029 覇王、人材をスカウトする

「……ごちそうさまでした」


 少女ユキノは屋台の食事を食べたあと、そう言って手を合わせた。


 俺とハルカは少女を連れて、町の広場にやってきていた。

 リゼットとの待ち合わせには、まだ時間がある。

 その間にユキノにごはんを食べさせて、話を聞き出すことにしたんだ。


 彼女はさっき「この世界に来て親切にされたのは二度目」って言ってた。

「この世界」が「この土地」という意味なのか。

 それとも文字通りに「世界」を意味するのか。

 もしも後者だとしたら、彼女は女神に正式に召喚された異世界人の可能性がある。


 もちろん、そうじゃなかったとしても構わない。

 俺は一応、社会人で大人だからな。

 ハラペコの子どもを放置するのは、あんまり気分が良くないんだ。


 そういえば……中二病時代にも、似たようなことしてたような気がするな。


 あの頃の俺は『人助けをして徳を積めば、スキルが覚醒かくせいするはず!』と思って、迷子や、荷物をたくさん抱えてるお年寄りを助けたりしてた。


 今思えば、黒いコートを着て謎リングや謎ブレスレットを身につけた中学生に助けられるって、かなりハードルが高かったような気がする。問答無用で助けてたからな、おばあさんに小学生に……それから横断歩道で貧血起こしてた少女も。

 思い出すとむちゃくちゃ恥ずかしいんだが……。


「改めて自己紹介するわ。あたしはユキノ=クラウディ=ドラゴンチャイルド」


 少女はそう言って、俺とハルカに頭を下げた。


「氷属性の魔法を使います。どうぞ『氷結の魔女』あるいは『終末を招く冷酷なる魔女エンドブリンガー・カースド・ウィッチユキノ』と呼んでください」

「……うん」


 すごく馴染みのある名乗りだった。


「俺はショーマ=キリュウ。こっちはハルカ=カルミリア。商人だ。この町には魔物を討伐して手に入れた『魔力結晶』を売りに来た」

「故郷はここから遠い町だよ」

「あたしは都から来ました」


 ──都。

 この国の中心で、現在の皇帝が住んでいる場所だ。


「君は──いや、ユキノは仕事を探してたんだよな?」


 俺は言った。


「それなら、こんな辺境に来ることなかったんじゃないか? 仕事なら、都の方がたくさんあるだろ? な、ハルカ」

「そうだよ。ここから先は人間の領域じゃないよ。つてがあるなら、都に戻った方が──」

「あたしには、探している方がいるんです」


 ユキノはそう言って、屋台のお茶を一杯、飲んだ。

 それから真剣な顔で話し始める。


「あたしはこの世界で、お仕えすべき真の主を探しているの」

「……真の主?」

「はい。この世界に来てすぐにめが──いえ、親切な人には『誰に仕えるか選ばせてやる』、と言れました。けど、お仕えしたい主は決まってたから。ずっと。ぜんせ──いえ、時の彼方から」


 情報、隠せてない。

 やっぱり彼女は、女神に呼ばれた正式な召喚者なのか。


 俺を召喚した女神ルキアは、この乱世を救うため、異世界人を転生させようとしてた。

 彼女は言っていたんだ。「自分は担当女神のひとり」だと。

 ということは、召喚をやっている女神は他にもいるということになる。


 ……ったく。

 いい加減だな。女神。

 異世界人を召喚したのなら、ちゃんと最後まで面倒をみてやれってんだ。


「都の話を聞かせてくれないか。辺境にいると、あっちの情報がわからないからさ」

「あちらは少しだけ、落ち着いて来たかな……? 盗賊や魔物、黄巾の魔道士の配下はうろついているけど、その対策のために兵士や太守が集まってきてるから、街道も比較的安全だったわ」

「治安は回復しつつある、ってことかな」

「ですね。これから、少しずつ良くなっていくかもしれません」

「向こうには竜帝さまも、十賢者さまもいるからな」

「……偉い人のことは、わかんないけど」


 ユキノは少し考えるそぶりをしてから、


「そのうち英雄が現れて、乱世も治まると思うわ。これは噂だけどね。あたし、英雄に心当たりや、つきあいがあるわけじゃないからねっ!」

「むきにならなくても……」

「……うぅ」


 話しすぎたと思ったのか、ユキノは顔を赤くしてうつむいた。

 俺はユキノが異世界からの転生者だと思ってる。

 けど、俺がそう考えてることに、ユキノ自身は気づいてないみたいだ。


「まぁ、辺境こっちの俺たちにとっては、山賊さんぞく連中の方が問題だけどな」


 俺は話題を変えた。


「義勇兵になる気はないから、結局、太守さまに任せるしかないか」

「そうですね。あたし、協力しようと思ったんだけど」

「あれ、本気だったの?」

「はい」


 少女ユキノは、勢いよくうなずいた。

 水色の髪をかっこよく振って、胸を反らして──


「あたし、こう見えても水と氷の魔法が使えるの、攻撃や支援はお手のもの。敵を攪乱かくらんすることができるわ。山賊さんぞくの砦は山の上にあるから──」

「山道を塞げば、敵を分断できるな」

「あ、あたしの魔法で、敵の視界を塞いで──」

「その間に取り囲んで、同士討ちを誘うこともできるな」

「…………」

「たとえば氷の塊を作り出すことができれば、それで山道を塞げる。問題はその後、自分がどうやって逃げるかだけど。いや、水の魔法で攪乱できるということは、霧を作れたりもするわけか。だったら話は早いな。その隙に逃げて、分断した敵を、味方の部隊が各個撃破か……」

