第2-9話「しこり」




 夜空に灯る閃光。それは一瞬の輝きを放って収縮する。

 スターウルフが放った光弾レーザーは、文字通りチリひとつ残らない結果で終わってしまった。

 この結果を見たユウは流石に慌て出す。ユウとしては少し痛めつけて帰ってもらおうという腹積もりだったのだ。それが生体も死体も残らないほどの威力が出てしまったのかと光弾銃レーザーガンに視線を向ける。これを作った時はカッコイイからとワクワクしていたものだ。だが、実際に使ってしまったら湧き上がる罪悪感。高威力すぎるその武器をユウは恐れ始めた。


『そんな顔すんじゃねぇ』


 この世の終わりを見ているような表情にウォルフは一言告げる。実際に顔を視界に入れてるわけではないが、魂で文字通り繋がっているウォルフにはユウの考えていることが手に取るようにわかる。ウォルフが掛けた言葉は慰めるようではあるが、声音は完全に呆れ返っていた。


「で、でも!!」

『奴らは光弾レーザーに当たる寸前で異空間に飛んだぜ』


 言われて思い出す。アグレッサーは全員が異空間に飛ぶ能力を有していることを。ウォルフが地球に縛られていて異空間に飛ばないから完全に忘れていた。


「じゃあアイツらは死んでないんだね」

『ったくよ、敵の心配なんかしてんじゃねえ!! 奴らはテメェを殺すために戦ってたんだぞ!!』

「いきなり怒鳴らないでよ!! びっくりするから」

『うるせぇ!! っていうかなんでここにテメェがいんのか今度こそ聞かせてもらうぞゴルァ!!』


 完全にヤグザ口調になったウォルフ。自分の苦労が台無しだと逆切れ感が否めないが、言葉の中にユウを重んじていることがわかるから居心地は悪くない。だけどいきなり怒鳴られるのは心臓に悪い。空気を介していないから鼓膜が破れることはないのがせめてもの救いだ。


「なんでって、ウォルフを助けに来たに決まってるじゃん」

『テメェは完全にアグレッサー共に目を付けられた。変身前まで見られてるんだぞ』

「それでも友達を見捨てるよりはマシだよ」


 後先考えない大バカであることをユウは自覚している。この行動が後に大きな間違いになってしまう可能性だって否定出来ない。それでもユウはウォルフを見捨てたくなかった。ウォルフが侵略者であると誤解したまま死別することを想像するのが嫌だった。それだけは現実にしたくなかった。それが今ユウを突き動かす原動力となっているわけだ。

 流石にウォルフはユウのそんな物言いに押し黙ってしまう。なぜならウォルフ自信がユウと同じような理由から同じような行動を取ったばかりだから。ウォルフもユウを友人と思うようになってきたことを自覚している。そんな友人を自分の事情に巻き込みたくない。だから敢えて誤解させる物言いをして独りになった。アグレッサーとの戦いで、あわよくば地球侵略の大きな足枷になってやると意気込んでもいた。それはユウが地球にいるから。ユウが地球侵略を望んでいないから。だからオレがどうにかしてやる。そういう気持ちがあったことをウォルフは否定出来ない。

 どちらも似たような動機から今回の一件に絡んでくるわけだ。

 だが、ウォルフには腑に落ちない点が一つだけあった。


『テメェを焚き付けたのは誰だ』


 ユウは完全にウォルフを疑念の目で見ていた。それを逆転させたのは、誰かの言動が絡んでいる。そう推測したウォルフはユウにそう問い質す。

 別に隠すようなことではないと判断したユウは、の名を言おうとしたところだった。


「ワシじゃよ」


 突如現れたヴァンパイアによってそれは遮られる。


『まぁやるとすればテメェくらいのもんだな』


 質問はしたが、確信はあったようだ。もしかしたらボカして誰かに相談したのが琴線に触れたという可能性もあったが、ユウに比喩を使うほどの器用さがないことをウォルフは知っている。つまりユウは誰かに直喩で相談、もしくは話を持ち掛けりたと考えるのが妥当だ。そうするとヴァンパイアしか心当たりがなかった。


