036 覇王、人の世にその名をとどろかす

 ──隣村にて──




「素直に従うのだ村の者! 『黄巾の魔道士リッカク』さまの意思を受け継ぎ、新たな王朝の樹立を目指す、この『魔道士リッキル』に!!」


 村の中央に集まった人々に向けて、黄色いローブを着た男が叫んだ。

 背後には、鉄の鎧をまとった男性が、約20人。全員が武器を持っている。


 まわりでは家が炎を上げている。

 奴らが突然やって来て、火を放ったのだ。


 村人たちは、それを消す時間さえも与えられなかった。

 魔道士と一緒にいる男たちは武器を手に列をなし、村人たちを村の中央へと追い立てたのだ。


『黄巾の魔道士リッカク』の名前を聞いた村人たちは、おびえはじめていた。

 魔道士とその仲間が村を焼き、作物を奪って回っていたことは、村人たちも知っている。


 奴らへの対策をしていなかったのは情報不足と、『キトル太守』が『黄巾の魔道士』の残党討伐に動いていたからだ。

 その上、奴らが白昼堂々、村を襲いに来るとは、村人たちも考えてはいなかったのだ。


くさりきったアリシア王国は、すでに終わりを告げている!」


 村人たちの内心など知らず、魔道士は叫び続ける。


「我らはリッカクさまの意思を継ぎ『古き魔法を用いて新王朝を開くべし』! それに抵抗する者はすでに『悪』であるのだ!!」

「……あいつら大層たいそうなこと言ってるけど、どうするよ?」


 集まった村人の中で、大柄な男が、ぽつり、とつぶやいた。


「もちろん、わしらハザマ村・・・の者は、魔道士連中にくみするつもりはない。あんたらが奴らに従うというなら、このまま帰ることにするが?」


 ターバンで角を隠した鬼族の男性──ガルンガは、村人の方を見て言った。


「……我らも、あんな連中に従うつもりはないよ」


 彼の背後にいる白髪の男性──村長は、首を横に振った。


「……お主らがいてくれて助かった。我々だけではおびえるばかりで、なにもできなかったかもしれない」

「運良く木材の取引に来ていて良かったよ」


 ガルンガたち鬼族は、村人を守るように隊列を作っている。

 彼らが木材の取引のため、この村にやってきたのは、約1時間前。

 その頃にはもう、村は魔道士たちの襲撃しゅうげきを受けていた。


 ガルンガたちの使命は、木材の取引の他に、もうひとつある。

 その使命を果たすために、ガルンガたちは村人の間にひそむことにしたのだった。


「力を貸してくれるのか? 鬼族の方々よ」


 村人はガルンガの背中越しに声をかけた。


「亜人を辺境に追いやったのは……アリシアの『十賢者』とはいえ、我々と同じ人間なのに……」

「気にするな。人間を見捨てましたなんて、王さまに言えねぇからな」

「……王さま?」

「いずれわかるさ。あんな魔道士連中なんか問題にならねぇ、オレらの王の力をな!」


 鬼族は武器を構えた。

 少し離れたところで魔道士と兵士たちは、不敵な笑みを浮かべている。


亜人あじん、か」


 黄色いローブをまとった魔道士リッキルは、吐き捨てた。


「我らが軍門に下るのなら、新王朝の末席に加えてやってもいいが?」

「ちょっと待て、ひとつ、確認することがあるんでな」


 ガルンガは懐から、小さな木の板を取り出した。

 村を出るときに、彼がショーマから預かったものだ。




『万一、旅の途中で「黄巾の魔道士」の仲間と出会うことがあったら、とりあえずは逃げる方向でお願いします。

 ただ、相手が話し好きで、口が軽そうで、乗せたら調子に乗りそうな奴だったら、この質問をぶつけてみて欲しい。奴らの情報がつかめるかもしれない』




 鬼族ガルンガはショーマから、そう言い含められていたのだ。


「『聞こう。貴様らの仲間になると、どんないいことがあるのだ?』」

「……あぁ?」


 ローブの男が、不審ふしんそうに目を細めた。


「『なにもメリットがなければ、人を誘っても来るはずがないだろう。人集めをしているからには、貴様らの仲間になることで、少しくらいはいいことがあるはずだ』」


 男の表情には気づかず、鬼族ガルンガは続ける。


「『もしも魔道士たちが口数多く、自分たちの目的を偉そうに語る奴なら、調子にのってこういう質問にも答えてくれるはず。試して見る価値はある』──ああ、ここは読まなくて良かったのか」

「なにを言っているのだ? 鬼族」

「繰り返そう。『村を焼き、人を強引に集めているとはいっても、最初に集まった者たちにはメリットがあったはずだ。それを聞き出すことで奴らのじゃくて』……うむむ。王さまの文章は読みにくいな……ああ、こう言えばいいのか」


