計山電大と英優雨
第3-1話「計山電大」
六月下旬。雨の多い時季に差し掛かり、常に傘を持ち歩く人がちらほら現れる時期。
そんな時期、嵐にでもならない限り休みにならない学校に深いため息をつく少年、英優雨。クラスメイトが授業でノートを取っているさなか、ユウは雨が打ち付ける窓に視線を向ける。
朝は気持ちのいい晴れ模様だったのにと心の中で思う。この時季は天候の変化が激しいから嫌いだ。ウォルフは雨を珍しがってはしゃいでいたが、ユウからしてみればはた迷惑な状況だ。
彼は元準不登校児だ。現在ではウォルフの希望もあって毎日登校するようになった。というのも、地球のことを学びたいと願い出たのが原因だ。自分で教えようとしたが、上手くいかずに学校を頼ることになったというわけだ。
そんなことを考えていると学校のチャイムが鳴り響く。三時限目の授業が終わったのだ。一斉に教室内に子供の声で溢れ返っていく。
カラサワ小学校では給食制を取っている。時間になると貸し出されてる割烹着を羽織って、給食室へ赴く係を四人の交代当番制で決めている。ユウ、カリン、タケシ、デンタの四人が動き出した。いつものメンバーといえばそうなのだが、デンタの様子がいつもと違っていた。
いつもはタケシの隣を歩き、あまりユウに視線を向けないデンタ。それが今日に限ってはユウの隣に立ち、頻りに視線を向けてきている。それが笑顔ならマシなのだが、真顔でこちらを見て時々顔を顰めてくるため、かなり居心地が悪い。
「英くん」
「なに?」
カリン、タケシと軽く距離が離れたのを確認したデンタは、二人に聞こえないように気を配って声を掛けてきた。ユウも少し気味が悪く感じたが、無視する理由もない。デンタに釣られて小声で返事をした。
「君、スターウルフとやらのこと、何か知ってますね?」
ユウはその言葉に過剰に反応する。何か図星を突かれたようにビクリと肩を震わせる。デンタは目敏くそれを見破ったようで言葉を重ねる。
「白河さんは妄想に浸っていて気付いていなかったようですが、スターウルフと聞いた時の君の反応が異常です。必要以上な動揺を見せてることから、ボクは君に何か隠し事がある、と推測します。どうです?」
全て見透かされているようだ。まさかスターウルフ本人が自分であるということはバレていないだろう。どこかで繋がりを持っているのではと推測を建てた。
何も知らないと主張するのは簡単だ。しかし、今のデンタにはそれを覆す根拠と説得力を持って反論してくるだろう。このまま無視し尽くすとい手もあるが、もし変身する姿を目撃されて言い触らされたらそれこそ隠し立てする意味がなくなる。
だからユウは隠し立てを止めた。スターウルフの何かを知っていることを前提で話を進めることを決める。
「もしそうだとして、君がスターウルフを気にする理由がわからないよ」
「ボクは覚えているんですよ。宇宙遠足のこと」
「……どういうこと?」
宇宙遠足での一件。アグレッサーの一人であるドッペルによる洗脳の効果は、その途中の出来事の記憶を抹消している。それは人間が夢の中の出来事を覚えられないことと同じように、魂に直接干渉をされているから。ドッペルの洗脳は身体を支配することではない。魂に直接呼び掛けて欲望に己を呑み込ませるのがドッペルの洗脳である。だから洗脳の出来事は朧気にしか覚えられない。直接動かされたタケシなら微かに記憶を残しているかもしれないが、残り香でおまけのような洗脳をされた他の生徒達が覚えているはずがないとユウは思っていた。
「彼は突如ボクらの目の前に現れました。郷谷君の腕を掴み、郷谷君が突然気を失ったと思えばスターウルフはどこかに飛んでいきました。ボクが注目するのはどこからスターウルフが現れたか……です。
あなたが飛ばされた方向と全く同じ方からでしたよ」
「それはボクを先に避難させたからで……」
「それなら貴方はなぜ、事件が終わった後に宇宙ステーションにいたのですか? スターウルフの話を信じるなら、あなたは先に月に避難させられたはず。けど貴方がステーションの人達に助けを求めたということはすでに調査済みです。さ、なにかあれば弁明でもどうぞ」
スターウルフに執心するのはカリンだけだと思っていた。スターウルフに恋焦がれるカリンの執着は傍から見てて凄いものだと思っていた。それを超える好奇心で調べ尽くそうとする人物がいることなど夢にも思わなかった。
