013 王と少女たち。宴と誓い(後編)

 ──ショーマ視点──





 目を覚まして部屋を出ると──隣の部屋に料理が並んでた。

 リゼットとハルカが、テーブルについてる。


 俺の姿を見ると、2人は立ち上がって、


「村の皆さんが料理を持って来てくださいました」

「せっかくだから、ショーマさん歓迎会の宴席を準備したんだ」


 そう言って手招きした。

 俺は言われるままに、リゼットとハルカの正面に座る。


「もう少し眠っていてもいいんですよ? ショーマさま」

「これ以上寝ると、夜眠れなくなるからね。それに、腹も減ってきたから」

「はい。どうぞ」


 リゼットは笑って、カップにお茶をれてくれる。

 それから彼女はハルカと視線を交わして、うなずいて──


「「まずはお詫びします」」


 ふたりそろって、テーブルに頭がつくくらい深々と頭を下げた。

 それからふたりは話し出した。


 子どもたちが俺の『竜の力』について、家族に話してしまったこと。そのせいで村中あげての大歓迎になってしまって、子どもたちの母親はお礼を兼ねて料理を持って来てくれたこと、などなど。


「リゼットからきつく言っておきます。本当に、申し訳ありませんでした」


 そう言ってリゼットはまた、お辞儀した。


「別にいいよ。そんな深刻な顔しなくても」


 俺は言った。


 そこまで恐縮するほどのことじゃない。元々、絶対の秘密ってわけじゃないから。

『竜帝』っぽい力を持ってるよそものが現れたら、村人が混乱すると思った。だから秘密にしたかっただけだ。


「おかげで村の人たちは歓迎してくれたわけだし、別に気にしてないから。リゼットもハルカも、気にしなくていい」

「……よかったぁ」


 リゼットは、へなへな、って感じで椅子に崩れ落ちた。


 ほんっと、真面目だな。リゼットは。

 世話になってるのは俺の方なんだから、気にしなくていいのに。


 ハルカの方は──顔は上げたけど、真横を向いて真っ赤になってる。

 さっきのことを思い出してるみたいだ。

 ……まぁ、お互い、ミスはあるってことで。


「それでは改めて」「うん。改めて」


 そう言ってリゼットとハルカは、お茶の入った器をかかげた。


「ハザマ村にようこそです。ショーマさま」「歓迎だよ! ショーマさん」

「……うん」


 俺とリゼット、それにハルカは、互いの器をかちん、と鳴らした。


 でも、どうしてふたりとも、目を輝かせてこっちを見てるんだろう……?


「まずは改めて自己紹介といたしましょう」

「わかった。じゃあ、リゼットからお願い」

「わかりました。こほん」


 リゼットはまっすぐに俺を見て、言った。


「私はリゼット=リュージュ。15歳です。『竜帝』さまの遠縁の子孫にして、この村の防衛のお仕事をしています。剣さばきには自信があります」

「ボクはハルカ=カルミリア。同じく15歳。ハザマ村の村長見習いだよ。お仕事は子守と、リズ姉と同じく村の防衛。リズ姉とは幼なじみで、姉妹みたいに育ってきたんだ。よろしくね。ショーマさま」


 続いて、ハルカが自己紹介してくれた。

 次は俺か、えっと──


「俺は桐生正真──この世界風に言うと、ショーマ=キリュウかな。ショーマでいいです。異世界人で、元の世界ではコンピュータ──というか、書類をいじるお仕事をしてた。年齢は26歳。住む場所が決まるまで、少しの間、お世話になります」

「「え?」」


 あれ?

