜんとしない感じだったけれど、俺はユキノが落ち着くのを待って、そのまま家に戻ることにしたのだった。

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