第34話 えっ? オバケ?
クラスのみんなは昇降口でアタシたちを待っている。今、ココにいるのはアタシと茂クンだけ。
ブルッ……
何かバタバタしてて忘れてたけど、今になって夜の学校が怖くなってきた。
ボンヤリと光るランタンライトが、暗闇の中でアタシを待つ火の玉に見える。渡り廊下の向こうが、ポッカリ口を開けた別の世界への入口のような気がした。ジーッと廊下の先の暗がりを眺めていると、自分が暗闇に飲み込まれちゃったとさえ感じた。
「アル~……鈴木くん~……トーエイ~……」
アタシの弱々しい声は、スゥッと暗闇に飲み込まれていった。
「キャッ!」
何かが天井からアタシの頭の上に落ちてくる。何かじゃない。こういう時に落ちてくるのは決まって……
「ナオ様が呼べば、オレっちすぐにかけつける! こういうの何て言うか知ってます? イシンデンシン、ソウシソウアイ!」
「トーエイ!!」
今までどこ行ってたのよ。トーエイいるじゃない。
自然に顔がゆるんじゃう。
あっ、ちょっ……何で? ホッとしたら急に涙が出てきちゃった。
「イシンデンシンでもソウシソウアイでもないから。アタシ、トーエイの行動分かんないもん」
アタシはコッソリ涙をぬぐって、顔の前で両手を広げた。その広げた手の平に飛び降りるトーエイ。渡り廊下ポツンポツンと並んだランタンライトの灯りが、アタシの手の平の上でチョコチョコッと動くトーエイをボンヤリと照らしてた。
「トーエイ、アル見なかった? さくらチャンって女の子を追いかけて行ったんだけど、どこに行ったか分かんないの」
「大福? 女の子は見なかったですけど、大福ならこの先の階段おりたトコで、外の方へ転がって行きましたよ。鈴木もいましたけど」
トーエイはクイッと首をひねり、アクアクと大きく口を開けた。
階段おりて外――体育館の方?
さっき、茂くんたちと三人で体育館へ行った時は、さくらチャンもアルもいなかったのに。どこで行き違いになったんだろう?
「茂クン、アルが体育館の方へ行ったって! さくらチャンもいるかも」
アタシは茂クンを振り返った。茂クンは目を真ん丸くしてアタシを見ていた。
あれ? アタシ変なコト言ってない――よね?
「改めて見たけど、ホントにしゃべってるんだ。ボクには言葉が分からないけど……何かスゴイね。ボクもコイツらの声聞きたいなぁ。楽しそう!」
茂クンはアタシの手の平の上のトーエイを穴が開くほど見つめた。
楽しそう――ね。けど、大変だよ? 三匹ともホント好き勝手してくれるから。
北校舎の階段をおりて、真っ直ぐ廊下を進むと昇降口。その廊下の横に外に出る大きなドアがある。ドアから外へ出ると、屋根のあるコンクリートの通路が体育館へのびていた。
「行こうっ! 早くさくらチャン見つけなきゃ」
アタシは濡れたコンクリートを小走りで体育館へ向かった。体育館への通路の両脇に柵があるんだけど、アタシの身長よりも低いから、雨が吹き込んできて冷たい。
バリアフリーって言うんだっけ? 低い階段の横の、斜めになったコンクリートを上って、引き戸が開けっ放しの体育館に入った。
ガンガンガン!!
「いやぁ~、来ないで~!!」
「アー!! アー!!」
暗い体育館の中。
高いトコに大きな窓がならんでるんだけど、外からは少しの光も入ってこない。入口の壁には非常口のライト。緑色の人が走ってるヤツ。ステージの横のカベにある消火栓の赤いライトが、暗闇の中にボウッと浮かび上がっていた。
このライトって、誰もいないのについてる必要あるのかな? あっ、今はいるけど。
ステージの前にランタンライトが乗った机がポツンと寂しく置いてある。ここもキモ試しの通過点だから、机の上にはハンコが置いてある。なんか真っ暗より、こっちの方がかえって怖くない?
って、違う違う。そうじゃないよ。落ち着いて体育館の中を見てる場合じゃないって!
何が起こってるの? 何なのこの騒ぎ? 何か叩くような音とさくらチャンの叫び声。あと……鈴木くんの雄たけび? どこだろう?
「松平さん、トイレからだ!」
茂クンが体育館の中をグルッと照らしていた懐中電灯を、体育倉庫の扉の隣にあるトイレでピタッと止めた。
「来ないでって! 何でオバケがワタシを追いかけて来るのぉ?」
泣き叫ぶようなさくらチャンの声。えっ、オバケがいるの?
…………オバケ? 鈴木くんの声が聞こえるのに?
「どこにユウレイがいるって? さっきからワタシが助けてやると言ってるだろ!」
ガンガンガン!!
