038 吠え猛る『双頭竜』は、その姿を人々の目に焼き付けて行った

 ──虫使い魔道士リッキル視点──




「馬鹿な! 馬鹿な! バカナ────っ!!?


 虫使いの魔道士、リッキルは絶叫ぜっきょうした。

 空中に逃げた彼を追うのは、漆黒しっこくの──長大な身体を持つ魔物まもの

 いや、魔獣まじゅうとも言うべきものだった。



『グォアアアアアアァァァァィィィアアアアアア!!』



 大樹のような巨体をくねらせた魔物は、空中に螺旋らせんを描きながら、魔道士リッキルに迫ってくる。


 大きく開いた口の奥には、無数の牙がある。

 身体は黒一色で、眼球だけが血のように赤い。

 二対の角は鋭利な刃物のように、魔道士リッキルが使役する『虫』たちを次々に両断していく。

 その絶大な破壊力を持つ頭部が2つともなれば、虫使いの魔道士がパニックになるのも無理はなかった。


「なんだ──こんなものを使役するあの男は──なんなのだ!?」


 魔道士リッキルは魔物を放ち続ける。

 イナゴ、クワガタ、はち、そして蜘蛛くも


 そのすべてが、『双頭竜そうとうりゅう』に触れた瞬間、千切れ、砕け、消滅していく。

 1匹で数人の兵士を相手にできる虫たちが、足止めにもならない。


「コンナ破壊力の使い魔を扱える者など……いるはずが……」


 魔道士リッキルは骨ばった拳を握りしめた。

 指折り数える『虫』の残数は、すでに10を切っている。



『グォアアアアアアアア──────ッ!!』



 その声で木々を震わせながら、迫り来る『双頭竜』

 影絵のようでいて、よく見ると鱗も、ヒレもある。

 爪のひとつひとつが、まるで黒曜石こくようせきのように輝いている。


「……こんな使い魔を、この場で作り出せるのか!? なんなのだ、あの者は!?」


 魔道士リッカクとて、この場で『虫』を作り出しているわけではない。

 彼の召喚術は集団魔法だ。

 魔道士たちは盗賊と、むりやり仲間にした村人の中で適性を持つ者に黒魔法を教え、魔力で『虫』を作らせている。


 さらに魔道士たちは人々の魔力を利用し、ローブの中に『収納空間』を作っている。『虫』たちはそこに収められ、魔道士の指示で現実世界へと飛び出すようになっている。

 そうすることで効率よく、『虫』を──ひいては人間を操ることができるのだ。


 それが『黄巾の魔道士リッカク』を頂点とする、黒魔道士のやり方だ。

『黄巾』を身につけた仲間たちは、大陸のあちこちに拠点を作っている。


 ボスである『黄巾の魔道士リッカク』は倒されたが、彼らの活動はまだ終わらない。

 このままアリシア王国を滅ぼし、黒魔法を頂点とする新王朝を作り出すまで、活動を続けるはずだったのだが──


「ここまで規格外の相手がいるとは……。我らが集団で使う魔法を、あいつは1人で使っている。どれだけの修行と、どれだけの魔力があればそれを可能だと言うのだ!? 我があるじ黒炎帝こくえんてい』さまと同等の力を持っているとでも……」



 ばっん。



 切り札として放ったクワガタが、竜の頭のひとつにくだかれた。

 眼前に迫ったもう一つの頭部が、魔道士と合体した蜘蛛の脚に食いつく。食いちぎる。不味そうにはき出す。数体の虫を、巨大なかぎ爪で払いのける。


 魔道士リッキルは決断する。

 飛行速度は『双頭竜』の方が速い。このまま逃げ切ることはできない。

 ならば……残る『虫』たちに魔力を注ぎ、一時的に巨大化させる。

 その重みと落下の破壊力で、双頭の竜を倒す。できなければ、足止めをする。それしかない。


「『──黒き炎の名のもとに』!!」


 魔道士リッキルのローブが、翼のように広がる。

 大きく広げた両腕に、魔力の光がともる。

 魔道士はローブの中に残る最後の虫たちに、魔力の大半を注ぎ込む。


「──ケイ!!」


 そして魔道士リッキルは、最後の『虫』を放った。

 牛ほどの大きさがある『イナゴ』と『蜘蛛くも』──それぞれ1体ずつ。

 迫り来る『双頭竜』の頭部にたたきつける!



『ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!』

『グォォ、アアアアア──────っ!!』



 空中で『虫』と『双頭竜』が激突した。

 はじめにひしゃげたのは、イナゴの身体だった。竜に正面衝突した頭部が砕け、続いて羽が散っていく。

 続いて、蜘蛛も同じ運命をたどる。八本の脚が飛び散り、胴体に穴が空く。


 そして──『双頭竜』は──。




『ォアアアアアアアアアアアア!! ギィアアアアアアアアッ!!』




 その声に、魔道士リッキルは目を見開いた。

 双頭の竜は絶叫しながら苦しんでいる。やはり、最後の虫の一撃が効いたのだ。


『双頭竜』は長い身体で渦を作りながら、まわりすべての気配・・を消すような勢いで叫び続けている。


「やった! はは、ざまをみろ。『異形いぎょう覇王はおう』とやら!」


 空中で、魔道士リッキルは満面の笑みを浮かべた。


『双頭竜』が消えていく。


 まるで花火のように光をまき散らしながら、信じられないくらい。派手に。

 封印でもされているかのように、回転しながら滅んでいく双頭の竜の姿から、彼は目をそらすことさえできない。思わず見入ってしまうほどの美しさだ。


「ははははははははは! なにが『双頭竜絶対封滅斬』だ! 意味不明ダ! 亜人のすることなどこの程度だ! なんなのだ『双頭竜絶対封滅斬』とは!! ははっ!!」

「──意味はそんなに複雑じゃねぇよ」


 声がした。

『双頭竜』の姿に見入っている、魔道士リッキルの背後からだ・・・・・


「この技を受けた者は、『封』じられて『滅』んでいく『双頭竜』が気になって『絶対に見てしまう』から、そのすきに『斬る』。それこそが『双頭竜絶対封滅斬アブソリュート・サイト』だ」

