ユウとカリン
第5話「白河カリン」
少女の朝は早い。
四時に起床してから第一にシャワーを浴びる。その後、金色の長い髪を一時間程整える。チャーミングポイントは長く伸びた揉み上げを巻くことだ。所謂縦ロールである。
髪を整えた後にハウスキーパーの作った朝食を食べる。
彼女の名前は
カリンの家は所謂財閥というやつで、複数の会社の会長を務める父親と海外を飛び回るキャリアウーマンの母親の間に生まれた。両親共に家を空けることが多く、食事をするのは大抵一人だ。カリンにとってはそれが当然のように育っているため、疑問に思ったことは無い。寂しさを感じる時はあるが、彼女にとってそれ以上に大きな悩みを抱えていることでそれを紛らわせている。
勘違いしそうなので訂正しておくが、家族仲が悪い訳では無いことだけは言及しておこう。父親はプライベートでは気さくな人で、母親は少し気難しい性格だが悪い人ではない。家族が集まれば必ず同じテーブルで食事をし、まとまった休日が取れれば家族旅行にも行く。ご近所付き合いもそれなりにこなしている。
彼女には幼稚園のころからの付き合いのある少年がいる。
昔は明るく、よく笑う男の子という印象だった。特に意識はしていなかったが、隣にいても不快に思うことは無い程度の関係だった。しかし今では半引きこもりの根暗に鞍替えしてしまっている。同じ学校の同じクラスのはずなのに、顔を合わすのも週に一、二度くらいのものだ。
ユウが変わってしまったきっかけは三年前の『異世界探訪実験事故』で父親が亡くなったことだ。カリンやユウが小学二年生のころの話だ。傍から見てるだけでもわかるくらいにお父さんっ子だったユウにとって、その事件の衝撃はとても大きい。
最初の一年間は完全に引きこもっていた。友人であるユウを心配するのは当然のことで、なんとか元気づけられないかと友人や教員、両親、近所の人らの協力を得て、様々な策を講じたものだ。
カリンが三年生になると、ユウがまた登校を初めた。以前のような陽気な感じではなかったが、これから元気になってくれるだろうと安心したものだ。
しかし、安心したのも束の間であった。四年生になろうとした時期になると、今度はユウにサボり癖が付いてしまう。それは日を追う事に酷くなっていき、現在に至る。
カリンの悩みとはユウをどうにかして昔のように戻ってほしいという願いから来ている……わけではない。
「お嬢様、お父上から手紙がございます」
この悩みとは、父親の手紙から始まる。
「お父さんから手紙? 直接言いに来ればいいのに」
父親からの4つ折りの手紙をハウスキーパーの
受け取った手紙を開いて読んでみる。
『カリンへ
これは聞いた話なんだけど、また優雨君の登校頻度が減っているようだな。
ホントならカリンから直接聞きたかったことだけど、それはいいとしよう。
だからカリンにお願いがあります。
優雨君のお父さんはボクの親友でもあるので、今の優雨君を放っておくことはとても心苦しい。
なので、優雨君を元気づけるためにまた頑張ってみてくれないか?
将来の旦那様になる人のためだ。
Ps.もし優雨君が元気にならなかったら、中学受験の話は無しにするので悪しからず。
父より』
突っ込みたいところは色々あるが、初めに言いたいことがある。
「なんで私がユウと結婚するのよ!!」
カリンにとってのユウとは所謂幼馴染というやつではあるが、それ以上にもこれ以下にもならない。しかし、父は二年生のころのカリンの行動を見て『自分の娘は親友の息子に恋慕を抱いてる』と判断して大いに喜んだ。彼も敦が亡くなってから失意に襲われた。ところが、カリンがユウのために奔走している姿を見て思ったものだ。
『娘の恋を応援しよう、優雨君であれば間違いはない』と。
しかし、それは大きな間違いだ。カリンにとって、友達が落ち込んだら励まそうと頑張るのは当然のことだ。それは同性でも異性でも変わらない。
その上、カリンは中学受験を目標に努力していた。将来父親の後を継ごうと考えている。だから学歴に拘るのだ。小学生の内からそんなことを考えるのは母親の影響なのだが、そこは今は置いておこう。
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「ていうか、なんで中学受験が無しになるのよ!?」
登校時間になって、カリンは通学路を通る。この一件を二人の友人に話して憤慨していた。
私立中学校に受験するためにはどうしても親の許可が必要だ。その命運を握る父親がこの調子なので困ったものだ。
「でもそれも考えものですよ、白河さん」
友人の一人、同級生の
「どういうこと?」
「もしですよ、白河さんが英君を毎日登校するように説得すれば内申が上がるに違いありません!」
「あっ……」
中学受験には推薦してもらう方法と、試験にて合格点を取るものがある。無論、試験で合格点を取れば普通に合格するのだが、ここは合格の確率を上げておきたい。そのために学級委員長を自ら名乗り出た。教員の手伝いを何度も行っている。校長や教頭からも高評価を得ている自覚があった。ここにユウの登校に一躍を買えば推薦も確実になる。
「そうだぜ、カリン!!」
そう励ますのはもう一人の友人、
「だけど、カリンと英が結婚だって!? ふざけやがって……!!」
そして傍から見ても分かる通り、タケシはカリンに対して片想いをしている。
「それはそうなんだけど、郷谷。私のことをカリンって呼ばないでちょうだい」
「えっ……、カリン……?」
「ご・う・た・に?」
その顔に笑みを浮かべているが、なぜか怒りが滲み出ているように見えてたじろぐタケシ。
タケシはカリンに片想いをしているが、対するカリンはそれを迷惑に感じている節がある。最も、その思いはタケシに限らず、片想いをしてくる男子全員に対する感情だ。勉学を優先するため、恋を遠ざけているカリン。しかし、恋とは何がきっかけで始まるものなのかわからないものだ。そのため、友人であるデンタとタケシに対しても名前呼びを許さない。『白河さん』呼びを徹底させている。無論、カリンも二人のことを名前で呼ぶことをしない。
「す、すみません……、白河さん」
「それでいいのよ。郷谷」
たまに調子に乗って、タケシはカリンを名前呼びをしてしまうのだが、その度にこのやり取りでタケシを矯正する。またその度にタケシは萎縮して頭を垂れる。この時のカリンには謎の迫力があるのだ。
「凝りませんねぇ、郷谷君も」
このやりとりを何度も目の当たりにするデンタはタケシに対して呆れを感じていた。
「じゃあ、これからユウの家に寄るわよ!」
「了解です! 白河さん!!」
「わかりました……」
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