040 戦いの後処理と、砦攻略の準備作業

 戦闘のあと、『ハザマ村』と隣村となりむらは、協定を結ぶことになった。


1.隣村は『キトル太守』の領土や周辺の情報を、『ハザマ村』に伝える。

2.『ハザマ村』は、隣村に魔物や強敵が現れた場合、可能な限り助ける。

3.その裏付けとして、月に1度、互いに使者を送って交易を行う。

4.『覇王はおうコール』禁止。


 以上だ。

 もちろん、木材の取引もスムーズに終わった。

『ハザマ村』にはないトウモロコシやイモ、それにつがいのニワトリ数羽をもらった。

 向こうとしては、あのままだと魔道士たちに奪われる物資だったから、安くしても構わない、とのことだった。取引としては十分だ。


「あの……『異形いぎょう覇王はおう』さま……」


 帰ろうとしたところで、俺は隣村の村長さんに呼び止められた。


「お願いしたいことがあるのです。いぎょうの──」

「ん?」

「? どうされました? なぜ、そんなに優しい顔をされているのですか? いぎょうの──」

「んんっ? なんでしょう。よく聞こえませんね」

「ご相談が、いぎょうの……」

「ん、んん? 誰を呼んでいるのでしょう? んん?」

「……ショーマさんにご相談があるのですが」

「はい。聞きましょう」


 俺は言った。

 村長さんは、意を決したように、


「あなた様が辺境の王となられたあかつきには、我々もその傘下さんかに入れてはいただけませんか?」

「そういう予定は今のところないんだが」


 俺の目的は『乱世が終わるまで、辺境でのんびり暮らすこと』だ。

 そのためには辺境が平和でいてもらないと困る。

 隣村を助けたのも、『竜脈』を使って『結界』を広げようとしているのもそのためだ。


「……王になる予定はない……といえば、ないのだけど」


 でも、俺が名義上の王さまになることで、人間と亜人が仲良くなるなら、それに越したことはないわけで。


「俺の計画が上手くいったあかつきには、この村に魔物や、黒魔法の使い手が入れないような技をほどこすことになるだろう。それは約束する」

「おおおおおおおっ!!」


 村人たちが歓声を上げた。


「悪の魔道士たちや、その使い魔の虫が来なくなるわけですね! すばらしい!!」

「さすがは覇王はおうさま!」

「竜帝時代の平和を『異形の覇王』がくださるのだ!!」


「「「おおおおおおおおおおおっ!!」」」


 ……いいけどね。『覇王はおうコール』しても。

 今はまだ、ハルカが協定にサインする前だから。


 さて、と。


「魔道士の部下よ、あんたにも聞きたいことがある」

「……ひぃっ」


 魔道士の仲間は、全員縛り上げられて、馬車に乗せられている。

 これから村人たちは、奴らを『キトル太守』の領土に連れて行くことになる。

 あそこでは『黄巾の魔道士リッカク』や、配下の魔道士たちの対策をしているらしい。

 魔道士や配下を捕らえたら、連れて行くことになっているそうだ。


「……貴様、何者なんだ? なんなんだよあんたは!?」


 魔道士の仲間は、震える声でわめいてる。


「貴様のような奴は知らない! いったいなんだよ、あの力は……ひぃぃ」

「俺程度で驚いてたら、本物の英雄に出会ったときに腰を抜かすぞ」


 俺はあくまで『間違えられた召喚者』だ。

 本物の英雄は、俺のように面倒な手間はかけないのだろう。

 実際のところ、ユキノが本調子なら、虫なんか全部冷凍できてたわけだからな。


 結局、魔道士連中が暴れ回っているのも、本当の英雄がまだ、世に出てきていないからだ。

 ユキノのような召喚者が手を組んで討伐に乗り出せば、虫使いの魔道士たちなんか、すぐに滅ぼされるんだろうな。


「……だからそれまでに、こっちもできることをしなきゃいけないんだがな」

「ひぃ。な、なんでも話す。話すからあの力をオレたちに向けないでくれぇ」


 魔道士の仲間は叫んだ。

 目の前にいる男は、一番立派なよろいを着て、頭に黄色の頭巾を巻いてる。

