039 王の配下の少女たち、公平な称号を思いつく
「なるほど……ショ、ショーマさんは、あたしの『
「……え?」
……ばれて、ない。
てっきりユキノに、『
ユキノは寝間着の胸を押さえて、納得したようにうなずいてるだけだ。
「さっきのショーマさんの姿と力を見て、わかりました。この場にあたしたち召喚者がいることで、この辺境に『
そう言うと、ユキノは、くるり、と背中を向けた。
「そ、そういうことなので、あたしはこれから、ショーマさんのおそばで戦おうと思います。同種の力が重なることで、あたしの異能も進化するかもしれませんからねっ。次の戦いからは、お客様扱いはしなくていいですから。あたしも、リゼットさん、ハルカさんと同じように扱っていただきますからねっ!」
「ユキノ……?」
ぶんぶんぶんっ。
俺が声をかけても、ユキノは首を横に振るばかり。
もしかして、俺が『真の主』と同じ格好をしてるのが、ショックだったのか?
そうだよなぁ……元女子中学生としては嫌だよな。中二病スタイルのコスプレしてるアラサーとか。しかも、『
ダメージとしては、見られたこっちの方が大きいんだけど。
「あ、あのあの。ハルカさんっ!!」
こっちに背中を向けたまま、ユキノは叫んだ。
「わ、わがまま言ってすいません。戦闘を見るという目的は果たしたので、先に帰らせてもらえませんか?」
「いいよ……って、わぁっ。ユキノちゃん顔が真っ赤だよ!? すごく熱いよ!! たいへんだーっ!!」
ユキノの顔をのぞき込んだハルカが目を見開く。
ちっちゃな額に手を当てて、ふらり、と倒れかかるユキノの身体を抱き留める。
「悪い、ハルカ。ユキノを頼む。ハーピィたちも、申し訳ないけど、2人を村まで送ってあげて。お礼はあとでするから」
「承知なのですー」「どうせみんなで帰るので、問題なしですー」「王さまのかっこいいところが見られたので」「それを語り継ぐ楽しみだけで、報酬は充分かとー」
ルルイとロロイ、それと、他のハーピィたちが笑って答えてくれる。
でも、俺のあの姿を語り継ぐのはやめてね。
「あの、ショーマ兄さま」
気づくと、リゼットがまっすぐに俺の方を見ていた。
「よければハルカの代わりに、リゼットがユキノさんをお送りしたいのですが」
「それはいいけど。どうして?」
「ここからは敵の
「ああ」
俺はうなずいた。
鬼族と村の人たちは協力して、魔道士の仲間を縛り上げてる。
その近くでは鬼族のガルンガさんと、村の老人が話し合ってる。この村と『ハザマ村』で協定を結びたい──と。情報提供と相互扶助について──とか。俺の方をちらちら見ながら。
「確かに、村同士の話し合いをすることになるな」
「そうなるとリゼットより、村長のハルカが立ち会った方がいいと思うんです」
「それはわかるけど……ハルカはそういう交渉ごとは得意なのか?」
「すごく苦手です」
言い切った。
さすがリゼット、ハルカの適性をよくわかってる。
「でも、ハルカがいれば、その場で決まったことは村の総意になります。だからハルカはここにいた方がいいと思うんです」
「わかった」
俺はうなずいた。
「そういうことだから、頼むね、ハーピィたち」
「「「「はーい」」」」
「ハルカはここに残って、村の代表として打ち合わせに参加すること」
「え? 帰りはボクが兄さまに送ってもらえるの? やったーっ!!」
ハルカは満面の笑みで、両手を挙げた。
いいのかそれで。
「ユキノも、病み上がりなんだから、戦場に来たら駄目だろ?」
「……ごめんなさい」
ユキノはハルカに寄りかかったまま、肩越しに、ちらりと俺の方を見てから、うなずいた。
「この世界の戦いを、見ておきたかったの。敵の軍団とどう戦えばいいのか、そういうことを」
「わかるけど。そういうのは体調が回復してからだろ。次から気をつけてな」
「はい。ごめんなさい……」
「……いや、怒ってるわけじゃないから。こっち向いて」
