第17話 潜入調査のプロで探偵の……

 アタシは勉強机に両手でつかまって、アルを下から見上げるように顔を上げた。



「ホント!? どこにあるの? 見つからなくて……」



 アルはキョトンとした顔をして、右手をアゴにそえ首を少し曲げた。



「……はい? どこ?」



 アタシは勉強机をつかんだまま、ガックリと肩を落とした。

 天国から地獄って、こんな気持ちを言うのかな?



「アル、知ってるって言ったじゃない!」

「栞は知っている……が、どこにあるかは知らない」



 アルは勉強机の上からアタシを見おろして、後ろに倒れるくらい大きくふんぞり返っていた。これって真面目に言ってるんだよね? アタシにイジワルしてるんじゃないよね?



「トーエイ~! トーエイいるぅ~?」



 アタシはキョロキョロと部屋の中を見回した。いないなぁ……天井にも……外で食事中かな?



「はいは~い! オレっちはいつでもナオ様のそばに!」



 勉強机の向こう側の窓を開けようと手をのばした時、後ろからトーエイの声が聞こえた。

 わっ、いつから背中にくっついてたの?

 トーエイはササッとアタシの背中をはい上がり、チョコンと右肩に乗って首をペコペコと何度も振った。



「ナオ様が本棚を探しているトコロも見てましたし、大福との話も聞かせてもらいました! ええ、分かってます、分かってますとも。みなまで言うな。ナオ様の大切な大切なモミジの栞がどこにあるかってコトですよね?」



 トーエイは右の前足をつっぱって体を起こし、左の前足でチョンッと胸を叩いた。そしてすぐに平べったく体をふせて、左右の丸い目をペロペロッとなめた。



「そうなの。どこにあるか知っ……」

「知りません!」



 早っ!?

 トーエイ……アタシがショック受けるの分かってて言ってない?



「ナオ様のお役に立てなくて真に心苦しいのですが、まるで心当たりがありません。ココ数日、ナオ様はあの本を読んでないので、もしかしたらですけど学校じゃないですか?」



 トーエイって、ずっとアタシを見てるの? ちょっと怖い。

 ううぅ~、どこに行っちゃったんだろう?

 こんな時間に学校に探しに行けないし……

 アタシはもう一度ランドセルをひっくり返して、何度も上下に振った。



 コツン、コツン……



 あれ? 何か音がしなかった?

 アタシはキョロキョロと部屋の中を見回してみる。部屋の……そう、ドアの方からだ。



「おっ、来たみたいだな。ナオ、喜べ! 上手くいけば、なくした栞が見つかるぞ!」



 勉強机からポテッと床に転がるように落ちたアルは、チョロチョロッとガラステーブルの下をくぐり抜けドアの前でアタシを振り返った。



「栞が見つかるって……どういうコト?」



 アルっていつも、何を言い出すのか分からない。

 アタシはさっき散らかした本を本棚に丁寧に片付けながら、アルの言葉に聞き耳を立てた。



「トカゲが言うように学校に置いてきたとしても、時間が時間だしな。ナオが今から栞を探しに行くワケにはいくまい。まさに今、この状況にうってつけのヤツが来た! 聞いておどろけ! 潜入調査のプロで探偵の…………鳥だ!!」



 はい?



 部屋のドアをパンパンと小さな手で叩いて、フンとエラそうに鼻息を荒くするアル。

 また意味の分からないコトを言い出したよ、このハムスターは。潜入調査のプロで探偵って……なんで『鳥』なの?


 トーエイは『鳥』って聞いて、小さな体をビクッと弾ませて、アタシのパジャマの袖口にススッともぐり込んだ。トーエイ、鳥はキライだもんね。食べられちゃうから。



 鳥……鳥かぁ……ちょっと想像しちゃった。



 潜入調査のプロで探偵って、スゴくカッコいいイメージがあるんだけど。

 暗がりの中で物音を立てずに素早く飛んだりとか。もしかしてフクロウ? あっ、ダメだ。フクロウの好物ってネズミとかじゃなかったけ? じゃぁ、タカとか……も食べられちゃうよね?



「その鳥が何でドアの向こうにいるの? どうやってこんな時間に家に入って来たのよ?」



 アタシはガラステーブルに両手をついてヒザ立ちで、ドアをジーッと見つめる。アルはドアの前で腰に手をそえて、口の端っこを上げてニヤリと笑った。



 ガチャッ……



 えっ? 金色のドアノブがゆっくりと倒れてドアが開いていく。ドアの向こうにいるのって鳥なんじゃないの? 何でドアを開けられるの?

 トーエイはアタシの手首にしがみついたまま、ピンクのパジャマの袖口から顔だけ出してドアの方へ首を曲げた。うっすらと開いたドアのすき間をのぞき込むアル。ドアの向こう側は電灯が消えていて暗い。



「では、紹介しよう! ワタシが町でスカウトしてきた鈴木すずきくんだ!」



 アルは静かに開いていくドアの前で、小さな体で目いっぱい両手を広げた。

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