第14話「宇宙空間」
ユウは船内を走り回る。船室から消えたアグレッサー人、ドッペルを探して。
なぜ自分がこんな変身をしているのかはわからない。後でウォルフに問い質す必要がある。しかし今はそんな状況ではない。
問題なのは自分の変身のことより、ドッペルの目的がなんなのかわからないことだ。
「ウォルフ、ドッペルってやつはどういうやつなの?」
やっと一人になったのを確認したユウは、自分と同化してるウォルフに対して堂々と話しかけることができるようになった。
早速ウォルフにドッペルというアグレッサー人のことを聞き出してみる。
『オレも奴のことはよくわからん』
しかし、返ってきた言葉がユウの期待に添えるものではなかった。そう失望したユウに対してウォルフは発言する。
『ただ、とてつもなく読めねぇやつって感じだ』
「とてつもなく読めない?」
『詳しくは話せねぇが、アグレッサーの全員がある目的に走る中、あいつだけが違う目的で行動するようなやつだ』
「……
『それはどうかはわからん。昔から何を考えてるのかわからんやつだったからな』
どうやらウォルフはドッペルのことを昔から知っているようだ。続きを促すようにユウは黙って話を聞き続ける。
『とにかく変わり者でアグレッサーの中でも一線を画していた。だから気に食わねぇ、なぜあいつがこんなことをするのか』
「聞く限り、良い奴じゃなさそうって感じだね」
「それは違うよ」
ユウとウォルフの会話に割り込むように声を上げるドッペル。彼はユウがここに来るのをじっと待っていたようで、ユウが進んだ先で向かい合うように浮かんでいた。
よく見ると妙な容姿をしている。ウォルフは狼というわかりやすい形をしているのに対し、ドッペルはとても歪な形をしている。人型のように見えなくもないが、しかしその存在は曖昧だ。
「僕が悪いやつというわけではない。波長が合わないだけさ」
『カッコつけてるが、ただテメェの考えが理解されずにいつも一人ぼっちってわけだ。こいつは』
「君に言われたくないな、一匹狼のウォルフ」
口々に罵り合う二人を黙って見るユウ。頭の中に直接語りかけてるはずのウォルフと平然と会話をするドッペル。どうやらこの状態でもアグレッサー同士であれば会話は成立するらしい。
「それでドッペル、君はどうしたいの。目的は何?」
「僕の目的は君だよ。ウォルフと同化してる人間君」
「ボク?」
「そうだよ。君をどうするのか、それを見極めに来たんだ。けど、これはまぁ、予想外かな? ねぇ、ウォルフ」
目がどこにあるのか、構造的に分かりづらいドッペルだが、何故かこちらを睨んでいるというのがわかる。実際にはユウではなく、ユウを通したウォルフを睨んでいるのだが、当人はどこ吹く風。中間地点に立たされたユウには溜まったものじゃない。
「君がそのつもりなら、僕もそのつもりで動くよ」
「そのつもりってなに?」
「僕が君を殺すってことだよ」
凄まじい殺気。なのかはわからないが、とにかく抵抗しないとやばい。という雰囲気を纏ったドッペル。咄嗟に半歩身を下げるユウ。しかしここは宇宙船。逃げても無駄で、どこに行こうとも結果は変わらない。
『まぁ落ち着けよ、ユウ』
ユウの焦りを感じたウォルフはそう諭す。
『いいか、オレと魂魄融合したテメェはいわば一心同体。テメェが死ねばオレも死ぬ。だから協力してやる』
「ウォルフ……」
『だから落ち着いてオレの指示に従え』
なんとなくユウは肩にウォルフの姿を感じた。肩を組んで共に敵と対峙するような、そんな気分だ。実際にはウォルフはユウと同化してるので肩を組むことはできないのだが……。
『奴は能力こそ厄介だが、単体なら戦闘力は低い。練習相手にもってこいだぜ』
「失礼なことを言うね、君は。けれど勘違いをしてもらっては困るね」
ユウはそんなことを言うドッペルにどこか不気味さを感じずにはいられなかった。
「誰が戦うって言ったかな?」
嫌な予感がしたユウが振り返ると、そこには一人の少女、白河カリンがいた。
「君……、なんでここに……」
「じっとしていて……って言われたのに……、ごめんなさい……、身体か勝手に……」
カリンは涙ながらに告げる。
正体をばらす訳には行かないため、カリンの名を口にはしないでユウは事実を確認した。もしこのまま戦った場合、確実にカリンを巻き込んでしまう。そもそも初めての戦闘に若干の緊張を感じてるのだ。どこかでヘマをして攻撃をカリンにしてしまわないとも言えない。緊張で押し潰されないのは、後ろに、もしくは隣ににウォルフがいることを感じるからだ。そこに
まさかと思い、ユウはドッペルを睨みつける。表情がわからないのに、なぜかニヤけてるように見えるから不思議だ。実にムカつく顔をしてる、様な気がする。
『これでわかっただろ、ドッペルがどういうやつなのか』
ユウは言葉にはせずに頷く。
要するにドッペルは他人が嫌がることをするのが好きなのだ。話し方にイラつくこともあるだろう。それ以上に、ドッペルのやり口は汚さを感じる。クラスメイト全員を操った挙句、その目的はユウただ一人であるというのも、自分の幼馴染を操って戦闘場所に連れてくるのも。ドッペルのやり口は的確にユウの神経を逆なでしていた。
「さて、君はこうするだけで死なせることができるわけだ。戦わずとも、ね」
ドッペルは壁に手を当てる。ユウはその姿に戦慄を走らせる。
そこには宇宙船の乗降扉があったのだ。
ドッペルの意図が手に取るようにわかり、ユウの精神に多大な焦りを生じさせる。
「待っ……」
「待たない」
ドッペルは構わずに乗降扉を全開にした。
今宇宙船を飛んでいる場所は宇宙空間。宇宙船にある空気は一気に真空状態の宇宙に抜ける。宇宙船の中は乱気流が生まれ、か弱い人間、カリンなどは簡単に吹き飛んでしまう。
「カリン!!」
流れるように宇宙空間に放り出されるカリン。魂魄融合を果たしたユウだけならその場に留まることは可能であった。しかし、ユウにそんなことを考える余裕がない。
カリンを追いかけるように、ユウは宇宙空間の中に飛び込んでいったのだった。
「ミッションコンプリートってやつかな」
それを見届けたドッペルはその場を立ち去る。ユウの死亡を確認しないままに。
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