 鬼族ガルンガは手を挙げ、他の鬼族と呼吸を合わせ、せーの、で、


「『すごいな! あなたたちの仲間になるとどんないいことがあるんだろう!?』」


 鬼族たちは真顔で、武器を構えたまま、ローブの男に向かって問いかけた。


「……いいだろう。教えてやる。村人たちもよく聞くがよい」


 ローブの男は自慢げに胸を反らした。


「我ら魔道士は、黒魔法により虫を操ることができる!」

「いや、それは知ってるから聞かなくていい」

「黙ってろ! そして刮目かつもくせよ! これが『黄巾の魔道士』の力だ!!」


 ローブの男は、杖で地面を突いた。




『ヴウウウウヴヴヴヴヴヴヴッヴ』




 羽音が、響いた。

 虫の羽音だった。


 男のローブの中から、巨大な虫が出現したのだ。

 大きさは、子どもの身長ほど。長い身体と、発達した顎、それと長い羽根を持つバッタ──いや、イナゴだった。


「『漆黒の炎より召喚せり。大いなる使い魔』」


 魔道士のローブの奥からは、次々に巨大なイナゴが出現する。

 数は、15体。


「見よ……この虫型の魔物を。これを使えば、あっという間に田畑を食い尽くすことができる。食料を奪えるのだ。意図的に飢饉ききんを発生させることもできる。人の食料を支配できるということは、人を支配できるに等しい。それが我々に従うことのメリットだ」

「そうか、よくわかった」


 ガルンガはうなずいた。


「帰ったら王に伝えよう」

「王だと?」


 魔道士の男性は、首をかしげた。


「鬼族の王……? 何者なのだ。そやつは」

「お前ら、邪悪な魔道士などは触れることもできないお方だ。不毛だった辺境の地を沃野よくやに変えてくださったお方。世界の深淵しんえんを見通し、上天じょうてんする第8天の女神さえも恐れさせるお方だ!」

「な……なに!?」

「貴様が操る『虫』など、王の領土には踏み込むことさえできねぇよ。いずれわかるだろうよ。わしら亜人が待ち望んだ、すべての種族を統べるであろうお方の前では、お前らなど無力だということが!」


 ガルンガと鬼族たちは声をそろえて、叫んだ。

 村人たちが、ざわつきはじめる。



「亜人の王……だと」

「すべての種族を統べる……つまり、人間も?」

「虫の魔物が踏み込むこともできない……って?」

「それが本当なら、『黄巾の魔道士』の仲間を恐れる必要など……」



 おびえていた村の男たちが、武器を手に取った。

 彼らは一斉に、抵抗を叫びはじめる。背後にいた村人たちも声をあげる。

 あんな魔道士たちには従わない。強引に人を従えるやつらなどには、屈しない、と。


「それが貴様らの結論か……!」


 ローブの男は腕を掲げた。


「ならば、この村を滅ぼすまで……その後、使えそうな者だけを連れて行くとしよう。ゆけい、兵士どもよ」

「「「おう!!」」」


 魔道士の合図で、背後の兵士たちが走り出す。

 彼らが手にしているのは、長い柄の先に斧と穂先ほさきのついたハルバードだ。

 兵士たちは村人を威嚇いかくするような叫び声をあげ、その武器を振り上げる。


 村人をかばうように、鬼族の5人が前に出る。

 彼らが手にしているのは、木製の棍棒こんぼうだ。それを見た兵士たちが歪んだ笑みを浮かべる。棍棒など、ハルバードのおのでたたき割れると思ったのだろう。


「身の程を知れ! 亜人ども!!」


 兵士たちはまっすぐ、鬼族たちにハルバードを振り下ろした。

 鬼族はそれを木製の棍棒で迎え撃つ。彼らは声をあげない。笑いもしない。

 ただ、王を信じて、鬼の怪力で武器を振り上げただけ。


 そして鉄製のハルバードと、木製の棍棒が激突し──



 ばっきいいいいいんっ!!



