011 王はかつて力を求めた、子ども時代の夢を見る

 夢を見た。

 両親が事故で死んだあとの、葬式の時の夢だった。


『しょうがないだろ』

『みんな悲しいんだ。いつまでも泣いてるんじゃない』

『大人になれば、もっと理不尽なことが待ってるんだぞ』


 泣いてた俺に、誰かがそんなことを言ってた。

 葬式が終わって、じいちゃんの家に引き取られたあと、俺は──


 ──こんなひどいことが起きるなんて、この世界は間違ってる。

 ──俺は世界と戦う。

 ──この世界には敵がいるに違いない。

 ──誰も見つけることができないとしても、俺にはその存在がわかる!


 ──今日から桐生正真きりゅうしょうまは覚醒し、鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうまとなる!

 ──見よ、異形いぎょう覇王はおう、鬼竜王翔魔の力を──


 なにを思ったか、こんな決意をしてた。

 どうしてそう思ったのかは、今じゃもう思い出せないけど。


 その後の俺は毎晩、黒いコートを着込んで、夜中に自転車を乗り回して、世界の敵を探してた。

 あのころはほんとに精神的に不安定だったから……。

 家族が死んだのは世界の悪のしわざだと思って、俺自身も知らない『敵』を探して回ってたんだ。


鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま』は4つの種族の力を使うことができる(という設定だった)。

 おにの力。

 りゅうの力。

 しょう(空を飛ぶもの)の力。

 混沌こんとんなるもの)の力。

 名前の中央に位置する『王』は『「王」にして「おう」』、つまりすべてのかなめとなるものだ。あらゆる属性を受け入れるのが『王の器』で、ゆえに『王』の文字は五文字の中央に位置してすべてを支えている。

 だからこの俺、『鬼竜王翔魔』は4属性の力を使うことがあああああああっ!


 ──痛っ。いたたたたたたたっ!


 夢の中で、俺は思わず頭を抱えた。

 正直、この記憶はきつすぎる。

 色々やらかしてたからな、中二病時代の俺は……。


 鉛筆を『炎筆えんぴつ』と名付けて魔法陣を描いて、『炎の精霊イフリート』を呼び出そうとしたり──

 異能を覚醒させようとして、怪しい気功の本を読み込んで、朝昼晩実践したり。瞑想めいそうしたり。チャクラを開こうとしたり──

 人のいない廃屋の裏に、オリジナルの魔法陣を描いて、大気中の魔力を集めようとしたり──

 起きてすぐと寝る前には必ず『魂に刻む。我が真名まなは「鬼竜王翔魔きりゅうおうしょうま」である!』と宣言したり──


 うぁああああああああっ!!

 忘れたままでいたかったーっ!


 どうして忘れてたのかも思い出した。俺を引き取ってくれたじいちゃんと、約束したからだ。

 俺が高校に入るちょっと前、事故で入院した辰五郎たつごろうじいちゃんが、


「我が真名『竜悟狼ドラゴニック・アウェイキング・ウルフ』の名において、貴様の能力を封じる。この世界でお前の力が発現することは、もうない。貴様の使命は終わりだ。両親の分まで、普通に生きるがいい!」


 ──と言って、俺の中二病を封印したんだ。

 もちろん『竜悟狼たつごろう』ってのは俺がつけた、『辰五郎』じいちゃんの真名まなだ。

 じいちゃんは俺にとって唯一の家族で、中二病にも付き合ってくれた優しい人だった。

 だから、俺はその言葉に従って、(気分的に)能力を封印することを決めた。


 自分でも、そろそろやめようと思ってた。

 数年間、自己流の修行を続けても異能は発現しなかったし、世界の敵も見つからなかったから。


 高校は地元から遠い場所を選び、中二病もすっかり抜けた俺は、普通に学校を卒業して、就職して、じいちゃんを看取みとった。その時、忌引きびききを取るのを拒否されたのがきっかけで仕事をめたり、転職したりはしたけど。


 でも、まさか異世界でスキルが使えるようになるなんて。


 中二病時代のことなんか──もう完全に忘れてたのに。

 いや、忘れてなかったのか?

 忘れてたつもりで、心の奥底には残ってたのか?

 理不尽な仕事から、無意識に逃げてたのも、そのせいなんだろうか……?


 だから俺は『世界の悪』がいる場所に召喚されたのか?


 でも……俺が乱世を終わらせるなんて無理だ。

 俺の力はおそらく、女神に選ばれた『正式な召喚者しょうかんしゃ』よりは弱いはず。

 だとすれば、俺がやるべきなのは世界と戦うことじゃなくて、世話になってる人を守ることだ。


 リゼットと、ハルカ。

 銀髪で、俺より少し背が低い、竜帝の血を引くことを気にしてる、泣き虫の少女。

 赤毛で、心配になるほどあけっぴろげで、無防備な少女。


 俺を受け入れてくれた2人と、この村を守るために力を使うことにしよう。

 世界と戦ってた『鬼竜王翔魔』じゃなくて、大人の『桐生正真きりゅうしょうま』として。


「ふふふーん。らららー」


 夢の中で、リゼットの声が聞こえた。

 現実では窓の外から聞こえてるんだろうな。さっき「洗い物を出してください」って言ってたから、洗濯せんたくしてるのかもしれない。

 なんだか落ち着くな……。

 そういえば、誰かの声を聞きながら……こうしてゆっくり眠るのは……久しぶりだ。


 ずっと昔に、似たようなことがあった気がする。

 家族がまだ生きてた──小学校の夏休み、とか。

 なつかしいな……。


 そうして、俺はまた、深い眠りの中に落ちていった。

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