第3-9話「海水浴」




「この海にアグレッサーがいやがる」


 海を物珍しそうに眺めていたウォルフが、一気に不機嫌になっていう。車内に千無や日和、カリンが同乗しているため、気軽に声をかけることも出来ない。内心でデンタに相談する内容を決めたユウは、気持ちだけウォルフに向けて続きの言葉を待つ。


「確かにいるッスね、アイツが」


 言葉を継いだのはカリンの膝に乗るドグシーだ。カリンにとっては犬が吠えてるようにしか聞こえず、魚の跳ねる光景に驚いたシャルルが吠えたように見えただろう。

 しかし、実際はドグシーがウォルフと会話をしていて、それを理解するユウはドグシーに視線を向けるようになる。


「アイツ、地球ここに来てたのか」

「僕らとは全く交流してなかったッスけど」


 心の中で『アイツって誰だよ』と思うが、口に出す訳には行かない。この会話はユウ以外には聞こえていないのだから。

 二人の会話を悶々としながら盗み聞きする気分でいるユウを差し置いて、ウォルフとドグシーは続ける。


「オレと同じで地球とか関心ねぇと思ってたけどな」

「アイツもある意味、一匹狼の兄貴と似てますもんね」

「ま、アイツのことを理解するのは難しいからな」


 彼らが言うには、この海に生息するアグレッサーは他のアグレッサーとは馬が合わないらしい。ただ、あえて周りを遠ざける一匹狼のウォルフと違い、気が付けば周りに誰もいなかったという状況に陥ってる。どちらも孤独であることに変わりはないが、経緯に相違点が存在する。そのアグレッサーは別に他のアグレッサーからあえて距離を取っているわけではないのだ。それでもその者は理解されずに敬遠される。故にウォルフとドグシーの見解は変わり者。

 このアグレッサーがどのような行動を起こしてくるのかは全く読めない。ウォルフに言わせれば、そのアグレッサーは戦い好きではない。アグレッサーは比較的好戦的な奴が多いにも関わらず、非戦闘主義を掲げているのだ。それも他のアグレッサーから理解されない一つの要因になっている。最も、それはあくまでそのアグレッサー自身から攻撃する場合に限る。


「ともかくこっちから手ェ出さねぇなら無害なやつだ」

「下手すれば裏切り者一歩手前ッスがね」


 二人の総意は無干渉だ。そうすることで無難に旅行は終わるだろう。ユウにとっては気が気ではない日々になるだろうが、どの道旅行を楽しむ気にはならないためにあまり変わりはないのではないだろうか。そう考えるユウは、まだ見ぬアグレッサーを思って内心頭を抱える。しかし、同時にそのアグレッサーと会えたら敦のことを聞こうと小さく決意して海を眺める。


 そこでウォルフとドグシーは一つの見落としをしていた。

 こうして二人がアグレッサーの存在を感知できること同じように、海に潜むとされるアグレッサーもまた同じ。それも二人の存在に気付いていることを。



====



 白河家所有の孤島に辿り着いたら真っ先にやることは決まっている。

 着替えやその他必需品を旅行に持っていくのはナンセンス。今の時代、大荷物をわざわざ手で持って遠出することは滅多にない。その理由は人類の進歩が物を言っている。

 日本人類は昔、配達業者の人手不足を問題視していた。配達業者の過剰な労働時間、サービス残業は当たり前であった時代に、一つの発明品が歴史を変えた。それが《荷物転送装置》である。

 三年前に発生した《異世界探訪実験事故》の元となる異世界探訪。それを実行するために使われた技術の元となったのがこの《荷物転送装置》である。

 当時、既に人類は異空間に干渉する技術を確立していた。それが件の代物だ。旅行や引越しに業者が現れ、荷物を転送装置によって異空間にて保管し、持ち込み先にて取り出すことで運ぶ手間を省略したのだ。荷物転送装置を別名で呼ぶなら、小型異空間ゲートとでも呼ぶのだろう。最も、これで運べるのは非生命体のみ。人間や動植物は転送対象外となる。センサーを取り付けることで、刃物や金属製の物も転送不可。そうすることで航空機に凶器を持ち込むリスクを減らすのだ。

