037 それは痛みと共に現れる、異形の覇王の『魔の姿』
──ショーマ視点──
「うがああああああっ!」
俺は頭を抱えた。
いた、いたたたたたたたっ。
うわ。なんだこれ。無茶苦茶痛いんだが! 左腕がうずくんだが!?
なんでここで『
助けに来たのに、どうして味方から精神攻撃を受けてるんだ?
「に、兄さま!? 大丈夫ですか!?」
「……俺のことはそっとしといてくれ……。それより、リゼットはガルンガさんの支援に。みんな、飛び回る虫に対処できてない。リゼットの魔法なら打ち落とせるはずだ」
「は、はいっ」
俺の指示で、リゼットが走り出す。
ガルンガさんも、村の人たちも、志気高く敵の兵士と戦ってる。
それはいいんだけど……なんで
「……俺が『黄巾の魔道士』相手にハッタリかましてたとき、ガルンガさんたちも近くにいたもんな」
俺の『
たぶん、ガルンガさんたちは村人を勇気づけるために、俺の異名を利用したんだろう。
となると、ガルンガさんが悪いわけじゃない。
村人たちも……志気を上げるために叫ぶのはしょうがないよな。
だったら、俺が精神攻撃を受けるはめになったのは……誰のせいかというと──
………………。
…………。
「許さねぇぞ! 虫使いの魔道士!!」
「────え!?」
なに
全部、お前らのせいだろうが!
お前らが村を襲わなければ、俺が『覇王コール』されることもなかったんだよ!
『黄巾の魔道士リッカク』は、三国志風に言えば『
となると、こいつらはその残党だろう。
確か黄巾賊の首領の名前は張角で、幹部には張宝・張梁というのがいたはずだ。
この魔道士がその2人のどちらかだとすると、もう1人くらい、幹部が残ってても不思議はない。
「いい加減に面倒になってきたからな。ぶちのめして仲間の情報をすべてはき出させて、『キトル太守』に突き出してやる!」
俺は『
兵士は鬼族と村人たちが、虫はリゼットが相手をしてる。
俺の黄色いローブをまとった、魔道士だけだ。
「炎を扱う異形の敵よ。貴様は生かしてはおけぬ!」
黄色いローブの魔道士は、実に月並みなセリフを吐き出している。
奴の髪は長い灰色。顔はほとんど見えない。
手足は細く、節くれ立ってる。身体が大きく見えるのはふくらんだローブのせいだ。
「貴様が、この兵士たちを操っているのか?」
『黄巾の魔道士リッカク』は、『
同類なら、人間相手に同じことをやりそうだ。
「我らは『黒魔法』によって人を超えた。『黒炎帝』の遺産を、有効活用し……現在のアリシア国を消し去り……新王朝を作り上げる……」
「ぐがっ!?」
語り続ける魔道士の隣に、蹴り飛ばされた兵士が転がって来た。
同時に、俺の隣にリゼットがやってくる。
「ショーマ兄さま! 兵士と虫はほとんど倒しました! 一緒に戦わせてください!!」
「早いな。リゼット」
「兄さまがくださった剣にかかれば、兵士も虫もちょちょいのちょいですっ!」
リゼットが手にしているのは、俺が強化した『
振り返ると、彼女の後ろには、解体され、黒焦げになったイナゴたちが転がってる。
あの程度じゃ、リゼットの相手にはならなかったか。
その向こうでは鬼族と村人の連合軍が、教団の兵士と戦ってる。
鬼族は『
あの様子なら、任せても大丈夫だな。
「せっかく鬼族と、ご近所の村が仲良くなったんだ」
俺とリゼットは並び、剣を構えた。
「こいつらを倒して、辺境だけでも平和にしとこう」
「でも、気をつけてください。こいつ……上位の魔物です」
「やっぱりか」
「人の姿をしてますけど……どす黒い魔力を感じます。普通の魔物とは桁違いに強いはずです。兄さまなら楽勝ですけど、怪我だけは気をつけてください!」
「リゼットの
俺とリゼットは走り出す。
「『──刃の虫よ。出ませい』」
じゃきんっ。
目の前に迫っていた魔道士のローブから、2本の黒い鎌が飛び出した。
「『
俺は『強化』した長剣を、黒い鎌にたたきつける。
がっ。ぎぎぎぎぎぎぎぎっ!! ががっ!!
