腕時計(二)

 大きめの本屋さんに入ったのは、男子達が漫画週刊誌が欲しいと言ったからだが、わたしの都合もよかった。案の定、男子達の目当ての雑誌はなく、それどころか雑誌の棚がことごとく空っぽだ。お客さんは沢山いたが、レジに並んでいる人はあまりいない。

「出版社は東京に集中していましたからねえ」

 初老の男性の店員さん(店長さんかもしれない)はそう言いながら、一ヶ月以上前に出た週刊誌を袋にいれてくれた。病院の待合室にあるような、大人向けの週刊誌で、もちろん買うのははじめてだ。基地の食堂には油にまみれたのが置いてあったけど、目的が目的だけに持っていくのがはばかられた。

「あんまり売れてないんですか」

 わたしは思い切って聞いてみた。

「そうでもないよ。雑誌も全くないってわけじゃないし、東京から逃げて来た出版社が最近ここで本をつくりはじめたしね。……あんたたち内地からの避難民だろ?」

「……はい」

「親戚頼ってきたのかい? そうじゃないなら、中札内かいっそ広尾の方まで行きなさい。市内は中学も高校も一杯だし、仕事があるのは新しい基地の方だから。ふらふらしてると浮浪児と思われて警察に捕まるか、もっとたちの悪いのに騙されるって話もあるから。前はこの町もこんなせかせかしてなかったんだけどね」

 男子は、売れ残っていたらしい、やたら分厚い漫画雑誌を一冊ずつ買った。みず稀が興味津々という様子で、

「なにそれ。そんな雑誌あったんだ」

「おれもはじめてみるけどさ、意外と実用性高そうなんだな」

 ぱらぱらとページをめくってみせる省吾のとなりで、葛原くんは袋に入った雑誌をがっちり胸に抱えている。

「え、ちょっとなにこれ、うわ、やらしー、ほんと子供向け?」

「おミズがそういうくらいならよっぽどなんだな。良い買い物したぜ」

「そんなに涙ぐましい努力しなくたってさあ、ちょっとだったら相談乗るよ」

 さすがの省吾も真顔になった。葛原くんと、そして多分わたしも顔が真っ赤になっていたはず。省吾が真顔のまま言った。

「じゃあ、今夜頼んでいい?」

 さすがのみず稀が笑顔を凍り付かせる。それはちょっとした見物だった。


 それからわたし達が向かったのはお菓子屋さんだった。ホワイトチョコレートが有名なお店とかで、他にもいろいろなお菓子がおいしい。なぜ知っているかと言えば、そもそも帯広には地元のお菓子屋さんが多く、基地でのおやつの時間にはそういったお店のお菓子が供されるからだ。それに、時々は篠原さんや教官達がお土産に買ってきてくれることもあった。「お店でしか食べられない限定品」の存在も聞かされていて、教官達は、わざわざそういうのは買って来ないようにしていたらしく、わたしたちの期待はいやが応にも高まっていた。

 ところが。

 お目当てのお店のドアを開け、ずらりと並んだケーキのケースを目にしたとたん、どういうわけか、

「みず稀ごめん、ちょっとお腹痛くなってきちゃった」

「えぇ、なにそれ」

 みず稀は同情のこもった情けなさそうな声を出した。「冷えたんじゃないの?」

「そうかもしんない。わたし、お化粧室行ってるから、気にしないで」

「えー」みず稀はショーケースの方に目をやり、かるく頷いた。「わかった。じゃあ、三人で喫茶店行ってるから、上で合流して。アカネはその後で買い物すればいいし」

「ありがと。ごめん」

 男子二人に女子一人で喫茶店でケーキなんていう状況に追い込んだことは申し訳ないと思ったけど、まあ、みず稀なら気にしないだろうと、罪の意識はあまりない。

 わたしは女子トイレの個室に飛び込むと、さっき買ったばかりの週刊誌をナップザックから取り出しページをめくった。こんな大人向けの週刊誌なんて読むのは初めてだったから、どこに目次があるのかもわからなかったけど、運良く目当ての記事を見つけることができた。

