第2-6話「初回ボーナス」




 ユウから離れて一日と、意外と時間が長く感じているアグレッサーがいた。名をウォルフという。彼はただ空を浮遊していた。出来るだけ遠くに行けるように。


「ちっ」


 なんだかとてつもなくムカつきを感じる。

 本来ならば早く異空間に潜ってこの地球とはおさらば、というのが彼の信条だ。

 誰にも従わない。誰も従わせない。誰にも媚びず誰とも関わらない。

 一匹狼と呼ばれる由縁となったその主張を胸に、ウォルフは今日まで生きてきた。

 それが今、鳳凰という異端児に縛られ、そしてあいつに対して感情を産み始めている。


「鳳凰のやつめ、オレに何をさせようってんだ……」


 ウォルフは遠くで自分を見ているであろう人物に対して問いかける。その答えが帰って来ないことを理解しながらウォルフは天を仰ぐ。

 そこでウォルフは目を丸くする。今は夜。満月が地に光を注ぐ光景で、一つの影がウォルフを覆っていたのだ。


「よぉ、ウォルフ」


 そこにいたのは、ウォルフと同じアグレッサーのキングだった。



====




 同時刻。自室のベッドで横になる少年、英優雨。彼は高熱を出していた。

 特に風邪を引くようなことをした心当たりがないため、少し現状が不気味だ。

 看病のために側にいたカリンが帰った後もずっと考えていた。なぜ自分は風邪を引いているのだろうと。

 心の奥底でユウはこのことをどうでも良いと考えていた。それよりもユウには気がかりなことがある。けれどそれを考えたくないユウにとって、現在の高熱は再的確だ。考えたいけれど考えたくない。だから考えなくても良いことを考える。めんどくさい構成だが、今のユウの状態がまさにそれだ。

 その考えたくないというものがウォルフだ。

 ずっと友人であると思っていた存在が、実は地球人類を抹殺しに来た侵略者だった。本人の口からそう告げられたわけではなかったが、否定があったわけでもない。確信が持てないことに畏怖を感じたユウはウォルフを呼び出すことを躊躇っていた。


「邪魔するぞい」


 不意に窓側からする女の声。そこから窓をすり抜けるように侵入してくふ一人の少女がいた。彼女はヴァンパイアと呼ばれるアグレッサー。


「君はヴァンパイア……、アグレッサーって物をすり抜けられるの?」

「いや、わしだけじゃ。他の奴らはそんな芸当はできんから安心せい」

「まぁ君でもあまり良い気はしないんだけど……」

「なんじゃ、自慰でもしておったか。ワシは別に気にせんから続けて良いぞ」

「何言ってんの……、そんな元気がないよ」


 未だに発熱は継続中だ。怪我も相成って身体一つ動かすだけでもそうとうの体力を削る。自慰も思うようにできるわけがない。

 本来ならば怒鳴るように突っ込むユウだったが、その元気すら今のユウにはない。


「思った通り、衰弱しておるの」

「魂魄融合って、肉体には影響がないんじゃないの……」

「影響がないわけないじゃろ。ウォルフが無知なだけじゃ」


 魂魄というのは魂だ。魂に直接外部の生物を取り入れて動かすことだ。それだけでも魂に負担が掛かる上、ユウはイメージをウォルフに送って腕を変形させた。ウォルフの力を借りたとはいえ、ユウの魂魄の力を使う。


「言ったじゃろ、お主は軟弱じゃと」

「……どういうこと?」

「簡単に言えば、初期ログインボーナスをもらった状態なのじゃ。お主は」


 例えばスマホゲームで初めてインストールしたアプリでは、初回ボーナスとしての特典が付くことが多い。今のユウがまさにそれだ。しかし、初回ボーナスが永遠に続くことは無い。ゲームを続けてキャラクターを強くしなければ敵モブには勝てない。


「つまりお主は経験値を貯めて強くなっていかなければ、魂魄融合を果たすたびに衰弱していくわけじゃ」

「……そんなこと、ウォルフは言ってないよ」

「言ったじゃろ。ウォルフは無知だっただけじゃ。

なにせ、アグレッサーとの魂魄融合を果たしたのはお主を含めて二人目。そのうち一人目はウォルフの知らぬ間に行われたことじゃ」

「ボクを含めて……二人目……?」


 ユウはヴァンパイアの言葉の続きを待つ。その事実がユウとアグレッサーとの繋がりを強くすることを意味していたことなど、その時は知る由もなく。


「一人目は三年前に異空間の中で行われた。魂魄融合を果たしたその男の名は……


 はなぶさ あつしじゃ」




「父さんが……魂魄融合……?」


 ユウは重い身体を起こして、ヴァンパイアから受けられた言葉に驚愕する。

 三年前に起こった異世界探訪実験事故。異世界に飛ぶために作られた艦隊が異空間の中で消滅。隊員達は死亡したものとして扱われている。その一員であるユウの父、英 敦。彼の名をまさかアグレッサー、ほぼ初対面のヴァンパイアから告げられるとはユメにも思っていなかった。