嫌な音がして、俺の首を狙ってた黒い鎌が、まっぷたつになった。
『聖剣』だと楽なんだが……あれは魔力の消費が多すぎる。結界の外で使うとすぐに『王』の魔力が尽きて、すべての『強化』が消えるからな。
使うなら、確実に当てられる状況じゃないと。
「リゼットは無事か?」
「大丈夫です──! 『
ふぉん。
リゼットの手から生まれた浄化の炎が、黒い鎌を焼く。
『ギシャアアアアアアッ!』
ローブから姿を現した虫の本体は──身体をくねらせて悲鳴をあげてる。
黒い殻に包まれた、大きな鎌を持つ虫……クワガタだ。
「魔物がショーマ兄さまに刃を向けるなど、100年早いです!!」
リゼットは地面を蹴り、その頭部に長剣をこじ入れた。
『────グァ』
ざくん。
巨大クワガタの頭部が、すっぱりと切れて、地面に落ちた。
「
俺は頭上を見上げた。
魔道士の身体を、巨大なイナゴがつかんでいた。
空中機動もできるのか……面倒だな。
「竜帝が作りし王朝『アリシア』は、まもなく終わりを告げる」
黄巾賊……もとい、黄巾の魔道士の生き残りは言った。
「黒き炎の祝福を受けし新王朝が生まれる。古の帝王の後を継ぐ、正当なる王朝が──」
「かっこいいセリフをどうも。だけど、俺はそういうのは卒業したんだ」
俺は言った。
「ひとつだけ答えろ。お前は黒魔法で、本当に新王朝を作るつもりか?」
「亜人や異形の者に、我が崇高なる使命の意味など──」
魔道士は黄色いローブをひるがえして、叫んだ。
「それとも、黒魔法で人を従えて、黒炎帝って奴のために利用するつもりか?」
「無意味、無意味。亜人と話す価値はなし。皆無……」
話が通じない。それほど期待してなかったけどな。魔物だし。
「おそらく……黒炎帝のために仲間を増やそうとしたのでしょう」
代わりに、リゼットが答えてくれる。
「奴らは町を襲って人をさらっていました。たぶん、黒魔法に適性を持つ人を探すためです。適格者に『黒魔法』を教えて、権力者とする。そうしてそのうちに、身も心も黒魔法に染まっていって──」
「魔物に変化する、ってことか」
「この魔道士はその
頭上の魔道士を見てると、それがわかる。
奴の身体は徐々に、イナゴと一体化を始めてる。
迫力ある魔道士だったのが、今じゃB級映画のクリーチャーだ。
「キカカカカカカカッ! 我らは腐りきった王朝を倒すために力を得た。黒魔法に使われるのではなく、黒魔法を使うことを選び──えら、えらえらえらえら」
「こんな化け物、兄さまの手をわずらわすまでもありませんっ! リゼットが倒します!」
リゼットが走り出し、手近な木を蹴って、
きれいな三角飛びで、空中の魔道士に向かって剣を振る。
「『黒き炎の名において──刺すもの』」
不意に、魔道士が叫んだ。
そのローブの中から現れたのは──
「──きゃ」
「『
俺は反射的に翼を広げ、飛び上がる。リゼットの手をつかんで、細い身体を引き寄せる。
がりん、と、音がした。
リゼットの剣と、巨大な
「大丈夫か、リゼット!?」
「は、はい。申し訳ありません。ショーマ兄さま!」
本当にやっかいだな、虫使いの魔道士って。今度は
敵の本体は空中を飛び回りながら、数匹の蜂をばらまいてる。数は8体。俺たちの方に2体。残りは、鬼族と村人たちの方に向かってる。
「悪い。リゼットはまた鬼族と村人に支援に回ってくれ」
「はい。でも、ショーマ兄さまは?」
「俺はこいつ本体を倒す。でないといつまでたっても終わらないからな」
リゼットが走り出すのを確認してから、俺は頭上を見上げた。
『ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!』
「うざい」
俺は『
こっちに向かって来る蜂を、『
魔道士本体は空中を逃げ回ってる。奴に『
かといって空中戦をやれば、奴はまた虫を呼び出す。
面倒だな。地上から楽に奴を撃墜する方法があれば──
「『ナニガ、異形の覇王か!』 『真の覇王は偉大なる黒炎帝のみ!』 『闇を知らぬ者は、虫の餌となるがイイ!』 『クカカカカッ』!!」
「──ああん?」
いい加減、むかついてきた。
兵士に、虫。
片っ端から
「闇を知らぬ者、と言ったな」
「『クカカカッ!?』」
魔道士が、俺を見た。
三日月型の口を開いて、笑っている。
「闇をなにも知らぬ者が……笑うな」
