教室にて

「中学生って集団になると問題解決能力が致命的に低下する」

 みどりちゃんがときおり放つ毒舌が、わたしは好きだった。

「一人の少年は一人の少年、二人寄れば半人前、三人寄れば無に等しい」

 とまで言っていたけど、これは大西洋単独飛行をなしとげたリンドバーグのお父さんの言葉ときいて、なるほどと思った。

 わたしは間違いなくみんなの足を引っ張っている。なのにみんなはわたしのことを悪く言わない。ゆーみんのことをサル女と嗤う男子達は、わたしのことをグズノロマと罵ってもいいはずだ。あ、それは違うか。男子達はゆーみんに相手をしてもらいたいんだから。それは中学生というより小学生男子の考えだ。

 誰もが戦闘機のパイロットになんてなれない。そんなことは草薙教官に言われなくたって、一番最初にスワロウの操縦桿を握ったときにわかった。ランデュレ波の有無は、ジュネスとしてジマーと戦えるかどうかの問題で、パイロットとしての才能とは関係ない。だから、他の子よりも何時間も余計な訓練をうけてもまだ単独飛行の試験も受けさせてもらえないわたしは、とっくに追い出されてもいいはずだった。ところがわたしは追い出されなかった。何回試験に落ちたら辞めさせられるってことが決まっていなかった、とか、最初だから、もう少し様子を見るから、とか、篠原さん達が言うのを聞いたけど、一部の教官たちにはそれが我慢ならない。それはすごくよくわかる。入隊するときには、一万人に一人とかおだてられて、少し天狗になったかもしれないし、ひょっとしたら、わたしにもみどりちゃんに勝てるところがあるかもって不遜なことを考えたかもしれないけど、すぐにそんなのどうでも良くなった。わたしは辞めたほうがいいのだ。

 だから、わたしはみどりちゃんの返事を待っていた。今日のことがなくても、それがここを出て行くきっかけになるはずだ。でもその決意は、まだ誰にも話していなかった。もちろん、みず稀にも。なのにみんな、辞めるな辞めるなってそればっかりわたしに言う。そんなに辞めそうに見えるのかな。辞めようとしてるんだけど。


 厳しい指導に耐えかねた女子がトイレで泣くのくらい、日常茶飯事を通り超して呼吸をするみたいなものっていうレベルで、基地の中は、というか、たぶんわたし達とわたし達をとりまく大人達はめちゃくちゃだ。わたし達は半年もここに閉じ込められているかもしれないけど、それくらいはまあ、ありえない話じゃない。食べ物や着るものはしっかりもらっている。自由時間はテレビを見てもいいし、卓球をしてもいいし、本を読んでもいい。もっとも、テレビのチャンネルは三つしかうつらなくて、本当ならテニスコートやバレーコートもあるはずの運動場は未整備で、本だって大人達が買ってきた古い週刊誌やまんが雑誌ばかりというありさまだけど。

 操縦訓練の他にも体力づくりの時間があり、学校の授業みたいな時間もある。たった八人のクラスのために、本物の学校の先生が来て授業をしてくれる。それでも、今ままでの進み具合もばらばらだったので、授業もポイントだけ教えてくれて、あとは自習って流れが多い。宿題が出るけど、答合わせはせず、次の週に小テスト。すごい勢いで単元が進む。

「みなさん優秀ですから」

 じゃねえよっ、と珍しく省吾が毒のある口をきく。

「全然頭に入ってないんだけど!」

「いいじゃねえか。受験もなんにもないんだから」

 末松がゲゲゲの鬼太郎の歌の節まわしで言った。でも、こいつらが優秀というのは本当だ。わたしは学校の勉強はまあできる方だったけど試験前につめこむタイプだったので、ポイントだけの授業についてゆくのは大変だ。

 もちろん、というか、美術も音楽も技術家庭もない。その代わり、数学と英語の進みは早く、ほとんど丸暗記とはいえ電子工学や飛行力学も勉強する。それから「社会」だ。学校で教えてもらえることは、昔の偉い人が考えたことを再放送しているだけじゃない。この授業では、もっぱらジマーがどう世界を変えていて、それにどうやって対抗しようとしているのかがテーマだった。スーツを着た、学生じゃないけど中年というほどではないくらいの元気な男の人で、常に笑みをうかべたような表情は美形なのに少し不気味だった。一番最初の授業で自己紹介したときに「那須です」と短く名乗っていらいで、他の教官たちも「総理府のヤツ」としか呼ばないので、なかなか名前がおぼえられない。

「八月の終わり頃まではNATOが対ジマー戦闘をしきっていましたがアメリカが抜けて本国に戻ってしまい体制の立て直しが必要になりましたそこでできたのが対ジマー防衛多国間連絡協議会Liaison Board of Inter-State coordination action against GMAH略してLBISああでもここの人達は横文字の略語とか毛嫌いするからあんまり君たち口にしないほうがいいよ」

「先生、早口過ぎで笑いのポイントがわかりません」

 省吾のつっこみにも、この先生は全然へこたれない。

「ちゃんと板書してるし手元の資料ペーパー見て。この連絡協議会はヨーロッパのケーニヒスブルグというとこにあってジマーとの戦いの世界の中心となっています、ジマーと戦うためにはここに代表団を送り事務局の運営に人やお金を出す必要があります、ただ現在日本からはどこも代表団を出していません、年内には帯広市から代表団が出る『予定』です。今はいわば口約束の形で、みなさんが乗る戦闘機や関連技術やジマーに関する情報がここに来ていますが、それらは本来、正式に協議会に加盟したコミューンだけが得られるものなのです」

