030 転生者(仮)ユキノ、その実力におどろく
「……また魔物が来てるな」
『ハザマ村』の近くまで来た俺たちは、魔物の姿にため息をついた。
村を囲む『結界』は、目には見えない。
だからときどき魔物がやってきて、結界の壁にぶつかり続けてる。
「あれーおかしいな進めないよー」って感じで、夏場の網戸に体当たりを続ける羽虫を想像してもらうとわかると思う。結構うっとうしいし、気になるんだ。
ちなみに今日の魔物は『ダークベア (身長約3メートルの大熊)』が3体。
羽虫にしては大きすぎだ。
「ダークベアは毛皮が取れるけど、傷つけずに倒すのが難しいんだよな」
「失敗すると『
「結晶はさっき売ってきたばっかりだもんね。二度手間だよねぇ」
「「「はぁあ」」」
俺とリゼット、ハルカはまたため息をついた。
「ちょっと待ってください」
「どうした。ユキノ」
振り返ると、ユキノが額を押さえて考え込んでた。
「ここ、辺境ですよね?」
「辺境だけど?」
具体的には魔物が大量に出没する場所で、人が住める限界地域だ。
「だから強力な魔物がいるんだが」
「ですよね。『ダークベア』は、兵士十数人がかりで倒す魔物ですものね」
「そうなのか?」
俺はリゼットとハルカを見た。
「『ハザマ村』の人なら、5、6人がかりですね」
「リズ姉の魔法があれば、4人でもいけるね」
たくましいな。亜人。
そうでもなきゃ、辺境でなんか暮らせないか。
「それが通れない結界って……どんだけ強力なの!?」
「ほめて」
「ほめますけど! そういう問題じゃないの!」
ユキノは結界の先にある森、その向こうを指さした。
「あの城壁に囲まれてるのが村ですよね?」
「そうだよ」
「まわりにあるのが、畑ですよね」
「まだ作りたてだけどな」
そんなに苦労はしなかった。
『
今も絶賛開拓中だ。
「あたし……この数ヶ月間、ずっと旅をしてました」
「そうなのか?」
「はい。都から辺境まで、この世界に来てから、ずっと」
「がんばったな。ユキノ、ちっちゃいのに」
「子ども扱いしないでください! あたし、前の世界では14歳だったんですから!!」
嘘。小学生くらいだと思ってたよ。
というかユキノ、異世界人ってのを隠す気ないだろ。「この世界」「前の世界」って言っちゃってるし。
ユキノの話によると、彼女は数ヶ月前に召喚されたらしい。
俺とは少し、時間がずれてる。
女神さまは、時間感覚がアバウトなのかもしれないな。
俺を召喚した女神さんも、中二病時代のことも「ちょっと前のこと」って言ってたから。
「都からここまで、色々な場所を見てまわりましたけど、こんなに整然とした畑は見たことがないです。普通は魔物除けや盗賊避けで、柵で囲まれてたりしますから、こんな大きな物は作れないはずなの」
「すごいだろ。ほめて」
「ほめますけど! 辺境にこんなすごい場所があるなんて……」
ユキノは水色の髪を手で掻きながら、考え込んでしまった。
「あのさ、ユキノ」
「なんでしょうか。ショーマさん」
「突っ込むところはそこだけ?」
俺は自分の背中にある、白い翼を指さした。
ユキノも疲れ気味だったから、『
俺が2往復して全員を運んだんだ。結構がんばった。
「俺の
「かっこいいからいいです」
ユキノは当たり前のことのように、答えた。
それから彼女は、リゼットとハルカを見て──
「おふたりの角も、かっこいいから別に気にならないです。というか、さっきそういうのは気にしないって言いましたよ。あたし」
「……そうだった」
飛んでる間、ユキノは翼に触りたそうにしてたもんな。
彼女が転生者で、俺の世界から来た人間なら、世界がまるごと変わってることになる。
翼や角が生えてることくらい、小さなことなのかもしれないな。
「……亜人の住む村……大規模な開拓と、豊かな土地……そうか。だからこそこの地に、あたしの『真の
彼女はしゃがみこんだまま、つぶやいてる。
『真の主』か。
そういえば結局、彼女の求める『真の主』の正体については聞けなかったな。
死ぬとき笑ってた──なんてのは重すぎるからな。
そういえば俺以外の召喚者は全員、死んでからこの世界に来てるんだっけ。
どんなトラウマがあるかわからない。落ち着くまで、うかつに触れない方がいいだろうな。
「ショーマ兄さま。熊はリゼットとハルカが倒します」
「兄上さまは、ユキノちゃんを守ってあげて!」
リゼットとハルカが、それぞれ剣と
ふたりはまっすぐ、『ダークベア』に向かって走り出そうとして──
「待って。リゼットさん、ハルカさん!」
不意にユキノが、ふたりを呼び止めた。
「ここは
ユキノが槍を手に、駆け出す。
口元が小さく動いてる。なにか呪文を詠唱しているようだ。
『グォア?』
『ダークベア』たちがこっちに気づいた。
ユキノは魔物たちから距離を取り、立ち止まる。
そして彼女は、魔法を発動させた。
「ここから先は通さないわよ! いきます! 『
「「「おおおおおっ!!」」」
ユキノと『ダークベア』の間に、氷の壁が生まれた。
高さは3メートル弱、幅は8メートルくらい。
『グアアアアアアアォォ』
「──ちっ。狙いが甘かったわね」
ユキノは2体の魔物を、『氷結の壁・強』と結界の間に挟み込んだ。
だが3体目がフリーのまま、彼女に向かって行く。
「こっちくんな! 『
ひゅんひゅんひゅんっ!!