 当時の異世界研究所はそれを人でも転送できるようにならないかと思ったのが異世界探訪の思想のきっかけだった。


 荷物転送装置の話は一旦置いておくとしよう。

 その装置で荷物を受け取った一行は、別荘にいくつか作られた部屋をそれぞれに割り振って荷物を置いていく。それぞれ一室に二人分のベッドを起き、日和とカリンの姉である彩音。カリンの父母の千無と恵。そして、カリンとユウである。その決定にカリンは異を唱えるが、千無は聞き入れずに強引に決めつけた。本来の形なら彩音とカリン、日和とユウとなるのが普通の流れだ。


 ここは海である。海水浴のために水着に着替えるのは確定だ。カリンはまさか小学五年生の男女が同じ部屋で着替えさせられるのではと顔を青くしていた。流石にそこまでのことはしないと信じたいが、千無はやりかねないという疑念が彼女の中にはあった。

 指摘されて「それもいいかもな……」と呟く千無を見て、さらに顔を真っ青にしたカリン。しかし、そこは日和に止められる。

 男性と女性でしっかり更衣室を分別することが決定したことで一先ず安堵する。


 現地集合をする予定の恵と彩音は少し遅れてくるため、先んじてユウ、カリン、日和は海水浴をすることになった。千無はまだ何かを準備しているようで、別行動を取っている。

 水着に着替えた一行。普通のトランクスタイプの迷彩柄の水着に、オレンジ色の布地に白いココナッツの木がプリントされたTシャツを着用したユウは、ビーチに備え付けられたビーチパラソルとビニールシートの中で軽いストレッチを開始する。

 海に来てもユウのトレーニングを欠かすことは無い。ウォルフの心遣いで遊びの時間は設けられているが、それはトレーニングを終えた後だ。

 軽いストレッチが終わると、ユウは海岸沿いをランニングする。しかし裸足であることと、いつもとは違う感触の地面に足を取られ、上手く走ることが出来ない。日光が照らされる環境の中で、ユウはいつも以上に体力が奪われていく。息を切らして走りきった後、いきなり足を止めると怪我の元になる。ゆっくり同じ距離を歩いて筋肉を身体に馴染ませる。その後に本格的なストレッチを行う。足の筋肉、腰、腕の筋肉をしっかり伸ばして解して、身体を動かすのに最適なコンディションを作り上げる。

 さぁここから本格的なトレーニングの開始だ。そう意気込むユウ。しかし、そこに横槍が入ってきた。


「ユウ、泳がないの?」

「え!?」


 ホルターネックビキニの桃色と白い水玉模様の柄。下はスカートの形をした薄い桃色の薄い布地の下に濃い桃色のボトムで決めている。おへそを丸出しの水着を着用したカリンがユウの側に来ていた。さらに小学生にしては発育がいい方らしく、膨らみかけの乳房もしっかりと包み込まれていた。

浮き輪を肩に掛けていることから、泳ぐ気満々な様子。しかし一人で泳いでいても楽しくないから、長いストレッチをしていたユウを迎えに来たのだろう。

 一方でトレーニングする気満々だったユウは突然現れたカリンの姿に驚愕して思わず大声を出してしまった。


「泳ぎましょうよ、ユウ」

「えっ、ちょっ、カリン?」

「一人で泳いでてもつまんないもん。相手しなさいよ」


 カリンは自然とユウの腕に密着して海に誘導しようとしている。ビキニタイプの水着を着用していることと、半袖のTシャツをユウが着ていることもあって、素肌と素肌が直接密着していた。女の子特有の柔らかさがユウの身体に触れることで、どこか緊張感が増していく。

普段のカリンならそんな無防備で隙の多いことはしない。しかし、旅行などて遠出をするとテンション上がって後先考えない女の子になってしまう。来る前は憂鬱な表情をしていたカリンも、実際に海を目の前にすると目を輝かせて遊ぶことを考えた。でも一人じゃつまらないからユウも巻き込んでしまおうと行動を起こすのだ。これが千無の勘違いを加速せせているのに本人は気づいていない。気づいていても、上がったテンションを自らの力で抑えることは困難だ。


 このあと訓練を控えるユウ。カリンの引っ張る腕を無理矢理解くことは可能だ。しかし、それをするとカリンは怪我をするし、なによりそれをやりたくなかった。

 でも訓練をしたいと思う気持ちもあって、引っ張られながら後ろを振り返る。そこにはウォルフが腕を組んでユウを見つめていた。

 彼は一つため息をついて言う。


「仕方ねぇ、今日は思い切り遊んでこい。クソガキ」


 そう言い残してウォルフはその場を飛び去る。孤島を探検しに行ったのだろう。

 カリンに引っ張られてユウは海の方に歩いていく。


「ユウ、アンタこんなガッチリしてたっけ?」

「え?」


 不意にカリンがユウの腕の感触に違和感を持った。

 スターウルフとして戦うことを決めてから、ユウは肉体を鍛えることを念頭に行動してきた。まだ二ヶ月と少しの期間だったため、如実に成果が現れた訳ではないが、多少の変化がユウの肉体に現れていた。

