第9話「洋館」
薄暗く、古びた羊羹。日本という国から遠く離れた大陸。アマゾンと呼ばれる密林の奥深くにそれは佇んでいた。何千年も前に建てられ、時代が進んだ今でも人間に見つかることのないその羊羹に、七つの《生物》が存在し、一人のアグレッサー人。ウォルフをエントランスから見下ろしている。
「お主がここに来るとはの。珍しいこともあるものじゃな、ウォルフ」
一人の《人間》が代表するように言い放つ。
「兄貴、お疲れ様です!!」
一人の犬に似たオレンジ色の《何か》がウォルフを歓迎して仰ぐ。
「テメェ、こっちに来てたのか。ドグシー」
その犬に似た《何か》をウォルフはドグシーと呼び、友人の如く話しかける。
「どういう風の吹き回し? アンタ、地球には興味ないんじゃなかった?」
そうウォルフに問いかけるのは蛇に似た緑色の《何か》である。
「状況が変わりやがった。《あのお方》に恩でも売っておこうかと思ってな」
含んだ言い方で応えたつもりのウォルフ。それを見た蛇に似た《何か》は怪訝な表情を見せた。
それぞれにウォルフに言いたいことはあったようだが、その隙を与えずにウォルフは告げる。
「
ウォルフがそう叫ぶと、それぞれに含んだ言葉を一斉に同じ色に染まらせる。
初めはウォルフの登場に疑問、怪訝、畏怖、歓待の声を出そうとしていたそれぞれの《何か》は同じことを考え始めた。二名を除いて。
「それは真か。ウォルフ」
「オレがここにいる。それが最大の証拠だ」
「ふむ……」
ウォルフにそう問いかけたのは、初めにウォルフに声をかけた《人間》である。ウォルフは彼女のことをヴァンパイアと呼ぶ。彼女が一切動揺しなかった者の一名である。
「バンバン、遊ぼー」
しかし、空気を読まない一人の動く人形は、手に動かない人形を抱えてヴァンパイアの裾を掴んでいた。それはヴァンパイアをバンバンと呼ぶ。これも動揺しなかった者のもう一名だ
「後にせい。メリー」
「むー、じゃあいいもん。アリスと遊んでるもん。ねー、遊ぼー。いーよー」
ヴァンパイアはメリーと呼んだ動く人形をあしらうと、メリーは手に持った動かない人形をアリスと呼んで一人芝居を始めた。メリーの遊びである。これで少しは気が紛れるだろうと目を細めたヴァンパイアは、気を取り直してウォルフと向かい合う。
「
「オレの本体を人間に縛りやがった。異空間に飛べねぇ」
「ふむ……」
ヴァンパイアは顎に手を当てて思考に移る。
「それが真ならば幸か不幸か、お主が目的の足掛かりになる訳じゃの」
「気に入らねぇなぁ!!」
結論をどう出すか迷いながら発言するヴァンパイアと向かい合うウォルフに対し、大声で牽制する赤色の《何か》はライオンに似ている。
「なんじゃ、キング」
「こいつはオレらとは違うやつだ!! 信じるに値しねぇ!!」
「それはワシが判断することじゃ。黙っておれ」
キングと呼ばれた《何か》はヴァンパイアにそう言われても黙ることは無い。
「こいつは《あのお方》に付き従わなかった裏切り者だ!! 何か《あのお方》に都合の悪いことをするに違いない!!」
「勘違いするでない、キング。ワシとてあやつに付き従っとるわけではない」
「なんだと……、ヴァンパイア、貴様!!」
「そもそも、あやつは付き従う者と付き従わぬ者、裏切る者の三つに区切っておる。付き従わぬ者は裏切り者には属さん」
「う……っ、そ、そうだった……か?」
「というより、主はウォルフを目の敵にしとるだけじゃろう」
「ぐっ……、ぐうぅ……」
キングはヴァンパイアに言われた言葉が図星を突いてしまっている。あれこれ彼なりに理屈っぽいことを言っていたが、結局のところウォルフが気に入らないだけなのだ。
「お主らは仲が悪いからのう」
「オレは別に
「貴様のその気取った態度が気に入らねぇんだよ!!」
「喧嘩をするなら他所でやれ。というかキング、主が出てゆけぃ」
「なんだと!?」
傍から見れば、キングが勝手にウォルフにムカついてるようにしか見えない。しかし、ウォルフもキングを睨みつけてるあたり、二人の間で無言の挑発の応酬が始まっていた。
ヴァンパイアはそれを理解した上でキングを追い出すことを決定した。彼女にとって、最も重要視するのはウォルフの情報であって、キングの感情などではない。
「いや、やはりワシらが移動しよう。ウォルフと二人で話がしたい」
「……いいだろう」
ヴァンパイアがエントランスから飛び降りて羊羹を後にする。ウォルフもそれに続いた。
それ以来、二人がこの場所に戻ることは無かった。
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