第33話 さくらチャンを探せ

 アル、あんなにエラそうなコト言ったくせに、結局音楽室に戻って来なかったし。鈴木くんは階段で見かけたきり……トーエイなんか来ているのかどうかも分からない。


 誰もいない音楽室で待つのはガマンできなかった。だからって、一人でキモ試しを続ける勇気もなくて、呆然と廊下で立ち尽くしていた。

 アタシとさくらチャンのペアが最後だから、後から音楽室にくる子はいない。アルが来ないとアタシは一人ぼっち。昇降口に戻れればよかったんだけど、真っ暗な校舎に一人でいるのが怖くて、足がちゃんと動かなかった。

 後ろから何かが来たらイヤだったから、廊下の突当りのカベに背中をつけていた。そんなアタシを見つけてくれたのが茂クンだった。



「安藤さんが一人、スゴイ速さで走って行ったから、松平さんどうしたんだろうと思って」



 うううっ……茂クン、優しい。

 聞いた、アル? 優しさをなくした世界征服は悪の組織だよ?


 泉チャンを待たせてるからって、アタシを連れて急いでキモ試しのコースを回ってくれた茂クン。

 追いついた時、やっぱり泉チャンは怒ってたのかな? 三人でゴールの昇降口につくまで、一言もしゃべってくれなかった。

 そして今、アタシは真紀先生から落ちるカミナリに耐えている。



「どうして安藤さんを一人置いてきたの!」



 置いてきたんじゃなくて、置いていかれたんだよぉ。

 真紀先生は目と眉毛をつり上げて、長い髪の毛の間から角が生えてきそうなくらいカンカンだった。真紀先生怖い。茂クンも違うって言ってくれてるのに。一人で走って行っちゃったから、先に昇降口に戻ってると思ったのに、まさか帰って来ていないなんて。



「しょうがないわね。みんなで安藤さんを探しましょう」



 真紀先生は大きなため息をついて、腰に両手を当てた。クラスのみんなは顔を曇らせて、キョロキョロと別の子の顔色をうかがっていた。



「どうしたの、みんな? 安藤さんが心配じゃないの?」



 ザワつくだけで、誰も真紀先生に返事をしなかったし、動く子もいなかった。

 昇降口で話しているのをコッソリ聞いたけど、キモ試し大会の最中に、みんなはスゴく怖い思いをしたって。

 誰もいないのにピアノが鳴ったり、理科準備室のはく製が動いたり、天井から水が落ちてきたり、生首があったり、変な叫び声が聞こえたり、黒いお化けがいたり、缶が勝手に転がって行ったり。

 音楽室のピアノはアルの仕業だからなぁ。何かスゴくイヤな予感がする。



「アタシが探してきます。みんなで探して、また誰かがいなくなっちゃっても困るから。さくらチャンを早く見つけてあげたいし。真紀先生はココでみんなと待っててください」



 一人、ピョコンと廊下まで飛び出て、ペコッと小さく頭を下げた。昇降口の下駄箱の前で、クラスのみんなはザワつきながらアタシを見ていた。真紀先生は片方の眉毛をピクピクさせて腕を組む。


 ちょっとだけ、ウソついちゃった。

 みんなはともかく、真紀先生には探しに来てほしくなかったんだよね。アルたちが見つかったらって考えると、オバケに会うよりも怖くて体の震えが止まらないよ。

 真紀先生はアタシが悪いって思ってるから、一人で探しに行くって言っても反対しないかなって。ホントはアタシだって怖いから一人でなんか行きたくないけど、あの三匹が校舎のどこかにいるから。あっ、さくらチャンのコトが心配なのは本当だよ?



「先生、ボクも一緒に行きます。松平さんだけだと不安だから」



 茂クンが真紀先生の前に出る。

 ホント? 茂クンが手伝ってくれるの? スゴく助かる。けど、アタシだけだと不安って……ヒドイ。ソコは『心配』って言ってほしかったよ。



「先生、ワタシも……」



 オドオドとしながら泉チャンが右手を上げた。

 あっ、泉チャンはちょっと……



「大丈夫。急いで探してくるから、みんなもちょっとだけ待ってて」



 茂クンは泉チャンの肩をポンポンと叩いて、みんなに大きく手を振った。真紀先生はフゥって小さくため息をつく。



 ゾクッ…



 えっ、何この感じ? さっきも同じようなコトが……

 アタシは下駄箱の前に集まるみんなを見た。先生はアタシに背中を向けている。みんなは茂クンを見て――泉チャン?


