031 その名は『有機栽培の竜王(オーガニックドラゴンキング)』

「ユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルドです! お、お世話になります!」


『ハザマ村』にやってきたユキノは、村のみんなに頭を下げた。

 彼女のことについては、ハーピーたちにお願いして、先に村に伝えてもらってある。


 ユキノについては、俺が面倒を見る、ということにした。

 彼女が人間だということ、みやこからやってきたばかりだということ、身寄りがないこと、亜人への偏見がないこと、そして、俺の客として、一緒に働いてもらうことも伝えた。


 村の人たちも、ユキノのことは納得してくれたようで──

 

「『ハザマ村』にようこそ!」

「遠路大変だったね! すぐにごはんの用意をするからね!」

「ショーマさまの客なら大歓迎だよ」

「都のお話きかせてー」「ショーマ兄ちゃんの彼女?」「さらってきたの?」「りゃくだつこん?」「えいゆうはいろをこのむんだってねー!」


 ──みんな村の入り口に並んで、ユキノを歓迎してくれた。


「……あわ、あわわ」


 ユキノは目を白黒させてる。


「み、みなさん鬼族。角が生えてる……かっこいい。ちっちゃい子もいる……かわいい……」


 でも、意外と早くなじめそうだ。

 ユキノが昔の俺と同じ中二病だとしたら、亜人はむしろ友だちだ。

 俺も『見えない精霊』や『言葉を持たない妖精』とはよく話をしていたからな。もちろん、脳内でだったけど。


 ユキノの家は、しばらく村長の屋敷おれんちを使ってもらうつもりでいる。

 リゼットとハルカも同じ家に住んでるからちょうどいい。

 リゼットもハルカもユキノの実力は認めてるし、彼女のことを気に入ってる。

 女の子同士だし、2人が一緒にいた方がいいだろう。


 その間、俺はリゼットが住んでた家を使うことにしよう


 ……それにしても、三国志世界とのシンクロがまた、強くなったような気がする。


 俺が関羽かんうポジで、リゼットが劉備りゅうびポジ、ハルカが張飛ちょうひポジだとすると、やはりユキノは趙雲ちょううんのポジションになるんだろう。ユキノの中二病ネームは『ユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルド』だ。趙雲の『雲』と字の『子竜』が入っている。