俺は言った。
「他者を利用し、高笑いを浮かべるだけの者に、真の闇などわかるものか」
闇の力なら、こっちだって持ってる。
虫をブンブン飛ばすだけの小物とは比較にもならない、大いなる闇の力だ。
持ち主にさえダメージを与える、『
「──『異形の覇王、鬼竜王翔魔の名において、
だから、俺は左腕を押さえながら、宣言する。
「『真なる闇は、我が
俺は──忘れかけてた
……ったく。うんざりだ。
なんでアラサーにもなって、こんなセリフ吐かなきゃいけないんだよ……。
「『
我が刃となり敵を喰らう、
「『クカカ?』 ナニヲ言っている……?」
「『上天の加護はすでに
王の血は冥府の獣を呼び覚まし
「ナンダ……言葉の意味がワカラヌ! 貴様はなにを言っている!?」
「そんなことは十代の俺に聞け!!」
俺は剣を地面に突き立て、スキルの起動式を完成させる。
「これが貴様を
青黒い魔力の霧が、俺の身体を包み込む。
俺の姿が、変わっていく。
慣れ始めた異世界の服から、元の世界の服装へ。
就職中は短く切りそろえた髪が伸び、白い布が、しゅるり、と身体に巻き付く。
『
『鬼種』は鬼、『竜種』は竜、『翔種』は飛ぶもの全般。
魔種は、それに『魔』を加えた力を使うことができるのだ。
それはもっとも扱いづらく、最もダメージが大きく──
──
「……おぉ」
青黒い霧が、晴れた。
変身完了だった。
……今すぐ家に帰って布団をかぶりたくなった。
「ショーマ兄さま、そのお姿は!?」
「悪い、リゼット。こっち向くのはやめてくれ」
「でもでも、すごくかっこ──」
「いいから! 義兄の命令だ。
俺は、リゼットに向かって手を合わせた。
鏡が手元になくてよかった。こんな姿、自分で見るのは耐えられない。
俺の左腕では、適当に縛った包帯が揺れている。
右手が重いと思ったら、ブレスレットが2つもついてた。元の世界で無くしたはずの、パワーストーンがついたやつだ。中二病時代に小遣いを貯めて買った奴だ。
額にも包帯が巻かれてる。これは確か、眉間のチャクラの暴走をおさえる (設定の)ためだ。伸びた前髪が赤く光る左目を隠してる。
黒いコートは今の体型に合わせて伸びてる。
実物を召喚したわけじゃなくて、魔力で一時的に服を生成してる。
これが『
中二病時代の
「ぐはっ!!」
痛っ。いたたたたたたたっ。
駄目だ。やっぱり、この格好はきつすぎる。精神的ダメージがはんぱない。
集団戦にも対応できる強力な力だけど……このスキルは、こっちのメンタルが保たない。
勘弁してくれ……俺はもう、中二病は完治したんだ……。
「なんでアラサーにもなって、中二病コスプレしなきゃいけないんだよ……」
黒いコートをなびかせ、額と、左腕に包帯を巻き、右手には銀と黒のブレスレット。たぶん、左腕の包帯をほどくと自作の
「……ナンダ。貴様。その姿は!?」
頭上で、虫化した魔道士が目を見開いてる。
突然、変身したから驚いたのか、それとも『
「消え
この姿になったのは、ここで魔道士とその仲間を叩きのめすためだ。
最も高い攻撃力で、一番派手な力で、亜人たちに手を出すとやばいってわからせる。
ハザマ村も辺境の村も、二度と襲われないように。
あと、できれば俺が、二度とこの姿にならなくて済むように……。
「今から貴様は、真の闇を知ることになる。異形の覇王『
俺は言った。
一応、起動呪文のひとつだからね。仕方ないよね。
「八十八種の魔、だと!?」
「俺でさえその名を半ばしか知らぬ、
俺は、指先で宙に魔法陣を描く。
八十八種の魔──俺の魔力で作り出す、文字通りの使い魔だ。設定を作ったのは20体まで。あとは作ってる途中で飽きた。
その中で使えそうなのは……。
「『
俺は自分の影を、踵で
『ギィシャアアアア!』
黒い──影絵のような鳥が、俺の影から飛び出す。
鬼族と村人の頭上を飛び回る
「な──!?」
『ギシャ! ギシャ! ギィシャァアアアア──ッ!!』
影の鳥が絶叫し──ざしゅ、と、音がした。
蜂の羽音が、消えた。羽を裂かれ、腹を突かれ、蜂たちは全員、落ちた。
「……な、なにがあったんだ?」
「見えなかった。覇王さまの使い魔が、蜂を!?」
「すげぇ……これが異形の覇王の──力」
ガルンガさんたちがつぶやいてる。
でも集中が切れるから『異形の覇王』はやめてね。
「魔道士本体を討て!