「難民問題を考える。今だからできること」

 と題された記事は座談会の記録のようだった。首都圏大空襲の直前に書かれたものらしく、今からすると、いらいらするほどのんびりした雰囲気だ。内容にも少し興味を惹かれたけど、あとで読めばいいと思った。出席者の一人、フリージャーナリスト、目黒和彦。写真がある。名前の通りというのもおかしいけど、大きな黒縁の眼鏡の中にぎょろりとした目、口ひげと髪の毛は真っ黒で、父と同じ年齢というには若々しく見える。小さい頃になんどか会っているはずだが、記憶は鮮明でない。わたしは雑誌をしまってからトイレを出て、そのままお店も飛び出した。周囲に気を配りながらアーケード通りに出て、そこで足が止まった。

 目の前のほんの数メートル先を、弥生ちゃんが早足で横切っていったのだ。一人だった。わたしには気づいていない様子で、そのまま文房具屋さんに入っていった。単独行動は禁止のはずだったのに、と思ったけど、もちろん他人のことを言える立場ではない。アーケードを少しいってから脇道に入り、二本西の通りに出る。北を向いて数歩のところで目当ての喫茶店の看板を見つけた。

 二重になった扉を開けると、タバコの臭いに包まれる。それほど広くない薄暗い店内にはそれでも各テーブルに一人くらいの男性客がいて目が泳いだ。でも、その一瞬後には、一番奥のテーブルにいた人が、すっと立ち上がって、こっちに手を振ってくれた。黒縁眼鏡に大きな目。ただ、髭はなかった。

「昔から帯広は名だたるお菓子屋さんの激戦区なんだよ」

 目黒さんは、わたしが席につくなり、大きな目をまん丸にして愉快そうに話しはじめた。「そのお店もそういったお菓子屋さんの一つに過ぎなかったわけだが、戦前の砂糖不足の時期に読みがあたってね、ライバル達を差し置いて大量の砂糖を確保できた。今はそれを町ぐるみでやってる。帯広は、日本の経済の少なからぬ割合を砂糖でコントロールしていると言っていい。しかしだ、肝心のチョコレートをおさえられなかった。あんこじゃ最近の若者はひきつけられないだろう」 

 とういうわけで、何か甘いものでもどう? パフェとか。そう言われて、江戸の仇を長崎でという言葉が頭に浮かんだけど、甘えることにした。記者とかマスコミの人と会うことは禁じられていたし、知らない大人から食べ物をおごってもらうことも厳禁だった。でも、わたしが目黒さんに会うのは記者としてではなく、お父さんの友達としてだから大丈夫。

「時間があまりないんだったね。まず、これを」

 目黒さんは、銀色の腕時計を机の上においた。父のつけていた時計だった。手に取ると、金属のベルトはちぎれ、傷だらけだったけど、ガラス板にほとんど傷がなく、驚いたことに動いていた。趣味らしい趣味もなかった父が唯一こだわっていたもので、とにかくごつい。

「父の遺体はごらんになったんですか」

「ああ。空襲の二日後には見つかっていたらしい。本当に残念だった。結婚式でおれがスピーチした彼の逸話を、きみはもちろん知らないわけだよね。聞きたいかい?」

「はい。でも」

「だったら手紙で送るよ。それなら検閲にひっかかることもないだろう。お母さんもだめだったらしいね。われながら情けないよ。もともと無職みたいなもんだが、今は本当に住所不定でね。おれがきみの後見人になれれば、こんなところに送られることもなかったんだろうが」

 防衛隊は『こんな所』か。とわたしは心の中で自嘲した。やはりそう見えるのだろう。哀れみと同情、そして期待。目黒さんの印象はあまり良いとはいえない。でも、

「まったく、これからどうやってみても、あの世で伝刀に顔向けはできそうもないな」

 そんな冷笑気味な言葉の語尾が微かに震えたのは、演技ではなかったと思う。

「じゃあ、いくつか訊いていいかな。話したくないことや話せないことは話さなくていい。もちろん君が情報源とわかるようなことには絶対にしない。誤解があるかもしれないが、それをやらかすとおれ自身が身の破滅だ」

「はい」

「じゃあ、まず一つ。きみはマイヤー大尉に会ったかい?」

 それがシュテファンさんのことだと気づくまで、目黒さんに何度か訊くことになった。

「はい。去年の暮れに基地に来ていました」

「最近は? 一週間くらい前にはどう?」

「いいえ。基地に来ていたら、たぶんわかると思います」

 でもどうだろう。風祭くんが来たならわかるけど、シュテファンさんが一人で来ていたらわたし達にわざわざ会おうとするだろうか。

「そうか。……何も聞いていないのかい?」

 目黒さんの言い方はなんか変だった。

「なんのことですか?」

「これは噂だよ。あくまで噂だ。連絡協議会のマイヤー大尉が失踪した」

 それは初耳だった。だが、ショックだったわけじゃない。ジャーナリストと呼ばれる人達は確かにいろいろなことを調べて知っている。でも、連絡協議会LBISでの動向について今の日本でわたし以上に詳しい人がそう沢山いるとは思えなかった。デマや誤報はこれまでいくらでもテレビや新聞で見てきた。

