第12話 世界征服会議

「え~、それでは、世界征服会議を行います」



 アルは部屋の真ん中にあるガラステーブルの上で短い両手を腰にあてた。

 部屋のカベの丸い時計で九時。

 もう晩ご飯も食べたしお風呂も入ったし、後は寝るだけ。なのに、アタシはこの会議を聞かなきゃいけないの? 別に世界征服なんてしたくないし、したいと思ったってできっこないじゃない。



「その前に、なんで世界征服なの? 家に帰ったら話すって言ったでしょ?」



 アタシはアルの前にチョコンと正座して、ガラステーブルを見おろした。透明のガラスの上で、アルは宙に浮いているように見えた。



「ふむ、理由も分からずに協力はできない……か。まぁ、アホちんでも分かるように、なるべく簡単に説明してやろう。オイ、トカゲ! オマエもおりてこい!」



 アルはエラそうに天井を見上げ……


 わっ、何!?


「ちょっと、トーエイ! 急にふってこないでよ。ビックリするじゃない」



 トーエイはササッとアタシの右肩に乗り、大きな黒い目でアタシを見上げて小さく首を曲げた。そして、アルを見おろして大きく口を開ける。



「トカゲトカゲって、しつこいぞ、大福! キサマは天井を歩くトカゲを見たコトがあるのか? どこにいるんだ? 連れて来い! 天井すら歩けないくせに何が世界征服だ! へそで茶がわくわ!」



 もう、二匹そろうとケンカばっかり。

 アルが両手を握りしめてじだんだを踏んでいる。小さな頭から湯気が出てきそう。



「ねぇ、ヤモリっておヘソあるの?」

 


 トーエイはビクッと肩をはずませて、ゆ~っくりとアタシに顔を向けた。



「ナオ様……それ言っちゃいます? 言葉のアヤですよ、言葉のアヤ。ヘソに似たモノはあるんですけどね。見えないけど……」



 お腹をなでるトーエイ。

 へぇ~、そうなんだ。知らなかった。って、何かどんどん話がズレてるよね。寝るのが遅くなって、明日ねぼうしたら大変!

 アタシはベッドによりかかって足をのばした。そして、ベッドの上の抱き枕を引きよせた。フカフカしていい気持ち。

 トーエイもアタシの肩から抱き枕にポフッと飛び移る。



「ゴメンナサイ、世界征服の話聞かなきゃね。議長のアルさん、お願いします」



 アルのキゲンをとらないと。ニコッて笑ったアタシを見て、アルはヒクヒクと動かした小さな鼻を、フンと小さく鳴らした。




「この話は人間にはピンとこないかもしれない。そこのトカゲならウスウス感じていると思うが……」



 アルはガラステーブルの上でポテッと腰をおろしてアタシとトーエイを見比べた。

 トーエイの言う通り、ホントに大福みたい。声に出して言えないけど……

 トーエイは怒って、一度口を大きく開けたけど、チラッとアタシの顔色を見て、抱き枕にポフッと頭をしずめた。



「ワタシが天啓を受けたのは、手記を読んだナオは知っているな? 『赤いオーラが世界に災いをもたらす。青く輝くオーラを探せ』ってヤツだ」



 えぇっ!? それはホントだったんだ。



「で、災いとは何かって話だ。近ごろワタシたちの食料の虫がどんどん減っている。虫を主食にしているトカゲ、他の生き物にもイタい事実だ」



 アルは抱き枕のテッペンにいるトーエイを見上げた。アルからは見えないけどね。トーエイは首だけを持ち上げてアクアクと口を動かした。



「えっ? トーエイは分かるけど、アルって虫食べるの? ハムスターの食べ物って、ひまわりの種じゃない?」



 アルはペチャッとつぶれて、大きなため息をついた。



「飼いハムと一緒にするな! ワタシのようなノラハム……誰がノラだ!」



 ガラスのテーブルをベシッと叩く。



「野生のハムスターは普通に虫を食べるぞ? 動物性たんぱく質を取らないと病気になるからな。まぁ、草食傾向が強い雑食だから、ひまわりの種も食べるが」



 初めて知ったんだけど……だって、ハムスター飼ったコトないし。何か、こんなにカワイイのに虫を食べてる姿って想像できないよ。



「話をそらすな! いいかナオ、この地球をトイレの貯水タンクだと思ってくれ」



 は? 何、いきなり? 何で地球がトイレのタンク?

 もっと他にいい例えなかったの?



「タンクの中の水が地球上の生物としよう。タンクの中の水は、トイレを流せば減るが、すぐに決まった量まで水が足される。地球も、いつも決まった量の生き物がいる。虫が少なくなれば、その分何かが増えて、決まった量になっているハズだ。じゃぁ、虫が減って何が増えているのか」



 虫が少なくなったってコトは、虫を食べる生き物が増えてるんじゃないのかな? けど、そんな話、聞いたコトないよね?

 急にトーエイが手足をふんばって、アルが見える場所まで抱き枕の上をフヨフヨっとぎこちなく歩いた。



「人間…か?」



 トーエイは真っ直ぐアルを見おろした。アルは鼻をヒクヒクと動かして、右手でホッペをカリカリッと細かくかいた。

 そう言えば、テレビで見たコトがある。世界の人口がどんどん増えているって。じゃぁ、人間が増えたから、アルやトーエイの食べ物の虫が少なくなったってコト?



「食べ物の虫が少なくなったから、世界を征服して人間を減らして、虫を増やそうってコトなの? やっぱり、悪の組織じゃない!」



 そりゃぁ、自分たちの食べ物は大切なコトだけど、そんなコトで世界を征服しなくてもいいじゃない。アルは白くてポテッとしててカワイイのに、ちょっとガッカリだよ。

 アタシはホッペをふくらませてソッポを向く。横目でチラッとアルを見ると、あたふたして手足をバタつかせていた。



「勘違いするな! トカゲの言ったコトは間違ってはいないが、正解でもない。この地球上で、人間一人に対して虫はいったい何匹いると思う? 百五十億匹だ。確かに人間は増える一方だが、その程度で虫の世界はそれほど影響はない」

「大福の分際で遠回しな言い方はヤメろ。世界征服、世界征服って、目的がサッパリ分からん。オレっちは、ナオ様が人の上に立つ器の持ち主だと、常日頃から思ってるけどな」



 トーエイは抱き枕からガラステーブルの端っこに飛び移った。ブルルッと小さな体をふるわせて、ガラステーブルの反対側に転がるアル。



「分かった……だからワタシに近づくな」



 机の端っこで起き上り、そわそわした感じでホッペをかくアル。

 そんなにトーエイが苦手なの?

 アルはワタシとトーエイの顔を見比べながら、ヒゲを細かく揺らし、小さく口を動かした。



「増え続ける人間の中に、蟲が住んでいるのは知っているか?」

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