 クラスのみんなの前で、茂クンのカゲからアタシをにらむ泉チャンがいた。

 アタシ、何かしたかな? 茂クンがアタシを探しに来た時に、待たされてたのがイヤだったのかな? きっとそうだよね。アタシだって一人でアル待ってるの怖くてイヤだったもん。泉チャンも怒ってるんだ。泉チャン、ホントゴメンね。

 アタシが見ているコトに気づいた泉チャンは、ササッと後ずさりして、クラスのみんなの中へ隠れた。茂クンがすぐにアタシの方にかけてくる。



「行こっ!」



 アタシの手を握って、引きずるように廊下を歩く茂クン。

 えっ、何? 手……ちょっと……



「手、離して」



 立ち止まって手を振りほどいて、茂クンにちょっと大きな声を出しちゃった。茂クンはアタシの目を見て、クスッて小さく笑った。



「ゴメン、ゴメン。手をつないでいれば怖くないかなって」



 あぁ、茂クンアタシを心配してくれてたのね。ちょっとドキッてしちゃった。



「で、安藤さんの居場所に心当たりはあるの?」



 茂クンは腕を組んで、片方の足のかかとを床につけたまま、つま先でパタパタとリズムよく床を叩いた。

 南校舎一階の階段の前。暗い校舎の中、アタシと茂クンの懐中電灯が足元を照らしていた。相変わらず降り続く雨の音だけが小さく校舎に響いている。



「心当たりがあるワケじゃないけど……探しに行ってるから……」



 アルがさくらチャンを探しに行ってるハズ。音楽室で待ってても戻って来なかったけど。もしかしたら音楽室に戻ってるかもしれない。



「ちょっと確認したいコトがあるから、一度音楽室に行くね?」



 茂クンの返事を待たずに走り出す。それでも、茂クンがちゃんとついてきているかを時々確認しながら、アタシは階段を三階まで一気にかけ上った。

 三階についてすぐ、音楽室の方へ懐中電灯を向ける。けど、動くモノは何もなかった。

 アルが何とかさくらチャンを無事見つけたとしても、あれだけ怖がってた音楽室に戻って来るコトはやっぱりないんじゃないかな? だから、『ムリだった』って言って、アルだけが帰ってきてると思ったのに、やっぱりアルの姿もない。



「ここでね、ピアノが鳴ったの。さくらチャン怖がっちゃったから、アタシが一人で音楽室に入ったんだ」



 アタシは音楽室の引き戸を開けながら、首だけを横に向けて、後ろの茂クンを見る。茂クンは目を丸くする。



「音楽室に入ったその時、またピアノが鳴ったの。アタシは怖いのをガマンして、懐中電灯をピアノの方に向けたんだ。そしたら誰もいなくて、それにビックリしたアタシの声が聞こえたのかな? 遠ざかるさくらチャンの足音だけが暗闇に響いてた」



 音楽室の中にはやっぱり誰もいなかった。待ってても鳴らないピアノ。校舎を叩く雨の音だけがずっと続いていた。



「ピアノはアルが弾いてたんだけどね。アル~? アル~、いないの~?」



 ブラックホールのように、アタシの声を飲み込む暗闇。

 やっぱり返事はないね。



「さくらチャンが茂クンたちを追い越したのってどの辺? さくらチャンしかいなかった?」



 茂クンはキョトンとした顔で、ウンウンと首をタテに何度も振った。



「アルってハムスターだっけ? 暗い校舎の中でハムスターが床を走っていても、誰も気づかないんじゃないかな? たまたま懐中電灯が向いていればともかく」



 そうだよね。けど、さくらチャンを追いかけて行ったコトは間違いないと思う。アルはそういうウソはつかない。『やる』といったら『やる』ハムスターだから。

 茂クンは右手でアゴをなでながら目だけを上に向ける。



「渡り廊下と北校舎の階段のトコロで追い抜かれたんだよなぁ。声かけたけど振り返りもしなかったよ。安藤さん、階段下りて行ったから、昇降口に戻ってると思ってた」

 


 アタシは懐中電灯を足元に向けて、転ばないように階段をかけおりた。

 シーンと静まり返った渡り廊下。その両脇に、ランタンライトの灯りがポツンポツンと辺りを照らしていた。

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