海とアグレッサー

第3-8話「白河家」




 八月。雨の季節を乗り越え、暑い季節がやってきた。

 そこら中に鳴り響く蝉の声。窓を閉め切ってクーラーをガンガンに効かせた室内でも、外で鳴く蝉の声は響いてくる。これだけで夏の季節を実感させられるのだから溜まったものじゃない。風情があると言う人もいるが、小学五年生の英優雨にとってはただ煩いだけとしか言いようがない。

 幸いなのは、現在が夏休みであること。登校日や大量の宿題があるのは少し憂鬱だが、大半は家でゴロゴロして過ごしていれば乗り越えていける。

 そんなユウの日課はトレーニングだ。引きこもりでダラダラ過ごしているのが去年までのユウ。スターウルフとなった今では、肉体を鍛えることを目的としたトレーニングを行っていた。


 朝、朝食を食べる前に1kmのランニングから始まる。朝食を食べた後再び家を出る。一通りの少ない林に行き、木の棒を振り回したり、ボールを投げて軌道のコントロールを身につける。全てウォルフの指導の元で行われていた。

 魂魄融合は魂の力を使って戦闘する。だが、肉体の力を一切使わないかと言われればそれは違う。魂魄融合とは通常の五倍の力を発揮するのはアグレッサーだけの話ではない。取り憑かれる側の肉体の力も数値に還元されるため、元々の力を上げておくことには意味がある。

 無論、筋肉を鍛えるだけでは意味が無いので、俊敏さを身につけるために木々の間を走り抜けたり、木登りをさせたりと中々にハードな訓練をさせている。最も、それを始めたのはまだ二ヶ月ちょっとなので、完璧にこなせるとはお世辞にも言えない。

 小学生という幼さを加味して、それに適した訓練で怪我も中々に負っている。骨折までには至らないが、擦り傷や打撲の多さは普段の倍以上になっていた。

 その様子に日和が心配しにくるが、公園で遊んでたら転んだという口実をデンタの協力の元で作っていた。魂魄の力をウォルフの協力で上げているために怪我の治りも早い。


 さて、ここでスターウルフの協力を志願してきたデンタの成果を上げてみよう。

 一つはウォルフとデンタが直接対話ができるような装置の開発に成功した。なにか大きな機械でも使うのかと予測したユウを裏切る形となったその発明。形状は眼鏡型。普段デンタが身につけてるメガネを改造し、レンズを通して直接アグレッサーを見ることができるようになっている。さらに、フレームの耳にかかる部分にも細工はしてあり、ウォルフの言葉を受け取ったフレームはスピーカーのような役割を果たしてデンタの耳を刺激する。結果として、普段とは全く違和感のない様相でアグレッサーとの接触を可能とした。最も、肉体的に触れることはまだ叶わないため、未だに発展の余地はあると息巻いているところだ。

 そしてもう一つ、スターウルフにはありがたい発明をしていた。

 訓練のために街中をランニングしたり、林の中で訓練したりする普段のトレーニング方法。それを改善しようとしたデンタは、トレーニングマシーンなるものの開発に着手している。まだ未完成で実用性は皆無だが、上手くいけば遠出する必要もなしにトレーニングを開始できるようになる。時間の短縮にも繋がり、開発を応援する気満々でウォルフは目を輝かせていた。最も、ウォルフが目を輝かせる要因はアニメに影響されてる部分も大きいのが難点だが。

 そんなわけで、スターウルフのサポート役としてガッチリとハマったデンタは、今ではユウらには無くてはならない存在と化していた。

 最初は乗り気ではなかったユウも、努力の成果が出始めてるデンタの様子に息巻いてる様子。様々な相談事を持ち込むようになった。


 さて、ここまででトレーニングの話をしたが、毎日トレーニングをしているのかというと話は違う。それはランニングは毎日行っているが、他のトレーニングは週に三、四日くらいの頻度で行われている。子供の身体だと考えると、トレーニングを頻繁に行いすぎると身体を壊してしまう。

