第3-5話「欲望」




 スターウルフがドグシーと戦闘を開始したと同時に昼休憩は終了していた。

 本来なら四時限目に出席しなければいけないユウは、スターウルフとなっていたために無断欠席をしている。

 最初は教員もユウの不在を気にかけていたが、ある意味常習犯のユウは帰ったものだと判断した。後で家に連絡すると呟いて授業に入る。

 以前ならユウのことを気にするカリンだったが、今は本当に視野に入れずに勉学に励んでいた。一方で、ユウの不在を度々席を視界に入れて気にかける者がいた。それが計山電大である。カリンとデンタは私立の中学を目指している。受験をするために今の内に準備をしているところは共通していた。本来であればデンタも勉学に励むところだった。

 それが今は他のことに気を取られている。教員の言う通り、サボって帰ったのであればいいのだが、もしスターウルフとして戦っていたらと思うといてもたってもいられなかった。


「すみません、先生」


 授業も一区切りつけ、ノートを取るために沈黙の時間が訪れたのを確認したデンタは挙手して注目を集めた。教員もなにか質問があるのかと問いかけたが、出た言葉は全くの別物。お手洗いに行くとうそぶいて席を外した。

 授業を抜け出すのは初めての経験だ。少しだけ緊張するが、教員の目を盗んで学校を抜け出すことに成功した。快感を感じるが、今はそれどころではない。

 出来る限り急ぎ目に走って街中を探し回る。

 放課後に渡そうと思っていた代物をポケットに忍ばせながら辺りを見渡す。

 目的のものはすぐに発見した。公園の近くにある住宅街の上空で飛び回るスターウルフがいる。ユウがアグレッサーと戦っていたのだ。

 スターウルフと相対する敵の姿をデンタは見ることが出来ていた。見えないはずのアグレッサーが見えることを疑問に思うこともなくスターウルフの元に急ぐのであった。




====




 左肩から流れる鮮血。右手で抑えるものの、滝のように流れる血液にユウは恐怖する。しかし、そう感じるのはユウの気のせいだ。

 魂魄融合をしている内のケガは肉体に影響を及ぼさない。痛みや痺れは伝達するものの、すぐに穴は塞がる。痛みも痺れもすぐに引くのだ。

 だが記憶は残る。痛い、血が出る。その記憶はユウの動きを鈍らせるのに充分な要素になっている。


 ドグシーケルベロスが鋭く尖った爪を突き立ててくるのをグローブの爪で去なすものの、恐怖が勝って大きく距離を離そうとするために攻勢に移れない。さらに大きく飛び退いてる為、体制を崩してしまうことも多々ある。その隙をドグシーケルベロスは突いてくる。爪が身体を掠る。ドグシーケルベロスを退けようと大きく爪を振りかぶって空を切り、カウンターに爪の切っ先がユウの体の中心を貫こうと迫ってくる。その切っ先を恐れてユウは大きく後退する。完全にユウはパニックに陥っていた。


『落ち着きやがれ、ユウ!!』


 その状態で戦えば必ず致命的な失態をするに違いない。何度もウォルフは呼びかけているものの、パニックになったユウの頭には届いていなかった。

 運動量も半端ないこと、緊張下での戦闘も相成って相当な疲労を味わっている。魂魄融合を維持するだけで魂の力を使用する。その姿でいるだけでも相当体力を使うのだ。動きも鈍っていく。その上何度も怪我を負って修復をしていれば確実に魂の力を消費していく。後日に響くだけならまだマシな方だが、下手をすれば寿命を縮めてしまう。

 ここで体制を立て直すためには、ユウが攻撃に転じなけれいけない。しかし、完全に萎縮してしまっているユウが攻勢に移ったところで状況が改善されるとも思えない。

 いっそのことスターウルフの支配権をウォルフが無理矢理かっさらって戦闘を肩代わりすることも考えられる。だが、ウォルフはそれをしたくなかった。これからアグレッサーとの戦闘を複数控えるスターウルフ。それを考えれば、いつまでもユウにへたれてもらっては困るのだ。

