第二章 一九八〇年九月(ヴァンデミエール)
始業式はなかった
夏休み明けの九月一日。始業式はなかった。そのかわり、
「みんな知っているかもしれないけど、転校生を紹介する」
北村先生は、すでに教壇の横に並んでいた二人の男子と二人の女子に向かって左腕を開いた。男子の一人は先生よりもずっと背が高く、金髪だった。もう一人の男子は日本人のようにも見えたけど、黒板にローマ字で書かれた文字は全然読めなかった。女子の一人は背の高い黒人の子で、もう一人は黒髪のとんでもない美少女だったけど、日本人の顔つきとはどこか違う。
知ってるかもしれない、というのは、彼らが八月のうちに団地の空き部屋に引っ越してきていたからで、黒髪美少女のパドメとはわたしも挨拶していた。チェロの経験者だという。でも、楽器をフランスの家から持ってくることはできなかった、と。
転校生達は自己紹介はせず、先生による名前の紹介だけで終わった。そして、そのまま教室の前に立っている。わたしたちは一学期の時の席に座っていて、教室の後には新しく運び込まれた空の机が四つあるのだけど。
「いつもだったら、ここで班替えのところだけど、みんな分かっていると思うが、今日は伝えたり決めたりしなくちゃいけないことが山ほどある。班は先生で勝手に決めた。ゆるせ」
えー、と一斉に上がる不満の声。だがそれを北村先生の大声が制する。「名前よぶぞ。一班、班長は……」
わたしは二班の班長にされ、班員には、柚木くんと蓼科くん、それにパドメと金村さんが加わった。男子二人は、めだたない大人しいタイプだったからよかったけど、金村さんと同じ班になるとは正直びっくりした。金村さん、さすがというか、パドメに日本語でがんがん話かけてたじたじにさせている。タイプは違うけど美少女二人のやりとりを、柚木くんと蓼科くんが、ぼおっとした表情で見ている。
「転校生の諸君は、英語と国語と社会の時間は別教室で授業をうけるが、他は一緒だ。仲良くしろよ。じゃあ、次。避難訓練を毎週一回、水曜日にやることになった。今日の一一時からヘルメットを配布するので、班長は班員の分を体育館に取りに行くこと。それから、当面の間、放課後の部活の終了時間は一時間早めて五時までとする」
「ええっ」
わたしは思わず口を押さえた。教室中の視線とくすくす笑いが集中する。「うわあ、合奏部、スパルタ……」という声も聞こえるけど、それどころじゃない。そんな話は初耳だった。それじゃあ、ほとんど練習にならない。一〇月の最初の日曜日は地区予選だというのに、まだ暗譜していない子もいるのだ。
「部活に全員参加の原則は変わらないが、おうちの都合やなんかで練習を早退したり欠席したりすることにも柔軟に対処することになった。伝刀さん、まあ、落ち着きなさい。君の熱意はわかったから」
北村先生の余計なひとことで、また視線とにやにや笑いがわたしにまとわりつく。
「笑っちゃダメだよ。伝刀さんのやり方でいい。勉強や授業はもちろん通常通りだ。部活も出られるひとは今まで通り出ること。秋の大会やコンクールなんかが中止になることはない」
なあんだー、ちぇ、という声が教室に満ちるが、わたしは胸をなで下ろしていた。授業はともかく、コンクールが中止にならないと聞いてほっとした。夏休み中も、お盆の一週間を除けば、ほとんど毎日練習はあった。いまさらコンクールが中止なんてことになったら、日頃はいくら不真面目に練習をやっている金管の男子だって、さすがに怒るだろう。
「それから、二年生を対象に臨時の健康診断をやることになった。脳波の計測だそうだ。今日から数人ずつやっていく。今日は、このクラスからは三人が指定されている……」
普段はめだたず出しゃばらずが信条のなのに、今日は本当についてない。この三人枠にも見事に選ばれて、またも注目されてしまうことになった。わたし以外は男子で、二人とも運動部系で、出席番号順でもないし、気持ちがわるい。
「三人はちゃんと朝飯は食べてきてるな? じゃあ、いい。脳波診断は明日以降も続くからな。とにかく全員朝食はちゃんと食べてくるように。指定したの時間に第二技術科室にいくように」
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