ふるふる、ふる。
ユキノは水色の髪を揺らし、
やっぱり『
大人の俺が、あこがれの『有機栽培の竜王』と同じ格好をしてるのはショックだったのかもしれない。
当時の俺を『真の主』とあがめるくらい、ユキノにとってあの出会いは大切な思い出だったんだ。それを大人の俺が、うかつに触れるべきじゃない。
中二病が抜けて、大人になった俺でも、それくらいのことはわかる。
「それじゃユキノのことは任せたよ。リゼット」
「はい。お任せください、ショーマ兄さま」
そうして俺たちは、村へと帰っていくリゼット、ユキノ、ハーピィたちを見送ったのだった。
残った俺とハルカ、鬼族のみんなは木材の取引と、敵の
──リゼット視点──
それから数十分後、リゼットとユキノは村に戻った。
「リゼットさま! ユキノさま! ご無事で!」
「村の者はどうなったのですか!? 隣村で一体なにが!?」
「ショーマさまがいれば大丈夫だとは思いますが、みんな……心配で」
「みなさん、落ち着いてください。事はすべて終わりました。鬼族のみなさんも、隣村の方も、怪我ひとつしていません。みんな……ショーマ兄さまのおかげです」
集まってきた村人たちに向けて、リゼットは手早く説明をはじめた。
隣村に『黄巾の魔道士リッカク』の仲間が攻めてきたこと。
鬼族と村人が団結して立ち向かったこと。
そして、駆けつけたショーマが、敵の幹部と、使い魔の『虫』たちを一掃したことを。
「兄さまとハルカは他のみんなと一緒に、隣村に残りました。明日には戻られると思います。それと、隣村のみなさんは……この村と協定を結びたがっていました。互いの情報を提供しあって、助け合う協定を」
おおおおおおっ! と、歓声が上がる。
ご近所とはいえ、隣村と『ハザマ村』の間では、ほとんどやりとりがなかった。
人間は亜人を警戒していた。亜人は、人間たちに辺境に追いやられたことから、彼らを信じきれずにいた。
物資の取引はしていても、親しく付き合うようなことはなかった。
そのふたつの村の間にあった壁を、ショーマは一気に壊してくれたのだ。
リゼットの耳には今も、村人たちの『
思わず笑顔がこぼれだす。あれは兄さまが『ハザマ村』と、隣村を繋いでくれた証のようなものだから。
「……やはり、ショーマ兄さまはすばらしい方です」
通常状態のショーマは人間。
しかし、能力を使うときは竜と鬼と、翼を持つ種族の姿に変わる。
彼にとっては、姿かたちの違いなんてなんでもないのだ。
そんな『異形の覇王』に助けられてしまったら──隣村の人たちだって、人間と亜人の違いなんか、どうでもよくなるのかもしれない。
「もしかしたらショーマ兄さまは、すべての種族を
「くしゅんっ」
不意に、リゼットの隣でユキノがくしゃみをした。
空を飛んだことで冷えたのだろう。寝間着の袖を押さえて、小さく震えている。
「すいませんみなさん。お話はここまでです。続きは、ショーマ兄さまとハルカが戻ってきてからにしましょう」
そう言ってリゼットはユキノに肩を貸して、歩き出す。
ふれあったユキノの身体は、やっぱり少し熱かった。むき出しの肌も、顔も真っ赤だ。
けれど──
「……ふふっ」
「ユキノさん?」
リゼットはふと、
「どうしてさっきから、ずっと笑ってらっしゃるんですか?」
「ふえええええっ!?」
ユキノは慌てて、顔を押さえた。
「わ、わわわ、笑ってるように見えましたか!?」
「ほっぺたがゆるんでますし、唇が笑うかたちになっています。さっきから『ふっふーん』って、軽やかに息を吐いてます。気づいてないのですか?」
「き、気のせいです! あたし、笑ってもないし、浮かれてもないです!」
「そうですか。気のせいですか」
「気のせいです」
「……そうですか」
「……そうなんです」
「ところで、ユキノさん」
「はい」
「ショーマ兄さま」
「はいいいいっ!?」
「──と、リゼットとハルカは、義理の兄妹です」