 適度に休息日を入れ不必要があり、残りの週三、四日はだらだら過ごす日と決めている。

 今日もそんな一日。ただ、一つだけ違うところがある。


「海に行くわよ……」


 チャイムが鳴ったため、玄関で出迎えたところにカリンがいた。

 セリフと表情が合致しない。海に行くという楽しいイベントのはずが、表情のせいで何か憂鬱な気分にさせられる。


「えっと……、どういうこと?」


 挨拶もなしに告げられたことを疑問に思って問いかけるユウ。相も変わらずカリンの憂鬱な表情は変わらない。


「明後日、お母さんとお姉ちゃんが帰ってくるの。で、海に行くって話になったの」

「へえ、楽しんできたら?」

「アンタも行くのよ」


 白河家には父親の白河千無、母親の恵、姉彩音がいる。

千無は様々な会社の会長を務めていて、その中の一つにユウの父親である敦と、日和の現在の職場である異世界研究所の会長も務めている。その上、敦と千無は学生の頃から親友の関係にあることから、『異世界探訪実験事故』の後からことある事にユウと日和を気にかけるようになった。元々家族ぐるみで旅行に行くことは珍しいことではなかった。

 そして白河恵。彼女は気難しく、自分と他人に厳しい性格をしている。世界中を飛び回って仕事をするキャリアウーマンで、どんな仕事をしてるのかは知らないが相当なエリートであることが伺える。ユウもそれなりに会話をしたことがあるが、印象としては《少し怖いおばさん》のような感覚だ。会う度に学校に行ってるのか。ご飯は食べてるのか。運動はしてるのか。勉強はしてるのかなどと口煩く説教をされてる記憶がある。千無もそうだが、恵もユウとカリンは結婚するものと思ってるようで、将来の婿となるユウの動向を常に監視してるようだ。一方で日和とはかなり仲が良く、会う度に井戸端会議を繰り広げてる。スーパーで鉢合わせた時なんかはユウを放ったらかしにしてくっちゃべり始めるのだから溜まったものじゃない。

 カリンの姉、白河彩音は16歳の高校生だ。彼女は恵の血を濃く受け継いでるようで、小中高で優秀な成績を納めている。高校も難関な私立校に通っていて、普段は学生寮で生活している。ユウのことは可愛い弟のように扱っている。会う度にカリンとの進展を聞いてくるから正直鬱陶しく思ってるのは秘密だ。

 普段、白河家の人間が一同に集まる機会というのは滅多にない。だからこんな機会ができた時はカリンに学校があろうと関係なく旅行に行ったりする。もちろんその分勉強を強要されるカリンに同情の念を送るが、それを当然のように思ってるカリンにはいらぬ世話だったりする。


 恐らく今回の流れはこうだ。千無が帰ってきて、恵と彩音が帰ってくることを告げる。せっかくの夏休みだから海に行くことを決定した。さらにせっかくならユウを誘えとカリンに命令したのだろう。

 正直乗り気になれないユウは眉に皺を寄せて言った。


「いや、別に行きたくない」


 白河家に関わりを持ちたくないという気持ちも欠片はあった。だが、それ以上に訓練に穴を開けるわけにはいかない。スターウルフとして活動することを決意したユウに、気軽に遊ぶ暇などないのだ。

 そう思っての発言だったが、その言葉を予測していたカリンはこう告げる。


「アンタも一緒に行かないとシャルルを捨てるって……」


 カリンも相変わらずなら、千無も相変わらずだ。カリンの嫌がることを出汁にして、ユウを誘い出すその手口は昔から変わっていない。先日の中学受験の権利を剥奪するという条件もその一つで、酷い時は風邪のユウの見舞いに行かなければ母さんの元に送るというものだ。それは海外を飛び回る恵と共にするということで、小学生のカリンには結構過酷な日常を強要されてしまうところだった。流石にそれはやり過ぎだとユウは千無に講義したくらいだ。タチの悪いことに、これを千無は『娘の恋路を応援している』つもりでやっている。

 シャルルを飼育することを千無は許可した。特別犬好きというわけでもなく、犬嫌いでもない。条件として、カリンが世話をすることを言いつけられた。元よりそのつもりだったカリンは有難くその条件を飲んだ。最も、学校に行ってる間は世話を出来ないため、ハウスキーパーの小路に任せている。小路は少し渋い顔をしていたが、主人の決定には逆らえない。しかし、シャルルの正体はアグレッサーのドグシーだ。世話を掛けるようなことはしないだろう。

