第3-11話「内部」



 この島には土壌を安定させるため、そして定期的に島の状態を点検するために設置された戸がある。それに「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた貼り紙が掛けられている。

 つまり島の内部に侵入することがユウ、カリンの二人の目的。この場所を知らなかったユウ。一方で、中のことをそれなりに知っているカリンの探検。

 未知の世界に飛び込むというより、アスレチックパークで身体を動かすと言った方が正確かもしれない。


 そこは鉄パイプと鉄橋で作業員が行き来できるような構造だ。下を見れば、底が見えないほど高い位置にユウらはいる。海底までその空間は広がっているために、鉄橋から落ちれば大怪我では済まない。本来なら子供たちが入れる場所ではないのだが、勝手を知るカリンにとってはなんの障害にもならなかった。

 テーマパークの裏側といったイメージの内部だが、それぞれの配管にはきちんとした役割がある。例えば配管を通して養分を送るから植物が育つようになっているだとか、海水を電力源としているために環境に優しい孤島なのだとか言ったものだ。最も、カリンとて機構の仕組みを理解しているわけではない。下手にどこかを壊して孤島の機能を失わせる可能性も否めないため、慎重に歩みを進めていた。

 それならこんなところに入らなければいいのにとユウは思う。


「ここの下にマーメイドは現れたらしいのよ」


 ユウの疑問に答えたカリンの言葉。マーメイドを目的とした探検なら、目撃証言が多いところに赴くというのは道理である。

 一応作業員の通る鉄橋を歩いてる為、足場としては安定している。とはいえ、やはりこんなところに入っていいのだろうかと思うユウ。早く切り返したいと思うのを尻目に、カリンの歩みは進んでいく。


 カンカンと鉄橋に足を踏みつける音が木霊する。それだけこの空間が深いことを意味していた。

 スターウルフとして戦うこととなったユウにとって、高いところというのは慣れた場所だ。自ら飛んで戦ったり、訓練で木に登ったりするから尚更だ。しかし、こうも足元が暗くなっていて、地面が見えないほど深い場所にいるのは宇宙空間を除けば初めての経験だった。外にいる時は地上が少なからず視界に入っていたから、慣れるのにはそれほど時間は掛からなかった。だが、現在の状況。底が見えないというのはなんとも言えぬ恐怖感がユウを襲う。その上ユウは生身だ。もしこのまま足を滑らせたらと思うとゾッとする。

 早く地上に戻った方がいい。そう思ってユウはカリンに声をかけようとしたその時だった。


 突如耳に届く異音。先程まではユウとカリンの途切れ途切れの会話と、鉄橋を踏みつける足音だけがその場を響かせていた。そこに、ガンガンと鉄に何かを打ち付けるような音が遠くから響いてきた。


「……何か聞こえない?」


 初めは気の所為ではないかと思っていたユウだったが、カリンのその声で確信する。これは現実に起こっていることだ。


「気の所為ではないみたいだね」

「やっぱりそう? 何か点検でもしてるのかしら……」


 そんな予定はないはずだけどと顎に手を当てて呟くカリン。

 一方でユウはある事に思い至っていた。ウォルフの行方だ。

 ユウがカリンと海水浴で遊ぶことになってからどこかに飛び立ったまでは見ていた。探検すると言って去ったのだ。それ以来、ウォルフの姿を見ていない。


 もしウォルフもこの場所に来ていたら。もし件のマーメイドがアグレッサーなら。そのアグレッサーがウォルフに攻撃を仕掛けていたら。

 そう考えると、この下で行われていることの検討がつく。

 ウォルフがアグレッサーと戦っているのでは。そう思って、内心で焦燥の気持ちが膨らんでいく。


「なんか音が近くなってくるわよ……!!」


 金属の衝突音がどんどん近づいてきていた。戦いながら上昇しているのだろう。

 ユウはこのままウォルフと合流しようと一瞬だけ考える。しかし、側にカリンがいることを思い出して考えは一転する。


「カリン、逃げるよ!!」


 無造作にカリンの手を握ったユウは、鉄橋の来た道を引き返して走り出した。予測のつかないユウの行動に、カリンは一瞬だけよろめくが、すぐに体制を立て直して付随して走り出した。


