第3-10話「マーメイド」




 芸術とは、得てして理解されるものではない。ある芸術家がそんなことを言っていた。芸術とは表現者であり、表現物である。

 そのアグレッサーは誰よりも、一早く地球の存在に目を向けた者だ。真っ先に地球に入り、ある芸術家の影響を受けてそれも自ら芸術の波に飲まれることとなる。元々芸術気質のある性格だったため、本職の芸術家の考えに賛同してしまったのだ。

 それは芸術の形を歌へと変えて表現した。しかし、仲間のアグレッサーはその芸術を理解出来ず、悪様に扱うものまで現れた。それはアグレッサーに失望した。一方で、全員とはいかないまでも、自分の芸術を一部の人間が理解を示した時、それはどれほど喜びに打ち震えたであろう。当人にしかわからないその喜びは想像だにできないほど大きなものだった。

 以来、そのアグレッサーは地球、及び地球人を気に入ってしまった。本来の目的である地球生物抹殺の目的を忘れてしまったアグレッサーは、他のアグレッサーに対して自ら距離を置くようになった。


 そんなアグレッサーは普段、海に身を潜めている。元々が海の生物を象ったものであるのも理由の一つだが、それ以上に海中に入れば歌を作るのに捗るのだ。

 だからそれを妨害されることが嫌いだ。アグレッサーがただそこを通っただけで、存在を感知してしまう本能によって、作詞作曲をぼうされる。


「二人……か……」


 アグレッサーの気配によって個人の特定ができる訳では無い。しかし、人数と距離を測るくらいなら容易にできる。

 普通なら遠ざかるまでやり過ごすものだが、今回は事情が違う。


「海を汚しに来たか……」


 海底に潜むアグレッサーは不機嫌になる。

 地球生物の殲滅をすることは人間に限った話ではない。海中に生息する魚介類も含める。その上、そのアグレッサーにとって人間を殲滅されることは不都合でしかない。他のアグレッサーが近くにいれば敵対するほどの気性を持っていた。


「そんなことはさせんぞ」


 アグレッサーは海底から動き出した。普段はしない戦闘をするために――――。



====



 海水浴で遊ぶことといえばまず泳ぐこと。潮の流れがあるため、浮き輪やゴムボートに乗って波に乗る。浅瀬で水を掛け合ったり、砂場で山や城を作ったりする遊びが定石だ。

 最も、私有地である海岸には、大衆海水浴場と違って海の家なるものが存在しない。そこで様々なものを購入することができないのが唯一不便を感じる点だろうか。その分自ら準備して実行する楽しさが増すため、プラマイゼロといったところだ。


 そんな一行は、一旦海での遊びを中断してビニールシートとビーチパラソルの影に集まって休息を取っていた。弁当をユウ、カリン、日和の三人で囲んで食べた後、本来ならここでかき氷を食べるところを、事前に購入していたかき氷のカップアイスで代用する。


「ねぇ、ユウ。これから何しよっか」


 アイスを食べながら満面の笑みで問いかけてくるカリン。初めは乗り気でなかった彼女も、実際に海に来てみれば一番にはしゃいでいた。

 一方で、カリンに振り回される形で海に連れてこられたユウ。早く特訓をしたいのにと思う反面、海で遊ぶことに楽しさを感じていた。スターウルフとなって戦うことになってもやはり子供。ゲームやマンガに没頭する子でも、仲の良い友人と外に出ればたちまち身体を動かすことを楽しく感じるものだ。なんだかんだ言いながら、ユウもないしんではカリンのことを親しく思っているのだ。


「泳ぐのは少しだけ休憩したいわ、私」

「じゃあ何がしたいの?」


 海には泳ぐことを主体とするのが定石ではあるが、人間の身体は水で長時間潜れるようにはできていない。長時間水に浸かるだけで肉体は疲労する。泳いで遊んでいたなら疲労する上に飽きが来る。

 確かに泳ぐのは楽しいことだ。だが飽きてしまえばただ冷たい水に浸かるだけの所業に変わってしまう。

 カリンは泳ぎ以外で何かをしたかった。砂浜で遊ぶのもいいが、それ以外に何かをしたかった。

 あと海の遊びでイメージできるのはスイカ割りやビーチバレーなどがある。それを二人、日和を入れたとしても少人数である一行にとっては少し物足りないだろう。まだ到着していない恵や彩音が話は変わってくる。


「お母さんとお姉ちゃんが来るまで暇かしらね」

「じゃあもう別荘に帰る?」

「いや、探検しましょう」


 ここは人工的に造られた孤島。土や小さな林、すぐ見えるところに別荘がある。探検するにしても規模が小さすぎる。

 別荘の他には車が数台駐車できる駐車倉庫や、別荘のベランダから陸橋が島の中央に伸びているバルコニーがある。周りを囲むように木が数本生えているが、それら全ては造られたものだ。自然で出来たものならまだしも、人工的な島を探検することになにか意味があるのかユウにはわからなかった。


「探検って、何をすんの?」

「これは島を工事した人から聞いた話なんだけどね」


 食べ終わったカップアイスの容器を脇において体育座りをするカリン。頬を膝に付け、顔だけをユウに向けて悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 こういう時の彼女はユウで遊ぼうとしている。例えば肩に触れて、振り返った瞬間に頬に人差し指を立てる。怪談話をして反応を見るなど、とにかくユウを弄ろうと考えている顔なのだ。


