第一章 ヒーロー誕生

ユウとウォルフ

第1話「出会い」

西暦22XX年。

 人々の文明は進化の一途を辿っていた。

 その規模は地球上に留まることなく広がっていく。

 地中、海中、宇宙。それぞれの空間に、人々の文明は広がっていった。

 そんな留まることのない地球人類はある事実を発見する。



 こことは違う、異世界が存在することを。




====



「今日は学校には行かない」


 日本のとある住宅地。ごく普通の家庭で生活する一人の少年が、目の前の女性にそう告げる。

 はなぶさ 優雨ゆう、10歳。

 今年小学五年生に上がったばかりの少年、ユウは登校拒否の生徒である。準と前置きをしたのは、完全に登校拒否をしている訳では無いからだ。

 現在五月。一年繰り上がったばかりのユウは、最初くらいは登校しようと意気込んでいた。しかし、ユウは尻込みをする癖がついていた。四年生の中盤頃は週に一、二度は理由もなくサボるようになっており、進級間際には週に一、二度登校すればいい方だった。

 ここで勘違いをしがちなのだが、ユウはイジメなどを受けて登校拒否をするようになったわけではない。

 ただ、気が進まなくなってきていただけなのだ。


「またあんたはそんなことを言って……」


 対する女性はユウの実母、はなぶさ 日和ひよりである。

 この光景は、日が昇って少しと言いたいところではあるが……。


「もう13時よ。お昼過ぎちゃってるじゃない」


 既に登校時間は過ぎており、授業も昼休憩を終えた五限目に入ったところ。今から登校しても授業には間に合わない時間帯なのだ。

 ついでに言えば、日和が仕事で外回りしている途中で忘れ物に気付いて、家に立ち寄った時の光景だった。


 最近になってどんどん家に引き籠る頻度が上がってきた我が息子。なんとか学校に行けるようになって欲しい反面、無理して外に連れ出すのも忍びないという気持ちを日和は感じていた。

 元々ユウはこんなに塞ぎ込む子供ではなかった。むしろ明るく、友達も100人とは言わないまでも、仲良くしてくれていた子供もいたはずだった。毎日学校には通っていたし、その話を楽しげに喋る姿を見るのは昨日の出来事のような気さえする。

 それが一転してしまったのには、三年前の事件が関わっていた。



『異世界探訪実験事故』



 この知らせが、二人の運命を変えてしまった。


 異世界という存在が確認されてから数年が経ち、ある科学館が異世界間を飛び回る飛行船を開発するという快挙を成し遂げた。

 その艦長を務めたのがはなぶさ あつし、つまりユウの父親だった。

 異世界探訪という、世界で初めての試みは半分成功していた。異世界間を繋ぐ門を開き、艦隊は無事に空間を超越出来ていたはずだった。

 しかし、結果としては失敗に終わる。空間を飛んでいた艦隊は塵となって消え、遺言として録音メッセージだけが残った。

 夫からその可能性を示唆されていたとはいえ、現実で目の当たりにしてしまったときの日和の衝撃は想像を絶する。

 彼女でさえ、現在でも乗り越えられない部分を残しているのだ。


 それが当時8歳のユウにも降り掛かってしまった。

 ユウはそれ以来、どんどん塞ぎがちになってしまい、現在に至るというわけだ。


 自分でさえ未だに乗り越えられていない壁を、10歳の子供が乗り越えられるだろうか。

 無論、この現状がずっと続くことを良しとするわけではない。どこかで切り替えて行かなければいけないものだということは重々承知している。

 もう三年経つのだ。自分も乗り越えていかないと、という義務感を胸に、日和はユウを前に向かい合っていた。


「ユウ。これから頑張ってくれればいいの。今から……なんて事は言わない。明日からでも、学校に行ってみない?」

「……ボクも、それは悪いかなって思ってるんだよ」


 日和が切り出した言葉に、ユウは俯きながら応える。

 ユウはなんとなくではあるが、日和の考えてる事はわかっている。自分でもこのままではいけないのはわかっているが、足が竦むのだ。だけど母に申し訳ない気持ちだってある。だから週に一、二回の登校などという中途半端な登校を繰り返している。

 担任の教員からは少しずつでも登校を増やせるように様々な案を提示してくれてはいるが、少し押しが足りない。自分でもどうして学校に行きたくなくなるのか。どうして塞ぎ込んでしまうのかがわからないのだ。理由がわからないのに、それを解決出来るはずがない。


「じゃあお母さんはまたお仕事に行くわね。夕方には戻るから」

「うん。わかった。 いってらっしゃい」


 日和を玄関まで見送ってから、ユウは再び自室に篭もり始める。


 今日は月曜日。まだ一週間は始まったばかり。



====



「畜生!! 誰だテメェ!!」


 ある影が悪態を突く。


「俺をどうするつもりだ!!」


 影は猛スピードでその場所を移動していた。

 それは影の意志ではなく、何者かの意思によって。

 移動が終わった頃、影は一人、立ち尽くすのだった。


「おい!! どこなんだ、ここは!!」

「うわぁ!!」


 再び悪態を突く影。

 すると、聞きならぬ声がその耳を刺激する。


「あぁん?」


 気付けばそこには、小さな人間が存在していた。

 その人間は腰を抜かして影を見ていた。


「君は誰なの……?」


 人間は尋ねる。


「テメェこそ誰だ」

「え?」

「つーか、ここはどこだ」


 影の機嫌は相変わらず悪いが、ここに無理矢理連れてきた者のとは違うこともあって少しだけ冷静さを取り戻した。


「ボクもここがどこだかわからないよ」

「あんだと? テメェも無理矢理連れられたクチか?」

「連れられた? いや、ボクはただ……、ただ………」


 人間も冷静になっていったのか、少し考える素振りを見せた。


「あれ、わかんないや」


 素っ頓狂な返答に、影は思わず転げ落ちそうになった。


「テメェ舐めてんのかコラァ!!」

「な、舐めてないよ!! ホントにわかんないんだもん!!」


 人間はこの状況に慣れてきたのか、腰を抜かしていた先程とは違って剣幕で返してきた。

 そのギャップに、逆に影がたじろいでしまう。


「……ウォルフだ」

「……え?」

「だから、ウォルフだ!! 俺の名前!!」

「あ、あぁ……、そうなんだ」


 一瞬何を言っているのか伝わってなかったのか、人間は一度聞き返す。それに丁寧に返した影改めウォルフは、自分の名を反復する。

 呆気に取られた人間は本来の目的を忘れていた。


「で、テメェはなんてんだ?」

「あ、あぁ、名前?」

「そうだ」



「ボクははなぶさ 優雨ゆうっていうんだ」


 これがユウとウォルフの出会いであった。

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