035 覇王さんの威力偵察と、病み上がり少女の願い

 次の日。


『ハザマ村』は、村をあげての休日ということになっていた。


「村のまわり、開拓かいたくしすぎたからな……」


 半径数百メートルが更地さらちになっている。

 貫通力をアップ状したおのくわで森を切り開くのは、村人にとって楽しすぎたようだ。

 みんな喜んで、「ひゃっほーい!」って斧をふるってたもんな……。


「おはようございます。ショーマ兄さま」


 俺が井戸の側で顔を洗っていると、リゼットがやってきた。


「おはよう。リゼット」

「ユキノさんですけど、あの後はぐっすり眠ったようです」

「そっか」

「今はハルカがついてます。しばらく、お休みさせてあげた方がいいですね」


 リゼットの言葉に、俺はうなずき返した。


 ユキノは、この世界では『氷の魔女』の能力を持ってる。

 それに、俺と違って、彼女は正式な召喚者だ。

 きっとすごくチートな魔法とかを使えるに違いない。


 村を守り続けたい俺としては、ぜひ、いて欲しい人材だ。

 それと、俺が見た以外にもかっこいい能力を持ってるはずだ。ぜひ見てみたい。


「でも、それも本人の意思次第だな。『真の主』のことはあきらめて、使命を果たすための旅に出ます──とか言われたら、止めようがないから」

「……ソウデスネー」


 なぜか感情のない声で、リゼットは言った。

 どうして『真の主』の話をするとジト目になるんだろう……?