『どういうつもりだ、テメェ』

「その物言いは不本意な受け取り方じゃのう。ウォルフ」

『テメェが奴らを裏切るとは考えにくいからな』

「まぁ、そうじゃの」


 アグレッサーの目的は地球侵略。その頭領であるヴァンパイアに、ユウらの味方をするメリットがない。裏切る気がないヴァンパイアなら尚更だ。だからウォルフは不気味で仕方がない。

 地球に来たばかりの時に相談に乗ったのは、ウォルフがまだ裏切っていたわけではないからだ。しかし、今となっては完全に裏切り者となったウォルフ。彼に協力することはそれ即ち、彼女自信が彼らを裏切ることを意味していた。


「じゃからワシが協力するのはこれまでじゃ」


 ヴァンパイアは右手を翳し、指先を鋭利な刃物のような形状に変化した。その先をスターウルフの喉仏に向けて差し出す。後1mmでも近づけば貫けるくらいの距離だ。


「え……?」


 ユウが目を丸くするのはヴァンパイアがとる体制からではない。ヴァンパイアの目が、本気の殺気で包まれているからだ。先程まで仲睦まじく会話をしていた彼女が一変し、確実にユウを殺すために気を向けている。そのことに理解が追いつかずに身体が震えてしまう。


「ユウ。お主に協力するのはこれで最後じゃ」

「なんで……」

「忘れたか。ワシはアグレッサーじゃぞ」


 あくまでヴァンパイアが手を貸していたのは、ユウが英 敦の息子だからに過ぎない。詳細は語らなかったが、彼女にとっては敦との間に何か因縁があったことは間違いないだろう。借りがあったのか、それともただの人情か。それを使い果たしたことで、ヴァンパイアは心置き無くユウと敵対できる。もし間違ってユウが一歩前に出て、爪が首を刺そうともヴァンパイアは引くことはないだろう。むしろこのまま頭を切り落とすことも厭わない。

 それはこの状況を見ればわかる。だけど、今のユウにはこの現実を受け入れられなかった。


『ユウ、受け入れろ。これが現実だ』

「だって……、ボク……」

『むしろこのまま奴がオレらに攻撃を加えないことを僥倖としろ。奴は強いぞ』


 ウォルフの言葉は受け流されていた。アグレッサーの目的を教わり、ウォルフと仲直りの機会を作ってもらった。元気も分けてもらい、友情の証として彼女に名前を付けた。彼女はその名前をとても嬉しそうに受け取っていたのはつい先程の話だ。それが演技などとはとても思えない。まるで孫を見守る祖母のような包容力でユウを包み込んでくれていた。とても暖かい気持ちでユウはヴァンパイアと接していた。

 それが今や冷たい目で見つめられるようになってしまった。何を間違えたのだろうか。何か嫌われることをしたのだろうか。自分の失態を探すユウ。どこにもそんな節が見当たらないことで、完全に混乱の渦に飲み込まれていた。


「ウォルフ。ユウを連れて帰れ。でないと死ぬぞ」

『……何?』

「こいつに吸血増強を施してある。スターウルフのまま家に帰り、ゆっくり休ませろ」

『……そういうことか、わかったぜ』


 ユウの意志とは裏腹に、身体が勝手に動き出す。身体のコントロールをウォルフが奪っているのだ。その気になれば乗っ取って暴れることは出来るだろう。だけどユウを裏切りたくないウォルフはそれをしない。

 放心状態で流れに身を任せるユウ。そんな彼に、ヴァンパイアは告げた。


「風邪には気をつけるのじゃぞ、ユウ」

「……ゆ――――っ」

「次に会う時は敵同士じゃ。殺しにかかるからの」


 ヴァンパイアはそう言い残して消えてしまう。素早い動きで消えたのではない。本当の意味で消えた。異空間に飛んだのだろうとウォルフは語る。だけど、そんな言葉にさえユウには届かなかった。