「──は、はい。知ってます」
「ショーマ兄さま」
「ひぅっ! は、はいっ!」
「──の本名は、キリュウ=ショーマさまとおっしゃいます」
「──知ってます! あたしと同じ世界の方なんですよね!?」
「兄さま」
「……はい」
「──と、リゼットは
「…………え」
「兄さまは、この世界をかつて治めていた『
「あわ、あわわわわわわ」
「もしかしたら、竜の血を色濃く引く子どもが生まれるかもしれません。もちろん、兄さまに同意いただけたら、ということになりますけれど。同じ世界から来られたユキノさんのご意見をお聞きしたいんです。あなたの世界の方が、異世界の亜人と子どもを作ることは、果たして許されるもので──」
「だめええええええええええっ!!」
いきなりだった。
耐えきれなくなったように、ユキノはリゼットの手を振り払い、叫んだ。
「だめっ! 絶対に
「そうですか、やっぱりユキノさんの世界の人は……人間と亜人が子どもを作ることには、抵抗があるものなのですね……」
「違いますっ! そうじゃないです! リゼットさんのことは、あたし、好きです。亜人とかそういうのは気にしないです! だけどだけど、だめなんです!」
ユキノの身体が、ゆらり、と揺れる。
病み上がりで大声を出したからだろう。
ふらつきながら、それでもユキノは地面を踏みしめ、身体を支える。
「わかったの……あたし……やっと気づいたの……だから……」
リゼットをまっすぐに見つめて、胸を押さえ、小さな身体をめいっぱい震わせて、叫ぶ。
「取っちゃ嫌です! だって、やっと会えたんですから! 世界を超えて、生死を超えて、やっとめぐりあえたんですからっ!! ショーマさんを……あたしの『
まるで全身の力を絞り出すように叫んだあと──
ユキノは、ぺたん、と、座り込んだ。
「あたし……勘違いしてました。『真の主』は、あたしと同じ年齢で召喚されると思ってたの。でも……違ったんです。『
「どうしてそう思ったんですか?」
「これを……見て」
ユキノは寝間着の下から、銀色のペンダントを取り出した。
小さなもので、中央に丸い水晶がついている。
「これが『召喚者』の証なの。『召喚者』が魔物を倒すと、この水晶にカウントされるの。そうして最も乱世を治めるのに功績があった者は、記憶と異能を持ったまま元の世界に復活することができるの。でも、ショーマさんはこれを持ってなかった。魔物と戦うときは、必ず持ってなきゃいけないのに」
「それで、兄さまは特別だと?」
「ショーマさんがあたしと同じ世界の人だって聞いたとき、おかしいな、って思ったの。どうしてペンダントを持ってないんだろうって」
そこまで言って、ユキノは、はぅ、と息をついた。
「……だから、あたしはショーマさんの戦いを見たいと思ったの」
「それだけでは、兄さまが『真の主』だという証拠には──」
「昨日の夜、ショーマさんがあたしの手を握ってくれたでしょう?」
ユキノは頬を押さえて、笑った。
「半分、ゆめうつつだったけど、なんとなく覚えてるの。その時の手の感触が、あの人と同じだったの。1年前の春の日、あたしを助けてくれて、抱き起こしてくれた手と。そのときに、わかったの」
「そういうこと、ですか」
ショーマにとっては、彼がユキノを助けたのは10年以上昔のことになる。
けれど、ユキノにとっては、ほんの1年前のことだ。
だから彼女は、ショーマに手を握られたときのことを、はっきりと覚えていた。
「ずいぶん大きくなって、力も強くなっていたけど……わかります。だって、あたしの『真の主』の手なんだもん。忘れるわけないもんっ!」
「ユキノさん……」
「だから! だからっ! 『真の主』の子どもが欲しいなら、まずはこのユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルドを倒してからにしてください!