氷の矢が5発、『ダークベア』に向かって飛んでいく。
矢は『ダークベア』の左腕を貫通し、凍り付かせた。だが、魔物のの動きは止まらない。
ユキノは片方の腕を『氷結の壁』に向けたまま、「ぐぬぬ」ってうなってる。
魔法の維持には集中が必要なようだ。ユキノは長旅で
「リゼット、ハルカ、
「「了解!!」」
『ダークベア』の前に、リゼットが飛び出した。
「ショーマ兄さまが認めた方を傷つけることは許しません! 『竜の息吹たる浄化の炎よ、魔物を焼き払い給え──
リゼットは浄化の炎を『ダークベア』の顔にたたきつけた。
『グアアアアアアアォォォ!!』
「ていっ!!」
そのままリゼットは長剣で『ダークベア』の胸を突く。
『ダークベア』は真後ろに跳ぶ。けど──
『グォア?』
熊の背中が『結界』の壁に当たった。
熊が振り返る。目を見開く。怯えた悲鳴を上げる。
「この先は『ハザマ村』の領土だ。
その向こうではハルカが、
「土地の魔力をこの身に宿し、ボクは君をほふる」
『グガアアアアアアアァ!?』
『ダークベア』が絶叫する。その前方にいたリゼットが真横に飛ぶ。
ハルカの身体から、魔力があふれだしたからだ。
エンチャントした『棍棒』の威力。村の結界内に入ったことによる、腕力の上昇。
さらに城主特典で、ハルカは土地の魔力を使うことができる。
その結果、強化されたハルカの必殺技は──
「威力を一点集中! いくよー。『
どぉん
『ダークベア』が吹っ飛んだ。
「……え?」
ユキノがぽかん、と口を開けた。
身長3メートル超の『ダークベア』は宙を舞い、地上に落ちて3回転。樹に当たってやっと止まる。
そのときには、すでに絶命している。というか、胴体に大穴が空いてる。
ハルカの技『
だから結界内にいるハルカは、『城主特典』で得られた魔力を、技の威力に上乗せできるわけだけど──
「やりすぎだ、ハルカ。あれじゃ毛皮も採れないよ」
「ごめんねー」
「まぁいいや。採取はあきらめてさっさと帰ろう」
俺は『氷結の壁』に挟まれた2体の『ダークベア』に向き直る。
「ユキノ。確認だけど、この壁を壊してもユキノにダメージが行ったりしないな?」
「し、しません。でも、無理です」
「無理?」
「この壁は壊せないんです。あたしが魔力を注いでる限り。街道でもっと大きな魔物に襲われたことがあるけど、そいつらだってこの壁は破れなかった。そうじゃなきゃ、対『陸覚教団』の切り札なんて言えないでしょ?」
「わかった。じゃあ『
俺は火を吐いた。
ぼしゅっ。
氷の壁が蒸発した。
『────ァ!?』
2頭の『ダークベア』が灰になった 。
「…………はい?」
「ユキノって、すごい魔法使いだったんだな。『ダークベア』の動きをあっさり封じ込めるなんて」
「そうです! ユキノさんの魔法がなければ、もっとてこずってました」
「ボクたちが『ダークベア』に集中できたのは、ユキノさんが他の2体の動きを止めててくれてたからだよ。すごいよ。ボクと友だちになってよ!」
俺とリゼット、ハルカはユキノをかこんでほめちぎる。
やっぱりユキノは正式な転生者だな。すごい魔法使いだもんな。
俺の『
「ほんとに、いい人が仲間になってくれてよかったよ。これからよろしくな、ユキノ」
「…………はぁ」
俺とユキノは手を握り合う。
あれ? どうしてうつむいてるんだ?
なぜか肩が震えてるし、どうした、ユキノ。
「とりあえず村に戻って休もう」
俺は提案した。
「山賊対策はそのあとだ。ユキノにはゆっくり休んでもらわないとな」
「歓迎会の準備もしましょう!」
「あとで結界内を案内するよ。水浴びできる場所もあるから、一緒に入ろうね。ユキノちゃん!」
「…………あれ? あれれれー? あたし……チート……じゃないの? あれれ? それに、ショーマさんのその……竜っぽい力は? あれ──っ?」
「「「辺境へようこそ! ユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルド!!」」」
不思議そうな顔してるユキノの疑問は、大歓迎と拍手でごまかして──
俺たちは4人そろって、村へと向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます