第26話 大脱出!!
ガラン、ガン!!
えっ、何? 何の音? 缶をひっくり返したような。
ガラッ……
アルと鈴木くんを追いかけて真紀先生が入って行った、教室の後ろの引き戸じゃなくて、前の引き戸がいきなり開いた。
教室から飛び出てくる、アルを頭に乗せた鈴木くん。
心なしか鈴木くんのお腹がテラテラと光っているように見えるけど、何だろう?
「ナオ、そこにいろ!」
アルが大きな声で叫ぶ。これもみんなには聞こえてないんだよね?
鈴木くんは廊下の真ん中までピョンピョンと跳ねる。二匹を追いかける真紀先生が引き戸から飛び出してくる。それを合図に、鈴木くんは廊下にそって大きく飛び跳ねた。
一回、二回……ホップ、ステップ、ジャンプ!!
鈴木くんにのばした真紀先生の右手は空をつかんだ。鈴木くんは最後のジャンプで白いお腹――何か油のようなモノで汚れたお腹で廊下に着地する。
スゴイ速さで廊下をスベる鈴木くん。アルは鈴木くんの黄色い髪をハンドルのように両手でつかんで大きな声を上げた。
「トカゲ! 飛び移れ!」
鈴木くんの姿を追って、廊下の両わきに立つみんなは、波のように順番に首を振った。真紀先生は鈴木くんの後を追いかけようとしたけど、床のヌルヌルした何かに足を取られてヒザをついた。青いゴミバケツの横、アタシの目の前を横切る鈴木くんに合わせて、トーエイはアタシの肩から宙に飛ぶ。
「グッドタイミング……じゃ……早い! うわっ!」
思ったよりも鈴木くんのスベるスピードが速くて、トーエイは何とかギリギリ鈴木くんの尾羽に前足だけでぶら下がる。
先生は特活室の前で目を丸くして、遠ざかる鈴木くんを見ているしかなかった。
クラスのみんなから拍手と歓声が上がる。
よかったぁ。ホッとしたよ。このまま階段から逃げ……れ……えっ?
鈴木くんは階段を通り過ぎて、音楽室がある廊下の端っこまでスベって行った。そしてピョンと小さく飛び上がって立ち上がる。
「ナオセンパイ~~! そこの窓開けて下さ~い!」
はい? 何がしたいの鈴木くん? アタシは言われた通り窓を開ける。
わっ、冷たい。
外は雨が降っていて、時々吹き込む風で雨がアタシの髪をぬらした。
クラスのみんなは鈴木くんの声が聞こえていないので、ひっそりと窓を開けたアタシに目もくれず、廊下の向こうでピコピコと羽を振る鈴木くんを見ていた。
鈴木くんはもう一度、こっちに向かって大きく飛び跳ねる。
一回、二回……ホップ、ステップ、ジャンプ!!
うわっ、戻ってきた。何で? 逃げるんじゃなかったの?
鈴木くんが近づいてくるにつれて、アルの顔もだんだんと見えてきた。鈴木くんの黄色い髪につかまって、目を細めてプルプル顔を揺らしている。ファサッとした白い眉毛が八の字になっていた。
「鈴木くん、何をやっているんだ!? 逃げるんじゃなかったのか!?」
「オイッ、コラッ、鈴木っ! 何でオレっちが上るまで待ってねぇんだ?」
「センパイ~! ナ~オ~セ~ンパ~~イ! ゴミバケツ倒してく~だ~さ~~~~い!」
鈴木くん……アルとトーエイの話を聞こうよ。マイペースにもほどがあるんじゃない?
アタシはワケも分からずトイレの入り口横にあるゴミバケツを倒した。
ボンッ!
廊下の真ん中に転がる青い大きなゴミバケツ。丸い円盤のようなフタがはずれて、中の紙クズが少し廊下に散らばった。
クラスのみんなは戻ってくる三匹を見てザワザワしていた。中には笑っている子もいた。
遊んでいると思われてるんじゃないかな? アルもトーエイも逃げる気満々なのに。鈴木くんは――う~ん……アタシも何考えてるのかよく分かんない。どう見ても、遊んでるようにしか見えないね。
鈴木くんは羽を左右に広げて体を反らし、お腹で廊下をスベってくる。まるで床スレスレを飛んでいるような、とてもなめらかで軽快なスベり。けど、このままだと、アタシの目の前で、ゴミバケツにぶつかっちゃうんだけど。
どうするの? 鈴木くんが倒せって言ったんだよ? もしかして、倒すトコ違うとか?
みんなのザワザワが大きくなる。顔を見合わせる子もいる。
全然スピードを緩める気配がないんですけど。
「わぁ~!!」
アルがキュッと目をつぶって頭を下げた。トーエイは鈴木くんの尾羽にしがみついてプラプラ揺れていた。鈴木くんは自信満々に、真っ直ぐゴミバケツめがけて突っ込んでいく。
ああ、ダメ。ぶつかっちゃう。
「フンッ!」
鈴木くんが体全部を使ってバネのように跳ねた。浮かび上がった鈴木くんは倒れたゴミバケツを踏み台のようにして窓へ向かって飛んだ。
その先って……
クラスのみんなの中から小さな悲鳴が上がった。
だって、鈴木くんが突っ込んでいく先の窓って、アタシが開けた窓なんですけど。
ここ三階って知ってる? 鈴木くんはペンギンなんだよ? 実はペンギンに見えるけど、パフィンって鳥でしたとか言うオチじゃないよね?
「ナオセンパイ、お先に失礼しますから」
ゴミバケツから飛び跳ねて、アタシの目の前を横切った時、鈴木くんが笑ったように見えた。アルは助けを求めるような情けない顔で、横切るアタシを目で追った。トーエイは尾羽にぶら下がるのに精一杯。自分がどこへ向かってるかなんて考えてもいないと思う。
バッ…
鈴木くんは雨の大空へ飛び立った。
「アァァァァァァァァァ~~~~~~~~~~~~!!」
「ノワァァァァァァァァ~~~~~~~~~~~~!!」
アルとトーエイの声が段々と小さくなっていく。
イヤァァァァァァァ~~~~~~~!! ムリムリムリ!!
クラスのみんなの中からも、今度は大きな悲鳴が上がった。真紀先生は足を引きずりながら立ち上がって、近くの窓に張りついた。アタシは開いた窓につかまって、身を乗り出した。それを押さえる茂クン。
「エェェェェェェェェェ~~~~~~~~~~~~!!」
こんなモノ見せられて、声を出すなって言われてももうムリ。
鈴木くんは窓から飛び出して、自転車置き場のトタン屋根に絶妙な角度で着地。お腹で。そしてその勢いのまま、トタン屋根もスベって、もう一回大きくジャンプ。白黒のラグビーボールのように山なりに宙を飛んで、今度は校舎から離れたプールに落ちるように着水。
開いた口がふさがらないってこういうコトを言うのかな?こぼれ落ちちゃうくらい、大きな目を開けていたと思う。真紀先生もクラスのみんなも、あんぐりと口を開けて、プールをスイスイ泳ぐ鈴木くんを見ていた。
ここからじゃ遠いし、雨でよく見えないけど、鈴木くんは一回プールの中に消えて、ミサイルのようにプールサイドに飛び上がった。そして、体をブルルッて震わせたかと思うと、キョロキョロと首を左右に振って、もう一度プールに入る。今度はプールから大きく飛び上がって、金網の上に飛び移り、ソコから塀を越えて学校の外へ消えて行った。
アルとトーエイは大丈夫なのかな? 鈴木くんは……大丈夫だね、絶対。
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