第3話「異世界人」



 異世界。それは現在、人が追い求める空間。存在を確認されてから、どのようにして世界を渡れるのか。住人がいるとして、どのように交流を持つのか。それが今の人類の課題であり、成し遂げたものは大々的に表彰される。

 それを夢見て命懸けで探求する者がいて、ユウの父親であるはなぶさ あつしもその一人である。


 そんな存在が目の前にいる。その事実はユウにとってどれだけ衝撃が大きいだろうか。とにかく今のユウからは言葉も出ないほど驚愕に満ちていた。

 全人類の悲願が叶うと喜ぶべきなのだろうか。それとも疑問に思うべきなのか。なぜウォルフは何も無いユウの目の前に現れたのだろうと。

 そんな気持ちを尻目に、ウォルフは言う。


「これはこれでめんどくせぇな、お前」

「え?」

「さっきは寝惚けていたが、今は頭が働きすぎて訳わかんなくなってやがる……」


 確かにウォルフの言う通りかもしれないとユウは思う。ウォルフと初めて会ったあの時は夢の中にいた。つまり眠っていたのだ。それは頭が追いつくはずがない。しかし、今は今でごちゃごちゃ考えてしまってどうすればいいのかわからなくなってしまっている。


「とりあえずテメェの疑問を答えてやる。一つ、オレがテメェの前に現れて喜ぶのは無理だな。オレのことはテメェにしか見えねえからだ」

「ぇ!? ちょっと待ってよ!!」

「待たねぇ。黙って聞け」


 ウォルフが口にした疑問は確かにユウの持つそれだった。しかし、ユウはそれを口にしていない。だから慌てたのだが、あえて遮るウォルフ。ユウの言葉を聞く気はないようだ。


「いいか、何も知らねぇテメェの発言は今は必要はねぇ。とにかくオレの話を黙って聞け」

「なんだよそれ!!」

「質問は後にしろってことだ」


 一切の抗議も受け付けないウォルフを見て、発言の機会を諦めたユウ。確かに話を早く進めるなら質問を所々で散らすより、最後にまとめてした方が良いかもしれないと納得したことにする。


「そんじゃあ始めるぞ。

 さっきも言ったが、オレはテメェにしか見えねぇ。だから誰かにオレのことを知らせようとしても無駄だ。存在を感知できないんだからな。

 それでだ。なぜオレがお前の元に現れたか。それはオレにもわからん」


 ユウはその言葉を聞いて、ウォルフがここに来たことを『無理矢理連れてこられた』と発言していたことを思い出す。つまりウォルフにとってもここに来ることは予定になかったということだ。


「誰に連れてこられたのかも、なぜここに連れてこられたのかもわからん。胸糞わりぃけどな。

 それで後は……、そうか。オレが何者なのかも聞きたいことか?」

「うん」


 ウォルフが聞いてきたことに、ユウは肯定の意を見せて頷く。するとウォルフは少し考えて発言する。


「オレはウォルフ。テメェからすれば異世界人、オレにとってはここが異世界に当たる。

 アグレッサーという世界から来た。だからテメェがオレを呼ぶならアグレッサー人か、ウォルフと呼ぶかのどっちかになるわけだな」

「……ウォルフで」

「それはまぁどっちでもいい」


 ユウの選択にまるで興味を示さないウォルフ。ここからユウの発言を交えた議論が始まるのだった。


「で、ここからはオレからも聞かせてもらう。さっきの場所……つまりオレとテメェが初めて会った場所を覚えてるか?」

「うん。朧気おぼろげだけど」

「ならそこに連れてこられた経緯はどうだ?」

「経緯も何も、寝てたら夢で見ただけだよ。正直今も夢の中なんじゃないかって思ってるくらいだよ」


 夢で見た人物が現実になって現れた。それが異世界人と名乗っているのだから、その混乱はありえない話ではない。だがここで慌てた所で何も始まらない。本当なら母も一緒に話を聞いてもらってどうするか判断をするのが筋なのだが、ウォルフの話だと自分以外にはウォルフを認識することが出来ないのだという。それなら母に相談したところで無意味なのだ。


「……じゃあ質問を変えるぞ。質問というより命令だな。

 自己紹介をしやがれ」

「こんな上から目線で自己紹介を求められたの初めてだ……」

「いいからしやがれ」


 これも人間と異世界人の常識や認識に差が出来てるのかもと思い至る。もしこれが同い年の人間だったら拒んでいるところだが、相手が相手なのだから仕方がない。


「ボクの名前ははなぶさ 優雨ゆう。10歳で小学五年生。趣味はインターネットとか。異世界に行くことが夢だよ。ちなみにはなぶさが苗字で、優雨ゆうが名前だよ」

「苗字? なんだそりゃ」


 外国人は日本名と違って、名前が先で苗字が後であるということをユウは知っていた。先程からウォルフがユウを呼ぶ時にフルネームを使っていたのはどちらが苗字で、どちらが名前なのか知らなかったからかもしれないと思った。だから苗字と名前を区切った説明をしたのだが、その気遣いはある意味杞憂になってしまう。

 そもそもウォルフには苗字というものを知らなかったのだ。


「苗字っていうのはなんだろう。お母さんとお父さんと同じ名前を使うことだよ」

「オカアサンとオトウサン? 違う奴らと同じ名前を使うのか? 人間は変わってるな」

「違う奴らというか、まぁ家族なんだよ。お母さんもお父さんも」


 どうやらウォルフにはお母さん、お父さんという概念すらないようで、首を傾げている。


「つまりお母さんとお父さんの間に生まれた子供がボク、ユウってわけだよ」

「ふーん、お母さんとお父さんの間に、ねえ……、人間は不便だなぁ」

「不便?」

「だってそうだろ。一人の人間を創るのに二人以上いないとできないんだろ? オレらは違うからな」

「つまりウォルフにはお母さんもお父さんもいないってこと?」

「それは違う」


 上手く会話が成立していない気がする。ユウは少しそこに危機感を持ったが、諦めて話を切り上げるのは何か勿体無い気がする。粘り強くウォルフとの会話を続けようと努力することに意識を向けることにした。


「それってどういうこと?」

「お母さんとお父さんの二人で子供を創る。つまり親ってわけだろ?」

「そうだね」

「オレにも親はいる」

「へぇ、どんな人?」

「教えねぇ」

「なんで?」

「教えられねえからだ」


 今まで粗暴な感じの喋りで、少しだけ馴染みやすいと思っていた矢先の真面目な声音。ユウは思わずその態度の変化に尻込みをしてしまう。

 ユウからすれば、ただの雑談の一部のつもりだったのだが、ウォルフにとっては違うらしい。この会話で得られる情報だ。


「話がずれちまったが、質問を続けるぞ」


 ウォルフは元の声音に戻して話を続けるのだった。

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