 ヴァンパイアはユウの視線を真っ直ぐ受けて頷く。


「実際に魂魄融合を果たしたアグレッサーはワシではないがの。当時のアグレッサーは全員が関心をそいつに注いでおった。最も、ウォルフは地球におらんかったから知らなかったじゃろうが」

「……やっぱり三年前も地球侵略を?」

「まぁの」

「それを、父さんは知ってたの?」

「いや、たぶん知らんかったと思うぞ。異空間に潜るまでは」


 実際に魂魄融合を行ったのはヴァンパイアではない。しかし、その顔と性格を知っているところを見ると、今のユウのようにヴァンパイアは敦と接触していたらしい。


「まぁ敦の話は今は置いておこう」

「いや、気になるよ」

「それよりもお主、このままじゃとウォルフが死ぬぞ」


 彼女にとって今ここでするべき話は敦のことではない。ユウからして見ればとても重要な話のはずだが、あっさりと話題転換するヴァンパイア。その話題でユウは押し黙ってしまう。


「ウォルフをアグレッサー達は裏切り者として処理するじゃろう」

「裏切り者……? なんで……?」

「なぜとは珍妙なことを聞く。お主は誰と戦ったのじゃ?」


 ユウは頭にガンっと何かをぶつけられた様な衝撃を感じた。実際は何か合点がいった事実を突きつけられただけなのだ。


「お主はアグレッサーであるドッペルと戦闘とは言えんじゃろうが、敵対しておった。それだけで、ウォルフはワシらからすれば裏切り者と写るのじゃよ」

「君はなんで、それでボクらと敵対しないの……?」

「ワシは誰とも敵対はせん。そういうのは若いもんに任せておるからな」

「そうじゃなくて……、なんでボクに色々教えてくれるの……?」


 見た目とはそぐわない意見を持つヴァンパイア。そこには突っ込まず、疑問に思わず、ただユウはヴァンパイアの目的を問う。

 地球侵略の後に鳳凰の討伐。それがアグレッサーの目的なら、わざわざスターウルフという敵を作ることに意味があるとは思えない。仮にユウを騙していたとしても、それをするメリットがわからない。

 ヴァンパイアの行動はユウの中に大きなしこりを作っていた。


「ウォルフはの、優しいやつじゃ」


 そんな疑問にヴァンパイアは答える。


「いや、優しすぎるのじゃ。アグレッサーの皆は奴を裏切り者と断罪しとるがの、ワシはそうではない。

 確かに粗雑なところはあるがの、そんなもの瑣末な事じゃ。

 奴はただ、初めて出来た友人を守ろうとしておる。それだけなのじゃ」

「初めて出来た……友達?」

「お主の事じゃよ。英 優雨」


 頭に受けた衝撃が、一層強くなってユウを襲う。

 頭の中ではどういうことだろうか、ウォルフは自分を裏切っていたのではないかと往復して思考していた。


「お主に自分が地球侵略などを加担する一味と知られて軽蔑されるのが怖かったのではないか?」


 ウォルフは頑なに自分のことを語ろうとはしなかった。それはユウがウォルフに対して畏怖の目で見てしまうことを恐れていたからではないだろうか。


「ウォルフが黙ってお主から離れたのは、お主を戦いの渦から巻き込まんとしたからではないか?」


 十二人のアグレッサー。それらすべてと敵対して、ユウは無事でいられるわけがない。そう考えたウォルフはユウを突き放すようにそこを去った。


「お主に魂魄融合をしたのは、お主をあの場から助けたかったから……ではないのかの」


 あのまま魂魄融合をしなかったら、宇宙のど真ん中でユウは彷徨い、死亡していただろう。それをウォルフはなんとかしたかった。しかし、自分一人の力ではどうにもならない現状を見て魂魄融合を提案した。


「さぁ、どうする。英 優雨。子供で孤独なヒーロー、スターウルフよ。お主はウォルフは助けるかの」

「助ける!!」


 考える間はなかった。即断即決でユウは重い身体を起こして立ち上がる。

 ウォルフを助けるために。大事な友達を守る為に。



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