 ユキノがそういう名前を自分につけたから、この世界にばれたのか。

 あるいは、まったくの偶然か。

 これは彼女を召喚した女神にでも聞いてみないとわからない。


 ただ、ユキノがこの符号に気づいたときどうなるか。

 槍を持ちだして『常山じょうざん趙子竜ちょうしりゅうここにあり!』なんて叫び出したりしないよな……しそうだな。

 ユキノ用に、軽くて強力な武器を作っといた方がいいな。


「……女神はなにを考えてるんだろうな」


 この世界が三国志を模した場所だってのはたぶん、確定している。

 でも、そこに紛れ込んだ俺は完全なイレギュラーだ。

 リゼット、ハルカ、ユキノが戦って乱世をしずめるためにこうやって集められたのだとしたら……。

 俺としては、できるだけ彼女たちが安全でいられるようにしたい。


 だから方針はこれまでと同じだ。

 この辺境へんきょうを豊かにして、引きこもる。

 安全に引きこもるために、まわりで起こってるトラブルにはちょっとだけ手を出す。

 それだけだ。 


「ユキノ、これからどうする? 長旅で疲れてるだろ?」


 村人たちの歓迎が一段落するのを見て、俺はユキノに声をかけた。


「長旅で疲れてるだろ? 眠るなら屋敷に案内するけど。先になにか食べる?」

「えっと、えっと……あたし」


 ユキノは自分の手足を見て、細い指で顔をなでた。

 それから、砂ぼこりのついた服を、ぱんぱん、と払って、


「長旅で汚れてるので、もしよければ、先に身体を洗いたいです」


 俺たちに向かって、ぺこり、と頭を下げた。


「お世話になるのに、おうちやお布団を汚したくないですから」

「それなら、いい場所がありますよ?」


 リゼットがユキノの手を取った。


「最近、竜帝りゅうてい時代の湯浴み場が使えるようになったんです。結界内ですから魔物は来ませんし、この前、リゼットとハルカで掃除したからきれいです」

「村では予約制の『家族風呂』にしようってことになってるんだ。今日は誰も予約してないから、使えるよ」


 リゼットの言葉を、ハルカが引き継いだ。


「良かったら、そこでご一緒しない?」

「リゼットとハルカも、ちょうど身体を洗いたいと思っていたところですから」

「え、えとえと」


 2人にじーっと見つめられたユキノは、恥ずかしそうにうつむいた。

 それから、顔を上げて、


「よ、よろしくお願いします!」

「はい。よろこんで!」

「それじゃさっそく行こう! ねっ!」


 そう言ってハルカはユキノの手を握り──




 なぜか反対側の手で、俺の手をつかんだのだった。










「兄上さまは一緒に入らないの!? 家族風呂なのにおかしいよ!!」

「はしたないですよ、ハルカ!」

「あ、あたしもショーマさんと一緒なのは……恥ずかしいです……」


 





