第11話「幼馴染」




「ウォルフが例の人間と接触した」


 小学生がバスに乗り込む光景を見つめる者が二名いた。

 一人は銀髪の髪を腰の下まで落とした10歳くらいの少女で、白いフリルをふんだんに装飾したゴスロリの服装。瞳は紅く、口を開けば鋭い犬歯がキラリと光る。

 もう一人の《何か》は人の形をしていない。獣の形すらしていない。地球上の生き物としての形を成していないそれと少女はバスを見下ろす。


「しかし、意外じゃの。お主がワシらに協力的になるとはの」

「僕は誰の協力者でもないよ」

「利害関係かの?」

「言い得て妙だね。その通りさ」


 人の形をしていない《何か》はとにかく黒い。その黒さとは相反して、物言いはとにかくキザったらしい。聞くものが聞けば青筋を立てるくらいのものだが、少女は彼がどのような言い方をするのかを知っていたために聞き流す。もしこれが他の《何か》であれば、穏便に事を進ませることは出来なかったであろう。彼女だからこそ。他の《何か》の誰よりも経験を積んできた彼女だからこそ、彼との会話を成り立たせることが出来る。この計画を建てられたのも彼女あっての物種と言っても過言ではない。


「けれど、僕は君の命令に従ったりしないよ」

「詳細は任せると言ったはずぞ。あの人間を徹底的に叩けばそれでよい」

「了解さ。それじゃ、行こうか」


 二人の《何か》はその場を飛び立つ。跳躍ではない。まるでその二人にだけ重力が消えたかのように浮き始め、『あの人間』の乗るバスを追いかける。

 この二人が起こす事件が、ユウとウォルフ。そして《何か》改め、アグレッサーとの物語が始まる。




====




「地球は……、地球はホントに青かったんですね……」


 宇宙に飛び立った子供たちは、それぞれが感慨に浸っていた。初めての宇宙遠足、そこから眺める景色全方位が星に囲まれていた。特にデンタが一番感動しているようで、お決まりの台詞を言いながら涙を流している。

 それをきっかけに、他の子供たちも宇宙船の窓から地球を眺める。それは宛ら、新幹線で富士山を眺める修学旅行生だ。


「みんなはしゃいでるわねぇ。子供みたいに」


 その姿を遠目から見て嬉しそうに呟くのはカリンだ。中学受験に熱心な彼女ではあるが、それと同時に仲間意識というものを強く持っているのもまた彼女だ。

 実のところ、元々今回行われる遠足は富士山を見に行こうと教師陣は決めていたのだ。しかし、ここでカリンが待ったを掛ける。せっかくみんなが宇宙に行けるようになったのに行かないのは勿体無いと申し出たのだ。無論、予算の都合もあったのだが、カリンの父が条件付きで援助してくれたのだ。その条件が隣にいる男子。


「カリンだって人のこと言えないくせに」


 彼女の幼馴染であるユウだ。

 父に資金援助を申し出たのは、例の手紙を受け取る前の話だった。父がユウとカリンをくっつけようと画策していたことをカリンは知らなかった。だから当時のカリンは『クラスメイト全員に思い出を』という父の計らいなのだと思っていた。今にして思えば『恋人との思い出を作ってきなさい』という意味だとわかるが。


「それってどういうこと?」

「カリンが初めて宇宙に出た時のこと、忘れたとは言わさないよ」

「……。さて、なんのことかしらね……」


 ごく自然に会話を繰り広げてるように見えるが、当人らは物凄い剣幕で見つめ合っている。というよりユウが一方的にカリンを睨みつけてるように見えるのは何故だろう。そしてカリン自身は身に覚えがあるらしく、視線を逸らしている。


「もしかしてさ、千無せんむさんの考えってさ、あの時のカリンが原因なんじゃないの?」

「……? お父さんの考えって?」


 ユウがカリンの父、白河しらかわ 千無せんむの名を唐突に告げることに、少しだけ怪訝な顔をするカリン。


「どうせあれでしょ、カリンがボクを迎えに来たのってさ、千無さんにボクとカリンを結婚させようって言うあれでしょ?」

「え!? な、なんでユウがそれを知ってるの!?」


 あの手紙のことをカリンはユウに告げていない。気恥しさもあるが、勘違いされてその気にさせたくないというのが本音だ。昔はユウと一緒にいることはなんとも思わなかった。むしろ居心地がよかったとさえ言えるだろう。それに理由を付けるとすれば、『ユウがカリンに対してなんとも思っていない』ことがわかっていたからだ。

 昔からカリンは男に言い寄られることが多く、好意を向けられることに怯えている時期があった。しかし、ユウだけは違った。ユウだけはカリンに対する好意を感じさせなかった。

 バスに乗った際、大抵の男子はカリンの登場と共に立ち上がって席を譲る。ユウだけはカリンが通っても席を譲ることはなく堂々としていた。電車で立っていた時、席が空いたら真っ先にカリンを座らせようとする男子。ユウだけはカリンと共に立ったまま二人分の席が空くのを待つか、そのまま目的地に向かうだろう。

 カリンにとって、その全ての行動が心地よかった。自分を特別扱いしない。そんなユウをカリンは気に入っていた。

 だからユウを変に意識させないようにするために手紙のこと、特に結婚云々の話を避けていた。


「なんでって、昔から千無さん、妙にボクに将来のことを聞いてきててさ。なんだろうって思ってたら言ってた。将来娘の旦那さんになる子だから気にするのは当然なんだと」

「え……、ええ? そんなこと、私知らなかったんだけど……」

「でもそれに拍車を掛けたのって明らかにカリンだからね」


 ユウはカリンに対してなんとも思っていない。それは変わりようのない事実だ。むしろ付き回されて迷惑に感じていたくらいだ。

 具体的な事例として、一年生のころ、毎日迎えに来て共に登下校していた。友達の男子と共に帰ろうとしていた時でさえ割り込んできて強引に二人きりになることが多かった。他にも、班行動をする際には必ずユウを誘っていたし、家族ぐるみで旅行に行った時も見せつけるように共に遊ばさせられた。

 極めつけが去年、初めて宇宙旅行に行った時のこと。当時からユウの引きこもり体質が構築されていた時期で、なんとか元気づけようと白河一家が画策した企画だった。だが、当時のカリンはその目的を忘れ、初めて宇宙に行ったことで興奮した。今のクラスメイトと同じような反応を見せて、興奮のあまりユウの手を握ってはしゃいでいた。喜びのあまり抱き着いてきたのも記憶に新しい。


「……そんなことしてたかしら」


 その後、カリンは気恥しさのあまり、その出来事の記憶を封印していた。だからそこを突かれて居心地に変化が訪れる。


「ボク、別にカリンと結婚する気なんてないんだけどさ」

「そ……っ」


 ユウが告げた言葉が、何故かカリンの琴線にふれる。頭に一気に血が上るのをカリンは感じた。


「そんなの私だって無いわよ!!」


 つい感情的になる。席から立ち上がって眉間にシワを寄せてユウを睨みつけている。


「……何怒ってんの?」

「知らないわよ!!」


 カリンは話を切り上げ、どかっと音を立てて席に座る。



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 カリンとユウの会話を近くで聞いて、機嫌が悪くなるものがいる。

 そして、それを遠くで見つめる者がいた。


「これは使えそうだね」


 それはウォルフらを追ってきた黒いアグレッサーであった。


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