「師匠! この際、ドアを蹴破りましょうか?」
何だ、アルもいるじゃない。えっ、鈴木くんそれはダメなヤツだよ。止めなきゃ。
アタシは懐中電灯を片手に一目散にトイレへ走る。けどすぐ、茂クンに肩をつかまれた。
何で? 早く行かなきゃ鈴木くんが……
振り返ったアタシを、スゴく心配そうな顔で見る茂クン。
「オバケなんていないって分かってるけど、さすがに真紀先生呼んできた方がよくない? 安藤さん泣いてるみたいだし、変な音も聞こえる。ボクがここで待っているから、松平さんが……」
「先生呼んじゃダメ!」
茂クンが目をパチクリさせる。だって、真紀先生にアルと鈴木くんが見つかっちゃう。
「アルと鈴木くんがいればオバケなんて……」
へっちゃら? あれ? オバケいるの? いるのは、アルと鈴木くんだから……
アタシは腕を組んで、真横になるくらい首をかたむけた。トーエイもアタシの肩の上で同じように首を曲げる。
「そこの茂ってヤツも、さくらって子もオレっちたちの声聞こえないっすよね?」
あっ、さくらチャンの言ってるオバケってアルと鈴木くんのコトじゃない?
もしかしてもしかして、クラスのみんなが怖がってたのって、全部この三匹が原因なんじゃ……
急に血の気が引いてく。肌寒いのにイヤな汗が出てきた。キモ試しの最中何やってたのか、怖くて聞けないよ。
「茂クン、オバケなんていないから大丈夫。さくらチャンのトコに行こう!」
後ろで首をひねるだけの茂クンの手を引いて、アタシはトイレに急いだ。早くしないと鈴木くんが学校のトイレを壊しちゃう。
「さくらチャン!!」
女子トイレの三つ並んだ一番奥の、貝のように固く閉じたドアの奥で、ガタガタッと大きな音が鳴った。
「ナオちゃん!?」「アー!! アー!!」
ドアの向こうから聞こえるさくらチャンの声をかき消すように、女子トイレの入口、スノコの上で鈴木くんが大きな声を上げた。
あ~っ、もうっ! 鈴木くん、ウルサイ! 何なの!?
鈴木くんはスノコの上で、羽を斜め後ろでバタバタさせながら、首を上に向けて喉を震わせていた。鈴木くんの左肩からたすきがけに小さな紺色のカバンがかかっている。
真っ暗なトイレ。広くないから、アタシと茂クンの懐中電灯でもかなり明るく見える。
トイレの入り口に茶色くすすけたスノコが敷いてある。奥には掃除用具入れ、左側は手洗い場とその上にカガミ。夜のトイレのカガミって何か気持ち悪い。
一番奥のトイレの天井に、さくらチャンが持っている懐中電灯の灯りがもれていた。そのトイレのドアの前に……転がったワックスの缶? あれ? 空き缶だよね? フタがないもん。え~っと、アルは?
「何なのこの声、さっきから。ナオちゃん、ナオちゃん! 変なのいない? オバケは?」
ガンガンガン!!
ビクッ!!
心臓が口から出るかと思った。
さくらチャンが立てこもっているトイレのドアに向かって、ぶつかっては跳ね返り、ぶつかっては跳ね返りを繰り返す空の缶。
「もしかして……アル?」
何でワックスの缶の中にいるのよ。
「ナオ様、オレっちさっき言いましたよね? 大福が転がって行ったって」
トーエイは首を左右にグリグリと回す。言ってたかもしれないけど、『転がってた』がそのままの意味だって思う、普通?
「さくらチャン、ちょっと待ってて」
アタシは横になったワックスの缶を拾い上げて中をのぞき込む。アルは缶を立てた拍子にバランスをくずして、ひっくり返って手足をバタバタさせていた。アタシは缶をそのままの向きでスノコの上に置いた。
「オイッ! ナオ! 缶を戻せ! ワタシをここから出せぇ~!」
缶の中をのぞき込む茂クンと鈴木くんをチラッと見て、アタシはさくらチャンが隠れているトイレのドアをノックする。
「さくらチャン、もう大丈夫だよ。オバケなんていないから」
トーエイは、さくらチャンが怖がらないようにフードに入っててね。
「もう、何も――いない?」
トイレのドアの向こうから、さくらチャンのふるえる声が聞こえた。さくらチャンが持っている懐中電灯の光が、トイレの下のすき間からもれて、左右に少し動いていた。
「…………ホントにナオちゃんだよね? 開けたらオバケでしたとかないよね?」
「安藤さん、ボクもいるから大丈夫」
トイレの入り口から茂クンがすぐに声をかけてくれた。
カチャッ……
トイレの中からカギをはずす音が聞こえた。少しずつ少しずつ、ゆっくりと開くトイレの白いドア。開いたドアのすき間から、さくらチャンの帽子と片方の目が見えた。アタシは、さくらチャンが怖がらないように、懐中電灯を足元に向ける。
アタシを見て、さらにドアを開けて、ホッとした顔をするさくらチャン。
ホントに怖かったんだね。さっ、アタシの手につかまって……
パンッ!!
さくらチャンに強く払われたアタシの手は、そのままトイレのドアに軽くぶつかった。
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