 当たり前だ。

 というか、一緒に入る気だったのかよ、ハルカ。


「……だって義兄妹だもん。家族だもん!」


 ハルカは不満そうにほっぺたを膨らませてたけど、結局、俺を除いて湯浴みすることに同意した。

 3人が身体を洗ってる間、俺が見張りをすることにはなったんだけど。


 湯浴み中は無防備むぼうびになる。防具どころか、服さえ身につけてない。

 その状態だと、野生動物だって脅威きょういになるからな。仕方ないよな。




 話し合いの末、俺たちは村から徒歩15分のところにある、湯浴み場にやってきた。

 そこは滝の側にある岩場で、まわりを木々に囲まれた場所だった。


「……おぉ」


 俺は思わずため息をついた。

 実は、ここに来るのははじめてだ。リゼットとハルカには「きれいになったらご招待します」っていわれてたから。


 ユキノも目を見開いて、目の前の光景を見つめてる。

 木々に囲まれた、静かな森の中。鳥の声と、流れ落ちるお湯の音だけが響いてる。

 文字通りの秘湯だ。


 岩場の横にある岩壁からは、温かいお湯が流れ落ちてる。

 それが岩場のくぼみへと流れ落ちて、源泉掛け流しの温泉を作り出している。

 長年、水流で削られているからか、浴槽の壁も床もなめらかだ。浴槽の広さは、十人が入れるくらい。

 こんなものがあるなんて、竜帝さんの時代は、本当に平和で豊かだったんだろうな。


 ここが使われなくなったのは魔物が出没していたからだ。

 でも、結界のおかげで、その危険もなくなった。

 さらに土地の魔力が活性化したせいで、お湯の量も増えて、完全に全盛期の姿を取り戻したらしい。


 それをこないだ、リゼットとハルカがきれいにした。

 そして、村のいこいの『家族風呂』として使うことにしたそうだ。

 がんばった2人には一番湯の権利と、なにか特典をあげるべきなんだけど──


「ですから命名権としてリゼットは、ここを『覇王はおうの湯』にしたかったんですけど」

「ボクは『ショーマの湯』がいいと思うんだけどなぁ」


 ……終わった話だからね。それは。












「兄上さまもあとで入ってよー! 絶対だよー!」


 木々の向こうから、ハルカの叫び声が聞こえる。

 バタ足するような、派手な水音も。


 俺は木に背中を預けて、ぼーっとその声を聞いてた。

 ここは、湯浴み場の側にある林だ。俺はそこで見張りをしてる。

 ハルカの声がはっきり聞こえるのは、すぐそこで湯浴みしてるからだ。俺がいるのとは反対側、木々を挟んだ向こうにある岩場で。


 義妹の風呂をのぞく気にはならないけどさ。

 そんなことができるほど俺はこの世界になじんでないし、落ち着いてもいないからな。


「なにか言ったー? 兄上さま!」

「なんでもねぇよ」


 ハルカは無邪気すぎる。

 もうすっかり俺のことを、血のつながった兄みたいに思ってるみたいだ。


「まったくもう……なんでボクが苦労してこの湯浴み場をきれいにしたと思ってるの?」

「なんのためですか? ハルカ」

「兄上さまと背中を流しっこするためだよ!」

「知ってました。聞いてみただけです」


 はぁ、と、リゼットがため息をつく気配。


「少しはつつしみを覚えなさい」

「えー。なんでー? ボクたち、家族じゃないか」

「まったく、子どもなんですから」


 リゼットが言葉を切った。

 それから、少し間があって──


「おっきくなったのは胸ばっかりですか……まったく……もう」

「ん? なにかな。リズ姉」

「なんでもありません。それより、ユキノさまの背中を流してさしあげなさい」

「はーい」


 ハルカのバタ足が止まる。

 それから、水を掻いて移動する音がして、


「じゃあユキノちゃん、あっち向いて。よければ足もあらってあげる。この『ヨルマルトの草』は、清めにも使えるからね。泥地によく生えてるから、覚えておくといいよ」

「は、はい。背中を向けます……ね」


 ぽつり、と、ユキノがつぶやく気配。


「そういえば、ユキノちゃんは『真の主』を探してるんだよね?」


 無邪気な口調で、ハルカが問いかける。


「はい。この村の開拓の様子を見て確信しました……ここにいれば『真の主』に会えるって、でも、どこにいるのか……」

「そっか……辺境といっても広いからね」


 ユキノの『真の主』か。

 転生の事情を知ってる俺には、重すぎて聞けなかった話だ。


 でも、今はお湯につかってるせいか、ユキノもゆったりと話をしている。

 この様子なら『真の主』のことを、自然に聞き出せるかもしれない。

 詳しいことがわかれば、その人を探すのに協力できるからな。


「ボクたちと同盟関係にあるハーピーは事情通だからね。どんな人かわかれば、手がかりくらいはつかめると思うよ」

「そうなんですか?」

「ハーピーさんたちは、兄上さまのこと尊敬してるから、きっと協力してくれるよ」

「ショーマさんって、やっぱりすごい方なんですね」

「言うまでもないよ」

「言うまでもないことです」


 唐突とうとつにリゼットが話に混ざった。


「ショーマ兄さまは、この地の王さまで、リゼットの家族ですからね。ユキノさんの『真の主』さんがどんなお方であれ、ショーマ兄さまには敵わないと思いますよ」

「それは聞き捨てならないですよっ!」




 ばしゃん。




 ……なんかユキノが立ち上がったっぽい音がした。




 ばしゃん。




 ……リゼットも立ち上がったのかな。




「「むむむーっ」」



 ……にらみあってるな、きっと。

 ケンカするなら服着てからにしろよ。

 この状態じゃ。俺が割って入るわけにいかないんだから。




「兄上さま! リズ姉とユキノさんがにらみあってるよ! こっち来て止めて!」


 無茶言うな。





 ……でも、しょうがないか。




「ユキノ。俺も聞かせて欲しい。落ち着いて話してくれ、ユキノ『真の主』について」


 俺は声だけで介入することにした。


「リゼットも落ち着いて。どんな人か知らなきゃ比べようもないだろ。ここはユキノの話を聞こう」

「……ショーマ兄さまがそうおっしゃるなら……くしゅん」


 ちゃぷん。


 小さなくしゃみと共に、リゼットの身体がお湯の中に沈んだ。たぶん。




「……確かに、なにもお伝えせずに『すごい』と言っても、信じてもらえませんよね」


 


 同じく、ちゃぷん、と、水音をさせて、ユキノが言う。




「そうだよ。まずはお話を聞かせてよ。あったまってから、ね」

「ハルカの言うとおりですね」

「そうですね」




 ……………………。




「「「はふぅ」」」




 あったまったらしい。




「まずはじめに、あたしの秘密を……みなさんにお話します」


 しばらくして、ユキノは話しはじめた。


「黙っていてごめんなさい。実はあたし、別の世界から来た人間なんです」

「そーなんですか」

「へー」

反応薄はんのううすっ!? あれ? あれれーっ!?」



 ……しょうがないよな。

 ユキノ、異世界人としては2人目だし。




「あたしは、元の世界で『真の主』に命を救われたんです」




 気を取り直したのか、ユキノはまた、話し始めた。



「元の世界で、あたし……身体が弱くて、入退院……お医者さんの施設に入ったり出たりを繰り返してました。難しい病気で、長くは生きられないって言われてたんです。やけになってたあたしに、その人は生きる使命をくれたんです。だからあの方はあたしにとって『真の主』なんです」

