第3-3話「ドグシー」



 一人のアグレッサーが異空間の中からウォルフを見つめていた。裏切り者として確定してしまった彼を遺憾の思いで見ていた。その思いはただ一つ。


「なんで僕じゃないんスか」


 遺憾な表所は次第に憎悪に変わる。その視線の対象も変わって一人の人間を映し出していた。


「あいつだ、あいつなんだ」


 人間を見つめるアグレッサーの眉間に皺がどんどん増えていく。このまま進めば《犬》の顔ではなくなってしまう。

 彼の名前はドグシー。犬の形をしたアグレッサーで、特性も性格も犬そのもの。ウォルフが『一匹狼』で通るなら、彼は『忠犬』で通るほどに誰かに依存する。誰かに甘え、誰かに憧れ、誰かを崇拝する。その対象がまさにウォルフ当人である。ウォルフのことを兄貴と慕い、憧れの的として目を輝かせていた。しかし、そんなウォルフが裏切って人間と共に生活をするようになった。

 ウォルフは誰にも従わず、誰も従わせない。誰にも媚びず誰にも関わらないことを信条としてきた。それはアグレッサーの神である龍王にすら積極的には従わなかったくらいに芯が通っていた。

 それが今の彼の醜態はどうだろう。誰にも従わず、誰も従わせない。傍から見てれば人間に従っているように見え、従わせてるようにも見える。誰にも媚びず、誰とも関わらない。それが人間に媚びているように見え、関わっているように見える。あの憧れた一匹狼が影の形も見えないではないか。


「あの人間が……、あの人間が……」


 その立場に、その隣にいるべきは自分だ。あいつなんかではない。ウォルフの信条を捻じ曲げるのは自分の役目だ。それを目標にしてきたドグシーは、憎しみを込めて人間を見つめていた。


「あの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間があの人間が」


 その姿は普段の気さくな忠犬ぶりを覆すほど醜悪な姿を、表情を、言動を取っていた。


「あの人間が、兄貴を誑かしたんだ」


 もう既に眉間のシワは伸びていた。何かを核心したかのようにドグシーは決めつけていた。


「あの人間が兄貴を誑かした。あの人間が、あの人間が、あの人間が兄貴を。兄貴を、兄貴を、兄貴を。兄貴を誑かした、誑かした、誑かした」


 異空間から身を乗り出し、あの人間を殺すため。兄貴の目を覚まさせるため。そして、自分がそこに行くために、一人の……否、一匹の忠犬は動き出した。



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 七月。ほぼ毎日が雨天候という影響で、常に傘を手放せない面倒な季節がやってきた。

 ユウとデンタがやり取りをしたのは一週間ほど期間が空いている。あれからデンタからのアプローチはないが、頻繁にユウを視線に入れてくるから居心地が悪い。さすがに異変に気づいたクラスメイトもいたようで、デンタに仔細を伺おうとしても休憩時間になるとどこかに颯爽と消えるようになった。ユウに聞いてみても返答は著しくなく、連日の雨天候も相成ってもやもやとした気分がクラスメイト、というよりカリンの中で出来上がっていた。

 そんな中、事件は起こってしまう。


「ユウ」


 昼食時間が終わり、昼休みに入った頃合のことだった。雨ということもあって、普段は校庭に遊びに行く活発な子供たちも教室内にいくつかのグループに分かれて遊んだり駄弁ったりしている光景。ユウは自分の席に突っ伏して時が過ぎるのを待っていた。そんな中でウォルフの声がユウの耳を刺激する。


「アグレッサーが近くにいやがるぞ」

「……!!」


 その事実を突きつけられ、ユウは飛び起きるように身を起こした。トイレを装って教室を後にする。一瞬だけ注目を浴びるユウだったが、寝惚けたのかとすぐに各自グループに視線を戻して駄弁り始める。カリンを除いて。

 カリンはいつもと様子がおかしなユウに違和感を持っていた。スターウルフに関する話をすると、必ず妄想の渦に浸るために気づかないことだが、それ以外ならしっかりとユウを見ていた。何のきっかけもないのに毎日学校に登校するようになったのも一つ。そしてなんだか今日は物思いに耽っているように見えるのがもう一つ。

 先日戦うことの覚悟をウォルフに問われたユウは常にそのことを考えていた。もしキングやドッペルにこちらから攻撃を仕掛けるなら話は簡単なのだ。しかし、夢奏だけは違う。ウォルフが言っていた覚悟というのは、無防備な夢奏の背中が目の前にあったとして、そこに刃を突き立てられるのかという覚悟だ。そんな覚悟、ユウはしたくなかった。まるで人殺しをしろと言われてるようでとても気分が悪い。


 頭でぐるぐる巡っている思考が顔や態度に僅かながらに漏れていた。他の生徒は気にもかけなかったが、カリンは気づいてしまった。

 けれど毎日普通に登校を始めたユウは、カリンの加護から離れることを意味していた。カリンがユウの世話を焼いていたのは、あくまで父に中学受験を認めさせるため。間違ってもユウを心の底から心配しての出来事ではないのだ。

 だからユウが何かに悩んでいたとして、カリンは知らん顔。相談しに来ない限り、彼女は不干渉を決意する。


 そんなカリンの決意を知らず、ユウは身を隠せる所を探す。真っ先に思いついた場所がトイレの個室だ。トイレで変身するのは少し躊躇われたが、それ以外に手段がない。

 この校舎には誰も使わないとされる曰く付きのトイレが存在する。花子さんが出現するとか、鏡に吸い込まれるとかいった怪談の存在が生徒や教員たちを遠ざけている。ユウも積極的に利用するつもりのないトイレだが、今に限っては好都合だ。さらにそこの窓は裏校舎で滅多に人が通らない位置に存在している。隠れて変身し、隠れて飛び出すくらいのことは可能だ。


「なぁユウ。魂魄融合するときさ、なんか決めゼリフつけね?」


 トイレに到着し、早速魂魄融合をしようとするとウォルフがそんな提案を付けてくる。


「……ウォルフ、なんのアニメ見た?」

「おう、壮絶ヒーロー毒舌仮面だ」


 ウォルフは地球に来てからアニメやドラマを見てすぐに影響を受けるようになった。今のブームは壮絶ヒーロー毒舌仮面。『死んで詫びるなら詫びてから死ね』が決めゼリフだ。どこで使うんだと思うようなセリフだが、意外と型にハマった使い方をしているから面白い。

 毒舌仮面の説明は割愛するとして、今のウォルフは一時の流行病といえる中二病に掛かりかけている。時々『俺の右腕が疼くぜ』とか言ってくるから驚く。


「……また今度ね」



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 魂魄融合を果たしたユウは学校を飛び出した。

ウォルフの案内で異空間の亀裂が入ったところへ到着。亀裂とはいうが、本当に破れている訳ではない。そこの空間だけチャックが空いたように広がって黒く蠢く何かが覗いている。

 そこから橙色の身体をした犬の形のアグレッサーが現れる。今までに接触したことのないアグレッサーだ。それなのに、ユウは背筋が凍るのを感じてしまう。どこか嫌な目で見られているようで仕方がなかった。


『ドグシーだな』

「どういうやつなの?」

『クソガキ』


 目の前のアグレッサーについての情報を聞き出そうと問い詰めてみたが、返ってきた言葉はたった一言だった。だが、ユウはこの言葉の意味。真意を理解した。

 ウォルフは以前、ユウのことをクソガキと罵って呼んでいた。それは必要以上に自分と関わらせないようにするための一つの知恵だった。結局無意味に終わってしまったが、ウォルフが気の許した相手を遠ざけようとする時、その人を「クソガキ」と呼ぶ傾向にある。

つまり、ドグシーと呼ばれたアグレッサーはウォルフを心の底から慕っている存在なのだ。それをウォルフは煩わしく思っている。だからクソガキと称する。


「お久しぶりです、兄貴」

『何しにきやがった、クソガキ』

「兄貴を説得しに来ました」


 全く予想通りの答えが返ってきたとウォルフは呆れている。ユウと魂魄融合しているから表情が読めないが、文字通り魂で繋がっているからそういう顔をしていることがわかる。

 その様子をドグシーは面白く思わない。仲の良さを見せつけられているようで、表情がどんどん醜悪になっていく。


「やっぱ、誑かされてるんスね。仕方ないっス。人間そいつを殺すしかないっスよねぇ」

『テメェじゃ無理だ。諦めろ』


 狂気に満ちたドグシーは右手の長く鋭い爪を、左手の爪で研いでいく。ジャリジャリと金属の擦る音が響いてくる。どんどん擦る速度は上がっていき、火花が軽く舞っている。

 そもそもウォルフとドグシーの間でも実力差は開いており、一度もドグシーには負けたことがない。さらにウォルフは現在、魂魄融合をしている。勝敗は火を見るより明らかだ。


「キングとスネイプがアンタらにやられたことは知ってるっス。魂魄融合とは凄いものっスね」

『だからこっちの手が出ねぇ内に失せろ』

「だから僕、見つけておきましたよ。兄貴」


 ドグシーが言い終わるタイミングで、異空間から生物が現れる。

 埃や泥で薄汚れた黒い毛に身を包み、ボロボロな皮の首輪を付けた生き物。目は廃れており、スターウルフを見て威嚇を始めた。その勢いは止まる間もなく飛び出し、スターウルフに噛みつきを仕掛けてきた。咄嗟に避けて距離を取ったスターウルフ。その顔は驚愕に満ちていた。


「これが僕の相棒ってことっス」


 それは黒いシャーマン・シェパード。大型の犬である。首輪を掛けていることから、人に飼われていた犬であったのだろう。だが、その犬は人が飼われていたころの面影が見られない。人を完全に嫌っている。人の形をしているスターウルフを見るだけで憎しみの目を向けてきていた。


「こいつは人間に捨てられたやつっス」

「……でも、魂魄融合って犬じゃん」

『魂が適合しちまえば、人だろうが犬だろうが、植物だろうが鳥だろうができちまうのが魂魄融合だ。なるほどな。堂々と出られたわけだ』


 むしろこちらが本来の魂魄融合であるとウォルフは言う。

 アグレッサーは本来、動物や異形の生き物の成れの果てと言われている。ウォルフも元は狼だったのと同じように、ドグシーも元々は犬であった可能性は非常に高い。だから魂が適合するなら元の動物と同じ種族である可能性が高いのは当然の結果と言えるだろう。ユウとウォルフのような関係性が一番珍しいのだ。、


「最後通告っス。兄貴。その人間とは別れて、僕と一緒にヴァンパイアの元に戻りましょう」

『やだね、わかりきってるだろ。オレがそういうのを』

「そっスか。残念っス。じゃあ魂魄融合、行くっスよ」


 失念したように呟いた後、ドグシーは魂魄融合を宣言する。ドグシーと野犬は光を放つ。身体が重なり、犬の身体がスライムのように変形を始めた。犬の身体をベースに頭が三つに割れていく。犬の肩を型どるような形の肩当、爪が異様に鋭く伸びる手足。首輪にも鋭いトゲが周りに装飾される。大きさも二周りは大きくなっていき、ただでさえ大型の犬だったジャーマン・シェパードが成人の大人の身長と同じ高さになる。小学五年生のユウの身長を軽く越していた。

 その姿はまさに地獄の番犬。ケルベロスだった。


『兄貴に習って名乗るなら、ドグシーケルベロスっス』

『ユウ、油断するなよ。こいつは強いぞ』


 初めての一体一。その相手はまた初めての魂魄融合を果たしたアグレッサー、ドグシーであった。

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