アカネは語る

 見かけ上、そうでなかったとしても、帯広に来てからの二ヶ月で、わたしたちの関係はずいぶん変化した。

 男子は生意気でちょっとワルで、でも女子には優しくする。女子はみんなかわいくて元気だけど、肝心なところでは男子をたてる。そういう「台本」がいつの間にかできあがっていた。たぶんわたしたちは、末松とかみず稀を除いたら、こういう「役柄」とは正反対の性格だけど、一度そうやるって決めたら、うまいこと役をこなせるほどには頭がよかった。それは自分の個性を殺すとか、言いたいことをいわないとかそういうこととは違う。むしろ本当の戦いのためには、わたし達が何も不満を持っていないなんて思わせない方がいい。わたし達は今たった八人だけど、いずれ日本のジュネスは何百人ににも増える。それは大人達がわたし達の意志や要望を無視できないということだ。その力をわたしたちは無闇に使うわけにはいかない。そのことに気づいたのは、やはり草薙教官の殉職がきっかけだったと思う。わたしたちは簡単にはここから追い出されることはない、ということを知ってしまった。わたしたちは日本の未来をかけた一大プロジェクトの最初の実験台で、取り替えがきかない。大人達はそのことを気づかせたくなっただろうし、わたしたちもいちおう気づかないふりをしている。でも、草薙教官が一〇年に一人という優秀な戦闘機パイロットだったこと、そしてそのかわりに、総理大臣の外国訪問でチャーター機の機長を務めたような人がわたしの教官になったということが、わたしたちを取り巻くいろんなことを説明してしまった。

 わたし達はいまだに基地の外に一歩も出してもらえなかった。でも、テレビを禁じられていただけではなかったし、新聞を読むこともできたので、外の世界がどうなっているか、自分たちがいったいなんのためにここにいるのかをだいたい知ることができた。

 一一月一二日に仙台が空襲を受けて以来、日本や東北アジアにはジマーの襲撃がない。家をなくした人達は一千万人を越えていた。ジマーの留守を狙って復興が始まったが、襲撃を受けた大都市ではなく、郊外や小さな地方都市を中心に、被災者の方を受け入れていた。これらの「新中核都市」はジマーの攻撃に対する特別な防御を備え、ジュネスによる防空隊が配置される。ジマーが再び日本に戻って来る前に、少しでも態勢を整えなければいけない。

 ジマーの空襲はもうない、と言う人はいなかったが、ないことを期待している人は結構いた。ジマーは、一一月以降はもっぱらアメリカを標的にしていたからだ。ヨーロッパでのジマーの出現を知ってから、アメリカではジュネスや防衛隊の準備を整えていて、一部では互角の戦いをしていた。ここままアメリカ軍がジマーを全滅させるのではないだろうか、そこまで楽観的な人はいなくても、一年や二年はアメリカがジマーをくいとめてくれる、引きつけてくれると思う人はいるだろうし、わたしも実は結構そう思っている。

 日本では、首都圏大空襲のあとで筑波に臨時政府が置かれたけど、筑波からの政府の発表はどんどん少なくなっていった。そのかわり、それぞれの新中核都市や「都市連合」と名乗る人達の発言が目立つようになった。わたしは、ああ、これがお父さんの言っていた「地方に権限を移す」ということなのか、と気づき、お父さん達が考えていたことが現実になっているのを知って少しだけ嬉しかった。

 そして、帯広にいるわたし達のことは、まったく笑っちゃう話だけど「謎に包まれていた」。ジマーの空襲を防ぐための防衛隊の養成が北海道で行われていること、帯広市とその周辺にすごい勢いで人が集まっていることは知らされていたが、そこで訓練を受けているのがたった八人の中学生だということは秘密らしかった。もっとも、ジュネスという言葉は、アメリカでのジマーとの戦争の報道で何度も出てくるようになった。「いずれ時間の問題ね」と篠原さんは言った。

 もちろん、わたし達は、テレビの前にいる多くの人達よりは少しだけ詳しいことを知らされている。例えば、わたし達のいる「航空自衛隊帯広基地」は「陸上自衛幕別分屯地」であり、いずれ帯広市か都市連合の管理による「帯広訓練所」になるだろうということ。現在、基地で働いている人達の多くは自衛隊員や防衛庁の職員だが、この人達の身分も近いうちに変わるだろうということ。

 そしてこの帯広市は、ヨーロッパにある「連絡協議会」との窓口だということ。連絡協議会はジマーとの戦いの国際的な司令塔だ。帯広市には日本政府の防衛庁や外務省にいた人達がたくさん移ってきていて、筑波にかわって日本の首都になるだろうという話もある。

 だけどわたし達は、気づかないふりを続けている。弥生ちゃんは、そろそろ我慢ができなくなったのかもしれない。

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