====




 翌日。土曜日。

 今日も学校があったが、例の後遺症で本当に動けなくなったユウはベッドの上で固まっていた。

 熱は引いている。だけど鉛のように重い手足がユウを縛っていた。それ以上に、昨夜のヴァンパイアの言動を未だに受け止めきれない自分がそこにはいた。


「ヴァンパイアは義理と人情に厚いやつでな」


 固まっているユウに語るウォルフ。


「敵であろうと恩があればきっちり返す律儀なやつだ。テメェの父親が何らかの形でヴァンパイアと関わっていたのは間違いねぇだろ」

「やっぱり、あの子も考えがあったのかな……」


 一夜明けて冷静になったユウの耳にはウォルフの言葉は届いていた。どうしてもユウには彼女が裏切ったとは考えられず、どこか信じたいと思っていて。やはり現実が受け入れられない気持ちは変わらなかった。


「だが、それ以上に味方を大事にするやつなんだ。アグレッサーには珍しいタイプだ」

「そういえばほかの三人はあまり協力的な感じじゃなかったね」

「徹底した一匹狼はオレだけだったが、それでも積極的に協力関係にあるやつはそうはいねぇ」


 そもそもアグレッサーは元は一人一人が違う種族であるとウォルフは言う。元々人間だったり、現象だったり、獣だったり、吸血鬼だったりとそれぞれが元々魂だけの生物ではなかった。それが何らかの事件があって魂だけの存在となり、異空間を自由に行き来できるようになった。


「ウォルフも元々は狼だったってこと?」

「まぁそうだな。だからそれぞれに習性があり、考えがあり、生き様がある」


 ウォルフが一匹狼を語っていたのと同様に、他のアグレッサーもそれぞれがが自分特有のものが存在していた。スネイブなら蛇の。キングならライオンで、モッドなら鼠だ。他にも様々な形でアグレッサーとなった者達はいる。だから戦いにおいて敢えて協力しようと考えるものなど存在しないはずだった。彼らに共通するものがあるとすれば、龍王に対する忠誠心のみ。


「そいつらをヴァンパイアは纏めあげた」


 経験を活かして。時には口車に乗せてヴァンパイアは個性豊かなアグレッサーを牛耳っていた。知識、アイデアを与え、それぞれが一つの目的に走るようになったのも彼女の手腕が優れていたからに過ぎないとウォルフは言う。


「そうじゃなければ地球にアグレッサーが密集するわけがないからな」


 そして仲間意識の強いヴァンパイアは絶対に彼らを裏切らない。アグレッサーを護って、見守る。それがヴァンパイアというアグレッサーの在り方だ。


「あの子は本当にボクを殺しにくるかな」

「来るだろうな。無節操には来ないだろうが」


 宣戦布告した翌日に即殺しにかかってくるとはウォルフも考えていない。ヴァンパイアはウォルフを優しい奴だと評したが、それはウォルフのセリフであると彼は語る。敵であろうと、最期の自由を認める。思い残すことを無くしてやる。やり残したこと、言い逃したこと、後悔してることを全て彼女は受け入れ、殺した後に代行する。恐らくヴァンパイアがユウに協力的だったのはそこから来るのではとウォルフは推測する。


「……テメェは殺せるか」


 ヴァンパイアを。敵として立ち塞がったとき、ユウはヴァンパイアを殺せるのか。こういう意味で問いかけたウォルフ。多くは口にしなかったが、その意図をユウは理解している。


「その時になってみないとわかんない」


 心のどこかで……否、表面からでも理解出来るほどユウは考えていた。実はウォルフが裏切った振りをしたように、ヴァンパイアにも思惑があるのではと。それを否定できる要素が多く散りばめられている状況で期待せずにはいられない。


「……そうか」


 どこかウォルフも寂しそうな表情をしている。背を向けて顔を見せないが、この一声でそれを全て察することができるほど背中が曲がっている。彼ももしかしたらヴァンパイアと敵対したくなかったのだと語るように。


 二人は黙る。ヴァンパイアとの一戦を想像して、怖くなってしまったかのように。



 アグレッサーとの初めての戦闘は勝利を収めたスターウルフ。しかし、その心には大きなしこりを残したのであった。


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