も、もちろん、
「ごめんなさいっ!!」
ぺこり。
ユキノが見ている前で、リゼットは深々と頭を下げた。
「さっきのは、
「嘘……?」
「はい。ユキノさんの本心を知りたくて、嘘、つきました。ごめんなさい!」
リゼットは言った。
「……な、なぁんだ」
すとん、と、ユキノの身体から力が抜けた。
倒れそうになるのを、リゼットが慌てて抱き留める。
「ごめんなさい。ユキノさんが兄さまが『真の主』だってことに気づいたかどうか知りたくて……つい」
「じゃあ、竜の血を引く子どもが欲しいから……ショーマさんの子どもを作りたいっていうのは……」
「ですから、嘘です。リゼットは
「…………はぁ」
ユキノは、長い長いため息をついた。
「ひどいです……リゼットさん」
「本当にごめんなさい。でも、確かめておきたかったんです」
リゼットはユキノを支えながら、真面目な顔でうなずいた。
「ユキノさんが、兄さまと共に乱世を歩める方かどうかを」
そう言ってリゼットは、ユキノの手を握りしめた。
「もしも『真の主』が他にいるのなら、ユキノさんはいずれいなくなってしまうでしょう? だからです」
「……リゼットさん」
「リゼットとハルカは、兄さまに忠誠を誓っています。なにがあろうと、兄さまとともにこの乱世を生き抜く覚悟です。だから、ユキノさんが兄さまを助けてくれる人なのかどうかを……共に、並んで剣を取れる人かどうかを、確かめる必要があったんです」
「そういうことなら、わかります」
ユキノはリゼットの目を見返して、告げた。
「ありがとう、リゼットさん。『真の主』のことを、そこまで考えてくれて」
「義妹ですからね。当然です」
「……でも、あたし、これからどうしたらいいのかな?」
「どうしたら、って?」
「ショーマさんに『真の主』って、呼びかけていいのかな?」
「試しにやってみましょう」
「試しに?」
「目の前に兄さまがいらっしゃいます。呼びかけてみてください。さんはい」
「ショーマさん……いえ『真の主』さまっ!」
ぼっ。
ユキノの顔が真っ赤になった。
まるで湯あたりしてしまったように、小さな身体がへなへなと崩れ落ちる。
「……まだ……無理みたい……」
「慣れるまでは、気づかないふりをした方がいいかもしれませんね」
「そうなの、かな?」
「兄さまもユキノさんも、まだこの世界に来たばかりでしょう? あせることはないと思います。兄さまだって、ご自分の力に、いまだにとまどっていらっしゃるようですから」
「あんなにすごい力なのに?」
「リゼットにはよくわかりませんが、元の世界で色々あったようです?」
「むー。そんなの気にする必要ないのに」
ユキノは、ぷくーっ、と、ほっぺたを
「『
「よくわかりませんが、リゼットも同感です」
リゼットはユキノの手を取った。
「とにかく、落ち着くまでは、このことは2人の秘密といたしましょう」
「そうですね。あたしは『真の主』さまの側にいられれば……それでいいですから」
リゼットとユキノは顔を見合わせて、笑い合う。
それから立ち上がり、村長の屋敷に向かって歩き出す。
「帰ったらリゼットがおかゆを作りましょう。ユキノさんのお仕事は、早く元気になることですよ?」
「あの黄色い魔道士の仲間が、まだ生き残ってるからですね?」
「そうです。兄さまは土地の魔力を目覚めさせる魔法陣を探していらっしゃいます。それがあれば、辺境から完全に魔物を追い払うこともできましょう」
「『真の主』の領土が広がるってことね?」
「兄さまは乱世が終わるまで『辺境でのんびり過ごす』とおっしゃっていました」
リゼットはユキノと手を繋ぎながら、告げる。
「そのためには、辺境が平和でなければいけません。そして、兄さまの『結界』が広がれば広がるほど、辺境は平和になるはずです」
「あたしも手伝います。『真の王』、第一の配下として!」
「……ちょっと待ってください、第一の配下はリゼットです」
「……それは違うと思います。あたしは前世から、あの方の配下だったんですから」
「……じっくり話し合いましょう」
「……そうしましょう」
こうして──
いつの間にか『
「数字で決めるからまとまらないんです。別の称号にしましょう」
「ショーマさんの名前からいただくというのはどうですか?」
「名案です。では、リゼットが『竜将軍』、ユキノさんが『魔将軍』ということで」
「ハルカさんは『鬼将軍』ね。いいと思います!」
ショーマの知らないところで、謎の称号が決まってしまったのだった。
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