計山電大。彼は頭が良い上に、行動力もある。何かを調べようとすると正確な情報を素早く選抜し、根拠のある説明を軽々としてのける。仮に警察や探偵のように事件を追う立場になれば、その本領は十二分に発揮されるだろう。そんな彼がスターウルフのことに興味を持って本気で調べ始めた。その矛先がユウに向かっている時点で詰みであることを告げている。
「……ここでは話せない」
「それでは放課後、君の家に寄らせてください。都合がよければ、ですが」
「いいよ。その代わり、カリンや郷谷には内緒ね」
「もちろんです」
ユウは頭を悩ませる。どのようにして誤魔化していこうかと。
====
普段は長く感じる学校生活。一時間する授業は、ユウの中では早く終わってほしい日常の一つであった。しかし、今この時に限ってはあっという間に感じるほど早く授業は終わってしまう。
ユウはそそくさと一人で帰宅しようかと考えていた。そこにデンタが素早く荷支度を終えて立ち塞がるようにいる。
「さあ、帰りましょうか。英くん」
「マジですか……」
腕を掴まれて強引に引っ張られてしまう。そこまで強い力ではなかったから軽く振りほどくことは可能であっただろう。
仮にそうしてもデンタの勢いは止まらない。後日、また後日としつこくユウに迫り、結局はなにかを隠していることが他の人物にバレてしまう。その範囲は確実にカリンまで拡がるだろう。どんなに問い詰められても話すつもりは無いが、面倒であることに変わりはないだろう。
それなら一人に上手い嘘を付いて納得してもらおうと心の中で決意する。
「テメェは嘘が下手くそだからな、すぐにバレるぜ」
ユウの考えてることが手に取るようにわかるようで、旗から眺めていたウォルフが茶々を入れてくる。最初に自分がスターウルフの正体であることを隠すように言ったのはウォルフだったのに、楽観的な態度に少しだけイラつきを感じていた。
「バラすかどうかはテメェに任せるぜ」
すぐそばにデンタがいるから苦言を漏らすことも出来ない。この距離だと少しの小声でも彼の耳に届いてしまう。幸いデンタは前を見ていてユウの方に振り返ることもしない。ユウはしかめっ面をウォルフに向けて困っているのか、怒っているのかわかりにくい気持ちを表した。
「残念ながらオレは手助けはできねぇ。人間の常識を知らねぇオレに、このガキを誤魔化せると思うか?」
無理だね。ユウはすぐに諦めてしまった。
仮にウォルフが人間の常識を知っていたとしても、誤魔化しという手段を取るためには黙り込むしかない。ウォルフが実はユウを裏切ったのではないかという追及に対して遺恨を残してしまったのが一番わかりやすい例であるといえる。
そうこう悩んでいる内にユウとデンタは自宅にたどり着いてしまう。デンタに促されて家の鍵を開けて家に招待する。日和はまだ仕事で外出中。秘密話をするのにわざわざユウの部屋に行く必要は無いだろう。
不本意とはいえ、家に来客した同級生にお茶を出さないのはどうも喉に骨が刺さったような違和感を憶えたユウは台所に身を置く。冷蔵庫に常備してある麦茶を取り出して、二つのグラスに注ぐ。それを素手で運んで、デンタを待たせてるテーブルに置いて向かい合う位置で着席した。
ちなみにここまででどう誤魔化したものか思いつきもしない。考えているのに不安で発想力が乏しくなっているのだ。
「それで、どうです。話す内容はまとまりましたか?」
それはデンタにも伝わっているようで、開口第一にユウを気遣う言葉が飛び出る。それはユウには伝わらず、表情を一層固くする結果に終わってしまったのは仕方のないことだと思いたいところだ。
「スターウルフのこと、だよね」
なんとか時間を稼ぎたいユウは、わかりきっている話題に確認をとる。無駄な努力なのはわかっている。だけどそれをしなければ気が済まない。もう少し猶予が欲しかったというのがユウの本音なのだ。
「そうですね」
「それを知って、君はどうしたいの?」
どう誤魔化すかを考えるのも重要なことだが、情報をどのように扱うのかを知るのも重大な事柄だ。これを脅しの道具に使うなら、どんな手を使っても拒絶をしなければいけない。
だからユウは知らなければいけない。計山電大がどのような思惑があってこのような行動を起こすのか。
「そうですね、ボクはスターウルフに恩を返したいのですよ」
そこで返ってきた答えがこれだった。
「ボクと君は別の幼稚園を卒園してるので知らないでしょうか、郷谷君とボクは幼稚園のころから一緒なのです」
デンタは語った。デンタとタケシの成り行きを。
