第12話「ヒーロー」




「ユウ、少し席を外せ」


 ユウとカリンの会話が一区切りついたタイミングで、異世界人のウォルフから声を掛けられる。彼はしっかりとユウと話をしたいらしく、場所の移動を命じてきた。

 特に従う理由はないが、何故か機嫌が悪くなったカリンの隣に居続けるのは少し居心地が悪かったため、大人しくウォルフの命令に従っておく。

 宇宙船には、飛行機や新幹線と同じように、機内トイレが設置されている。トイレに行くと誤魔化して席を外して人気のない空間に移動したユウは、ウォルフとの会話を試みる。


「それで、何かあったの?」

「アグレッサー人だ」

「ウォルフのこと?」

「違う。オレの他のアグレッサー人がここにいやがる」


 ユウはその言葉を聞いて目を輝かせた。もしかして他のアグレッサー人とも友達になれるのではという期待がそこに込められていた。

 その瞳を受けたウォルフは少しバツが悪そうな顔をして言う。


「お前の期待には答えられそうにねぇぞ」

「え、どういうこと?」

「注意しておけと言っているんだ」


 そう言ってウォルフは宇宙船の散策に戻った。去り際に呟いた言葉が頭から離れない。


「あのクソババア……、あいつに声掛けるかよ」


 このまま追いかけて詳細を問いかけようとしていた。

 しかし、それは次の出来事で掻き消されてしまう。


「イヤ!! 止めて!!」


 ユウの耳に届いたその悲鳴は甲高い女性の声だ。とても聞き慣れたその声でユウは動揺する。


「カリンの声だ!!」



====



 時は数分遡る。

 ユウに対して憤慨してしまったカリンはクラスメイトから視線を集めていた。

 クラスメイトにとって、カリンというのは清楚で人当たりの良いお嬢様という印象だった。怒りを示す時といえば笑顔で相手を萎縮させるカリンオーラを纏っているイメージが強く、あからさまに怒る様を見るのは彼らにとってもはじめての出来事だ。

 無論、カリンも人前でこれほど感情的になることが初めてで、こうして注目を集めるのは恥ずかしく感じてしまう。

 それに、カリン自身、何を怒っているのかわからなかった。自分と結婚する気は無いというユウの言葉、それは自分自身も感じていたものだ。自分自身でも言っている言葉だった。でもそれをユウに言われたことに腹が立ったのだ。

 トイレに行くと言って席を立ったユウの後ろ姿を見送ったあと、カリンは考えていた。

 何故こんなにイライラするのだろうかと。


「カリン」


 そんなカリンに対して、一人の男子が声をかける。


「私のことは名前で呼ばないでと言ってるでしょ。郷谷君」


 カリンに対して片思いをしてるタケシだ。

 いつものように名前呼びを咎めるカリンだが、少し様子がおかしいことに怪訝な表情を見せる。タケシの表情が虚ろで、カリンを呼んでるはずなのにカリンを見ていない。


「カリン」


 ただ名前を言っているだけにしか見えない。


「郷谷?」

「カリン」

「いい加減にしなさい。下の名前で呼ぶなって言ってるでしょ」


 ただでさえユウとのやり取りでイラついているカリンに追い打ちを掛けるタケシ。普段は猫を被って怒りを見せていたが、今のカリンに取り繕う余裕が無い。いつものように笑顔で咎めることができない。怒ってるということを周りに悟られずにはいられない。

 しかし、それがタケシには通用しておらず、変わらずにカリンの名を言い続けている。


「カリン」

「嫌っ!! 止めて!!」


 虚ろでぼーっとしていたタケシだったが、ついに動いたと思ったらカリンの細い左腕を無造作に掴んで持ち上げる。

 あまりの出来事につい悲鳴を上げてしまった。


「痛い!! 離してよ、郷谷!!」

「カリン」

「痛いってば!!」


 錯覚だろうか、カリンの耳には自分の左腕からギシギシと軋む音が聞こえてくる。それくらい強い握力で掴んでくるタケシ。そもそもカリンの名前呼び、挙句の果てに無遠慮にカリンの肌に触れることなど普段のタケシからは考えられない出来事だ。


「郷谷くん、何をやってるの!?」


 ついには異変に気づいた教員か止めに入る事態に陥る。普通の小学生であればそこで萎縮して暴走を止めるところだ。しかし、今のタケシはそうではなかった。

 カリンを掴んでいない左腕で教員を突き飛ばした。


「キャッ」


 子供とは思えない力に、女性教員は突き飛ばされ、尻餅を付いてしまう。確かにタケシは大柄な子供だ。小学五年生にしては身長も大きく、力強い。それでも大人一人を突き飛ばすほどの力はないはずだ。女性教員もそのつもりで止めに入ったのだが、思わぬ力強さに驚愕してしまう。


