第3-2話「強さの秘密」




 ユウはスターウルフに変身することを決意する。

 そう断言し、行動に移そうと立ち上がる。目を丸くして様子を伺っているデンタからすれば全くの予想外の展開らしく、頭が追い付いていない様子。ここで疑問を提示してもよかったが、その隙を与えられなかった。

 立ち上がったユウの視線は宙を浮く。どこに視線を向けてるんだと視線を動かしてみても、ぶつかるのは天井と壁のみ。他に何か存在しているようには見えなかった。

 迷いのないユウは言葉を紡ぐ。


「ウォルフ、魂魄融合だ」


 虚空に向けてそう告げるユウ。痛い人を見るような目でいるべきか。それとも軽く流して状況を見物するべきか迷うデンタ。


「うん、そう。決めたから」


 何かと会話をしているようだ。幽霊でも見えるのだろうか。それが何になるのだろうか。好奇心よりも疑問が多くなっていてメガネを掛け直す。

 もう追い付けていない脳をフル回転して疑問を纏めたデンタはついに苦言を口にしようとした時だった。


「じゃ、行くよ。計山」


 そう言った瞬間、ユウの周りで乱気流のような物が発生する。実際に空気が揺れているわけではないが、不思議と圧倒されるものを感じている。白い煙のようなもので身を包んだユウが何をするつもりなのだろうかと考え出す。何かのマジックではないだろうかとも思うが、それを問うのは結果を見てからでいいだろうと判断を下す。

 次第に煙が晴れていき、ユウの姿が目視できるようになってきた。

 その姿は青いスーツに身を包み、大きな爪を携えたグローブ、分厚く重そうな鉄製のブーツ。薄そうに見える胸当に、腕の動きを遮りそうな肩当て。視界を制限する狼型のヘルメットを装着。宇宙遠足の時に視認したスターウルフの姿そのものだった。

 煙を出すギミックを用意して早着替えをしたのではと思わないこともなかったが、早着替えがすぎる。こんなごつい装備を身につけるのにこんなに短い時間でこなせるわけがない。


「こっ……、これは……っ」

「ボクがスターウルフ本人だよ」

「まさか……、こんなことが……っ」


 さすがにこれは予想外だったようで、ずり落ちていくメガネを直すのを忘れて惚けていた。


「これは他の人に言わないでほしい。ボクは戦わなきゃいけない奴らがいるから、あまり邪魔をしてほしくないんだ」

「戦わなきゃいけない奴ら、ですか。どういうことです?」

『そいつはオレが説明してやる』


 ウォルフがデンタの耳にも聞こえるように言葉を放ち始める。

 以前ユウの言葉を遮って、カリンの耳にウォルフの言葉を届かせたことがあった。これに疑問を持ったユウが聞いたことがある。ウォルフはユウ以外の人間に対しては見ることも、触ることもできないのであれば会話もできないのではと。もちろんその通りだが、魂魄融合をしている状態ならその限りではない。これはユウのエネルギーを少し借りて、自分の声に合わせて空気を揺らすことで声を出すのだそうだ。空気を無限に出せるという特殊能力を使った応用だ。

 そんな能力を使ってウォルフは説明する。


 アグレッサーという異世界から来た住人の存在。侵略者が地球に全員揃っている現状。ユウが自ら背負うことになった運命。そして、一人で戦うことを選択したユウの決意。全て余すことなくデンタに説明した。

 当の本人であるユウにとって、少しむず痒い感覚を味わうことになるが、ウォルフは構わない。

 ウォルフはユウを手助けを出来る人間の存在を渇望していたのだ。確かにウォルフはユウを全力でフォローするつもりで動いていた。しかし、姿も声も他人には聞こえない敵に対し、ユウは圧倒的な孤独であることを懸念していた。その点、目の前で変身することを決意させたデンタの手腕と執念。これは見事としか言いようがない。頭の良さ、駆け引きの上手さ、目的の居場所。全てがウォルフの理想に合致したとは言い難いが、ユウがこの人と決めたのであれば、全てを告げることに何ら躊躇いはない。

 それがきっかけにユウの味方が増えることを、ユウの運命に他人を巻き込むことを渇望して。


「……なるほど」


 全て納得したとは言い難いが、実際に変身した姿のユウを目の当たりにして否定するのも馬鹿らしく感じるデンタ。ずり落ちそうになったメガネをまた掛け直してデンタは言う。


「つまり、異世界人から地球を護ろうとしているわけですね。英君は……」

「そ、そうなんだけど……、改めて言われるとボクも現実味がないなぁ……」

『最も、地球を護るために戦うのがユウの目的じゃあねぇな』


 デンタは再び疑問符を浮かべ、ユウは首を傾げる。本人でさえ地球を護ることを目的にする。これは間違いのない事実だ。だからウォルフが自分の目的を否定してきたことにユウは思考の渦に飲み込まれる。


『護りたいもんを護るため……だろ』

「え、あ、うん。そうだね」


 確実にいい顔をしている。ウォルフのドヤ顔が目に浮かぶユウは思わず冷たい顔になって流してしまう。確かに言っていることに間違いはないが、使い所を間違えているのが惜しいところだ。

 護りたいものを護る。確かにカッコイイセリフだが、それをカッコつけで言うと逆に冷めてしまうのが人間の性だ。こういうセリフは何も無いところで使うべきではない。

地球を護る。とても責任重大な目的だ。小学生のユウには軽々しく持ち上げられる責任の重さではない。そんなユウがどこかで追い詰められた時。もしくは自分の目的に押し潰されたとき、その重みを軽くするために使うべき言葉のはずだ。

 それをわかっていないウォルフは戸惑いを隠せないでいる。


『うおおい!! 何故そこで冷めるんだよぉぉ!!』

「いや、なんか……、うん。ごめん、言ってる意味わかんない」

『なんなんだよぉぉ!! せっかくカッコつけたのにぃぃ!!』

「ごめん、ウォルフ。正直かっこわるいよ。うん、かっこわるいね。かっこわるすぎて色々どうでも良くなるくらいかっこわるかった」

『テメェ、喧嘩売ってんだな、そうなんだな!? ようし、買ってやるからかかってこいや』


 いきなり二人の男が喧嘩を始めた。

 どうやって喧嘩を買うつもりなのか、どうやってかかっていくつもりなのか分からないやりとりではあった。恐らく変身を解いて生身のユウと生身のウォルフで喧嘩をするのだろう。しかし、今は時間がもったいない。

 面白いやり取りをこのまま見続けるのも悪くは無いが、本題に早く入りたいデンタは両手の平を『パシン』と強めに叩いてユウとウォルフの視線を集めた。


「はい、英くん、ウォルフ。落ち着いてください」

「え、なに?」

「ボク、言いましたよね。スターウルフに恩を返したいと」


 デンタはスターウルフに真面目な顔で向かい合って頭を下げる。


「この度は郷谷君を、ボク達を助けてくれてありがとうございます」

「そんな、お礼とかいらない……」

「いえ、これは建前みたいなものです」

「は?」


 いきなりお礼を言われて戸惑うユウだったが、突然立場を覆す言葉でユウの頭は混乱する。

 そんなユウを尻目にデンタは言う。


「恩を返したい、と言いました。お礼は建前で、ボクは目的があってスターウルフに会いに来ました」

「目的?」

「スターウルフの目的がわかったことで、ボクのすることは決まりです」デンタはここで少しだけ間を置いて、再び頭を下げる。「ボクにあなたのサポートをさせてください」



====



 夕刻。デンタ協力の申し出を一旦保留にしたユウは悩みに悩んでいた。断る気満々でいたのだが、そこにデンタはある提案を提示した。


「ボクのサポートがどう立ち回るのかで判断してください」


 確かに開口一番に拒絶を選ぶのも酷な話だと思う。だが、危険に巻き込む可能性がある限り、気軽にデンタの協力を求めることは出来ない。ドッペルが人間に気軽に干渉できるのと同じように、他のアグレッサーが人間に対して何かをできるのはまず間違いないだろう。

 ウォルフは波長が合わないと触れることも出来ないと言っていたが、条件が違えば不可能ではないらしい。


「アグレッサーは魂のみの生き物だ。だから生物の肉体に何らかの影響を与える」


 アグレッサーが直接肉体に与える手段は二つ存在する。

 一つはユウとウォルフがやっている《魂魄融合》。これは魂を持った肉体とアグレッサーの波長が八割以上噛み合った者同士、そして目的が一致する者同士でのみ発動が可能。魂魄融合を果たした個体は、アグレッサーの約五倍の力量を発揮する。前回のアグレッサー戦でスターウルフが圧倒できたのは魂魄融合と生身のアグレッサーであるという差があったからだ。

 もう一方で、波長が合わなくとも肉体に影響を与える手段がアグレッサーには存在する。それを彼らは《憑依》と呼んでいる。これはどんな相手にも取り憑くことが可能。しかし、どんな肉体でも結果が同じになる訳ではなく、肉体とアグレッサーの波長の具合によって力の大小が変化する。20%~50%の力を上乗せするものである。

 前回のドッペルがタケシに行っていたのは《憑依》である。洗脳の範囲を考えれば生身に約30%の強化がされているとウォルフは言う。


「結構何人も洗脳されてたよね」

「あれでまだ全開ではなかったっつうことだ」


 もし全力でドッペルが人間を襲いに来れば日本人の大半を洗脳できるというのだから恐ろしいものだ。

 だが例外というものはどこにでも存在するものだ。

 それがユウに様々な思惑を与えた女。夢奏だ。


「あいつはアグレッサーでありながら肉体を保持している女だ」

「肉体を……?」

「魂魄融合とは本来、魂を持った肉体との共鳴が重要になってくる」


 ユウとウォルフが魂魄融合をした際、ユウの意志はしっかりと残された上で行動する。その気になればスターウルフの肉体をウォルフの意思で動かせるが、それはユウがウォルフにそれをわかった上で許可しなければそもそも魂魄融合などできるはずがない。つまり魂魄融合とは人間のための術であると言っても過言ではない。


「だが奴は……、ヴァンパイアは自分の肉体を持っている。それ即ち、常に魂魄融合をしているようなものだ」


 魂魄融合した状態で、もしエレクトやキングが己の意思のみで行動できるなら、地球はとっくの昔に滅んでいたとウォルフは言う。それが出来ないからアグレッサーは攻めあぐねている。

 だが、夢奏だけは違う。夢奏は自分の肉体を持って行動している。つまり言うなら、自分の肉体と魂魄融合を果たしているようなものだ。だから魂魄融合については彼女が一番詳しく、強大な力を保持している。さらに他のアグレッサーよりも戦闘経験を積んでいることから、一番手強い敵というのが夢奏であるとウォルフは断言する。


 もうユウに迷いはない。

 夢奏はユウのために色々手を尽くしてくれた。だが、地球を侵略するために夢奏が動くのであれば、ユウは躊躇いなく彼女と戦う。仮にユウを殺しに現れたなら、殺し返してやるとユウは意気込むこともできる。

 あれから一ヶ月も経つのだ。覚悟が決まらなければヒーローなどと名乗ることは出来ないだろう。そもそも名乗るつもりもないのだが。


「もし、奴が仕掛けるならそんな生温い覚悟が本格的に決まってからだ」

「生温い……?」

「テメェから攻め込む気、ねぇだろ」


 そう言われてユウは心臓を握り潰された気分を味わう。

 確かにウォルフの言う通りだ。

 ユウは夢奏から攻められた時の覚悟は決まっているつもりだった。しかし、こちらから夢奏を攻めに行く覚悟が足りていない。もし敵対関係を成り立たせてどうにかしたいなら、先手で攻撃できるようでなければならない。それがユウには足りていない。

 その覚悟が決まった時、夢奏との戦闘は始まると言っていいだろう。


「オレもまだヴァンパイアと戦うには準備が必要だと思っている」

「準備って?」

光弾銃レーザーガンだけじゃ武器は足りねぇってことだ」


 武具生成に必要なのは屈強な魂だ。まだ貧弱な魂のユウには、せいぜい一つの武具生成で手一杯。他の武具を生成するなら、他のアグレッサーとの戦闘経験を溜めて強くならなければいけない。

 ユウとウォルフは力を得る必要がある。ヴァンパイア、夢奏を打倒するために。


「そのために、どんな協力でもテメェは貪欲に受けなければならねぇぞ」

「つまり計山の協力を受けろって?」

「どのみちテメェが負ければ結果は同じなんだ。なら仲間は増やしても損はねぇはずだ」


 そう、地球侵略及び地球生物抹殺。それを目的とした集団を止められるのはスターウルフしかいない。そんなスターウルフがいなくなれば、どのみち人間は無事ではいられない。

 だから、得られる協力なら得ることが必要だ。


「最も、あのガキがどんなことをするのかがまだわかんねぇんだがな」

「そうだよ、ウォルフ、君なんかされてたじゃない」


 スターウルフの変身を解き、デンタを見送った際、ウォルフの場所を問われて何らかの棒で続かれていた。当時の彼は少しチクッとすると苦言していたが、デンタは気にする様子もなく帰っていった。

 なにか目的があったのかどうかは知らないが、サポートとしての腕は如何程か。確かめるには絶好の機会であるといえる。


「今後の展開にご期待っつうやつだな」

「なんか違う気がする……」


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