魂魄融合は確かにアグレッサー側が身体を支配して戦うことは可能だ。目の前のドグシーがそれをしてるのだからそれが証明になる。しかし、あくまで魂魄融合は人間側。つまり取り憑かれる側がメインで動かなければ十全に力を発揮しない。魂の結合性が80%を超えればアグレッサーの力を約五倍に引き上げるが、それは人間側がアグレッサーに協力的であればの話だ。もしアグレッサーのみの意志で力を発揮するなら充分な戦力アップとは言い難い。

 言ってみればドグシーの魂魄融合は不完全。取り憑いてるジャーマン・シェパードが自ら戦う意志を見せなければ意味が無いのと同義。ユウがもし戦う意志を発揮すれば、ドグシーケルベロスの打倒は簡単になるのだ。


『一旦距離を取れ、ユウ。立て直す!!』


 ウォルフが選択したのは敵前逃亡だ。一時撤退をして落ち着く必要がある。ゆっくりと話をして気持ちを切り替えさせるため、必死に頭を回す。

 ドグシーケルベロスの爪攻撃をしばらく避けつつ時々掠ってを繰り返している。何度もウォルフはユウに声を掛けていたが、やはりパニックは止まらない。


 そんなある時、突如それは起こった。


《バンッ!!》


 強烈な爆裂音が飛んできた。それはどこからか発生している。


《バンッ!!》《バンッ!!》


 繰り返し大きな爆裂音は鳴り響き木霊する。まるでどこかでライフルでも撃っているのではないかと勘違いするほどに。

 その爆裂音が鳴り響いた瞬間から、ドグシーケルベロスの動きは停止する。どこか狼狽えるドグシーケルベロス。

先程とは打って変わった様子に、息を切らしながら怪訝な顔をして見つめるスターウルフ。これはチャンスだと即断したウォルフは、スターウルフの支配権を強引に奪ってその場を引いた。


『ちょっ、何してんスか。犬っコロ』

「わふぅ……」


 取り残されたドグシーケルベロスはその場で佇み、中にいるジャーマン・シェパードを問い詰める。そう、ここで急に動きを変えたのは身体の支配権をジャーマン・シェパードが強引に奪ったからだ。

 犬という生き物は大きな音を嫌う性質にある。それは魂魄融合をしたジャーマン・シェパードも例外ではない。先程まで起きていたケルベロスの頭はドグシーと偽ウォルフであった。しかし、大きな音が響いた瞬間にジャーマン・シェパードが飛び起きて偽ウォルフを眠らせた後で逃げるように動き回った。結果、ジャーマン・シェパードとドグシーの動きに矛盾が発生してしまったのだ。


『くっ、兄貴を探すッスよ』


 既にどこかに隠れたスターウルフ。

 身体の支配権を再び奪ったドグシーは空を飛びながら探し回る。得意の鼻を使って、臭いを辿りながら。




 一方、スターウルフの身体をウォルフが動かし、ドグシーケルベロスと距離を取ることに成功したユウ。建物の影に隠れて息を整えようと大きく深呼吸を繰り返している。しかし、深呼吸を繰り返しすぎると過呼吸が起こる。過剰に摂取し過ぎた空気の影響で頭はふらつき、息苦しくなり、手足に痺れを感じていく。


『落ち着け、ユウ』


 本来ならスターウルフの臭いを辿ってドグシーに発見されるはずだが、ここはウォルフの奇策が功を奏した。空気に憑依して臭いの拡散をしているのだ。


『テメェは何がしてぇんだ』


 呼吸を整えようと試みるユウにウォルフは問い掛ける。息をするのに夢中なユウへ答えることが出来ない。そもそも質問に回答するための言葉もない。とにかく質問の真意をウォルフが言うのを待つ。


『テメェはオレを助けるためにアグレッサーと敵対関係になった。だが、それだとテメェ自信がどうしたいのかがあやふやだ』


 ウォルフを助けるためにユウは覚悟を決めた。しかし、目の前で戦うドグシーも独りよがりではあってもウォルフのために戦っている。目的が同じな場合、ユウの戦いは意志の強さがものをいう。

 地球を侵略しようとするアグレッサーを止めたいというのも正直な気持ちだ。だが、それは正義のヒーローのすること。やっていることは正しくそれなのだが、その自覚をユウは持っていない。正義のヒーローを名乗るにはユウは幼く、不勉強で、未経験で、力不足すぎる。ただ友達のウォルフを助けたかったから仕方なくその立場に甘んじてるという見方も否定出来ない。