「郷谷、どうしたのよ!!」

「カリン」

「郷谷!!」


 タケシに異変を感じたカリンが説得を試みても、変わらずにカリンの名を言うだけで虚ろな表情をしている。

 宇宙に寄ったのだろうか。気でも触れたのだろうか。それとも別の何かが要因になってるのだろうか。何もわからない彼女にとって、声を掛けることしかできない。

 タケシは空いた右手を伸ばした。その手の行方はカリンの細い首に向かっていた。


「郷谷!!」


 そこに一人の少年が現れる。

 はなぶさ 優雨ゆうだ。


「何してんだよ!! 郷谷!!」

「英……」


 ここで初めてタケシの口から『カリン』以外の言葉が放たれる。しかし、その表情は変わらず虚ろなものだった。

 一目見ただけで正気であるとは言えないその状況、ユウは一瞬考えた。しかし、タケシに掴まれるカリンの姿。とても悲痛な表情をしながらユウの顔を見ていた。まるで彼に助けを求めてるかのように。


「止めろ!! 郷谷、カリンが痛がってるじゃないか!!」


 ユウはその助けに応じるようにタケシの左腕を掴んだが、微動だにしない。むしろその力を強めてカリンの腕を締め付けていく。


「痛い、痛いってば!! 郷谷!!」


 比喩ではなく、本当にカリンの腕から軋む音が出てくる。あまりの痛さに普段は見せない涙を流している。これは本当に腕が折れてるのではないかと思うほどの痛みにカリンは錯乱していた。なんとか解放されようとタケシの腕を右腕で殴るが、それでも微動だにしない。


「止めろ!! 郷谷!!」

「英……、はなぶさぁ……」


 空いた右腕をユウの首に伸ばし、力のままに掴む。


「う……っ、ぐぅ」


そのままユウの首を締め付けながら全身を浮かせる。その分感覚が首に集中してしまう。息ができなくなってしまい、窒息に一本近づいていく。


「ユウっ、ユウ!! 止めて、死んじゃう!! ねぇ、郷谷!!」


 必死にカリンが説得するが、タケシはやはり微動だにしない。むしろユウを締め付ける右手の力を強め、どんどん窒息させていく。

 下手をすれば本当に死んでしまう。自分の痛みを忘れて泣きながらタケシを説得するカリン。

 タケシはそのまま右腕を大きく振りかぶった。子供の腕力では不可能なほどの力でユウを振り回し、そのまま投げ飛ばした。


「うわああああ!!」


 そのままユウは飛ばされ、隣室の人のいない部屋に行く。


「キャアアァァ!!」

「うわああああ!!」

「英君が、英君が!!」


 クラスメイトの悲鳴が聞こえる中、ユウはその場所で気絶してしまった。




====




 またあの場所。

 普段は忘れるはずのその記憶、ユウは覚えていた。

 初めてウォルフと出会ったあの不思議な空間にユウはいた。

 ふと手を探して見てみると、やはりそこには手はなく、炎の塊のようなものがふわふわと浮いているだけであった。


「アグレッサー人だ」

「……ウォルフ?」


 そして目の前にはあの時と同じく、ウォルフがそこにいた。


「あの餓鬼の中にアグレッサー人がいる」

「……どういうこと?」


 ユウはあの時とは違う、はっきりとした意識でウォルフとの会話に臨む。


「テメェはこのままだと死ぬ」

「え……!?」

「あんな吹き飛ばされ方をしたんだ。死なねぇわけがねぇだろ」


 ユウは再び炎の塊のような手を見る。それは少しずつ変化していく。

 炎のような尖り方をする物質はどんどん丸みを帯びていく。


「その魂が完全な人型になったとき、テメェは死んだことを意味する」

「待ってよ、ウォルフ!! アグレッサー人ってどういうことだよ!!」

「あの場所を、あの餓鬼を襲ってるのがアグレッサー人だ。それで、そいつに抵抗できるのはテメェだけだ」


 ユウはその言葉に目を丸くした。詳しく聞こうとしたところだが、それが出来なくなった。

 どんどん意識が薄くなっていき、視界がどんどん白く染まっていく。


「気に食わねぇが、テメェに力を貸してやろう。呼べ、俺の名を。叫べ、テメェの思いを。挑め、テメェの夢を。始めようぜ、オレたちの新たな伝説を……!!」


 視界が薄くなるユウの耳に届くウォルフの声が鮮明に響いてくる。


「ボクに……、力を……」

「さぁ、魂魄融合だ!!」

「ウォルフ!!」



 ここに一人のヒーローが生まれる。


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