巣立ちの日

 卒業式みたいなものはいちおうあって、窪田司令から『操縦技量証明書』と、鳥の翼を象ったいぶし銀のバッジをもらった。新しい階級章とウィングマークをつけると、わたしたちは晴れて若年防空隊員ジュネスということになった。全然実感はわかない。そのころには大人のひとたちは新しい訓練生の面倒を見るので忙しすぎて、わたし達に構っている余裕はなさそうだったし、それぞれが任地に出発するタイミングはばらばらで、いわゆる卒業式みたいに、在校生の見送りをうけて一斉に校門から出て行くみたいな感じでもなかったからだ。任地に出発するまでの数日は訓練も授業もなく、フライトシミュレータで航法の自習をさせてもらったり、部屋を片付けて荷造りしたり、休暇をもらって帯広に買い物に行ったりした。


 省吾と葛原くんは、最初に任地に出発した。A班は男女のペアに別れたけど、B班は男子同士、女子同士になったわけだ。わたしの知る限り、わたし達の間には男女の恋愛感情みたいなものはなく、お互いそれが気楽だと思っていたので、別れ際に葛原くんが言った言葉は意外だった。

「だって、ぼくらの行く都市には、これから後輩達がたくさんくるんだよ、男子も女子も。後輩達をまとめてゆくには、同じ代に両方いた方がいいじゃないか」

「おれもそう思うけどさあ、タケ、今更言ってどーすんだよぉ」

 葛原くんは、上層部の判断に対する怒りを押さえきれないのか、すごい怖い眼で虚空をにらみつけているし、みず稀や省吾ときたら、笑いを堪えきれないようすだ。葛原くんの言うことはもっとも思える半面、じゃあ、省吾と葛原くんのどっちかと言われると……。

「しょうがないよ省吾、これでもタケにしてはよく言ったよ。ね、アカネ、時々は遊びに行ってあげなよ」

「なんだよおミズは来ないのかよ」

「へえ、来てほしいのかよぉ」

「いらねえよ」

 わたし達は笑いながら肩をたたき合って、二人の出発を祝った。また会えるといいな、とそれは心から思った。

 

 低気圧が来るのが早くなりそうだということで、わたしとみず稀の出発が一日早まり、残った四人に最後の挨拶に行った。みず稀が準備に手間取っていて、逆にわたしはフライト直前にお手洗いにいったりするので、一人で。

 森永君と会えたのは偶然だった。

「ああ、伝刀さん。わざわざどうも。身体に気をつけてね。ところで、弓張さん見なかった? 外出届け出てないんだけど」

 先月あたりから、ゆーみんは弥生ちゃんにくっつくのをやめて、一人で行動することが多くなっていた。それにしても、小動物みたいにかわいいゆーみんを森永くんが真面目な顔で追いかけ回しているという図は微笑みをさそう。意外といいコンビになるかもしれない。

 二人にくらべると弥生ちゃんは忙しそうだった。

 司令部建屋の三階の滑走路に面した一等地に、弥生ちゃんと末松の「新居」があった。二人は二日前に正式に「帯広市防衛航空隊」の初代隊員になったのだ。教壇に向いて行儀良く並んだ机ではなく、会社のように向かい合わせになった事務机、ひじかけのついたグレーの椅子に座った弥生ちゃんの姿があった。

「スケジュール表、作ってるの。自分達の訓練と学校の授業と。こんなの、なんで私達がやんなきゃいけないのって感じ。コージは当然のようにサボるし」

 末松くんはサボっていないってことは弥生だってわかっているのだろう。三二人もの二期生を躾けるのには、今の教官だけでは全然足りないのだ。

「でも、それでいいんでしょ」

「うん」

 弥生ちゃんはしっかりと頷いて微笑んだ。「ジュネスのことはジュネスで決めなくちゃいけないからね」

 わたしは、一三三〇に出発するから、と、ここに来た理由を告げた。それから、少しだけ迷って、余計かもしれないひとことを付け加えた。

「ありがとう、弥生ちゃん。わたしのこと、見捨てないでいてくれて」

 それは本心だった。弥生ちゃんとは気まずいこともあったけど、振り返ってみればほんの一時期のことだ。今は友達だよね、と。離ればなれになっても、これからもそうだよね、と、それを確認しておきたかったのだ。

「お追従はやめて」

 弥生ちゃんは怒っているふうではなかった。「本当はわかっていて言ってるんでしょ? あなたはおちこぼれじゃないし、あなただけは絶対に落ちこぼれたりしないってこと」

「それはみんなが助けてくれたから」

「そうじゃなくて、あなたは特別だったってこと。なんで風祭君と一緒に行かなかったの?」

「え。でも、弥生ちゃん、どうして」

「あの後すぐにアカネちゃんの任地が決まったじゃない」

「それは……」

 別におかしくないでしょ、弥生ちゃんの考えすぎ、そう言えばよかったのに、不用意にも底を割ってしまった。わたしは大きくため息をついて、負けを認めた。弥生ちゃんになら話してもいい。

「わたし達、ジマーと戦っている。でも、これってジマーを倒すための戦いじゃないかもしれない」

「うん。私もそう思う」

 弥生ちゃんは力強く頷いた。

「帯広のジンギスカンやさんで、確信した」

「弥生ちゃんはそれでもいいの?」

「何か問題? わたしは、ジマーと戦って戦って戦い続けて、運良く生きのびて二〇歳になって後輩にバトンタッチしたら、それで終わり。あとは勉強したり就職したり結婚したりって、普通の人生を送るの」

「だって弥生ちゃんは、大人達の理不尽な規則に、いつも抵抗してたじゃない」

「そういう意味では、私はもう少し様子を見ることにしたの」

 弥生ちゃんには迷いはなさそうだ。「ジュネスとして、ジマーとは戦う。でも、これが、ええと、なんていうか、ジマーと戦争を続けるのが、本当に良いことなのかっていうのは、もう少したってみないとわからないと思うの。それまで生きのびることができればいいけどね」

「大丈夫だよ。わたし達にはランデュレ波があるし」

「そうね。バカな事故とかに気をつけないとね」

「任地の交換、ほんとうにしなくてよかった?」

「まだそれを言ってるの? そりゃ小諸は安曇野中核都市の防衛圏内だけど、友達には会いたいけど、小諸に住めるわけじゃないし。それより、みず稀、喜んでるでしょ」

「え?」

「知らないの? あの子、彼氏が小諸にいるんでしょ? いろいろ私にきいてたから。まあでも、行ったら分かるけど、松本と小諸って結構距離あるから」

 みず稀の彼氏のことは何度か本人から聞いていたけど、小諸にいるというのは初耳だった。

「……いいの? もうすぐコージ戻ると思うけど」

 弥生ちゃんとは握手をして、別れた。

 末松によろしく、とは、最後まで言い出せなかった。

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