第6話「英 優雨」



 彼の朝はのんびりしている。

 朝の七時半頃に起きて、その日の気分を決める。彼の名ははなぶさ 優雨ゆう

 昨日異世界人、ウォルフと出会った彼の朝の生活は気分で決まる。つまりこのまま二度寝をするか、重い体を起こして学校に行くかの二択である。前者を選べばサボり、後者を選べば授業中に眠ることを徹底する。

 しかし、それは昨日までの話。


「ハナブサユウ。外が明るくなったぞ」

「んん……」


 ベッドで眠るユウの身体を揺さぶるウォルフ。しかし、ユウは呻くだけで一向に起きる気配がない。


「おい、起きろ。起きろって。起きやがれええぇぇぇ!! 糞餓鬼いぃぃぃぃぃ!!!!」

「ぐぇっ!!」


 何度か揺すったり平手で叩いてみたりしたが、結局起きないユウを無理やり起こすため、握りこぶしを作って殴ったウォルフ。ここまでされたらユウも仕方なく起きるしかない。


「いったいなぁ……、何するんだよ、ウォルフ」

「テメェが起きねぇのが悪いんだ」

「だからって殴る事……」


 ウォルフに殴られた頬を涙目になりながら摩るユウ。小さな声で歯取れてないよね、と呟きながら確認しながら……。


「今何時……?」


 一応歯は全部無事であったことを確認したユウは、今度は時計に視線を移す。現在、午前四時。


「四時!? なんなんだよぉ、もうちょっと寝させてよ」

「テメェは昨日からほとんど寝てるじゃねぇかよ」

「気分が違うよ。まだまだ夜じゃん」

「夜じゃねぇ、もう日は昇ってるぞ」

「人間にとっては時間で朝かどうか決めんの。まだ朝じゃないから寝るよ」

「寝んじゃねぇ!!」


 再び眠りにつこうと掛け布団をかぶろうとするユウを、ウォルフは再び殴りつける。

 今度は先ほどとは違ってほとんど本気に近い力で殴られてしまったユウは、頬を押さえればよかった痛みとは違う衝撃が襲う。力の方向に頭を殴り飛ばされて窓に頭をぶつけてしまう。今の時代の窓ガラスは簡単な衝撃では割れないようになっている。どの建物の窓にも、防弾ガラス並みの強度を持たせるのが普通だ。しかし、それはガラスの破片での怪我が無くなっただけで、ぶつかった衝撃、打撲にならないという補償はない。


「痛いよ……、なんで殴るの……」


 痛みに耐えながらウォルフに抗議する。


「テメェ昨日の話覚えてねぇのか!」

「昨日の話……って確か……」



====



 昨夜、ウォルフがユウの元から離れられなくなっていることが判明した。


「こんなことをできるのはあいつしかいねぇ……」


 そんなことを呟くウォルフ。彼の中で、誰が何をしたのかというところまでは判明したらしい。


「あいつって、誰?」

「言ったところでわかんねぇよ」


 しかし、ユウが聞いてみたところ、明確な回答を得る事はできずにいた。

 確かに異世界関連の情報を教えてもらったところで結局『それってなに?』という質問に変わってしまうのがオチだ。

 ウォルフにとって、いちいちユウの疑問に一つ一つ応えることはとても面倒なことだ。それを避けるための返答だった。


 その後、ウォルフはどこまでユウから離れられるか実証をしたいと申し出てきた。しかし、その日の時刻がすでに日が落ちていて、月が昇ってしまっていた。完全に夜だったのだ。小学生であるユウがそんな時間に外に出るわけにはいかない。時代が進んだとはいえ、物騒な時間というものは存在している。

 そこで、ユウはこう言った。


「明日からやるよ」

「明日……? 明日とはいつだ」

「え!? えぇっと、お日様が昇って明るくなったときだよ」

「じゃあ明日だ。明日はお前に強力してもらうからな」


 そうして、ユウの翌日の予定は決まったのだった。



====



 そういうわけで、ウォルフは空が白むまでじっと待っていた。窓の外を見つめ、空が明るくなるのを待った。何時間も指一本動かさずに。

 空が白んできたのを確認したら、早速結うを起こしに動き始めたというわけだ。


「そういうわけだ。さっさと出かけるぞ!!」

「ちょっと待ってよ。仕方ないなぁ……」


 ユウは気分を選ぶことをあきらめ、ベッドから降りて身支度を始める。

 しかし、いちいちウォルフがせかしてくるから逆に時間が掛かったような気がしてならないユウは、部屋を出て居間に向かう。


「あら、ユウ。珍しいわね、こんな時間に起きてるなんて」

「まぁ……うん」


 そこではすでに起床して朝食の準備をはじめている日和の姿があった。彼女はユウの姿を確認すると、目を丸くしてみていた。ユウは後ろからずっと声を掛けているウォルフにうんざりしていたため、返事がおろそかになっていた。


「準備できたんだろ!? なら早くしようぜ!! 早く出かけようぜ!!」

「まだ出来てないんだよ、準備は」

「なら何が必要なんだよ!! 服着たんだろ!? ならいいじゃねぇか!!」

「朝ごはんまだ食べてないよ……」


「ん? 何か言った?」

「え、いや、何も言ってないよ!!」


「なら早く食え!! 早く!! 早く朝ごはん食え!! 朝ごはん食って出かけようぜ!!」

「もうちょっと待ってよ……」


 こんな風にユウを両方から攻めてくるのでフラストレーションが溜まっていくのを感じている。日和はそんなユウを見て首を傾げていた。


 朝食を終えたユウは、早速出かけようと玄関で靴を着用していた。学生かばんを持っていなかったユウに、さらに日和は首を傾げていた。はじめは学校に行く気なのかと安心したものだったが、ユウの行動には理解が及ばない。


「どこに行くの、ユウ」

「んー、散歩」

「散歩ぉ?」


 ユウの今までにない行動を見て、思わず鸚鵡返しをしてしまう日和。そんな母の状態を無視してユウは玄関の扉を開けたときだった。

 扉が向こう側の何かにぶつかって、鈍い音がその場を響かせた。


「痛っ!!」

「え!?」


 女の子のその声は聞き覚えがあった。


「カリン!?」

「おはよう、ユウ」


 そこにいたのは白河しらかわ カリンであった。

 何かわからないが、無駄に空気を重く感じたユウは、カリンの顔を見て呆けていた。



「何してんだよ!! 早く行こうぜ!!」


 ウォルフのその声だけがユウの耳を刺激していた。

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