 だから必要なのは戦う理由。アグレッサーと戦うことで、ユウにとっての目標を建てる必要がある。

 少しだけ呼吸が落ち着いたユウは、ウォルフの言われたことを考えることに意識を集中する。


「ボクが何をしたいのか……」

『そうだ。どいつも戦う時は何かを求めるもんだ。そいつァ金や人材、土地に食いもんだったり。それぞれ欲しいもんがあるから戦うんだ』

「自分の命を守る……ってのはどう?」

『テメェの命を守りてぇ奴が攻撃を仕掛けるか? 戦いを始めるか? 戦わねぇ道を探すだろうよ、そういうのは。オレから言わせてみりゃァぬりぃ覚悟だ。欲を持ったアグレッサー共と戦うには足りねぇよ』


 自分の命、誰かの命を守るために戦う。それは確かに立派な戦う理由となる。だが、それだけのために戦って強くなれるのは漫画の世界の話だ。どの世界でも、戦う時には何かを欲しなければならない。王権がほしい。権力がほしい。名誉、財産、土地、食べ物。人々が戦い、勝ってきたのは欲望の大きい方が多い。ウォルフに言わせてみれば、何かを守るために戦う者は保守的になりがちだという。つまり受け身に回りやすいということ。攻勢に攻めてもし守勢が薄くなったらどうなるかと考えるために攻め手になれない。

もちろん情報を完璧に網羅し、攻勢に移るタイミングなどを計算するなら話は別だ。それをするための頭脳がユウにはない。そして戦力もない。あくまで戦うのはユウ一人。スターウルフの影でウォルフも様々な手助けはできるが、今後を考えるならユウをメインに戦闘を行えるようにならなければいけない。そんな状態で守勢に回るのは命取りだ。

 だからユウに必要なのは『欲望』である。アグレッサーと戦うことによって得る何かがなければいけない。


『テメェは何がしたい、ユウ』


 それはアグレッサーを通した理由でなくてもいい。例えばサッカー選手になりたいと語っても良いのだ。要は地球を滅ぼされたら叶わない夢という理由付けができればそれで十分だ。

 重要なのはそれを言語化し、自覚することだ。だから問う。ユウが何をしたいのか。


「……知りたい」


 少し考えてユウは語る。


『……何を知りたい』

「父さんがアグレッサー達と……、夢奏とどう関わったのか」

『じゃあテメェはどうする。何をする』

「戦う。アグレッサー達と戦って、聞き出す」


 戦う理由を自覚して、初めて戦士としての一歩を踏み出す。スターウルフとなったユウは一ヶ月とちょっとという期間を経てやっと、英雄となる覚悟を得たのだった。


「それなら、ボクが全力でサポートしますよ」


 そんな二人の会話を側で聞いていた人間が一人。大きな丸メガネを掛け直して佇むその少年、計山電大がそこにいた。右手に持つのは小さなスピーカー。左手には細い筒のような棒を持っていた。


『やっぱテメェか、さっきのどでけぇ音は』

「はい、犬は大きな音を嫌いますからね」


 ドグシーケルベロスを遠ざけた破裂音。それは右手に持つスピーカーから放たれていた。

 そのスピーカーは小さいながら、とてつもなく大きな音を出す構造で作られている。数十メートルくらい離れていても動物を遠ざけるのは容易なほどの音量を誇る。


「念の為持ってきておいてよかったです」


 動物を模したアグレッサーが多いとウォルフから聞いていたデンタは、このスピーカーが何かの役に立つと考えて常備していた。早速効力を発揮できて安堵していた。

 本来、このスピーカーは山登りや森歩きをする者が持つタイプのものだ。森の中でクマなどの野生動物に出会した場合の緊急道具として持たれる。防犯ブザーの野生動物版だと思っていい。


「計山……?」

「英くん。これを渡すためにボクは学校を抜け出してきました」

「これって?」


 左手に差し出された細い筒のような棒。ユウはそれを受け取って凝視する。見ただけでは用途が理解できない代物で、そのものの説明を求めた。


「スターウルフの新しい武器ですよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る