「ユウ!? なに、どういうこと!?」

「説明する暇はないんだ、早く地上に戻るよ!!」

「ちょっと待ってよ!! ちゃんと説明してよ!!」


 訳もわからずに走らされるカリンの不満は爆発している。息を切らし、怒りを顕にしながらユウに問い質す。

 ここまで必死に逃げることを強要するのだから、なにか理由があることはわかる。この状況で探検がしたいなどと言うつもりはない。しかし、それを説明しないのがカリンは気に入らなかった。


 ここ最近のユウはおかしな点が多いことをカリンは思い出した。引きこもりがちな幼馴染が、突然学校に来るようになったこと。ただ心変わりをしたのかと思ったが、そのきっかけがわからない。カリンの中学受験のために嫌々登校する男ではないことを彼女は理解している。

 ユウはカリンを特別扱いしない。カリンの中学受験のために自己を犠牲にすることは絶対にない。そこをカリンは気に入っていたのだから、今回の登校し始めたユウに疑問を持った。しかし、登校を始めたこと自体は悪いことではないため、カリンはそのことに触れなかった。

 そして、時々ユウは学校を抜け出すことがあった。引きこもりのサボり癖がこの形になったのかと思ったが、授業自体は真面目に受けるようになっていることを加味すると、何か理由があるのかもしれない。そう思った。しかし、それもユウ自身から相談してもらうまでは不干渉でいることを決めていた。それがカリンにとっての覚悟のつもりだった。カリンはユウの親でも、姉でも、恋人でもないのに、彼の自立は心の底から願っている。長年連れ添った友人だからこその願望だ。

 だが、カリンにも限界というものがある。今のユウの行動には、何かを背負っているように見える。


「何を隠してるのか、言いなさい」


 こうして何かに巻き込まれていることは、ユウの焦燥から見て明らかだ。マーメイド捜索の提案をしたのはカリンだ。それがユウの隠し事に何らかの関係があるのかもしれないと彼女は見た。最も、正確には巻き込まれたというより、自ら飛び込んだといったほうが正しい。この状況の責任を問うているわけではない。

 だが、つい口調が想ったよりも責めたような口ぶりになってしまった。言ってからしまったと思うものの、引くことの出来ないカリンはユウの言葉を待つ。むしろ急かすように促すことすらしている。


「ねぇ、ユウ!!」

「何も隠してないよ!!」


 一方、ユウは少しだけ話すべきかと考えた。事情を話して、ここは危険なんだと説明したほうがいいのではないかと思った。しかし、喉に言葉が出かかったときに待ったを掛けた。

 仮に話したところで信用してもらえるのかどうかという気持ちもあった。しかし、それ以上に話した後のリスクを考えたときに憚られたのだ。

 カリンはスターウルフに懸想している。そんな彼女に、スターウルフの正体は自分でしたなんてバラす行為。それは彼女の夢を壊すことになるのではと思い至った。それに、ユウが戦いの渦に埋もれた時、自らカリンは危険に飛び込む気がする。今回はたまたま巻き込まれた形だが、常に戦いの場にカリンがいたらユウは護りながら戦い続けなければならない。それだけは勘弁願いたいところだ。


 何とかごまかすことを考えたが、結局真っ直ぐに否定することしかユウにはできなかった。こんな状況の中、咄嗟の判断でごまかすほど賢い頭を持っていない。元々嘘が苦手なのも上乗せされている。

 しかし、それで納得しないのがカリンだ。こうだと言ったら突き進む彼女は、知りたいと思ったらとことんまで知りたがる。

 隠すことを徹底するユウ。一方でそれを知りたがるカリン。

 カリンはここで強硬手段に出た。


 ほぼ無理矢理走らされるカリンは力技で足を引き摺るように止まった。急に止まる方向に力が向いたことで、ユウも走る足を止まらざるを得なくなってしまう。体重が前につんのめってしまう。しかし、最近鍛えた体幹のおかげですぐに体制をと立て直すのに成功した。