「この島にはね、マーメイドがいるの」

「人工島でしょ、ここ」

「そう。だから目撃者は島を作った作業員だけなの。

 かつてここは海のど真ん中で、そこに人の手が入ることで島が出来上がったの」


 人工島を造った技術は《荷物転送装置》を応用したものだというが、今は割愛しよう。

 マーメイドとは別名半魚人。上半身は人の身体をしていながら、下半身が魚の尾ひれで出来ている伝説上の魔物である。普段は海の底にいながら、浅瀬に姿を現した時に人を攫って食糧にしたり、種族繁栄の営みをするのだとか言われている。

 その存在がこの島で目撃されてるのだ。


「まだ作り掛けの島に、マーメイドはいたの。歌を歌っていたらしいわ。それを聞いた作業員の何人かはその歌に魅了されて海に引きずり込まれたらしいわ。引きずり込まれた作業員はすぐに浜辺に打ち上げられてたの。特に死傷者はいなかった。でも、引きずり込まれたことをその人たちは覚えていないらしいのよ」

「それってよくある怪談でしょ」

「それがね、本当に一度調査のために工事を遅らせたらしいわよ」


 あまりにマーメイドの目撃頻度が高く、多くの作業員が海に引きずり込まれてしまう。夢物語のようだが、実際に浜辺で打ち上げられる人間の数を考えると頭ごなしに事実を否定することはできない。

一度作業を止め、警察の協力で周辺海域の捜査が行われた。しかし、マーメイドの発見には至らず、結局捜査は打ち切り。また問題が起こるまで再び作業を再開した。


「それ以来、マーメイドがこの島に現れたことはないそうよ」

「この島っていつ出来たんだっけ?」

「私たちが小学校に入る前だから……、五年くらい前じゃないかしら」


 怪談とはいわば大抵大昔の話を元に着色された物語だ。22XX年現在、トイレの花子さんや十三段目の階段などの都市伝説は現代で例えると江戸時代の話のような感覚になっている。マーメイドの怪談もその中の一つだ。

 しかし、こうして持ち上がった話は五年前。わりと最近の話であった。


「私たちで探してみない?」

「警察が見つけられなかったものをボク達が見つけられるの?」

「そこにロマンがあるんじゃない」


 またこれかとユウは肩をすくめる。カリンはこうだと決めたら徹底的に突き通す節がある。ああしたいと思い始めたが最後、そうなるまで何があろうと突き進むのが彼女だ。少し痛い目を見ないとそれを止めないのだからタチが悪い。タケシに苗字呼びを徹底させていたのはその中の一つと言ってもいい。

 そんな彼女がマーメイドに興味を持ってしまっている。それを探したい。けれど一人で探すのはつまらないためにユウを巻き込もうといった魂胆なのだと察する。


「マーメイドか……」


 そう呟いてユウは空を仰ぐ。ビーチパラソルから覗く青空。どの建物も視界を塞がない空は、夜になると綺麗な星空を写す。

 以前までのユウならその存在を頭ごなしに否定していただろう。しかし、今の彼にはそれをしない理由がある。

 アグレッサーという存在を知る彼にとって、一つの仮定が頭の中に浮かぶ。

 ユウを色々な意味で揺さぶりを掛けてきたアグレッサーの夢奏。彼女は名をユウに付けてもらう前はヴァンパイアと名乗っていた。その特性はまさに吸血鬼で、伝説上の魔物の体現であるとユウは思った。

 彼女のような存在があるなら、マーメイドの形をしたアグレッサーだっているかもしれない。

 その思考に追い打ちを掛けるように思い出されるのがウォルフとドグシーの会話。この海域にアグレッサーがいることを示唆していた。こちらから手を出さなければ問題ないらしいから極力接触は避けておくべきだろうか。それとも一度対峙してみて、敵対の意思がないことを伝えておいた方がいいかもしれない。どのみちマーメイドを探す気満々のカリンを放っておくのも締りが悪い。


「あなた達、探検に行くのはいいけど、危ないことはしないでね」


二人の話を聞いていた日和。空のカップをレジ袋に纏めながら会話に混じってくる。

 親として当然のことを言う日和は、本来なら二人について監視していなければいけないのかもしれない。だが、ユウとカリンは小学五年生。親のいないところでもしっかり考えて行動できるようになっている。常に監視しなければならない峠を越しているかもしれない。そこで日和が介入するのはどうなのだろうと少し迷いを出していた。

 だからこそ、きちんと約束事を詰めてからでないと日和は納得しない。


「大丈夫です。暗くなる前に戻りますから」

「夕方頃にカリンちゃんのお母さんと彩音ちゃんか着くと思うから、それまでに帰ってくるのよ」

「わかりました」


 ユウを置いて話を進めていくカリンと日和。結局は彼も巻き込まれる形で探検することになる。

 カリンはしっかりしてるように見えるが、その実好奇心は旺盛で、あっちこっちと身を流すところがある。それをユウは側で見ていて止める役になるに違いない。普段はしっかりしてるのになぁと思いながら、先のことを予想してため息をつく。

 無理に止めようとすれば労力を無駄に使うことになる。マーメイドがアグレッサーである可能性がある以上、できれば関わりたくはなかった。本音はカリンはアグレッサーとの接触は避けてほしい。でも既にドグシーを《シャルル》と名付けて飼っている。そういう意味ではアグレッサーと関わりを持ってしまった状態だ。それならカリンをアグレッサーから遠ざけるのではなく、護って戦うほうがいいのかもしらない。


「じゃあ行くわよ、ユウ」

「はいはい」


 かき氷を食べ終えたカリンとユウは早速探検に出かけた。まだ見ぬマーメイドを求めて。





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