 去年までのユウは、部屋でダラダラ過ごすだけの半引きこもりだった。そのため、筋肉を鍛えることなく少しふくよかになりかけていた。見た目からはわからない肥満になりかけていたのだ。

 カリンもそう思っていたようで、こうして密着して初めてわかる筋肉質な身体。感触が思っていたのと違うことを疑問に思ったのだ。


「最近は身体を鍛えようかなってさ」

「中学生になったら部活にでも入るの?」

「さぁね」


 確かにこの時期、小学生が身体を鍛える一番の理由は部活に入ることを目標にしてることが多い。それを思い浮かべたカリンはユウに見せないように安堵する。中学生になったときのことを考えて行動するということは、もう引きこもるつもりはないのだと如実に語っている事だと思ったからだ。

学校に安定して通い始めたユウに、カリンは不干渉の覚悟を決めた。そうすることで、中学が別々になっても世話を焼かなくて済むようにするためだ。登校時間も通学路も違ってくるだろう。だからユウには独り立ちをしてもらう必要があった。

 だからユウがこうして身体を鍛えている現状は、カリンにとっては喜ばしい変化であった。


「もしかして走ってたのもそれかしら。なら邪魔しちゃったかな」


 そう考えると、先程まで海岸を走っていたのも頷ける。カリンはそこに勘づくと歩みを止める。釣られてユウも立ち止まり、カリンの顔をのぞき込む。

 ユウの変化を喜ばしく思っている反面、少し寂しさを感じているカリン。表情にそれが現れているようで、少しだけ浮かない顔をしている。

 確かにこの後訓練をする予定で、ユウもそのつもりだった。さあこのあとも頑張るぞと気合を入れていた。でもこんなカリンを放ったらかしにするのもなんか嫌だった。


「今くらいはいいよ」


 その言葉を聞き、カリンは一気に満面の笑みを浮かべる。ユウの手を握って海に向かって走り出した。

 波がかかる位置に足を置くとさらにテンションが上がる。ユウの手を引いて海の中にどんどん入っていって、ついに浮き輪の出番。ぷかぷかと浮き始め、海底に足につかなくなった時点でカリンはユウに身体を向ける。


「あ、Tシャツ脱いでないの?」


 ここでユウがTシャツを着用したままであることを思い出したカリン。もう既に海に浸かってびしょびしょに濡れているので手遅れではあるが、カリンが気になりだした。しかし、今更戻ってTシャツを脱いでも遅い。既に海水で濡れたTシャツは帰ってからにしようとユウは思っていた。


「せっかくだから脱ぎなさいよ」

「なんか嫌らしい言い方しないでほしいんだけど……」


 全く自覚がないカリン。異性に対して脱ぐことを強要するのは不純な言葉に聞こえてしまう。最も小学生の認識としてはユウはそれなりにマセていることも要因の一つではある。

 だが、カリンとしては単純に鍛えたユウの肉体がどのようになっているのか興味を持っていただけに過ぎない。もし去年までと同じようにダラダラ過ごすだけの半引きこもりであれば、少しふくよかな腹になっているはずだ。しかし、鍛えているならもしかしたら腹筋が割れているかも。そう期待していた。女の子という生き物は筋肉質な男性の筋肉を見てみたいと思う傾向にある。力こぶを作るようにお願いしたり、腹筋を触ったりしたいと思い始める。今のカリンはまさにその状態だ。

 カリンの真意を知らないユウは少し怪訝な顔をしてTシャツを脱衣した。流石に二ヶ月ちょっとで腹筋が割れるほどの成果は得られてはいない。しかし、脂肪でお腹がたるむようなことはない。見た目からわかるほど発達したわけではないが、触ってみるとわかる。軽くお腹に手を添えたカリンは、思った以上に鍛えられている腹筋の感触に目を丸くした。

 その感触を押したり、摩ったりして楽しんでいるカリン。そんな彼女に水を指すのがユウである。


「なにしてんの?」

「え、触っちゃダメだった?」

「いや、単純にくすぐったいだけなんだけどさ」


 それでも触るなと言わないのはユウの優しさだろうか。それとも、他に理由があるのか。それは彼自身にもわからない。



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