「コミューンってなんですか」

 弥生ちゃんがタイミングをはかったように鋭く訊いた。「『新中核都市』っていうのと同じものですか?」

「同じです。おっちょこちょいの地方自治体が、交付金がつくと勘違いして手を挙げてくるだろうと、それっぽい名称にしたそうですが、まんまとひっかかって抜けられなくなった。話を元に戻すともうこれからは日本とかフランスとか韓国とかそういう国の単位ではやっていけない、だから都市コミューンの単位で防衛も経済も組み立ててゆきましょうということです、でもみんなテレビとか新聞読んでるんでしょ今そればっかりやってるでしょ?」

 わたしを含めて何人かが浅く頷いた。ちなみに、わたしは午後の授業のころには、草薙教官に絞られたことは、なんとかショック状態からは脱していた。みんなが腫れ物のように接するので元気な様子もみせなきゃと思いつつ、それはそれで心配されそうなので、普通にしていた。

都市コミューンになるってことは、今度ジマーが襲ってきても逃げないって宣言することですから、人と産業が集まる。でも、そのためにはいろいろ備えをしなくちゃいけなくてまず弾性爆弾の被害を狭い区画に止めるための防壁ネット、それから防空隊の配備。つまりあなたたちがここを卒業して赴任するところがすなわち都市コミューンになるということです、現在のところ、都市の候補は、釧路、旭川、花巻、秋田、浜松、松本、富山、出雲、熊本、そんなところです。これからも増えてゆくでしょうし……」

「ちょっと待ってください」

 今度の弥生ちゃんの口調はさっきとは比べものにならないくらい鋭く、切羽詰まっていた。

「小諸は、入っていないんですか?」

「現在の候補にはありません」

「抜けてるんじゃないですか? 前に聞いたときにははいっていました」

「はいっていた時期もありました、でも防空隊のための滑走路を新設しなくちゃいけないし、その場所がない、なので候補から外れました、とはいえ、未来永劫ならないってわけじゃないので」

 ちらっと弥生ちゃんの方を見ると、顔面蒼白で視線が定まっていなかった。弥生ちゃんは東京出身って言っていたはず。小諸に親戚でもいるのだろうか。

「あなたたち第一期生の人数は八人なので二個小隊ができるから、最初に選ばれるコミューンはたった二つです、一番最初のトライアル的なものだとしてもですよ、半年以内には大規模な養成が始まるにしてもですね、最初のロット数はもう少し増やして欲しかった、下手をするとあなたたちジュネスの奪い合いなんてことになりかねない」

 授業が終わり、わたし達女子は速やかに弥生ちゃんの周りに集まった。男子達は遠慮ガチに少し離れているけどなんとなくこっちを窺っている様子。

「ねえ、大丈夫?」

 それをまず言うのはわたしの役目だったけど、今日は逆に心配されてしまう。

「私は大丈夫。それよりアカネちゃん、無理してるんじゃないの?」

「わたしも大丈夫、辞めたりしないから、誰も辞めるなんて言ってないのに、それより」

 わたしは視線でみず稀に助けを求める。みず稀は、さらっと本題に入ってくれた。

「どうしたのかと思ったよ。突然、小諸がどうとか言い出すから」

「ごめん、なんでもないの」

 弥生ちゃんの答は短すぎた。わたし達は一〇秒くらい沈黙して待った。

「……だまされた。篠原さんに。小諸が候補になってるって言ってたのに」

「小諸に配属になりたかったの?」

「……うん。でも、もういい」

「仮に候補に残っていたとしても、訓練が終わってどの都市にいくかなんてわたし達自身じゃきめられないんでしょ」

「だからいいのっ」

 珍しく弥生ちゃんの言葉に怒気が混じった。わたしの言い方がよくなかったのはそうだけど、それでも簡単には引き下がれない。男子達もじっとこっちをうかがっている。やがて観念したようすで、弥生ちゃんが話しはじめた。

「私、東京の中学って言ったかもしれないけど、今年の七月までは小諸に五年くらい住んでたの。そこで友達もできて、沢山の人に優しくしてもらえて本当に楽しかった。でも、ジマーのことがあってから父が本社から呼ばれて、母も前から東京に戻りたがってたから、私だけ小諸に住むわけにもいかなくて。だから、小諸に戻るチャンスがあるなら戻りたかったって、そういうこと。納得してくれた?」

「戻りたいんだったらジュネスにならなきゃよかったんじゃないかな。行きたい都市にいける確率なんて最初から低いんだし」

 そう言ったのは森永くんだった。われながら相当に冷たい視線を向けたと思うし、舌打ちしちゃったかもしれない。でも、弥生ちゃんは、優しげな笑みさえ浮かべて言った。

「そうね。森永くんの言う通り、非論理的な行動だったと思う」

「でも、またチャンスはあると思うよ」

「ありがとう」

 本当は、弥生ちゃんはもっと話したいこと、話したくないけど、話したいことがたくさんあるんじゃないかな、と思った。でも、やっぱり男子がいるところで込み入った話は無理だ。なにせ、ただでさえ面倒なことが多い日なのに。その面倒事の半分はわたしなんだけど。

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