 そんなシャルルをカリンは大切に飼育していた。それを捨てると脅し文句を掛けてきたのだ。カリンにとっては気が気ではないだろう。


「お願い、一緒に来て……」


 助けを求めるように懇願するカリン。しかし、ユウとしてはシャルル及びドグシーが捨てられてもなんら問題はないような気がする。どうなろうと知ったことではないと切り捨てるつもりは無いが、どうにでもできるようなことにわざわざ自分から関わる必要性を感じなかった。

 ここで断るのは簡単な話だった。しかし、目の前で涙を浮かべながら懇願してくる少女を足蹴にするほどユウの神経は図太くはない。


「はぁ――――、わかったよ」


 深いため息と共に海に行くことを了承したユウ。それを受けたカリンは満面の笑みを浮かべる。


「ありがとう、ユウ」


 その言葉は本心から出た言葉だった。



====



 22XX年の現在、旅行のための移動方法は現代と比べていくつも確立されている。空を飛んだり、海を渡ったり、陸上を走ったりする乗り物の他に、モノレールが全国で広がっていたりする。

今回ユウとカリンが旅行で使うものは車だ。車も現在では進化していて、陸上を走るついでに海や川まで走れるようになっている。これも普通免許一つでできるようになっていて、海や川にも車を誘導する道路があるくらいに進歩している。

 運転するのはカリンの父である千無だ。運転代行業者に運転を任せることもできたが、二家族水入らずと主張する千無は自分が運転することを譲らない。その癖、運転する車も普通車の中でも大きめなワゴン車で、一台に八人乗ることが出来る構造だ。

 運転席に千無。助手席には日和が座り、真ん中の座席にユウとカリンが並んでいる。そしてカリンが抱えるようにしているシャルルことドグシー。一番後ろでウォルフが左右の窓から海を眺め、物珍しさで目を輝かせていた。

 アマゾンの洋館に飛ぶ際にも海は見ていたはずだが、移動を速めるために視線を海には向けずに飛行していたウォルフ。そのため、じっくりと海を見るのは今日が初めてだ。

 魚が跳ねるたびに「おいユウ、なんか跳ねたぞ!!」。少し大きめな波が出る度に「おおお!! なんか揺れたぞ!!」とはしゃいでいたため、少し微笑ましい気持ちになるのを覚える。ドグシーも若干目を輝かせてるように見えるが、カリンの前ではしゃぐわけにもいかず、ぐっと我慢してるのがわかる。ウォルフの声に呼応して自分も魚を見ようと視線を向けたり、波による揺れを感じるたびに震えたりしている。

 現在向かっているのは人工的に造られた孤島。そこを白河家が私有地として所有している。

 ちなみにカリンの母白河恵、姉の彩音は現地で集合することになっている。


「いやぁ、しかし快晴ですね」


 青い空模様、所々白い雲が転々と浮いている。それが海面にも映っていて、景観としてはとても趣がある。その様子を運転しながら感慨に浸るように呟く千無。

 まさにお出かけ日和と気分を好調にしてドライブを楽しんでいた。


「そうですね、海の風が気持ちがいいですね」


 車の窓を全開にして入る海風が心地よさを増している。助手席に座る日和が賛同するように言う。

 日和と千無の関係は一般社員と会長。接点を持つことすら有り得ない立場なのだが、敦の関係で友人としてプライベートでの関係を築いている。元々日和と千無、敦は同じ高校の先輩後輩の間柄だ。その中で日和と敦は交際し、結婚に至った。だからこうして同じ車に乗って家族ぐるみで旅行に行くことに何の気兼ねを感じることは無い。さらに千無は重度の愛妻家でもあるため、浮気や不倫の可能性もない。純粋に旅行を楽しむ目的でいれるからいい気分転換になる。

 最近ではユウも学校に通うようになって心から安心できるようになった日和。仕事や生活も順風満帆。後は自分の番だと意気込んでいる。敦のことを引き摺っている気持ちを整理しないといけない。


「わんっ」


 そんなことを考えている日和の背後から、犬の吠える声が聞こえてきた。

 シャルルという名のジャーマン・シェパードで、カリンが大切に育てている犬だ。


「お魚が跳ねたわよ、シャルル。珍しいね」

「わんっ」





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