俺は言った。
影絵の
空中を飛び回る、魔道士に向かって。
「馬鹿ナ!」
魔道士が叫んだ。
「馬鹿ナ! 馬鹿ナ! 『や、やややややや──刃の虫よ。出ませい』!!」
ざくん。
魔道士のローブから突きだした『鎌』が、俺の鳥を両断した。
「ど、ドウダ。この程度の使い魔ナド──黒き魔法の前では……」
「まぁ、そうだろうな。そんなに魔力注いでないもんな」
「な!?」
「実際に使ったのは初めてだからな。一番弱い使い魔で試してみた。だけどやっぱり精度も悪いし、命令もうまく伝わってないか。だったら、力押しで片付けた方がいいな」
「……あ、あ、ああああ」
ん? あの魔道士、青い顔になってるな。さっきからあんなだったか?
魔物だもんな。顔色が読みにくくて当然か。
いつの間にか鬼族・村人連合軍と、教団兵士の戦いも終わってる。兵士は全員、無力化されてうずくまってる。全員、やっぱり青い顔してこっちを見てるな。
おかしいな。使い魔は見慣れているはずだろう? どうしてそんなに震えてるんだ?
そんなことじゃ。正式な召喚者……たとえばユキノを相手にしたらショック死するぞ。
「やっぱり使い魔より、普通の魔法の方が便利だよな……」
どうして中二病時代の俺は『魔種覚醒』を、ホーミングする便利魔法の使い手にしなかったんだろう。
いや、使い魔をからめた必殺技を使った方がかっこいいからだけどさ。
「……どうした? 虫はもう終わりか?」
俺は魔道士に向かって、告げた。
「戦う力がないなら、俺の質問に答えろ、魔道士。お前のような奴は、他にもいるのか? 人間の組織に入り込んで、中から侵食するタイプの魔物だ。他には、どんな組織に所属してる? もう虫は打ち止めなら、戦いは終わりだ。答えても別に構わないだろう?」
「……フ・ザ・ケル・ナアアアアァ!!」
魔道士が歯をむき出して、叫んだ。
「『──出ませい!』」
ずるり。
魔道士のローブから、巨大な
「『ヒトの姿ヨリ──上位の本体へ』──『本能ヲ
魔道士が紫色の眼球を持つ巨大な蜘蛛にまたがる。上半身がめりこむ。そのまま、一体化する。
もはや人でも虫でもない。
強いて言うなら、羽根が生えた緑色の蜘蛛クリーチャー、ってところか。
「『オオオオオオオオァァァァァァァ!!』──『黒炎帝の器となる新王朝を』──『強敵はこの場で排除』──『役立たずは喰らい、餌と』──」
蜘蛛が四方に向かって糸を吐き出す。
さらに、巨大な脚で宙に飛ぶ。速いな。蜘蛛なのに。
蜘蛛はそのまま、地面に転がっていた兵士の上に落ちた。
「ぐぇっ!? ま、魔道士さま!?」
「『あとで喰らう』──『子蜘蛛の
一瞬だった。
大蜘蛛が吐き出した糸が、ローブの男を包み込んだ。さらに小さな蜘蛛が、その上にのしかかる。かりかりと、糸を掻いている。そのまま喰らうつもりらしい。
「『貴様』──『囲み』──『喰らい』──『餌とする』──『辺境も』『貴様の村も』『そこの娘も』『皆』『教団の生け贄』」
「……そうかよ」
俺は魔力残量を再確認。
『鬼』『竜』は2割減。『翔』は半分弱。『魔』はほとんど満タンだ。
大技使っても大丈夫か。
だったら、ここはできるだけ派手な技で圧倒しよう。
『陸覚教団』が二度と、辺境に足を踏み入れる気がなくなるくらいに。
「ならば、見せてやろう。『異形の覇王』、鬼竜王翔魔の技をな。その目でしかと見るがいい」
「はい。ショーマ兄さま!」
「
「覇王さま!」
「ショーマ覇王さまぁ!!」
「リゼットと鬼族と村人さんたちには言ってない! むしろあっち向いてて!」
必死で突っ込みながら、俺は魔力を解放する。
『魔』の魔力。『竜』の魔力。
そしてそれを、ゆっくりと練り混ぜ、16番目の使い魔を作り出す。
いや……17番目だったか? もしかしたらルート11番とか……いや、それはどうでもいい。
この乱世を、仲間と一緒に生き延びる力であれば、それでいい!
「──『
次の瞬間──
俺の影から、大木ほどもある巨大な、双頭の竜が現れた。
この世界の竜とは違う、長い長い胴体を持つ影の竜。
使い方は──わかる。すごくシンプルだ。
こいつがいれば『鬼竜王翔魔』の9つの必殺技──そのひとつが使えるはず!
「消えゆく貴様には見せてやろう。我が奥義『
『グゥォオオオオオオオオオオアアアアアアア!!』
そして双頭の竜が、蜘蛛化した魔道士めがけて
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