「……そうだったんですか」


 リゼットがつぶやいた。


「そうでしたか。その方は、ユキノさんにとっては大切な方なんですね」

「はい」

「その方のお名前はなんとおっしゃるんですか?」

「『有機栽培ゆうきさいばいの竜王』です」




 …………はい?




「おそらく『大地の力を活かす竜王』のことだと思います。そしてこの辺境では、大規模な開拓かいたくが行われていますよね。有機栽培のまっさかりです。そして、ここは『竜帝』さんのお湯です。竜にゆかりがあります。

 だから、あたしは確認しました。この地にあたしの『真の主』が現れるって!」




 …………『有機栽培ゆうきさいばい竜王りゅうおう』…………?

 ……なんか引っかかるな……。

 頭の中で、ちりちりと音がするような。

 開けてはいけない扉が開きかけているような……。


 落ち着けー。落ち着け俺。

 そうだ。まずはお茶を飲もう。村で水筒に入れてきたのがあったはず。

 それを飲めば落ち着く。

 こんな、記憶に妙に引っかかるものは消えて──




「もちろん『有機栽培ゆうきさいばいの竜王』はあたしが勝手に訳しただけです。本人は『オーガニックドラゴンキング』って名乗ってました!」

「ぶほがはごほごほがふんごほんっ!!」

「わぁっ! ショーマ兄さまどうしました!?」

「あ、兄上さま、大丈夫!!?」




 ざばっ。ぱしゃ。ぴちゃぴちゃぱたぱたっ!




「だ、大丈夫だ。ってかハルカ! こっち来なくていい!」

「ハルカ! はだかで走り出すのやめなさーいっ!」

「え──っ」

「あわ、あわわ」


 肩まで見せたハルカが、リゼットに引っ張られて戻っていく。


 俺は口を押さえて、咳き込む。

 ……今、ユキノ……なんて言ったんだ? まさか……。


「……『オーガニックドラゴンキング』……『有機栽培の竜王』」

「……ショーマさん!? 心当たりが!?」

「…………い、いや……」


 俺だよ。


 中二病時代の俺だよ!

鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』の初期バージョンだよ!!


ドラゴンの』が『ドラゴニック』だから、『オーガの』が『オーガニック』だと思って『鬼の竜王』って意味で『オーガニックドラゴンキング』って名乗ってたことがあったんだ。

 あとで『オーガニック』が『有機栽培』って意味だってわかってからは使うのをやめたはず。

 というか、『オーガニックドラゴンキング』って名乗ったのは2回だけのはずだ。なのに──




「……まさかユキノが、あの名前を知ってるなんて……」




 確定だ。

 ユキノは俺の世界の人間で、俺が中二病ちゅうにびょう時代に出会った少女だ。


「つまり、女神さまは、十数年のタイムスパンで『適格者の魂』を集めてるってことか」


 これもまた重要な情報だけど……そんなことはどうでもいい。果てしなくどうでもいい。


 ……どうする? ユキノに俺のことを話すか?

 彼女が求めてる『真の主』は、中学生時代の俺だ。若い俺だ。でも今の俺は20代後半だ。

 名乗っていいのか? 彼女の夢を壊すことにならないか?


 なんだろう、この感覚。


 ずっと会ってなかった幼なじみに再会して、でも自分が変わったことを知られるのが嫌で黙ってるような感覚。10歳以上年下の幼なじみってパワーワードすぎるだろ……?




「聞いて下さい。みなさん。あたしの『真の主』との思い出を……」



 湯気の向こうで、ユキノは話し始めた。




「……あの方と出会ったのは、とある夜のことでした」




 それは、俺も良く知る──こことは違う世界の物語だった。

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