デンタは生まれつき視力の弱い子供だった。物心が付いた頃からすでにメガネを掛けており、少しだけ子供の間では目立つ要素だった。幼稚園の頃からメガネを掛けるものはやはり少ない。
それを物珍しく思った当時の園児たちはデンタを質問攻めにした。だけど人と接するのが苦手だったデンタは逃げるように和から外れようとしていた。
当時の園児たちはそれを面白く思わなかった。彼らはデンタをあからさまな仲間外れにしたり、メガネを取り上げて壊したりなんて事件が起こったくらい、当時のデンタにとっては過激なイジメを受けたことも記憶に新しい。
そんな園児とデンタの仲介に入ったのが意外にも、郷谷剛であった。
彼が園児達のイジメを諫めた。それが暴力的であったのは否定しないが、おかげでデンタは幼稚園を一人ぼっちで過ごすことはなかった。
「もし郷谷君がいなければ、ボクは今でも一人ぼっちの寂しい人だったと思います」
デンタはタケシに対して恩を感じていた。もちろん、恩だけではなく友愛も感じている。これは自負ではあるが、デンタはタケシのことを親友だと思っている。そんな彼が初めて恋をした。相手は白河カリン。デンタはそれを応援しようとしたが、カリンの受けがよくないことをいち早く察知する。カリンは否定していたが、ユウを懸想していたのは間違いないだろう。何気なしにタケシに諦めるように促していたが、それでも引かないタケシに少しだけ危機感を感じていた。
それが形になったのが宇宙遠足での一件だ。欲望が爆発し、タケシはカリンとユウに手を挙げてしまった。
タケシが正常ではないことは誰もが気づいていたことだ。ユウの次に真っ先に止めに入ったのはデンタだった。けれどタケシはデンタを押さえつけただけだった。他の生徒や教員は投げ飛ばしたり殴りつけたりしたものだが、デンタだけは違った。
「それきっと、郷谷君の中には抵抗心があったからではないかと思うんです」
タケシもどこかでデンタを親友だと思っていたから。だからどんな奴でも乱暴に扱ったタケシが、デンタにだけはそれをできなかった。どれだけ欲望を醸し出されても、デンタを殴ることはできなかった。それはタケシが洗脳に抵抗していたのではなく、それが欲望だったからだ。
どれだけ誰を殴ろうと、投げ飛ばそうと、デンタだけは傷付けたくない。そんな気持ちが欲望へと昇華したのだ。
それだけにタケシとデンタの友情は深かった。
「だから、そんな郷谷君を止めてくれた。助けてくれたスターウルフに少しでもお礼が言いたい。それじゃあダメでしょうか」
「……」
ユウは考える。アニメや特撮のヒーロードラマを見た時に疑問に思っていた。助けるだけ助けてそれで終わりなのだろうかと。例えば借金取りから子供たちを助けるシーンを見たことがあった。それを見たユウはこれからの子供たちの生活はどうするのだろうと子供ながらに思ったことがあった。そうでなくとも、助けられた人間からしてみれば、「ありがとう」というだけでは後味が悪くなるのでは。後日お礼に伺いたいと願うのが普通なのでは。
それがデンタの今の思考と繋がっているのか。そう考えると、スターウルフは考えなければいけない。ずっと正体を隠し続けるのかどうかを。
『テメェに任せるぜ』
ウォルフの言っていた言葉を思い出す。
随分勝手な言い草だと思う。始めに正体を隠すように言ったのはウォルフなのに。それが少しだけ危機的状況になると丸投げという無責任な行動。少しだけ遺憾に思う。
だが、考えてみればウォルフはなぜ、ユウに正体を隠すように命じたのか。なぜ、今になって丸投げするようになったのかを考える。
宇宙遠足の時、ウォルフはまだユウから離れることを考えていた。今は逆に離れてしまうとアグレッサーに狙い撃ちにされるから無いとして、当時は巻き込まないような立ち回りをしているつもりだったと予想できる。それはつまり、アグレッサーの前で、人間たちの前で正体を現すと、結果的に戦いの渦に巻き込まれるのではとウォルフは考えたのではないだろうか。
そう、ウォルフはそのために正体を隠すことを命じたのだ。
「……わかった」
もしこれ以上隠し立てをしたらどうなるのだろうか。それはユウの頭にはなかった。
デンタは本気の本音をこの場で語った。それなのに、ユウが隠し立てをしていていいのだろうか。そう考えてしまった。
「わかったよ、計山」
だから明かそう、正体を。
自分がスターウルフであることを。
明かそう、事実を。
自分の戦う敵のことを。
「ボクがスターウルフだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます