第五章 一九八一年一月(ニヴォーズ)

中継

 朝の五時、わたし達は食堂のテレビにかじりついていた。八人のジュネス訓練生だけではなく、寮監としてわたし達と一緒に寝起きしている篠原さんと曽根教官も一緒だった。教えてくれたのは篠原さんだ。連絡協議会から情報があって、昨夜から司令部建屋では何人かが泊まりこんでいたという。まさかテレビの生中継があるとは思っていなかったそうだけど。

 画面の中では、夕暮れ色の空を背景に、いくつもの飛行機が縦横に飛び回っていた。一つ一つの機影は小さすぎてわからないけど、いくつかはスワロウのように見えた。突然、ぱっと白いパラシュートが開く。

「え、やられた?」

「わかんなかった」

 しばらくしてから、どーん、という音。よく見ると、背景の空は薄い染みのような黒煙で汚れている。フロッグが落とされたならパラシュートは開かない。あ、また開いた。

「なんでスワロウが撃墜されるの? ジュネスは攻撃されないんじゃなかったの?」

 みず稀が、さすがに小声で疑問を呈した。末松が早口で答えた。

「アメリカ軍がジュネスに本物の空軍パイロットを混ぜてんだよ。そいつがやられたんだろ」

「あ、そっか」

「だったらいいんだけど」

 わたしは思わず口に出してしまい、みんなからの冷たい視線を集めてしまう。

 アメリカは最初、うまくやっていた。アメリカはジマーの空襲が本格的になる前にジュネスを何百人も揃えることができたし、わたし達のより操縦しやすくて性能のいいスワロウを用意した。石油も電気も食べ物もふんだんに蓄えがあって、しかもヨーロッパや日本に援助までしていた。小さな都市がいくつか壊滅させられたけど、ニューヨークやボストンなんかの大都市は何度も防衛に成功した。このままアメリカはジマーを追いつめて壊滅させるんじゃないかって思っていた人も多かった。というか、どうせジマーはアメリカが全滅させるんだから、こんな訓練とかやってて意味あんの? とは、冗談交じりの会話の中ではおなじみだった。

 英語のアナウンスが入る。少し遅れて、早口の同時通訳が覆い被さる。

『戦闘は継続しています。全ての住民の避難、デイトン、パクアなどの都市からの避難は完了しています。現在のところ被害なし、それらの都市およびライトパターソン空軍基地の被害は報告されていません』

 カメラの視界を煙も出さずに静かに横切って行く黒いブーメランのような機影はフロッグだ。

「でも、こんな映像、よく中継するねぇ」

 ゆーみんはうっとりと画面に魅入っている。「どうせ負けちゃうのに」

 空気が凍り付いた。穏やかな口調で曽根教官が答えた。

「マスコミが頑張っている証拠だ。さすがアメリカだ。日本にここまでできるかな」

 男の子達が感じいったように大きく息をついた。緊張で呼吸を忘れていただけかもしれないけど。

 緊張していたのはわたしも同じだ。時々ゆれたり、とんちんかんな方角を撮したりするテレビの映像は鮮明とはいえないけど、目が慣れてくるにつれ、状況がわかってくる。ゆーみんはそう言うけど、アメリカの防衛隊は善戦している。葛原くんが遅れて食堂に駆け込んできた。ブリーフィングルームから取ってきたのだろう、もっていた航空地図をテーブルの上に広げる。みんなが一斉に地図を覗き込み、曽根教官が軽く葛原くんの肩を叩く。

 アメリカ防衛隊が作り出した『シュードジュネス作戦』は、最初はうまくいっていた。それは単に水増しじゃなくて、ジュネスを「おとり」にして、何千時間もの飛行経験を持った本物の戦闘機パイロットに「狩人」をやらせることで、フロッグの撃墜率も上がった。だけど、ニューヨークが壊滅するころには、偽ジュネスが撃墜される率が高くなってきた。それだけじゃなくて、本物のジュネスまで撃墜されることが増えてきた。ジマーも大量のフロッグを一度に投入するようになって、残ったパイロットだけでは大都市の防衛はできなくなってしまった。

 ジマーの海上基地が発見されるのがもう少し早ければ、そして、手当たり次第に核ミサイルを撃ち込むという当初の作戦がもう少しだけ慎重に行われてジマーに逃げる隙を与えなければ、事態は変わっていたかもしれない。でも,結果的には、貴重なパイロットと兵器を無駄に減らしただけだった。

 反攻の拠点として選ばれたオハイオ州にあるライトパターソン空軍基地には、残ったアメリカの防衛隊の半分が集結していて、いつかジマーの大規模な空襲があるだろうって誰もが考えていた。

 画面が一瞬、大きくぶれた。そして数秒後、ぐぁっという、まるでテレビそのものがハンマーで叩きつぶされたような音がして、次に何も音がしなくなった。画面上を左から右へ砂嵐のようなものが走る。

『弾性爆弾が着弾しました。ライトパターソン空軍基地です。デイトン市ではありません』

 カメラが遠方に幾筋もの黒煙がのぼるのをとらえた。そして、次の瞬間、黒煙の根本から平べったいキノコ雲がわき起こり、見る間に大きくなってゆく。

〝Head Down! Hold !〟 

 英語の叫び声がいくつも重なる。カメラが転倒したのか、ひっくり返った地面と空がうつる。

「え、今のなに? 今の弾性爆弾エラストおとしたフロッグって見えた?」

 弥生ちゃんが押し殺した声でみんなを振り向くと、

「おい、あれじゃね」

 省吾が九〇度ひっくり返った画面の上から下に地面に沿って動いてゆく黒っぽい影を指さした。

「なんだあれ」

「トロル」

 葛原くんが短く答える。わたしだって覚えてる。教えてもらったのは、つい先週のことだ。八本の脚で蜘蛛のように地上を走るジマーのロボット。その身体は弾性爆弾そのもので、目標に辿り着いて自爆する。

 画面の端まで進んだところで、トロルの姿は炎と煙に覆われて見えなくなった。倒れていたカメラが立て直され、ミサイルでトロルを攻撃したスワロウではない戦闘機が上昇してゆくところを捉える。その後に一機のフロッグが追いすがる。圧倒的にフロッグの方が速い。フロッグの機長一〇個分くらいまで近づいたところで戦闘機は煙と炎を吐き始め、片方の翼がもぎ取られた。大きな弧を描きながら地面に落下して大きな炎と黒煙があがる。パラシュートは開かなかった。

「もういいから早く逃げろよカメラマンさん」

 いつもは冗談で紛らわせないと気の済まない省吾のつぶやきが悲痛だ。フロッグが二機、空軍基地らへんに向かって降下してゆく。スワロウの数が減って、防衛隊はフロッグを防ぎきれなくなったんだ。どんな大きな空港でも弾性爆弾が四つも落ちたら使い物にならなくなる。まだ飛んでいるスワロウは帰るところがあるのだろうか。もう逃げて、わたしも心の中で叫んだ。

「君たちだったらどうする?」

 曽根教官が穏やかな口調で尋ねる。

 葛原くんは航空地図を指さして

「周辺にはたくさん飛行場があるみたいです」

「誘導路がないぜ。一つの飛行場に一機降りたらおしまいじゃねえか」

「とりあえず滑走路を離脱すればいいんじゃないかな。スワロウが飛べなくなるけど、燃料切れで田んぼに降りるよりはましだと思う」

「田んぼはないんじゃない? アメリカなんだし」

「伝刀訓練生はどう思う」

 曽根教官が、こういうときに黙っているわたしにふってくるのはいつものことだった。わたしの答えは決まっている。

「出撃しないと思います。最初から勝ち目がなさそうだし」

 またか、というようなため息がみんなからもれた。アカネ、とみず稀がたしなめるようにささやいた。弥生ちゃんの視線が鋭くささった。

「でもさぁ、アカネ、出撃しろって言われたらしょーがないじゃん」

 省吾がふざけた口調で言ってくれるのが本当にうれしい。

「ジュネスは自分達で出撃の可否を判断していいんです。数的優位を作れないなら出撃するだけ無駄だと思います」

「ジュネスが自ら判断するっていうのは、勝手に判断するのとは違うでしょ」 

 弥生ちゃんの低いけど澄んだ声がわたしの心をざわつかせる。弥生ちゃんが言うから、わたしは風祭くんやシュテファンさんに「ジュネスの権利規定」について教えてもらい、それを守ることを大人達に念押ししてもらった。弥生ちゃんはシュテファンさんとも直接お話して、すごく感動して、ありがとう、とわたしにも何度もお礼を言ってくれた。なのに。

 勝手になんか判断しない。わたしはそう言いたかった。助けてくれたのはまたみず稀だった。

「やよいー、大丈夫だって。判断するのはアカネじゃなくて、隊長は、あたし、だから」

 弥生ちゃんは、ふっ、と怒ったようなため息をついたけど、何も言わなかった。

「ほらほら、まだ続いてるよ。見ないのかよ」

 間の悪いことに、省吾の声にみんな視線がもう一度テレビに集まったとたん、画面は切り替わって、ニューススタジオの風景になった。慌ただしく手元に配られた紙を見ながら、日本人のアナウンサーが、安全の確保ができないため、中継が終了したことを伝えた。本来の起床時間まであと一五分。寮に戻る途中でみず稀に肩をこづかれた。

「ねえ、もうやめなよ。最近、悪目立ちしすぎるよ、アカネ」

「だって、大人の言いなりにはならないって最初に言い出したの弥生ちゃんだよ」

 暖房の効きが抑えられている食堂から寮への連絡通路を、みんなは足早に抜けてゆく。みず稀とわたしは白い息を吐きながら、下校する小学生みたいな足取りで進んだ。

「弥生のことはいい。ここにいる子はさ、あたしを除いたらみんな頭いいんだよ。あんたも弥生もね。だからこそ、中学生がいくらはりきったって、所詮大人の考えることには太刀打ちできないってわかってるはずでしょ?」

「わたし達は中学生じゃなくてジュネスだよ」

「あんたや弥生があの風祭とかシュテファンさんにかぶれちゃったのはわかる。わかってるよ、あたしだってあの人達が言っていることが正しいんだって。でも、ここの大人達は信じてない。男子達も、どっちかっていうとそう」

「でもみず稀、そうしたら、アメリカみたいになっちゃうよ? 連絡協議会LBISの警告無視して、空軍との混成部隊作って、城壁ネットも作らずに大きな都市メガロポリスを守ろうとして、全部失敗しちゃったじゃない」

「だから、あんたが間違ってるとかじゃなくて、結局は大人が信じてくれなくちゃだめだって、一人で騒いでいたってだめだってこと」

「大人の言うことに従わないなんて言ってない。わたしはリーダじゃないし、リーダのみず稀の言うことには従う」

「ああそれもねぇ、なんでアタシなのさ。リーダなんて男子がやればいいのに」

 みず稀とわたし、それに省吾と葛原くんで作られた訓練B小隊は、リーダらしいリーダがいない。だったらとりあえず男子で、という考えかたはダメ、と言われて、わたし達は四人でずいぶん考えた。その結果、一番操縦が巧くて、少しでも他のことを考える余裕がありそうなみず稀がいいだろうという結論になって、曽根教官なんかは、良い考えだってほめてくれた。

「わかった、みず稀。もうわたしは何も言わない。で、どうしたら弥生ちゃんと仲直りできると思う?」

「知らないわよ!」

 みず稀は、ひとしきり右の拳を振り回してから、「考えとく」と、力のない笑みを浮かべた。

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