「知りませんでした。でも、根拠はあるんですか?」

「マイヤー大尉には二週間前に会った」

「どこで?」

  目黒さんは答えず、じっとわたしの目をみつめていた。

 シュテファンもぼくも忙しい、と風祭くんは手紙に書いていた。シュテファンさんは失踪したわけではなく、連絡協議会LBISの仕事で日本に来ていたかもしれないし、そうでないかもしれない。いずれにしても、わたしがそれを知らなきゃいけないという理由はない。風祭くんの手紙にそのことが書いてなかったとしても、手紙が開封される可能性を考えれば、不思議じゃない。

 わたしが考えこんでいると、目黒さんは、じゃあ、次の件なんだけど、と話題を変えた。

「例のものは持ってきてくれたかい?」

 わたしはナップザックから紙の薄いファイルを取り出した。表紙にはわたしの名前が書いてある。綴じてあるのは幾重にも折りたたんだペンレコーダの記録紙で、わたしの脳波の記録だ。何カ所かに赤ペンで印がつけられている。そこでランデュレ波が出ている、ということになっている。

 目黒さんがテーブルにおいていた大きめの手帳を開き、一枚の写真を取り出した。そこに写っているのも脳波のペンレコーダ出力のようだった。目黒さんは、わたしの脳波と写真とを比較して、うーん、とうなった。

「わからんな。やっぱり専門家にみせないとだめか」

 わたしもそれを見せてもらう。刺激のタイミングとおぼしき矩形波と観測部位は同じだが、肝心の波形は似ていない。

「この写真は?」

「マイヤー大尉のランデュレ波だよ」

 わたし達はお互いの脳波の記録を比べたりしているので、なんとなく、これがランデュレ波という形はわかっていたつもりだった。でも、最初のジュネスであるシュテファンさんの波形は、みんなから「きれい」と言われているわたしのとくらべて全然違う。わたしのランデュレ波は、オリジナルの、シュテファンさんのそれと一致コンフォームしているから「きれい」だったのではなかったのか。わたしは不安になった。

「男女や体格とかでも波形は違うそうですけど。あと人種でも」

「そうだってね。刺激に対する遅れが大事っていう説も聞いたが、わからんな。ランデュレ波がないと戦闘機には乗れないんだよね」

 わたしは少し警戒した。正しいことを話すべきか。でも理屈からすればその考え方は間違っている。だったら、正しいことを話しても問題にはならないはずだ。

「乗れます。ええと、訓練には問題ないってことです。出撃はできません」

「ああ、そういうことか」

「ランデュレ波について、お詳しいんですか」

「いやいや、このざまだよ。勉強はしているんだが、理系は鬼門でねえ。その上、ランデュレ波についての論文は、たった二本しか出ていない。……ランデュレ波はね、おそらく最大の鍵の一つだと思う」

「ランデュレ波がないとジマーと戦えないんだからそうだと思います」

「もちろんそうだ。だが最初から本当にそうだったのか」

 目黒さんは思わせ振りに目を細めた。たぶん、あまり科学的じゃないことを言っている、とわたしは感じた。

「最初は、シュテファン……いえマイヤー大尉がジマーと戦ったことですよね」

「そうだよ。だがね、こうは思わないか。ジマーが出現してから、ジュネスによる防空隊が作られるまでの時間が短すぎる……」

 やっぱりこの人は「陰謀」みたいなことが行われていると考えているのだ。

 わたしも初めてランデュレ波のことを知ったときには、「非科学的」というか「まやかしっぽい」と感じた。でも、その考えは、訓練を受けながら少しずつ変わっていった。なにより、本当に「まやかし」だったら、みずから「科学的には原理が証明されていない」なんてハッキリ言うだろうか。そのかわりわたし達にはデータが示された。ヨーロッパで何十人という犠牲を出しながら蓄積された実戦のデータだ。そこには、ランデュレ波の一致性コンフォミティとジュネスの生存率の顕著に強い相関が示されていた。そのデータを理解するために、わたし達は「大学レベル」の統計学を勉強させられた。理系が苦手と言っている目黒さんはそういうデータを理解できないかもしれないし、たぶん、知らないだろう。