「────あ……ああああああっ!?」


 魔道士リッキルが振り返ると、そこには──

 背中に翼を生やし、金色の刃を振りかざした、異形いぎょうの王の姿。


「『命名属性追加ネーミングブレス』──『聖剣』」


 そして金色の刃が、魔道士リッカクの身体を切り裂いた。






 ──ショーマ視点──



「……やっぱりこいつ、人間じゃないんだな」

「あ、ああ、ああ……」


 俺が斬ったのは、魔道士が一体化した魔物の部分だけだ。

 こいつが人間だったときの用心だけど、必要なかったようだ。

 地面に落ちた、魔道士の身体は黒い霧になって消えていく。あの『黄巾の魔道士リッカク』と同じだ。


「……ひとつ、教えてくれ……『異形の覇王』……」

「……? なんだ?」

「もしも我が、あの双頭竜を無視していたら……どうなっていた……?」

「『双頭竜そうとうりゅう』の攻撃をまともに食らって吹っ飛んでたんじゃないかな?」

「ず……ずるい…………」


 その言葉を最後に、魔道士の身体は消滅した。

 残ったのは『黄巾の魔道士リッカク』の時よりも少し小さな『邪結晶じゃけっしょう』だけだ。


「『魔種覚醒ましゅかくせい』、解除」


 魔力にはまだ余裕がある。

『双頭竜絶対封滅斬』で双頭竜が消滅するのは、稼働時間を短くして、魔力消費を減らすという意味があるからだ。

 敵の増援が来る可能性もあったからな。できるだけ効率よく戦わないと。


 ……でも、増援の気配はない。それに、この格好をしてるのも、精神的に限界だ。

 俺は変身を解除して、通常の『桐生正真きりゅうしょうま』状態に戻ることにした。


「お見事でした! ショーマ兄さま!!」


 ふと気づくと、リゼットが目を輝かせてこっちを見てた。


「リゼットはこの目に焼き付けました! 『双頭竜絶対封滅斬アブソリュート・サイト』!!」

「わかった。いますぐ消去してくれ」

「同じ技を身につけるまで待ってください。同じ竜の血族なんですから、できると思います!」

「無茶だと思うぞ」

「では、兄さまはどうやって、あの技を身につけたんですか?」

「それは……」


 元々は学校で、自由参加のくせに半強制参加のイベント (運動会の応援練習とか、1年生は『自主的に』全員加入の部活動とか)から逃げるために考えた技が元になってる。

 具体的には100均で買ったキッチンタイマーを周囲に仕込んでおいて、『ピピピ』って鳴ったのに相手が気を取られてるうちに逃亡する、というものだ。


 そのときに『双頭竜絶対封滅斬』って名前をつけた。かっこいいからな。

 それと……実際には使ってない。考えただけだ。逃亡に使ったのは、別の技だったから。


 当時の俺は『世界の悪』を探すのに手一杯で、『自由参加だけど半強制イベント』に参加する余裕なんかなかった。だから逃げるために小技を編み出す必要があったんだ。


 ……でも、そっか。当時の俺は、あの技をこんなふうにイメージしてたのか。

 ……………………二度と使わないようにしよう。


「それにしても、犠牲者が出なくてよかったよ」

「はい。これもショーマ兄さまのおかげです」


 銀色の髪を揺らして、リゼットが俺を見ながら笑った。


「鬼族のみんなも、村人さんたちも喜んでますよ? ほら」

「『覇王はおうコール』なしで喜んでくれるなら文句はないけどな……って。ん?」

「「「──いぎょ……?」」」



 …………ん? 今、みんなで『覇王はおうコール』しようとしてなかったか?

 村人さんたち、横一列に並んで、手を半分挙げた状態で止まってるし。



「「 (ぶんぶんぶんぶん)」」 (必死に頭を横に振る村人たち)



 ……まぁいいか。


 魔道士は俺が倒した。敵の兵士たちは、鬼族と村人たちが制圧した。

 これから生き残りの連中から情報を聞き出して、そのあと奴らを『キトル太守』の町に放り出すことになる。

 だけど、それは鬼族のみんなに任せよう。

 ついでに村人と一緒に太守のところに敵の兵士たちを突き出して、賞金でももらえばいい。


 そうすればこの村と『ハザマ村』の結びつきも強くなる。

 亜人も人間も、もっと暮らしやすくなるはずだ。


「じゃあ帰ろうか、リゼット」

「はい。ショーマ兄さま」

「早めに片付いて良かった。ハルカとユキノを巻き込まずに済んだからな」


 ハルカがここにいたら、問答無用で虫の群れに突っ込んで行ってたような気がする。

 ユキノはまだ病み上がりだ。彼女の魔法は力になるけど、今は戦わせたくない。


 ……それに『魔種覚醒ましゅかくせい』した姿をユキノに見られたら、面倒なことになりそうだ。あの服装は、もろに中二病時代の俺だからな。


「そうですね。ハルカには、ユキノさんを守るって使命がありますから。ふたりはおとなしくしていた方がいいですよね?」

「ああ。そうだよな」

「わかってます。リゼットは兄さまの義妹いもうとですから、ちゃんとハルカにはそこで・・・おとなしくしているように厳命げんめいしました! ですからショーマ兄さまがあの『かっこいい姿』になってからは、鬼族のみんなと一緒にじっと動かず、がまんしています」

「…………はい?」


 俺は振り返った。

 鬼族のみんなは、村人さんたちの後ろ。

 よく見るとその隙間から、赤毛の少女がこっちを見てた。

 むー、って、ほっぺたをふくらませて。

 さらにその後ろには、翼をたたんだハーピーが4人・・


「あのかっこい『双頭竜そうとうりゅう』が現れた直後に、6人・・はこの村に着いたんです。ですが、兄さまの集中を妨げてはいけませんからね? できるだけ目立たないように、とお願いしたです。リゼットは最近、ショーマ兄さまがどうして欲しいかわかるようになってきました。もしかしたら、義妹いもうととして成長したのかもしれません!」

「ソウダネー」


 俺はリゼットの話を、ぼんやりと聞いていた。

 ハルカは天然だけど義理堅い。


 だから、ああやっておとなしくしてる。

 その彼女が「客人きゃくじんの面倒を見る」という使命を放り出して、ここに来るはずがない。

 ということは……。




「……ショーマさん…………」




 ハルカと、ハーピーのルルイとロロイの間に、小さな少女が立っていた。

 まだちょっと顔色は悪いけど、しっかりと立って、こっちをじっと見つめてる。




「……あの力は……。ショーマさん……もしかしてあなたは…………?」




 まわりの人たちは、まだ少し騒いでいたけれど──


 異世界の少女、ユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルドの声は、まっすぐに俺に届いたのだった。

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