 リゼットとハルカは、不思議そうに首をかしげてる。


「ショーマさまは、ずっとここに住むんじゃないんですか?」

「ずっと、ここ?」

リゼットわたしんちです」


 ちょっと照れたような顔で、リゼットは言った。


「いや、それはまずいんじゃないかな。できれば、空き家でも貸してもらえればいいんだけど」

「ここは小さな村ですから、空き家というのはないんです。ショーマが気兼ねなく住めるとしたら、この家しか」


 そう言ってリゼットは、お茶を一口飲んで、


「それに、ショーマさまのことは他人とは思えないんです。まるでほんとの家族みたいな、そんな気がしてしょうがないんです」

「それはたぶん……」


 リゼットの前で、『竜種覚醒』を使ったせいだろうな。

 あのスキルを発動すると、俺は一時的に竜の力を使うことができる。

 リゼットの感覚はそれに反応して、俺を身内だって思ってしまったんだろう。


「……今は?」

「今も、です」


 今は『竜種覚醒』してないんだけど。


「だから、一緒にいてくれたら……うれしい、です」


 耐えられなくなったのか、リゼットは顔を真っ赤にして、うつむいた。


「あきらめた方がいいと思うよ。ショーマさん」


 ハルカはお茶のカップを手に、笑った。


「リズ姉がこれほどの信頼を見せたのは、ボクが知る限り初めてだもん。それにリズ姉は『義』を重んじる方だからね」

「義?」

「わかりやすく言うと、受けた恩は忘れない、ということかな。その上ショーマさんが困っているなら、リズ姉が手を貸すのは当然のことだよ」

「……うーん」


 正直、リゼットの提案はありがたい。

 俺はまだ、この世界のことをほとんど知らない。


『鬼竜王翔魔』の力を使えば、戦うことはできるけど、それ意外はさっぱりだ。

 どこで食べるものを手に入れて、どの水を飲めばいいのか、洗濯はどこでしてるのか、どんなものを食べればいいのか。着替えは? どの場所が安全で、どの場所が危険なのか──そういうことを、全然知らない。

 だからリゼットたちが生活指導をしてくれるのは願ってもないことなんだけど。


「俺みたいなよそものが一緒に暮らしたら、リゼットが変な目で見られるんじゃないか?」

「それはないです」

「ないと思うよ」

「そうなの?」

「だって、村人さんたち、ショーマさまを大歓迎してますよ?」

「子どもたちだって、ショーマさんになついてるじゃない」

「リゼットとショーマさまは、同じ『竜の力』を持つ者ですよ? 家族同然ですよ?」

「むしろ『竜帝さまの後継者』と一緒に暮らすのは、名誉なことじゃないの?」


 それでいいのか亜人の人たち。


 ……いいのかもしれないな。


 ここは異世界で、その地にあった常識がある。俺の世界の常識は通用しない。

 俺とリゼット──同じ『竜の力』を持つ者が家族扱いされるなら、同居しても。


「それについては、リゼットから提案があります」


 指を一本立てて、リゼットは言った。


「リゼットとハルカ、それにショーマさまが『義兄妹の誓い』をするというのはどうでしょう?」

「あ、ずるい。それを思いついたのはボクなんだからね!」


 リゼットの言葉に、ハルカはうなずいた。


「この世界での『義兄妹の誓い』は、血を分けた家族のようになることを意味します。ショーマさまがリゼットとハルカの義兄ということになれば、一緒に住んでも問題はありません。村の人たちも、ショーマさまを大事にしてくれるはずです」

「……義兄妹か」


 元の世界では物語の中でしか見たことがないのだけど。

 でも、この世界では、そういうものが実際に機能してる、ってことかな。

 それで、義兄妹の誓いをしたものが、まわりからも実際の家族として扱われるなら──


「正直……助かるよな」


 義兄妹なら、俺とリゼットが同居してても、問題はないのかもしれない。

 俺とリゼットとハルカが実際の兄妹になれば、村の人も俺を受け入れやすくなる。

 俺だって気兼ねなくスキルを、村の防衛に使える。

 ギブアンドテイクとしてはちょうどいい。


「でも、本当にいいのか? 兄妹にしては、年齢差がありすぎるような……」

「リゼットは、家族ができるのはうれしいです」

「ボクも、家族が増えるのは大歓迎だよ」


 全会一致だった。


「…………ショーマさまは……リゼットの家族になるのはお嫌ですか……?」


 不意に、リゼットが声を振るわせた。

 大きな目がうるみはじめてる。真っ赤になって、うつむいて、今にも泣き出しそうだ。


「……リゼットは、ずっと……同じ『竜の力』を持つ方と……家族になりたかったんです……。リゼットはできそこないの……『竜の血族』だから……家族……いなくて……だから……」

「別に嫌じゃないから! 元の世界の常識で引っかかってただけだから!」


 俺は慌てて言った。


 今、気づいたけど、リゼットって意外と泣き虫だよな。

 村人たちや魔物の前ではりりしい顔してるけど、俺はずっと、泣き顔ばっかり見てるような気がする。


「リズ姉は泣き虫だからねー。それを知ってるのはボクと、ショーマさんだけなんだけど」

「う、うるひゃいです。はるかぁ!」

「気を許した人の前でしか泣けないなんて、立場にこだわりすぎなんだよ。リズ姉ってば」

「……うぅ」

「さーさー。ショーマさんにどうして欲しいのか言ってみたら? 『竜帝』の血筋とかそういうものに関係なく、リズ姉はどうしたいの?」

「……おにぃさまに、なってください」


 リゼットは顔をぬぐって、俺の方を見た。


「リゼットのかぞくに──リゼットの、お兄さまになってください! ショーマさま!」

「ぐはっ」


 クリティカルだった。

 防御不能だった。


 涙目で、舌っ足らずな口調で、15歳の女の子にそう言われたら──

 いくら異世界人の俺でも、うなずくしかできなかった。


「……わかった。やろう『義兄妹の誓い』」

「はい。ショーマにいさま!」


 リゼットは銀色の髪を揺らして、涙の残る真っ赤な目を細めて、笑ったのだった。


「それじゃショーマさんが長兄で、リズ姉がその妹、ボクが末の妹ってことでいいよね」

「いいけど。ハルカはあっさりしてるんだな、その辺」

「そんなことないよー。ほら」


 ハルカは俺の後ろに回って、背中越しに手を握った。


「震えてるでしょ? ボクだって、人並みに緊張してるんだよ?」

「でも、ハルカは弟と妹がいるんだよな?」

「ボクは叔父さんの家にお世話になってるんだ。あの子たちはボクのイトコなんだよ。ボクも……魔物との戦いで両親を亡くしてるからね。だから両親のいないリズ姉と仲良くなったんだ」


 そっか。

 俺もリゼットもハルカも、血の繋がった家族はもう、いないのか。


「わかった。じゃあ、俺からもお願いするよ。俺の義兄妹になってくれ」


 俺は言った。

 たぶんリゼットとハルカ以上に、この世界の身内としてふさわしい相手はいないだろう。

 というか……俺がこの2人にふさわしいかってことの方が問題かな。


「「はい。よろこんでーっ!」」


 リゼットとハルカは声を上げた。


「で、具体的にはどうすればいいのかな?」

「儀式はまず、同じ器からお茶を飲むところからはじまります」

「ほら、兄上さまの飲んでた器をこっちに向けて……そう、ボクが顔を近づけるから……んー、もうちょっと上かな。やだ……くすぐったいよ。兄上さま、ちょっとだけ息を止めてて──」

「ハルカ、こっちにいらっしゃい! ショーマ兄さまにくっつくんじゃありません!」


 リゼットがぱんぱーん、って、隣の椅子を叩いた。

 うん。俺もこの体勢はおかしいと思ってた。


 ハルカは不満そうに「はーい」って言ってから、リゼットの隣の椅子に腰掛ける。

 それからリゼットは新しい器にお茶をいれなおした。


 俺とリゼット、ハルカは順番にそれに口をつける。

 一口ずつ。時間をかけて。


 最後にハルカがテーブルの中央に器を置いて、第一段階終了。


「それから互いの指を少しだけ傷つけて、血を混ぜて、誓いの言葉を言っておしまいです」


 リゼットは俺に、手のひらサイズの小刀を差し出した。

 俺は薬指を軽く傷つけて、血のしずくをお茶の中に落とした。


「……んっ」


 リゼットも同じようにする。

 血の色は同じ。赤。

 亜人でも異世界人でも、たいした違いはないんだな。


「えいっ」


 最後にハルカが指先に小刀を──


 ぽたぽたぽたぽたっ


「だ、大丈夫!?」

「んー。舐めとけば治るよー」


 ハルカは気にしたようすもなく、指先を口に含んだ。

 しばらくして指を口から出すと、血はしみだすくらいになってた。

 鬼族の回復力については知ってるけど、おおざっぱすぎるだろ、義妹いもうとよ。


「最後に、誓いの言葉を述べます。リゼットと同じように繰り返してください」

「わかった」

「いーよー」


 リゼットが俺の右に、ハルカが左隣にやってくる。

 互いの椅子をくっつけて、並べて、それから3人で手をつなぐ。


 そして俺たちは、同じ言葉を唱和していく──


「我ら、生まれた世界は違えども」

「ここに兄妹の契りを結ばん」

「魂の兄妹となり、助け合い」

「この乱世を生き抜いて。できれば世界を救ったり」

「すごく仲良く」

「死ぬときは寿命で、だいたい同じくらいの時期に」

「『人生一緒にいられてよかったなぁ』と思えるような」


 俺とリゼットとハルカは、なんとなく顔を見合わせた。




「「「そんな義兄妹かぞくでいることを、ここに誓います」」」




 ぱんぱん。

 俺とリゼットとハルカは、それぞれ手を合わせた。

 重ねた手が、ふわり、って感じで光って──光が消えて。


「これでリゼットとショーマさまとハルカは、家族です」

義兄妹ぎきょうだいだね」


 そう言って、リゼットとハルカは、なぜか自分の手のひらを見た。


「……すごく……びりっと来ました」

「ショーマ兄上さまの魔力、すごいね」

「え? 俺のせい?」


 聞くと、ふたりとも、こくこくこくっ、ってうなずく。

 俺には光が見えただけなんだけどな……。


「それにしても残念です」


 リゼットが不意に、窓の外を見た。


「春になると、家の周りには一面に桜色の花が咲くんですよ。すごく綺麗なんです。本当はそこで、お花見しながら、義兄妹の誓いをしたかったのに」

「そうそう。美味しいよね『トウカ』の実」

「生命の象徴とも言われていますし、邪鬼を払う効果もあるんですよ」

「魔物にぶつけると、ひるんだりするからね。ボクは、もったいないから食べちゃうけど」

「実がなったら、ショーマさまにも食べさせてあげたいです」


 ……あれ?

 生命の象徴で、邪鬼を払う、桜色の花が咲く果実って……桃かな。

 つまりリゼットの家の庭には桃園があって、俺たちはそのそばで義兄妹の誓いをしたってことか。


「……なんか引っかかるな」

「そういえば、リゼットたちの二つ名をお教えしますね」

「これは自分で決めるものだけど、家族にしか教えないことになってるんだよ」


 俺の動揺には気づかず、リゼットとハルカが言った。


「リゼットは『竜の血を備えし者』です。これがリゼットが『竜帝さま』の血を引くことを忘れないように、ですね」

「ボクは『張り飛ばす者』だよ。棍棒で敵を吹っ飛ばすのが得意だからね」

「ショーマさまには、どんな二つ名がいいでしょうか……」

「異世界から来たお方だからね……」

「「『世界のせきを、はねのように超える者』というのは?」」

「待て待て待て待て!」


 何に引っかかってるのかやっと気づいた。

 桃園の近くでの、義兄妹の誓い。

 乱世。

 力を失った皇帝と、権力を握った側近。

 大陸を統一した竜帝と、その血を引く者。

 その義妹の、張り飛ばす者。

 ……そういえば『黄巾の魔道士』がいるって話もあったな。


「となると……もしかしてここは、三国志に似た世界なのか?」


 やばい。

 俺、できればこの世界ではひっそりと過ごして行きたいんだけど。

 歴史に名を残すつもりもないし、戦乱と関わるつもりもないんだけど……。


「……あの、ショーマ兄さま?」

「……兄上?」


 リゼットとハルカが、心配そうに俺を見てる。

 とりあえず、せきばらいをして、と。


「あのさ、ふたりとも」


 俺は言った。


「改めて、この世界の歴史と今の状況を教えてくれないか。できるだけ詳しく」

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