第4話「同調」




「じゃあテメェのお母さんお父さんの話を聞かせろ」

「うん」


 ユウは頷くと、自分の両親の話をし始めた。

 母、はなぶさ 日和ひより。42歳。三年前までは専業主婦としてユウの世話をしていたが、『異世界探訪実験事故』がきっかけで働かなくては行けなくなった。最も、時代が進んで生活保護や福利厚生などの制度が進んで毎日無理して働かなくて行けない状況とは言えない。週に三度、夫の元職場でお茶汲みという仕事を任せてもらうことで子育てと仕事の両立を成り立たせている。国と夫の元職場の人達に支えられて生活している。ユウもここまで深く理解しているわけではないため、ウォルフに説明した内容は『お父さんと同じ仕事先でお仕事をしている』と言ったものだ。

 そして父、はなぶさ あつし。享40歳。所謂高学歴男子というやつで、国立大学を卒業した後は当時進められていた異世界研究の部門に進路を進める。それ以来十数年務めて、異世界間探求の旅に抜粋された。そして『異世界探訪実験事故』で行方不明になった。異世界研究者は探求者を故人として扱った。日和はそれを信用しており、敦は亡くなったものだと思うようになった。ユウはこの事実を『異世界のことを研究する人だった』と説明した。

 両親のことを伝えると、ウォルフは「なるほどな」と呟いて考える素振りを見せる。しばらく黙って考えると、ウォルフは一つ確信したようで、こう告げた。


「どうやらオレとテメェは誰かが目的を持って引き合わされたらしい」

「誰かがって、誰が?」

「それがわかればこんな問答しねぇよ」


 ウォルフがユウとこうして問答をするのは、自分がなぜこのような状況に陥っているのかを確認するためだ。ユウの疑問に答えていたのもその方がユウも疑問に思わずに情報を出すと思ったためだ。だからその対価としてウォルフは今の問答によって導かれた結論を与えるのだ。


「でだ、テメェもその誰かに導かれてあの空間にいたわけだ」

「でも、ボクは普通に寝てただけだよ」

「それが異世界渡航に必要な行為だってことだ」


 異世界に渡るために必要な行為、条件というのは大きく分けて二つある。一つは肉体を喪失すること。死亡や幽体離脱がそれに当たる。死亡した者なら大抵は導かれて決まった異世界に飛ばされる。それが所謂天国というものである。たまに別の異世界で生まれ変わる、もしくは肉体はそのまま転移することもあるが、それは稀に起こる例外というものである。そして生きているのに目を覚まさない植物状態の人間がいる。それは肉体から魂が抜けて異世界に意識がある者だ。だから肉体は健康的なのに目を覚まさないという状況を作り出す。それらの条件を総じて称するとすれば『魂のみの存在になること』といえる。

 そしてもう一つの条件が睡眠だ。これは魂が肉体に有りながら、意識が別の場所にあることがそれに当たる。人間であれば誰でも、夢で知らない世界の光景、ありえない状況などを見たことがあるだろう。それは意識だけ異世界に飛んでいることを意味する。ただし、前者と違うのはその者に自由がないということだ。夢で存在する自分は自分の意思で行動していると錯覚するが、実はそこには別の意志で動かされている。目を覚まして、夢の中の自分の行動に理解を示せないのはそういった理由からだ。つまり夢で見る光景はただ『異世界を覗く行為』であるといえる。


「え、ちょっと待ってよ!! つまり、ボクたちはすでに異世界に行き来しているってこと!?」

「意識があるうちは見るだけだがな」


 夢で見た光景を忘れるのは、異世界間に存在する異空間には管理者がいるからだ。それらの力によって人々の記憶にロックを掛けている。寝ぼけていることもプラスして、個人差はあるがほとんどの人間が夢の中の出来事を忘れるようにできている。


「じゃあウォルフはなんで異世界ここに来てるの? 元の世界で死んじゃったってことなの?」

「いや、アグレッサーオレらは魂のみの生き物だからな。異世界を渡るのは簡単なんだ」

「魂のみの生き物?」

「そうだ。だから波動が同調する人間以外にはオレの姿は見えないようになってんだ」

「……ボクは同調してるの?」

「たぶんな。ただ、ここまではっきりとオレを見れる個体を見るのは初めてだ」


 ウォルフは珍しいものを見る目でユウを見つめる。物は試しに。というようにウォルフはユウに向かって手を伸ばす。鼻の先を掌のようなもので触れる。


「触れることも出来るのか」

「普通は触れないの?」

「見ることもできねぇのが普通だ。……例外もいるがな。だが、テメェの場合はオレと波動が同調しているから、見ることも触れることも可能だ」

「うーん、よくわかんなくなってきた」


 色々説明はされているが、情報量が多すぎて半分程聞き流してる部分がある。


「とにかくオレたちの出会いには何か意味があるということだ」

「それで、君はこれからどうするの?」

「オレか?」


 仮にこの出会いに意味があったとして、結局ユウからしてみればウォルフの決断にしなければ何も始まらないし、何も終わらない。

 ウォルフは少し考えてから答えた。


「何か意味があったとしても、オレには関係の無いことだ。ここに連れてきた奴には腹は立つが、これは触らぬが神ってやつだ。だから帰らせてもらうぜ」

「……そっか」


 異世界人との初めての対面。少し名残惜しくはあるが、これがウォルフの決断なのだとすれば仕方がない。笑顔で送り出してあげようとユウは思う。

 この出会いはウォルフにとっては無意味なものになったようだが、ユウにとっては大きく前進した。この経験が後に異世界探訪を大きく発展させられるだろう。


「なんていうか、会えてよかったよ。ありがとう」

「そうか。それはよかったな」


 ユウは礼を言ったが、ウォルフにとってはやはり不本意なこの状況にイラつきを感じていた。


「じゃあな」


 ウォルフの全身が光に包まれる。アグレッサーは魂の存在。少し意識するだけで異空間に入ることが出来て、異世界を飛ぶことができるのだ。

 そうしてウォルフは異空間に入ろうとしたのだが…………。

 この状況が十分は続いていた。


「…………異世界に行くのって、時間が掛かるの?」


 せっかく感慨深い別れであったのに、いつまで経ってもウォルフは異空間に入らないでいる。


「…………めんどくせぇ」


 そう言いながら、ウォルフは全身から光を放つのをやめる。


「異空間に入れねぇ」




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