012 王と少女たち。宴と誓い(前編)
──リゼット視点──
「こんにちはー。ショーマさまはいらっしゃいますかー」
リゼットが水くみをして家に戻ると、村の女性たちに出会いました。
みんな、ショーマさまが助けた子どもたちの、お母さんたちです。
「ショーマさまは眠っていらっしゃいます。しーっ、ですよ」
リゼットは唇に指を当てて、みなさんに言いました。
ショーマさまはやはりお疲れだったようです。
さっきお部屋を覗いたら、ぐっすりでした。無理もないです。
別の世界からここに来て、魔物と戦って、『竜帝廟』を開くという
リゼットとしては……食べ物の好き嫌いを聞いておきたかったんですけど。
「でも、ちょうどよかったです。リゼットは皆さんのところにお話に行こうと思ってたのです。ショーマさまのことについて」
「あ、うん。ショーマさまね」
村の女性たちは、なんだかとても優しい笑顔でうなずいています。
「わかってる。わかってるから、なにも言わなくていいよ」
「子どもたちを助けてくれたんだもんね。村のみんなで歓迎しないとね」
「うん。そのために、みんなここに来たんだよ」
……おかしいですね。
リゼットはまだ、なにも説明していないのに。
皆さんショーマさまのことを、すっかり受け入れてしまっているようです。
「そういえばねー、料理を作り過ぎちゃってねー。よかったら食べてもらってよ」
女性のひとりが、肉団子がのったお皿を差し出します。
イノシシのお肉で作ったものです。ショーマさま、お好きでしょうか。
「うちもねー。手製のちまきだけど、うまいよ?」
「ほい。これはお茶ね。一昨日採ってきたものだから、新鮮だよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
さっ、さささっ。
リゼットがお家に招くと、ご近所さんたちはテーブルにお料理を並べてくださいました。
素早いです。お茶の入ったポットまで用意してあります。
「「「では、ショーマさまによろしくー」」」
そしてみなさんは、お辞儀をして去って行きました。
「……さすがショーマさまです」
リゼットは思わず、腕組みしてうなずきます。
「王というのは、
「ごめん。リズ姉」
ご近所さんが立ち去ったあとには、困ったような顔のハルカがいました。
赤い髪を夕方の風になびかせて、ぽりぽりとほっぺたを掻いています。
「子どもたち……ショーマさんのこと、全部しゃべっちゃったんだよ」
「……え」
がん、と、頭を殴られたような気がしました。
目の前が真っ暗になりました。
リゼットは、ショーマさまに「秘密を守る」とお約束したのに……。
「……ショーマさまにお詫びしなければ」
「ボクも一緒に謝るよ。ショーマさんとの約束を守れなかったボクたちがいけないんだからね」
ハルカも、深刻な顔でうなずいています。
「どうやってお詫びをすればいいのかな……ショーマさんは寝てるんだよね?」
「はい」
「だったら、ボクが添い寝して子守歌を歌ってあげるのはどうかな? そうすると弟も妹もよく眠れるんだよ。特にショーマさんは異世界から来たばっかりなんだよね? 身近に人の体温があれば、落ち着くんじゃないかな?」
「……ハルカ?」
「なにかな、リズ姉」
「急にショーマさまとの距離が近くなっていませんか?」
「えーべつにそんなことないよー」
「なにかありましたね?」
「えーべつにそんなことないよー」
「…………」
「…………」
「…………」
「ボ、ボクはただ、ショーマさまは種族や身分にとらわれない人で、信頼できる人だって気づいただけだよ。それにショーマさまは『竜帝さまの後継者』かもしれないんだよね? ボクたちがお仕えするのは当然じゃない?」
「……そうですね」
そうでした。ショーマさまは『竜帝さま』の再来かもしれないのです。
『竜帝』はリゼットたち亜人と、人とをわけへだてなく守る、真の王様。
乱世を鎮めることができる、唯一のお方なのです。
「でもそれは……リゼットが負わなければいけない責任なのに。竜帝の血を引くリゼットの……」
「リズ姉は気負いすぎなんだってば」
ぽんぽん、とハルカがリゼットの背中を叩きます。
「リズ姉は村の一員で、ボクのお姉ちゃんみたいなものだよ。竜の血とか、竜帝の子孫ってこと、そんなに気にしなくていいんだってば」
ハルカはいつも、そう言ってくれます。
リゼットがお母さんとあちこちさまよい、この村に受け入れてもらってから、ずっと。
この村の人も、リゼットに無理強いはしません。みんな、優しい人たちですから。
「でも……外の町の人たちは」
「商人さんとかが勝手に言ってるだけでしょ?」
「『亜人の村に竜帝の血を引いてるって自称してる者がいる。でも、なんにもしてくれない。竜帝の血の中にも』──」
続きの言葉は──リゼットも知っています。
『竜帝の血の中にも、役立たずはいる』──です。
皇帝陛下や、陛下を囲む『賢者たち』への不満が、こうして出ているのでしょう。
「だいたい、そんなこと言ったら、ボクだって役立たずの村長だよ? この村を
「ほんとにもう、ハルカは」
無邪気に笑うハルカを見ていると、悩むのがばからしくなってきます。
リゼットとハルカは、生まれた時から一緒で、姉妹みたいにして育ってきましたからね。
家族のいないリゼットにとっては、大事な妹で、守りたい家族のようなものです。
「いいことを思いついたよ!」
いきなりでした。
ハルカはリゼットの目の前で、ぱん、と手を叩きます。
「どうしました、ハルカ? リゼットはもう悩んでいませんよ」
「いや、そうじゃなくてショーマさまの話。すっごい名案を思いついたんだよ!」
ハルカは大きな胸を張って、宣言しました。
「ボクとリズ姉と、ショーマさんが、兄妹になればいいんだよ!」
「どうやってですか?」
それはリゼットも考えたことです。
でも、仮にリゼットがショーマさまを「お兄さま」と呼んだとしても、それだけのことです。兄妹ごっこでは意味がないのです。リゼットとしては、身も心も兄妹になれるような手段が欲しいのですが……それが思いつかないから困っているわけで……。
「
そのもやもやは、ハルカの一言で吹き飛びました。
「リズ姉もボクも、ショーマさんも、この世界に、血の繋がった家族はいないよね? だったら、3人で義兄妹の誓いをすればいいんだよ。そうすれば、ボクたちはショーマさんに
確かに、名案です。
『義兄妹の誓い』とは、お互いを血の繋がった兄妹のように扱う、という約束のことです。誓いを交わした者は、公式に兄妹として扱われる、というルールがあるのです。
そういうものがあることを、リゼットはすっかり忘れてました。
いけませんね。ショーマさんと出会ってから、うかれっぱなしです。
「家族になればショーマさんはずーっとボクたちと一緒にいてくれるよね? リズ姉だって、同じ『竜の血』を引く人の家族になれるでしょ?」
「ハルカ……あなたって子は」
リゼットは思わず手を伸ばして、ハルカの髪をくしゃくしゃにしていました。
「それに、兄妹だったら一緒にお風呂に入ってもいいもんね。裸を見られたとしても帳消しだよね!」
「そのお話、詳しく聞かせなさいハルカぁ!」
「たとえ話! たとえ話だってばぁ。もーっ!」
思わず力を入れてしまったリゼットの腕の中で、ハルカがじたばた暴れます。
ほんと、この子は時々すごいことを思いつくんですから。
「さすがこの村の村長さんですね。すごいですよ。ハルカ」
ハルカは「やめてよー」って言いながら、笑ってます。
ちょっとウェーブのかかったハルカの髪は、やわらかくて、触り心地がいいです。小さい頃と変わりません。
リゼットとハルカには、こういう思い出があります。でもショーマさまには、この世界の人との思い出がないです。
だったら、リゼットとハルカが家族になって、ショーマさまにこの世界の思い出を作ってあげればいいんです。
「ちょうどみなさんが料理を持ってきてくれたことですし、
「義兄妹の記念に、だね。本当は来月くらいになれば、トウカの花がいっぱいに咲いて、宴席にはちょうどいいんだけどね」
ハルカは家の庭を指さしました。
トウカの樹は、リゼットのお母さんが植えたものです。
皇帝陛下の宮殿にも同じものがあるはず、って言ってました。
でも、リゼットは来月なんて待てません。
リゼットは昔から──ずっとずっと、優しい家族が欲しかったんですから。
そんなわけで、リゼットとハルカは宴席の準備をはじめます。
そうしてショーマさまが目覚めるのを、わくわくしながら待つことにしたのでした。
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