「この世界の人ってすごいのね……」


 びっくりされた。

 まぁ、このあたりの知識は、中二病やってたときに勉強したんだけど。


鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』の設定では、天文が水瓶座の時代に入った影響を受けて、『暗黒魔軍』が第八の冥府からよみがえってくることになってた。

 だから──どうやって迎え撃つか、軍記物や戦術書を読んで勉強した。

 実戦代わりに、魔物をユニットにしたウォーシミュレーションもやってた。基本はできてるつもりだ。


 それを元に、砦を落とす作戦も考えてあるんだけど──


「……ユキノがいれば、もっと楽にできるな」


 この少女が本当に召喚された者なら、強力なスキルを持っているはず。

 俺としては、是非とも欲しい人材だ。


「あたしの戦術なんか、この世界の人の足下にも及ばないんですね……」


 でも、ユキノはがっくりとうなだれてる。


「義勇兵としても雇ってもらえないし……この世界の人には、知識であっさり負けちゃうし……あたし、この世界ではチートな存在だって思ってたのに……」

「落ち込むことないよ。兄上さまは特別なんだから」


 ハルカは、ぽん、ユキノの肩を叩いた。


「知らないだろうけど、兄上さまは──」

「……ハルカ」

「(中略)すごくて強くてかっこいいんだから!」

「わからないけどすごいことはわかりました!」


 少女ユキノは目を見開いた。

 危ないところだった。


 ハルカ、素直なのはいいけど、ちょっと考えなしなところがあるからな。

 これ以上『異形いぎょう覇王はおう |鬼竜王翔魔』の伝説を広めたくないからな。


「……聞いてもいいかな」


 というか、ここからが本題だ。


 ユキノが本当に召喚された者なのか。

 ──他の召喚者はどこにいるのか。

 ──召喚者は協力し合ってるのか、敵対してるのか。

 ──俺が出会った『ルキア』以外の女神がいるのか。


 聞き出したいことはたくさんあるけど……。


「これから、行くところはあるのか?」


 そのへんはとりあえずおいといて、俺は別のことを聞いた。


「……いいえ」


 少女ユキノは、首を横に振った。


「あたしは、定められた主に仕えることを拒んだの。だから『真の主』を探すしかないの」

「『真の主』?」

「さっきも言ったけど、初めてこの世界──いえ、この国に来たとき、ある人に言われたの。仕えるべき主を選びなさい、って。その人に紹介してあげる、って。詳しいことは言えないけど」

「……そっか」


 それが正式な転生者・・・・・・のシステムか。

 召喚されたときに候補者を提示されて、そのうちの一人に仕えるようになってるらしいな。


「それで、君はなんて答えたんだ?」

「仕えるべき主は、自分で選びます。って」


 かっこいいな。


「そしたら都に放り出されたの」


 でも、考えなしだな。

 ……それが若さか。すごいな。


「そのあとで、親切な人に出会って、あたしは道を占ってもらったの。あたしの真の主はどこにいますか、って。そしたら辺境にいるって占いに出たって」

「占いかよ」

「……他に頼るものもなかったんです」

「まぁ、腕のいい占い師なら、そういうこともあるかもねぇ」


 ハルカはうなずいてる。

 そっか。ここは魔法がある世界だっけ。

 占いも、魔法的ななにかで、ある程度は当てになるものなのかもしれない。


「それで『求めるものは辺境にある』って言われたから、あたしはここに来たんです」


 そう言って少女ユキノは、話をしめくくった。

 ……そういうことなら。


「もうひとつ聞く。竜は好きか?」

「大好きです。かっこいいですよね」

「鬼のことはどう思う?」

「角って、アクセサリとしてもいいと思います」

「翼を持つ種族については?」

「友だちになって、一緒に飛びたいです」


 ユキノはあっさりと答えた。

 それで俺も腹を決めた。


「だったら、俺たちの村に来ないか?」

 

『キトル太守』がいらないというなら、俺がユキノをやとおう。

 魔法が使えて、都の知識がある転生者。

 乱世を生き残るのに、これほどいい人材はいない。

 ユキノの価値がわからなかった兵士さんに感謝だ。あの人には、あとで死ぬほど悔やんでもらおう。


「詳しいことは後で話すけれど、俺は人材を募集している。戦える人、人を扱える人、農業ができる人、狩りができる人──この乱世を生き残るには、いろいろな人材が要る。

『キトル太守』がお前を要らないというなら、俺がもらおう。衣食住は保証する。危険は──あるが、本当に危ないところは俺が担当する。ユキノが『真の主』を見つけたら、出て行っても構わない。『いぎょうのはお……』じゃなかった、ひとりの社会人として、約束は守る。俺が出す条件は以上だ」

