††† 六月二十四日 曇り †††

第16話 栞がない

 アタシ、きっと頭からケムリが出てるよ。

 だってもうずっと、勉強勉強、また勉強。

 おじいちゃんやおばあちゃんは『ナオが勉強ガンバってる』って喜んでいるけど。



 ゴメンナサイ。好きでガンバってるワケじゃないの。

 やらないと、アルに怒られるんだよ。



 ッポシュン!

 「イタッ!」



 勉強机で教科書と計算ドリル、ノートを開くアタシ。それを後ろから見張るアル。あぁ、蛍光灯の明かりで目がショボショボする。



 「何か他ゴト考えているだろう?」


 ッポシュン!

 「イタッ! 痛いって、もう!」



 グリンとイスを回してガラステーブルの上のアルを振り返った。

 ガラステーブルの上には、ホッペをパンパンにふくらませたアルと、その周りに小さめのひまわりの種がパラパラと転がっていた。

 いつも二頭身なのに、今は顔が体の二倍くらいになってる。



 ッポポポポポポポポポポシュン!

 「イタタタタタタタタタタ……分かったよ、分かったから、勉強するからもうヤメてぇ!」



 アルの口から次々と飛び出したひまわりの種は、全部アタシのおでこに命中して、パラパラと足元に落ちて転がった。

 アタシの足元には、ひまわりの種の山がそびえ立っている。

 もう毎日毎日こんな感じ。



 「分からないトコロがあれば教えるぞ? そうじゃないのなら、早く計算ドリルを……」



 アルが少し腰を落として小さくかまえる。

 あっ、また種ミサイル発射されちゃう。



 「もう、分かったからぁ~! ちょっとだけキュウケイさせて? ね? ちょっとだけ……」



 アタシは祈る様に手の平を強くこすり合わせて、ギュッと目をつぶった。

 もう疲れたよぉ~。それに、算数の式をみてると眠くなるの。



 「しょうがないヤツだ。まぁ、今日はこれくらいで許してやるか」



 バッと勢いよく顔を上げて、ガラステーブルの上のアルを見る。アルは、散らばったひまわりの種をガラステーブルの隅っこによせて、アタシに向かって両手を伸ばした。



 「種の袋を取ってくれ。ナオ……勉強が終わったくらいでそんなに喜ぶな」



 アタシ、笑ってる?

 腰をひねって勉強机の上の卓上カガミをのぞき込んでみる。あぁ、笑ってるね。スゴく嬉しそうに。

 アタシはガラステーブルの下に置いてあったひまわりの種の袋を取って、イスの下に積もった種の山を崩した。

 アルはガラステーブルのへりに両手でつかまり、そんなアタシを見ながら短いシッポをピコピコと左右に振っていた。



 「ハイ、後は自分で片付けてね」



 ガラステーブルの上に種の袋を置くと、アルは小さな体全部を使って、ガラステーブルの上に散らばった種を袋の中に押し込んだ。そして、ふと部屋の入口の方へ体を向ける。



 「ん? そろそろか?」



 ドアの上のカベかけ時計は十時。

 アルはアタシの体を橋にして、勉強机に飛び移った。


 そうだ! 今日は時間がまだ早いから、寝る前にお母さんに買ってもらった本を読もう。勉強勉強でもうずっと読めてないからなぁ。

 本棚から本を手に取って、ベッドの上にポンと飛び乗るアタシ。

 あぁ~、布団が気持ちいい。このまま、ベッドの上でダラダラ本を読みながら寝ちゃうっていう幸せタイムが……



 「あれ? ない……ないない!」



 お母さんに買ってもらった本を、最初から最後までパラパラとめくった。そして、背表紙を持って大きく上下に振ってみた。

 やっぱりない。

 アタシはベッドから飛びおりて、本棚の本、一冊一冊手に取って、同じように上下に振る。

 最後にどこで読んだっけ? アルに猛勉強させられる前だから、え~っと……十日くらい前……

 あっ、学校だ! アルとトーエイが初めて学校までついてきた日だ。


 ガバッ……バサバサバサ……


 勉強机の横に置いてある赤いランドセルを持ち上げてひっくり返してみた。今日の授業で使った教科書とノートが床にバラバラと散らばる。それを一冊一冊拾い上げてパラパラとページをめくりながら、勉強机の上に重ねていった。



 「ないよぉ~」



 カラになったランドセルに顔を近づけて中をのぞき込んだけど、頭のカゲで暗くなっちゃって逆によく見えなかった。もう一度ランドセルを逆さにして、肩ひもを持って、上から下へ大きく振りおろしてみる。



 「何をやっているんだ、ナオ? こんな時間に部屋の模様がえか?」



 勉強机の上で、髭をヒクヒクと動かしながら物珍しそうにアルがこっちを見ていた。あっ、もしかしたらアルが知ってるかも。学校に来てたんだし。



 「ねぇ、アル。この本にはさまってた栞なんだけど知らない? なくしちゃったの。この本と一緒にお母さんからもらったアタシの宝物なんだけど」



 アルは真ん丸な黒い目をさらに大きくさせ身を乗り出した。



 「ん? モミジの葉っぱのヤツか? 和紙でできた……」



 そう、それよ、それ!

 エラそうだし、口うるさいけど、見た目はカワイイし、勉強教えてくれるし、ホントは頼りになるハムスターだと思っていたんだ、アタシは。



 「知ってるぞ!」



 あぁ。ありがとう! この言葉を待ってたの!

 アルは自信満々に腕を組み……組めてないけど、胸を張った。

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