 一方、体幹を鍛えている訳では無いカリンは、急に立ち止まったことで前につんのめるのを立て直すことができなかった。ユウの背中にぶつかる。顔に当たる寸前で握られていない方の手で背中を触れて身体を支えた。


「アンタが何も言わないなら、私は従わないわよ」


 金属を強打する音は未だに続いている。距離も近づいている。

 危険な状況に追い込まれているのはカリンもわかってる。しかし、どんな危険かわからない限り、カリンは自分で判断して行動することができない。判断を委ねるのが頼れる相手ならいいが、ユウであれば不安でしかない。だからユウから話を聞く必要がある。


「何言ってんだよ、カリン!! 今は逃げるのが先でしょ!!」

「なら何を隠してるのか言いなさい。逃げるにしたって、このまま地上に行くってことでしょ。それで? 地上になんの影響もないって確証があるの?」

「何を言って……」

「知ってる? この孤島って、存在そのものが精密機器みたいなものなの。中の機械が少しでも壊したら機能が停止する危険性があるくらい。だからいつでも点検が行えるよう、こういう風に人が通れるスペースを作ってる」


 もしこの轟音が中の機器を壊していたなら、地上に出たら大騒ぎになっているだろう。しかし、ここで原因を突き止めていたなら対処の仕方が変わってくる。

 ユウかカリンのイタズラを疑われる線もあるが、これは日和や千無に信じてもらえると思って行動しよう。


 ユウは考える。ここで明かすのは自分がスターウルフに変身することを告げる必要があるのだろうかと。

 勢いに任せて言うと、後がどうなるか予測出来ない。ユウとしては早くこの場を切り抜けたい。ならばアグレッサーや異世界人のことを詳しく言わないで説明できないかと考えた。


 しかし、そんなことを思考する暇がなかった。

 金属を叩く轟音は更に大きくなっていき、ユウの視界にその姿が写るほどの距離になってしまった。

 ユウにしか見えないその姿。やはり戦っているのはウォルフであった。ウォルフと戦う者の姿はまだ視認できないが、どうやら防戦一方であることがわかる。

 本来ならここでウォルフと合流して状況の確認、後に加勢するのが理想の流れだ。ここにカリンがいなければ。


 急いでここを離れなければ、ユウとカリンは巻き添いを喰らってしまう。責めてここからカリンを遠ざけてスターウルフにならなければ、両者共にやられてしまう。そう思って無理矢理にでもカリンを動かそうとした。

 その瞬間、状況は一転する。

 ウォルフと戦っているものの姿が不意に視界に入ってきたのだ。人のような、魚類のように見えたそれは、突如猛スピードで跳躍した。ウォルフに向かって突進をしようとしたのだ。しかしウォルフは咄嗟の判断で回避する。

 突進するために跳躍したそれはそのままユウらがいる鉄橋に向かっていた。


「カリン!!」


 このままでは、ウォルフと敵対してるものはユウらのいる場所に激突してしまう。咄嗟にユウはカリンを抱き寄せ、包み込むように丸まった。彼女の視界に映るのはユウの着るシャツだけ。

 ユウの真意を問い質そうとカリンは顔を上にあげる。しかし、それは叶うことは無かった。


 ガゴンっと鉄が割れる音がすぐ側で起こった。その後、カリンの感覚には浮遊感が襲う。


「なに、なに!?」

「カリン、ちょっと大人しくしてて……」


 状況の確認をしようとパニックになりかけるカリン。力一杯なユウがなんとかカリンを宥めようとしている。視線を動かし、カリンは己に起こった状況が理解出来た。

 ユウらが立つ鉄橋が二つに分断されていたのだ。そのまま落下するのをユウがカリンを抱えながら耐えている。片手でカリンを抱き抱えながら、手すりを掴んで落下を防いでいた。


 しかし、それは長くは続かなかった。

 鉄橋の損壊が止まらず、手すりが音を立てながら崩れている。そのままユウとカリンは深い闇の中に落下していったのだった。

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