 魔道士本人を除けば、こいつがリーダーらしい。


「我らの魔道士さまは魔物だった……」


 敵のリーダーは、がっくりと肩を落としてる。


「もしかしたら、砦にいる魔道士さまもそうかもしれねぇ……もう、オレらはもう、本拠地に戻るのも恐ろしいんだよ……」

「そういえば、お前らは竜帝時代の遺跡を利用しているんだったか」


 そんな話があったっけ。

 俺は元々、魔道士連中が選挙してる砦を攻略して、魔法陣を探すつもりだったんだ。

 色々ゴタゴタしてたから忘れてた。


「そこを占拠せんきょして、仲間を集めているんだったな」

「そうだ。そして……その4つの砦のひとつに魔道士さまがいらっしゃる。オレたちはそうやって組織を大きくして、いずれは新王朝を作るつもりだった。だけど……敵にこんな恐ろしい奴がいたなんて……もう、無理だ。なんでも話す。砦の位置と兵力は、そうだな──」


 男はこわれたように話し始めてる。

 震えながら、なぜか俺から目をそらして。


「……いや、別にそこまで聞いてはいないんだが」

「兄上さま。この人、怖がってるんだよ」


 俺の後ろで、ハルカが言った。


「『キトル太守』よりも上司の魔道士よりも、兄上さまをおそれてるみたいだよ。だから怖くて、黙っていられないんだろうね」

「そんな怖がらせるようなこと……」


 ……したな。

 空から飛んできて火を噴いて、『魔種覚醒ましゅかくせい』して双頭竜呼び出して、聖剣で魔道士をぶった斬ってたっけ。そういえば。

 こっちの世界の人間にとっては、そりゃ怖いか。

『異形の覇王』の異名も、たまには役に立つんだな。


「……ひぃっ! だから……砦は……魔道士さまは……」


 男の言葉は止まらない。

 奴の話によると、砦にいるのは十数人の上級幹部だけ。

 砦は岩山の上にあって、地上に農民兵を集めてる。農民兵は全員、村を襲ってさらってきたものたちで、地上にある天幕で暮らしている。

 逃げないように『虫』が見張っているそうだ。


「どう思う、ハルカ」

「兄上さまとボクたちなら、砦を落とせると思うよ」

「そこまで無理はしない。調査をしたいだけだからな」

「それならもっと、余裕だと思うよ」


 俺たちの目的は、砦に魔法陣があるかどうかの調査。

 ちょっと行って、ちょっと帰ってくるだけだ。

 ここまであいての情報がわかったのなら……なんとかなるか。できれば『キトル太守』や他の領主がちょっかいを出す前に、調査を済ませておきたいからな。


「それじゃ帰ろう。ハルカ。用事は済んだ」


 俺は『翔種覚醒しょうしゅかくせい』して、ハルカに向かって手を伸ばす。


「わーい。兄上さまと空のお散歩だ!」


 ハルカはジャンプして、そのまま俺に抱きついてくる。

 子どもかっ。

 それでいて俺の身体に胸を押しつけてきてるし……ったく。


「リズ姉も、ユキノちゃんも待ちくたびれてるよ。きっと」

「……そうだな」


 帰ったら、ユキノに話を聞いて……俺の正体に気づいているか探ってみよう。

 まぁ……気づいてないとは思うけどな。

 元の世界でユキノと出会った時の俺と、今の俺はまったく違うんだから。

 

「ユキノちゃんの『真の主』、見つかるといいねー」

「そうだな」

「でもねー、『真の主』さんが現れても、ユキノさんは兄上さまを選ぶかもしれないね。だって、どんな相手だって、兄上さまには敵わないもん。だから、きっとユキノちゃんはずーっとずーっと、兄上さまと一緒にいると思うよ」


 そう言ってハルカは、にやりと笑った。


「これは兄上さまとずーっとずーっと一緒にいる予定の、ボクの勘だよ!」


 そんなことを話しながら、俺たちは『ハザマ村』に向かった。

 帰ったらユキノの見舞いをして、それから、『砦攻略とりでこうりゃく』の相談をしよう。


 辺境が平和になれば、俺たちの戦いもそこで一旦いったん、終わるはずだ。

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