「「「「な!?」」」」


 兵士たちのハルバードが、砕けた。

 

「ま、そうなるわな」


 鬼族たちはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「……おれらが『結界』から出て、どのくらい経ってる?」

「……6時間です。ガルンガさん」

「……王さまの『強化エンチャント』は、あと1時間は保つな」


 武器の強化時間は、村の開拓をしたときに確認した。

 結界内では『強化』用の魔力は、土地の魔力をそのまま使用できる。そのためか『強化』が解けないのだ。

 その後、結界を出ても、約半日は効果が続く。


 だから村を出るときに、彼らの王は棍棒を『強化エンチャント』してくれたのだ。

 彼らが持つ棍棒は、今も『金棒こんぼう』──金属のような強度と粘りを持つ状態のままだった。つまり、軽くてむちゃくちゃかたいのだ。


「抵抗するか。愚かなる者たちよ。ならば思い知るがいい」


 黄色いローブの魔道士が、杖で地面を突いた。


「『…………黒き炎の名のもとに。我が配下よ、敵を喰らうがいい!!』」



『ヴヴヴヴヴウヴヴァァァァァァァァァ!!!』


 虫の羽音が、高くなる。

 羽根をはばたかせ、宙に浮き上がったイナゴが、鬼族たちに向かって飛んでいく。


「──ぐっ!?」


 鬼族たちは棍棒を振った。


 が、宙を舞うイナゴたちには当たらない。

 虫たちは後足で鬼族を引っ掻き、腕に食らいつく。


「ひ、ひぃぃっ!」「イ、イナゴが田に! 麦がああああっ!」


 村人たちが絶叫を上げる。

 鬼族がひるんでいる間に、数匹のイナゴが村の田に向かったのだ。

 田では、収穫前の麦が穂をつけている。

 人間サイズのイナゴは麦に目を光らせ、それに襲いかかろうとしていた。


「我らに逆らうとこうなるのだ……!」


 黄色いローブの魔道士は喉を押さえて、笑った。


「亜人どもの田畑も食らいつくしてやる。飢えの中、我々に逆らったことを後悔して、短い余生を送るがいい──」





「射線確認。出力調整完了。『竜種覚醒』──『竜種竜咆ドラゴニックブレス』!!」






 村の中央を、火線が走った。

 赤い──人の腕ほどの太さがある、灼熱の火炎。


 それがイナゴたちをすべて、焼き尽くした。





「来て下さいましたか! 我らの王よ!」


 鬼族ガルンガが、叫んだ。

 まわりにいる同族も、村の者たちも一斉に、顔を上げた。


 いつの間にか田の近くに、黒髪の男性が立っていた。

 上着をひるがえし、地面に膝をついている。


 村人たちは目を見開く。その人物がいつ、現れたのか、誰も気づかなかった。

 村のまわりには、魔道士の仲間が見張りをしている。

 空でも飛んでこなければ、誰にも気づかれずに現れるなんてできるはずがないのだ。


 それに、虫を焼いたあの炎。

 一瞬のできごとだった。『ドラゴニック・ブレス』という声と共に、膨大な火炎がイナゴを焼き尽くしたのだ。


 虫は魔道士たちの切り札だ。

『黄巾の魔道士』の残党が生き残っているのも、あの虫の力があってのこと。

 それがあの人物にとっては……敵ではないとでも言うのだろうか……。


「なんて……なんてお方だ」


 まるでその男性が神々しい光をまとっているかのように、村人たちには見えた。


「我らが王だ! 異形いぎょう覇王はおうが助けに来てくださったぞ!」


 鬼族ガルンガたちが、叫んだ。

 その声を聞いて、村人たちもざわつきはじめる。


「異形の覇王だって!?」

「あの方が、世界の深淵しんえんを見通す王だというのか!?」

「上天に座する女神の仇敵きゅうてきと呼ばれる方だと!?」

「ああ、確かに、宙から舞い降りるあの姿は、覇王の名にふさわしい!」

「竜の娘を連れているぞ! 竜の血に認められたお方なのだ!」

「我らの声を聞いて……小刻みに震えていらっしゃる。賞讃しょうさんが足りぬのだ!!」

「怒りを買ってはいけない。もっとたたえるのだ────っ!」




 そして鬼族──村の老若男女すべてが、黒髪の男性に向かって叫びはじめる。




「覇王! 覇王! 覇王!」

「覇王! 覇王! 異形の覇王!」

「はーおう! はーおう! いぎょうのはおう!」

「はーおう! はーおう! いぎょうのはおう!」

「はーおう! はーおう! いぎょうのはおう!」

「はーおう! はーおう! いぎょうのはおう!」

「じょうてんにざするめがみのきゅうてき、いぎょうのはおうっ!!」





「うがあああああああああっ!」





「ああ、覇王が頭を抱えていらっしゃる!」

「魔道士に対する怒りで、頭に血がのぼっているのだ!」

「魔道士めーっ! 異形の覇王を怒らせるとは、なんて命知らずな!!」




 そうして──




 救援に到着──即『覇王コール』のコンボを喰らったショーマがもだえるのを尻目に──


 覇王の到着に勇気をもらった鬼族と村人たちは、魔道士たちへの徹底抗戦のために駆け出したのだった。

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