 なにより、わたしはこの目で見た。フロッグはわたし達にはメーザ照射をしなかった。

 ただ、そのことを目黒さんに説明するのは、さすがにまずいような気がした。『それが真実だとしても、そこからもっともらしい嘘を作り出すのは簡単』

「まあ、実りのない議論になりそうだから、やめておこうか。もう少しだけ教えてくれるかい」

 そう言って、手帳にはさんであった写真を一〇枚くらいテーブルに並べた。いずれも外国人の写真で、白黒が多かったけどカラーもあった。その中の一人に目が釘付けになった。綺麗な若い女性の写真だったが、わたしの記憶のなかのその人はもうすこし歳をとっていた。

「この中に、会ったことのある人はいるかな」

 わたしは、その女性の写真を指さした。「この人」

「それはありうるな」目黒さんは頷いた。「この女性が、フランソワ・ランデュレ博士、ランデュレ波の発見者だよ。帯広に来ていたとはね」

「帯広じゃないです。九月一日、東京で、わたしの通っていた中学に来たんです」

 目黒さんは、え、と言って大きな目を見開き、そして細めた。

「それは、つまり、あの、おそろしくいいかげんなランデュレ波計測事業のときか? それが、なんできみの学校に」

 思いだした。あの外国人の女性は、逃げろ、と言った。あのときわたしは、それが東京から疎開しなさい、という意味だと思っていた。でも、今にして思えば、大都市の生徒を疎開させて、そこからジュネス候補生を選抜するという方針はあったはずで、もしあの人がランデュレ博士ならば、それを知らないはずがない。

 いったい、何から逃げなければいけなかったのだろう。

「他にはどうだい」

 目黒さんに言われてもう一度写真を一通り見る。帯広基地に時々来ているパイロットの人達とは違うし、パドメの家族にも見えない。ただ、じっと見ていると、どこかで見たような気がしてくるけど、たぶん錯覚だ。その中で、一枚、やはり若いきれいな女性の写真が気になった。軽くウェーブのかかった髪は(白黒だからよくわからないけど)黒に近く、顔立ちも東洋人っぽかった。でも日本人だったら、芸能人でもなければこんな素敵な笑顔で写真に写らない。とりわけ、この女の人の写真には既視感があったけど、小さな手書きでMrs. S. Newmanとあったから、知っている人ではないだろう。

 わたしは首を横に振る。

「そうか。じゃあ、デルフトノハナヨメトウって言葉に聞き覚えは?」

 え? わたしが聞き返すと、デルフトはオランダの町で、新郎新婦の新婦に、共産党の党だよ、と教えてくれた。デルフトの花嫁党。幸せそうな政党だけど、さっぱり分からない。

「まあ、そうだろうね。『デルフトの結婚バーティ』って意味かもしれないんだけど、それじゃあ、あまりにも筋がとおらなくてねえ」

「そのなんとか党とジマーと関係があるんですか?」

「ジマーがソ連の秘密兵器だという話はきいたことがあるかい?」

 目黒さんの言葉はわたしの質問への答えになっていなかったけど、こういう話かたをする人はいる。

「はい。でも、ソ連の都市や油田も大規模な空襲を受けているので、違うって」

「俺の守備範囲はヨーロッパというより東欧の共産圏なんだけど、五年くらい前から、ちょっと奇妙な、といっても具体的に何がどうってわけじゃないけど、気になる雰囲気があってね」

「計画経済の停滞ですか?」

「よく知ってるじゃないか。共産党による一党独裁は皮肉にも階級化を推し進め、富の偏りを生じさせ、経済を停滞させた、ってやつだ。一応説明はついている。だけどね、皮膚感覚っていうのかな、実際に市民生活まで入り込んでゆくとだね、言ってみれば何か寄生虫に栄養分をとられたような、そういう印象だったな。おれはてっきりブレジネフが本気で戦争をしようとしているのかと思ったほどだよ。アフガニスタン侵攻なんてちんけな奴じゃなくてね。でもそうなら、資本主義陣営に対して敵意を煽るとか、プロパガンダをするはずなんだ」

