第10話「疑惑」




「えー、それでは『宇宙遠足〜月へ日帰り旅行編〜』の一ページを開いてください」


 遠足当日、学校で作成された手作りのしおりを手元に集まった小学生。クラス毎にバスに乗り込み、ユウやカリンらの乗るバスの中の最前列に二人が立っている。遠足実行委員のユウとカリンが作ったしおりの解説を行う。


「なんでボクがこんなことを……」

「文句言わないの。それでは宇宙に飛び立つ際の注意事項を言います。必ず守ってください。でないと、あなただけ宇宙に取り残されちゃいますので」


 ユウは苦言を言うものの、軽く流されて事は進んでいく。隣でどこかから戻ってきたウォルフが辺りを見渡している。

 夜に戻ってくると言って一昨日去っていって、帰ってきたのが昨日の夜。確かにウォルフは『いつ』の夜かは明言していなかった。しかし、その日の夜に帰ってくるものだと思っていたら、帰ってこないウォルフを心配して眠れなかった。もう帰ってこないのかなと思ったユウの元に戻ってきたのは昨日の夜、ユウが眠りについている頃だ。

今朝、ウォルフが帰ってきてることに気づいたユウは、早速何をしてたのかを聞きたかった。しかし、ウォルフは言葉を濁していた。問い詰めてもよかったが、部屋に無理矢理カリンが押し入ってきたために中断をせざるを得ない状況になってしまった。

 昨日も同じように無理矢理登校をさせられていた。彼女曰く、


『委員になったんだから来なさい!!』


とのことだ。ユウからしてみれば勝手に付けられた責任に思うところがあり、知らぬ存ぜぬを突き通すつもりだった。それが突き通しきれずに今の状況に陥ったわけだ。


「しかし、人間とは不便なものだな」


 不意にウォルフがバスの中を見渡しながら言う。「なにが」と問いたいところだが、すぐ隣にカリン。目の前にはクラスメイトがいる中で言ってしまうと、独り言を言っているようにしか見えない。だからその気持ちを視線にして飛ばしてみる。それがわかったのかわからなかったのか、ウォルフはその言葉の真意を述べ始めた。


「人間っつうのは移動のために、こんな狭い箱の中に閉じ込められちまう。平面を走るのも、海を渡るのも、空を飛ぶのでさえ箱の中に詰め込める。そこを襲われたらたまったもんじゃねぇだろ」


 ユウからすればそれは当たり前のことで、車に乗ったり、船に乗ったり、飛行機に乗ったり、宇宙船に乗ったり。人間からすれば全て違うものに乗るものだが、ウォルフからしてみれば全て同じに見えるらしい。ただ外見を変えただけに見えるのだ。

 歴史の授業や、映画やミステリーアニメのシリーズで犯罪グループが銃を持って事件を起こしてるのを見たことがある。確かに大量の人間を巻き込む事件といえば舞台は乗り物であることが多い。

 ここでユウは疑問に思う。

 ウォルフはお母さんやお父さんという言葉の意味を知らなかった。それが意味することとは、人間のことを知らないということ。それなのに、今乗ってるバスを一目見ただけで攻撃されることを前提の話をしている。まるでこれからどこかの襲撃を予告しているかのように。


(いや、こんなことがあるはず……)


 馬鹿なことを考えてるとユウは、今の思考を全否定する。ウォルフはユウにとっての夢だ。異世界という理想の足がかりで、友達だ。だからそんなことがあるはずがない。けれど、ウォルフはユウに対して隠し事が多い気がする。何かあるのだろうか……。


「……ウ」


 それに、やはりユウはウォルフに『あいつ』の話を聞かされていない。教えると話していたはずなのだが、なんだかはぐらかされてる気がする。そもそもアグレッサー人とウォルフは名乗っていた。つまり、他にもアグレッサー人という名の異世界人は存在するわけで。アグレッサー人とは何者なのだろう。


「……るの?」


 ユウは彼のことを知らなすぎる。もしかしたら友達だと思っていたのは自分だけなのだろうか。そもそもウォルフには友情を感じるものはあるのだろうか。ウォルフがユウに見せた感情はイラつきと困惑のみ。これで親しみを持ってもらったとはいえない。少しだけ疎外感を感じてしまう。


「ユウ!! 聞いてるの!?」

「うわぁっ!!」

「出発するから座るの!!」


 不意に耳で大声で呼ばれて驚いた。ユウが考え事に浸っていて気付かなかったが、説明を終えたカリンが席につこうとしていたらしい。だが席に座るにはユウを先に座らせる必要があった。ユウとカリンは隣で座ることが決まっている。事前にどこにどう座るのかを話し合いで決めていたため、当日に席順で揉めることはなかったのは僥倖だ。これもカリンのリーダーシップが優れていたからだろう。他のクラスはその話し合いをサボっていたため、先程まで席順で揉めていたというのは後に知ったことだ。

 ユウはカリンに促されて窓側に座り、外を眺める。


「何か悩んでるの?」


 その様子を隣の席から見つめるカリン。バスが出発して少し経つが、微動だにせずに窓の外を見つめるユウを見てそう問いかけた。聞かれて視線をカリンに向ける。


「何かって、何?」

「それを私が聞いてるんじゃない」

「まぁ、ボクにもよくわかんないんだよね」

「……アンタ、一々一人で抱え込んじゃうんだから。三年前だってお父さんの件で一人で悩んじゃって」


 ユウはカリンの説教が始まると思って、聞き流すつもりで窓の外に視線を移していた。しかし、父親の話を振られて瞳だけカリンに向ける。人によっては睨みつけられてるように思うかもしれないが、気にしない。カリンもそれを気にせずに続けて言う。


「私がどれだけアンタを連れ出すのに苦労したか、わかる?」

「……なんとなくは」

「それで三年生になってやっと登校してくれて、どれだけ私が嬉しかったか、わかる?」

「嬉しかったんだ?」

「当たり前でしょう。でもアンタはまた引きこもろうとしてる。中途半端な登校と不登校を繰り返してさ」


 ユウもそこには言い返すことが出来ない。心配と迷惑を周囲に掛けていることはユウにもわかっていることだから。


「正直言うとさ、昔のアンタといるのはなんとも思わなかった」


 これは言葉にはしなかったことだが、カリンは自分に対して好意を向けてくる男子に苦手意識を持っている。本来であればタケシのような人物は距離を置いて、恋の自然消滅を図るところなのだ。しかし、今のように友人として付き合っているのはタケシがそれでも尚付きまとってきたからだ。距離を取ろうとしても無理矢理詰めてきて、女子とグループ活動をしようとすると割り込んできて、男の友達と一緒にいると喧嘩を起こす。その度にタケシに怒って、怒鳴って、注意して。そうするとカリンは疲れてしまう。それなら敢えて側において、カリンに対して幻滅してもらおうという案に切り替えた。

 この時、カリンは『なんとも思わなかった』と口にした。ユウと共にいても不快に思うことがなかった。それはつまり、ユウが自分に好意を向けていないことがわかっていたから。だから居心地がよかった。


「でも、今のアナタといるのはすごく苦しい」


 不快思う訳では無い。今も変わらず、ユウはカリンに対して恋をしていない。けれど、今のユウを見てるのは辛い。胸が締め付けられるくらい苦しい。


「見てるだけでも辛いのよ。だからさ、お願い。昔のアンタに少しは戻ってほしい」


 それはカリンからの真剣なお願いだった。


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