「…………はい」


 ユキノは、ぽかん、と口を開いたまま、俺を見てる。


「い、いいんですか? あたしは別のせか──いえ、何者かもわからないのに」

「構わない。というか、今の情報だけでも充分価値がある」


 あと、彼女が転生者なら、俺がいた世界の人間の可能性が高い。

 それが辺境をさまよって魔物に襲われたり邪教団に殺されたり……ってのは、あんまりだ。せっかくの人材なのに。


 俺は一応『王のうつわ』なんてのを持ってるわけだからな。

 王が使えそうな人材をみすみす逃すってのはありえないだろ。


「彼女は俺の『食客しょっかく』ということにするよ」


 俺はハルカに視線を向けた。


「あるいは『客将きゃくしょう』か。本人が望めばだけどな。ハルカに異論は?」

「あるわけないよ」


 ハルカは口元を押さえて、笑った。


「というよりも、ボクたちに意見を聞かなくてもいいんだよ? 兄上さまは──さま、なんだから」

「しょうがねぇだろ。俺は民主主義の国の出身なんだから」

「そういう兄上さまをボクは好きかな? うん、好きだな」

「あ、あの……」


 少女ユキノは膝の上に手を載せて、俺たちを見てる。


「ひとつ、確認してもいいですか?」

「いいよ」

「あなたたちは、この乱世を終わらせる側ですか? それとも乱す側ですか?」

「どうして?」

「あたしは、世を乱す者の味方はできないから。そう決まってるから……です」

「そうだな……俺たちは」


 少なくとも、世を乱す側じゃないな。魔物を倒してるし、悪い教団とも敵対しようとしてるから。

 かといって、乱世を終わらせる方でもない。

 強いて言うなら──


「俺たちは──引きこもる側だ」

「引きこもる?」

「基本的に辺境に引きこもって、乱世が終わるまで生き残る」

「他の太守の領土に攻め込んだりは?」

「攻められない限りは、しない」

「……平和主義?」

「興味がないことは、しない。メリットがないことも、しない。あと、犠牲が多くなりそうなこともしない」

「わかりました」


 少女ユキノは、うなずいた。


「どのみち、助けてもらったお礼は、するつもりでしたから」


 彼女は立ち上がり、俺たちに頭を下げた。

 それから背中の荷物を引っ張り出し、袋に入ってた槍を取り出す。木製の柄の、粗末な槍だった。それを、ぶん、と一振りしてから、少女ユキノは捧げ持つ。


「『真の主』が見つかるまで、あたしの武と魔法の力をお貸しします。えっと……あなた方のお名前は……?」

「俺はショーマ、こっちはハルカだ。もうひとり、リゼットって少女と一緒にこの町に来た。住んでるところはこの先の、さらに辺境の村だ」

「改めてあいさつするね。ボクは兄上さまの義妹いもうとのハルカだよ」


 ハルカは少女ユキノの手を握った。


「ボクたちの村に落ち着くかどうかは、来てから決めればいいよ。兄上さまもそう言ってるから」

「はい……えっと」


 少女ユキノは、少し考えるそぶりをしてから、


「お仲間になるのですから、あたしの戸籍上の名前をお教えします」

「『こせきじょうのなまえ』?」

「さっき名乗ったのは、あたしの真名ですから……」


 真名まな

 なぜか背中がむずかゆくなる言葉だった。


「あたしの戸籍上の名前は『群雲雪乃むらくもゆきの』。ユキノ、って呼んでください」


 クラウディ、って本名から来てたのか。

 てっきり三国志の、趙雲から取ってるんだと思ったよ。


「……『ドラゴンチャイルド』は?」

「あたしの真の主が、竜に関わる方だからです」

「その『真の主』って、そんなにすごい人なのか?」


 俺は聞いた。

 彼女──ユキノが、心底こだわってる相手がどんな人間なのか、興味があったから。


「あの方は、あたしの人生を変えてくれました」


 目をきらきらと輝かせて、ユキノは答えた。

 まるで、夢見る少女のように。


「元いた場所で──希望なんかなくて、毎日暗い顔をしてたあたしを、あの方は助けてくれたから。あたしが笑うことを思い出せたのは、あの方のおかげ。だからあたしは、あの方を心の主君──『真の主』とすることにしたんです。

 あの方が今、この世界にいるとしたら、あたしと同い年くらいでしょうね。あの方なら、この乱世に関わらないはずはないでしょう。だから……もしも出会えたら、あたしは永遠の忠誠を誓うと決めています」


 そう言ってユキノは、くったくのない笑顔を見せて──


「だって、あの方のおかげで、あたしは前世で死ぬときも、笑顔でいられたんですから」


 ──そんなことを、迷いのかけらもなく、宣言したのだった。 

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