 目黒さんの話の行方がわからなくなってきた。わたしはあいまいに頷いて先を促した。

「そんなときだ。二年前の六月だよ。おれは、つきあいのあった経済学者の一人とレニングラードで会った。そのときに彼が前後の脈絡もなく、頼みごとをしてきた。デルフトの花嫁党に呼ばれたんだが、参加できない。それを伝えてくれというんだ。こういう連中も呼ばれている、そう言って教えてくれたのがさっきの名前だよ。その場でメモを取ったんで、間違いもあるはずだ。デルフトにも行って、その招待状の発送元の住所も調べたんだが、手がかりはなかった。彼には依頼をはたせなかったと伝えようとしたんだが、それ以来、連絡が取れなくなった」

「……それって」

「ソ連を相手じゃそれほど珍しいことじゃない。転居しただけってこともあるからね」

「あの、どうしてそのことがジマーと関係あるんですか」

「この写真はね、その『デルフトの花嫁』のメンバーとされている人達だ。ランデュレ博士もその一人だったし、この人物は」

 そう言って目黒さんは、雑誌の切り抜きのような肖像を指さした。映画俳優のような彫りの深い顔立ちで、口元に笑みがあるのに目が全然笑っていない。

「連絡協議会の議長、ヨアヒム・バウアー博士だ。他にも、ジマーとの戦いに関わっている人物がいるんじゃないか。そう思ってね。もちろん、何の関係もないかもしれない」

 ジマーが現れる前に、今、ジマーとの戦いの中心にいる人達が集まっていたかもしれない。それにはソ連の科学者も参加しようとしていた。ジマーはソ連で「作られた」のかもしれない。でも、それだけじゃ、デルフト花嫁党とジマーを結びつける根拠にはなりそうもない。

「わからないです。わたし達はジマーと戦うために集められたっていうだけで、連絡協議会LBISの人達と知り合いってわけじゃないし」

 そういいながらも、少し胸が痛む。目黒さんはたぶん風祭くんのことを知らない。帯広基地の関係者に少しでも話を聞けば、彼の名前はすぐに出てくるだろう。だけど、わたしから進んで風祭くんの名前を出す気にはなれなかった。せっかくわざわざ来てもらったのに申し訳ないという気持ちになる。

「ありがとう、とりあえずランデュレ博士がそんな時期に日本に来ていたというのは思ってもいなかった事実だ。大丈夫、明日は窪田空将補にインタビューのアポも取ってある。もっとも彼がそこまでの情報を知っているのかは怪しいところだがね」

「あの、わたしのインタビューはしないんですか?」

「というと?」

「いちおう、こないだフロッグも一機撃墜したし……取材の申し込みがたくさん来てるって聞いてます」

「でも、インタビューを受けるのは禁じられてるんだろう?」

「あ、でも匿名なら」

「いいかい。きみたち最初のジュネスがどの都市コミューンに配置されるのかは今や日本中の重大な意関心事だ。どの都市コミューンに行きたいとか、うかつに口を滑らしたりしたら、大変なことになる」

「そんなことは言いません。自分たちの希望が通らないことは知ってます」

「言わなかったら言わされると思った方がいい。今は難しい時期だ。気をつけなさい」

「はい……」

 それから、目黒さんはちらりと腕時計を見た。お菓子やさんを出てから二十分経っていた。そろそろ戻った方がいいだろう。みず稀がトイレまで様子を見に来たときの言い訳も考えてあったが、あまり心配をかけたくない。

「話せてよかった。ここまで来た甲斐があったよ。……そうだ、渡すものがあった」

 そう行って目黒さんは、バッグの中から白い封筒を取り出して渡してくれた。

 宛名のわたしの名前の筆跡には見覚えがあった。裏返して差し出し人の名前を見つけ、おもわず叫ぶところだった。この手紙を、この字を、この五ヶ月というものどれだけ待ち焦がれたことか。

「……みどりちゃん」

「きみが帯広の訓練所に入ったと教えてくれたのは実は彼女だった。市の関係者は口が重くてね。別に秘密にする話でもないと思うんだが」

 わたしは目黒さんの前だというのに、その白い封筒を胸にかきいだいた。お父さんの時計を見てもこぼれなかった涙が、今になってあふれそうだった。残っていたアイスティをストローですすって、必死にごまかした。

「ありがとうございました。そろそろいかなくちゃ」

「何もできなくて申し訳ない。くれぐれも命を粗末にしないでくれ。お願いだ」

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