「そういえばハルカの叔父おじさん──ガルンガさんは、そろそろ隣村となりに着く頃か?」


 俺は話を変えた。


「ここから隣村までは、荷馬車で2日半、ってところか」

「はい。もう商談が始まっていると思います」


 そう言って、リゼットは南の方に視線を向けた。


 3日前、ハルカの叔父さんが荷馬車を連れて村を出発した。

 森を切り開いたことで大量に出た木材を、近くの村に売りに行くためだ。


 いくら畑を作っても、作物の苗がなければどうしようもない。

 だから、近くの村に行って、木材と、苗や種芋たねいもを交換することになったのだ。


「俺が木材を持って、隣村まで飛んで往復した方が早いと思うんだが」

「隣村の人たちが、兄さまのスキルにびっくりしすぎて交渉どころじゃなくなります。それに、ただの商売に、王さまの力を借りる民がどこにいるのですか。まったく」


 怒られた。


「それに、腕ききの方々を護衛につけてます。盗賊くらいなら相手にもなりませんよ」

「いざとなったら、木材捨てて逃げてこい、とも言ってあるからな」

「兄さまが強化エンチャントした武器も渡してあるのでしょう?」

「あれは実験用だ。村の開拓やってたら、持続時間が延びてることに気づいたからな」


命名属性追加ネーミングブレス』の効果時間は、約半日。

 ただし『竜脈りゅうみゃく』を使った結界の中にいると、その効果が伸びる。


 開拓中に気づいたことだ。

 おのくわの貫通力が、いつまで経っても落ちない、って。


『竜脈』と『命名属性追加』は、どちらも竜帝さんがくれたスキルだ。

 だから、竜脈からエンチャント用の魔力を取り込めるのかもしれない。


「ですから、ガルンガ叔父さんたちは大丈夫ですよ。兄さま。よっぽどのことがない限り」

「よっぽどのことがない限り、か」


 たとえば、相手が盗賊以上に強い相手だった場合。

 それと、義理堅い鬼族が逃げたりできない状況だった場合か。

 ……まぁ、そんなこと、そうそうあるわけが……。





「大変です王さま! 隣村の方から煙が上がっております!!」


 城壁の上から、見張りの声がした。




「すぐに確認する! 『翔種覚醒しょうしゅかくせい』!!」

「ショーマ兄さま! リゼットもご一緒します!!」




 リゼットが俺の腰に抱きつく。

 それを確認してから、俺は『翔種覚醒』の翼で飛び上がった。


 上空、約30メートル。

 そこから南西の方を見ると──黒い煙が上がっているのが見えた。


 場所は『キトル太守』の領地に向かう街道の先。

 森と岩山に隠れて、はっきりとは見えないが、あっちには村があるはずだ。


 鬼族の荷馬車とガルンガさんが、木材を売る交渉をしている場所なのだが──。




「村がおそわれてるのか!?」




 まずい。

 ガルンガさんたちの荷馬車は、もう村に入ってるはずだ。

 巻き込まれるか……村の人と一緒に戦ってるか……どっちにしても放置ほうちはできない。

 ……ったく。せっかくのお休みなのに。




偵察ていさつ救援きゅうえんに行く! 村のみんなにはそう伝えてくれ!」




 俺は高度を下げて、村の見張り役の人に告げた。





 ──それと




「ハルカには『ユキノの世話をお願い』って、言っておいて。病み上がりだから、欲しいものやしたいことは、できるだけかなえてあげるように、って」

「ついでに、『リゼットは兄さまにお供します』って伝えてください!」



 そう言い残して、俺とリゼットは南西の方向へ飛び立ったのだった。







────────────








「ふわぁ、あれー。兄上さまとリズ姉は?」


 しばらくして、ハルカが村の広場へとやってきた。

 ざわざわと、村人たちが集まっているのを見て、目を丸くする。


「なにがあったの? ふたりは、どこに?」

「──南西へ、飛んでいくのを見たよー」


 不意に、ハルカたちの頭上から、声がした。


「──『キトル太守』の領地にほど近い、隣村となりむら

「──そこで火の手が上がってるのを、王さまはごらんになりましたー」


 ハルカが顔を上げると、村の上空を2人のハーピー、ルルイとロロイが飛び回っているのが見えた。


「王さまの義妹いもうとさんに、嘘はつかないよー」

「ルルイとロロイは、王さまの寝顔をながめに来たんだよー」

「もちろん、同意を得てからだけどー」

「王さま成分を補給したくてー」

「「そしたら飛んでくのが見えたんだよー」」


「……一生の不覚だよ。こんなときに寝坊するなんて」


 ハルカは長いため息をついた。


 寝坊したのはユキノの世話をしてたから……というのもある。


 ショーマが悪夢を追い払ったあと、ユキノの容体はすっかり落ち着いて、朝までぐっすり眠っていた。

 布団の上につっぷして熟睡じゅくすいしてたハルカにはわかる。


 結局、ハルカがしたことは、ユキノの頭に乗せた濡れた布を取り替えただけ。

 それでも『兄上さま』はめてくれるだろうけど──


「ルルイちゃん、ロロイちゃん! お願いだよ。ボクを兄上さまのところまで運んで!」

「ハルカさまは、ユキノさまのお世話をするように、とのご命令です。病み上がりだから、欲しいものやしたいことは、できるだけかなえるようにしてあげて、と」


 城壁の上から、見張り役の声が飛んでくる。


「王さまは、ガルンガさんたちを助けてすぐに戻ってくる、とおっしゃっていました……大丈夫です、きっと」

「そりゃそうかもしれないけど……」


(ボクだって、兄上さまが心配なのに)


 口には出さずに、ハルカはぷくーっ、とほっぺたをふくらませた。


「でも……そうだよね。ユキノちゃんのお世話も、大切な仕事だよね」


 それに、ユキノとは友だちになったばかりだ。

 この機会を活かして、もっと仲良くなってしまおう。


 そうすれば彼女がいた世界の話なんかも聞かせてもらえるかもしれない。

 兄上さまとユキノちゃんは同じ世界から来たんだから、ユキノちゃんの好みがわかれば、兄上さまの好みもわかるもの。

 戦いから帰ってきた兄上さまが、安らげるようなことを考えよう。うん。


 ──そんなふうに納得して、ハルカが村長の屋敷に向かうと──


「敵が来たの……?」


 屋敷の戸口に、寝間着姿のユキノが立っていた。


「わぁっ。だめだよユキノちゃん。まだ寝てないと」

「戦闘が、起こってるんですよね。近くで」


 ユキノはハルカの服のすそをつかんで、問いかける。


「そうだけど、兄上さまとリズ姉が向かったからね……大丈夫だと思うよ。あの2人に勝てる相手なんて、そうそういないもん」

「あたしを、その場所まで連れて行ってくれませんか?」

「駄目。病み上がりの人に戦いなんかさせられないよ」

「戦うつもりは、ありません」


 ハルカの問いに、ユキノは首を横に振った。


「あたしにはまだ戦闘経験が足りないの。だから、この世界の戦いを見ておきたいんです。ちゃんと、この村の人たちの、役に立てるようになりたいの」

「……ユキノちゃん」

「それに、戦闘を観察して経験値を溜めれば、あたしは『真なる覚醒かくせい』に至って、『氷の魔女』から『氷結ひょうけつの魔女』に。さらには『永久凍土の魔女コキュートス・ウィッチ』になれるかもしれないから」

「…………んんんんっ? ユキノちゃん?」


 ハルカは首をかしげる。


「お願いします! あたし、もっと成長したいんです。ショーマさんやリゼットさん、ハルカさんに負けないくらい強くならないと。この乱世を終わらせるためにばれた、正式な召喚者なんだから。はるかな高みを目指して、覚醒めざめないと──」


 ユキノは拳を握りしめ、涙ぐんでいた。

 ハルカは困ったような顔で、赤い髪をかき回す。


(……どうしよう。兄上さまにはユキノちゃんのお世話をするように言われてるんだよね。『戦闘を観察する』がユキノちゃんの願いなら、ボクはその願いをかなえるお世話をしなきゃいけないってことだよね……)


 ハルカはユキノの額に手を当てる──平熱。

 ユキノの脈を取る──早くも遅くもなし。

 ユキノの襟元から手を突っ込んで、「ひぁぅっ!?」って悲鳴を上げさせながら脇の下の熱を測る──やっぱり平熱。


 体調は良くなってる。


(遠くから、村の様子を見せるくらいならいいのかな……)


 考えて、ハルカは首を横に振った。


「やっぱり無理だよ。だって、ハーピーさんは2人しかいないもん。ひとりしか運んでもらえないからね。ユキノちゃんをひとりで行かせるわけには……」

「遊びに来たよー」「王さまはどこですかー」

「こらー。王さまはルルイのものですよー」「ロロイが愛をいただくのですー」

「──って、増えた!?」


 このタイミングで、ハーピーがさらに2人、遊びに来ていた。

 合計4人。ハルカとユキノを運ぶには十分だ。


「……体調が悪くなったら言うんだよ?」


 ハルカはユキノの額に手を当て、体温を確認してから、そう言った。


「ありがとうございます!」


 ユキノは満面の笑みを浮かべてから、深々と頭を下げた。


「すぐに準備をしてきます! 待っていてください!!」


 そして寝間着を脱ぐのももどかしそうに、部屋へと駆けていったのだった。

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